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2.5 Earthquake Prediction Research Center

3.5.6 ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯の研究

オーストラリア・プレート上にあるニュージーランド(NZ)北島の下には,東から太平洋プレートが沈み込むことによって,ヒクランギ沈み込み帯が形成されている.特にこの地域はテクトニクスが西南日本と類似した特徴を示すとともに,プレートの沈み込みが浅く,また多様な断層すべりがプレート浅部で発生しているため,プレート境界の物理特性とその挙動を明らかにする上で格好の地域である.海底資源の調査のため,およそ10 km間隔でひかれた海溝軸に直交した測線で人工震源を用いた反射法地震波構造調査も行われており,海域下のプレート境界の形状も詳細に把握されている.2009年以来,当センターでは,ニュージーランドGNS Science,ビクトリア大学ウェリントン校,コロンビア大学,コロラド大学,ロードアイランド大学,カリフォルニア大学サンタクルーズ校,及び南カリフォルニア大学と国際共同観測研究を実施してきた.海陸統合制御震源地震探査からは,北島下に沈み込む地殻の厚い(~12 km)ヒクランギ海台やプレートの沈み込み形状の構造が明らかになった.また,散乱波を用いた解析によって,プレート上盤側のワイララパ断層のイメージングに成功した.

2012年4月から2013年3月にかけて,ヒクランギ沈み込み帯北部においておよそ2年間隔で周期的に発生するスロースリップイベント(SSE)を観測することを目的として,東京大学地震研究所の海底地震計を用いて,日・NZ共同でヒクランギ沈み込み帯では初となる海域地震観測を実施した.本海域では,人工震源地震波構造調査によって,沈み込んだ海山や,その沈み込み前方に見られるプレート境界からの地震波反射強度が強い場所,すなわち水の含有量が大きいと考えられる領域が確認されている.本観測で観測された海域から陸域にかけて発生する地震の震源を詳細に決定するとともに,地震波速度構造を明らかにした.その結果,沈み込む太平洋プレートの海洋性地殻内にP波とS波の速度比(Vp/Vs)が大きい場所が局在していることが確認されるとともに,通常の地震活動がVp/Vsが極大となる場所を避け,その周辺域で発生していることを明らかにした.また,プレート境界面上の流体が豊富に存在する領域は,このVp/Vsが大きい領域の上面にあたることが分かった.Vp/Vsの大きい場所では,プレートの沈み込みに伴う海洋性地殻内の脱水反応が大きい場所にあたること,また地震の発生は脱水反応によって生成された流体の間隙圧が適当な領域で発生している可能性を示した.

2014年5月から2015年6月にかけて,日・NZ・米の国際協力による大規模な海域地球物理観測(HOBITSS:Hikurangi Ocean Bottom Investigation of Tremor and Slow Slip)を行った.本観測では,地震研究所から海底地震計5台,海底圧力計3台,東北大学・京都大学から海底圧力計4台,海洋研究開発機構から海底電位差磁力計3台,コロンビア大学から海底地震・圧力計10台,海底圧力計5台,テキサス大学から海底圧力計5台の総計35台の海底観測機器を使用した.観測期間中の2014年9~10月には,2000年ころから整備された陸上GNSS観測網によって捉えられたSSEとして,2番目に規模の大きなSSEが本海底観測網直下で発生し,これによる地震活動,海底地殻変動などを観測することに成功した.海底圧力計のデータを用いて海域における断層すべり分布を詳細に求めた結果,断層すべりは沈み込んだ海山を避けるように分布していること,断層すべりの一部は海溝軸近傍まで達していることを初めて明らかにした.さらに海底地震計の解析から,海域下における微動の発生を初めて確認した.この微動活動について詳しく調べてみると,SSEにおけるプレート境界面上の断層すべりが終了するころになって沈み込んだ海山周辺域に限って活動を開始し,その後およそ3週間にわたって連続的に発生していることがわかった.一方通常の地震活動は,そのほとんどが沈み込むヒクランギ海台の海洋性地殻内で発生していることが改めて確認され,その発震機構を調べたところ,平常時は横ずれ型地震が起こっているが,SSE発生直前には横ずれ型から逆断層型まで,多様な地震活動が見られるようになることがわかった.これは,海洋性地殻内における脱水反応によって間隙水圧が上昇し,最大主応力周辺の差応力が減少したことによると解釈される.従ってSSE発生直前には,間隙水圧が海洋性地殻からプレート境界まで上昇していることが考えられる.このようなSSE発生に伴う変化は,陸側プレート内の地震波速度異方性にも現れていることが確認された.さらに,2018年10月から2019年10月にかけて,地震研究所の海底地震計5台を用いて同様の海域にて地震観測を実施した.先のHOBITSS観測によって海域での微動活動分布が確認されたため,その活動の詳細を把握するため,活動分布を取り囲むように海底地震計を設置した.観測期間中にはふたたび大規模なSSEが発生し,2014年SSEと同様,その終息時期から約3週間にわたる微動活動も発生した.エンベロープ相関法によって3000を超える数の微動の震央を決定したところ,沈み込んだ海山の核部分を囲むように分布していることが分かった.同様の手法をHOBITSS観測記録に適用したところ,検出された微動は大幅に増加し,2000を超える数の微動の震央が決定された.2014年と2019年の活動分布はほぼ重なっていることがわかった.

2020年11月には,これまでのヒクランギ沈み込み帯北部から,プレート間固着強度が大きく変化する中部へと観測領域を移し,海底地震計10台を用いた1年間の海域地震観測を行った.ヒクランギ沈み込み帯北部での結果によると,多様な断層すべりの特徴は,沈み込むプレートの海洋性地殻内における脱水反応との関係が示されている.プレート間固着強度の大きな変化も,脱水反応の大きさのコントラストに起因する可能性も考えられ,固着強度遷移域をカバーした海域地震観測によって地震活動と沈み込みの構造を明らかにし,固着強度変化の要因を明らかにすることを目的とした.2020年中のコロナ禍の中,NZへの入国許可は限定的であったが,NZ側共同研究機関であるGNS Scienceによって関係する日本人研究者の特別な入国が申請され,地震研究所と国内共同研究機関の東北大学・京都大学から観測人員の入国が許可された.2021年9月から10月にかけて行われた航海で,設置していた10台全台の回収に成功し,良好なデータが得られていることを確認した.この観測期間中の2021年5月には,観測網内の固着強度遷移域でSSEが発生しており,これを捉えることに成功した.本海域でも海域での微動活動が確認され,SSE発生前の2月から,観測網北部から固着強度遷移域に向かう微動のマイグレーションが確認され,また固着強度遷移域では明瞭で直線的なプレートの沈み込みに沿った活動境界が見られることが明らかとなった.SSEが発生した5月にも,固着強度遷移域に沿った狭い領域の中で再度微動活動の活発化がみられた.現在,詳細な解析を進めている.

2021年10月に実施した航海にて,海底地震計9台を用いて2018-19年と同様の観測網を構築して,1年間の観測を開始し,2022年9月に全台の回収に成功した.またここで回収した海底地震計9台に前年投入しなかった1台を加えた10台は再整備し,10月の航海で投入して前年と同様の観測網を構築した.2023年10月には,このうちの9台を回収するとともに,再整備を行って2024年9月までの予定で再設置をおこなった.さらに,海域下の比抵抗構造から流体の分布を把握することを目的として,海底電位磁力計3台を観測網に加えた.回収された海底地震計のデータは良好であり,現在解析を進めている.

人工震源および海底地震計を用いた構造調査としては,2017年11月にはヒクランギ沈み込み帯全域にわたる海域下地震波速度構造を調べるため,北島全長に渡るヒクランギ・トラフに沿った測線,それに平行なトラフ軸海側の測線,さらにはヒクランギ・トラフに直交する北島北部,南部の2測線において,エアガン発震を行った.ヒクランギ・トラフ北部の海山が沈み込んでいる海域の周辺で海底地震計100台を用いた3次元構造調査を実施した.特に地震波走時トモグラフィー解析では,地震波速度異方性を含めた解析を行い,海山の沈み込みに伴う構造の詳細について調査した.その結果,海山の内部の構造について,これまで得られている地震波反射断面には見られなかった,海山の核となる構造まで詳細に把握することができた.陸域にはタウポ背弧リフト帯の地震波速度構造,反射面分布を高分解能で得るために,ニュージーランドの GNS Science, ビクトリア大学ウェリントン校,アメリカのテュレーン大学と共同で,Plenty湾岸に臨時地震観測点を約2 km間隔で25台設置し,エアガン発震及び自然地震の観測を実施した.取得したエアガン発震記録からは,初動到達後に,深部地殻からの反射波と考えられるイベントが確認できる.そこで,NMO補正を適応し,CMP時間断面図を作成したところ,往復走時7秒付近(深さ約20 km相当)に顕著な反射面が確認でき,さらに深部にも反射イベントが確認できた.Plenty湾内で実施された構造探査で得られた結果(Gase et al., 2019)と比較すると,これらはモホ面やマントル内の反射イベントと考えられ,さらに詳細なイメージングを得るための解析を進めている.

ヒクランギ沈み込み帯では,その北部の浅いプレート境界において2年という短い周期でSSEが発生している.このような高頻度でSSEが発生している場所は世界的にも類を見ず,プレート境界も浅いために境界面上の現象を捉えるにも格好の場所である.東京大学地震研究所では,これまで,低周波微動やSSEが発生している南海トラフ豊後水道周辺の陸域で,ネットワークMT観測を実施してきた.同様の観測をヒクランギ沈み込み帯においても実現すべく,2019年にGNS Scienceならびに現地の電話会社Chorusと共同して,観測に必要なメタル通信回線網の現状を調査した.2019年12月より,Gisborneの北にあたるTolaga Bay地域において,4電極点と2磁場観測点からなる試験的なネットワークMT観測を開始した.2020年3月~7月にかけてのデータの解析から,特に数100秒以上の長周期帯で従来のMT法に比べて安定したMT応答関数が推定できることが明らかとなった.この解析結果をうけ,Turmagain岬からGisborneに至るニュージーランド北島北部東岸域で2023年より数点のネットワークMT連続観測を開始しようと計画したが,電話回線の光ファイバー化よって観測を中止せざるを得なくなり,2023年1月をもって観測を終了した.このNetwork-MT法観測に代わる観測として, 2023年11月よりGisborne沖に3台のOBEMを設置した.設置後,最初の40日間は8 Hzで電磁場を測定するが,その後は,使用電力を減らし,電場のみを8 Hzサンプリングでモニターする設定としている.一方,陸上Tolaga Bay地域におけるGNS所有の広帯域MT観測装置による3成分磁場連続観測を継続し,その磁場との間の周波数応答関数を求めていく予定である.OBEMの回収は2024年10月に予定されており,今後の解析が待たれる(海半球研究センターならびにChorus社,GNSとの共同研究).

3.5.5 地殻変動

 地震後に測地学的に観測される余効変動は,地震時の応力変化が緩和されることによって生じる現象であり,主要なメカニズムとして断層における余効すべりと下部地殻・上部マントルにおける粘弾性応力緩和が挙げられる.従って,余効変動の時空間パターンは地震時の応力変化,断層の摩擦特性,地殻・マントルのレオロジー特性に依存する.このことから,観測される余効変動から断層の摩擦や地殻・マントルのレオロジーに関するパラメータを推定できる可能性があるが,余効すべりと粘弾性緩和の間のトレードオフのために,客観的な推定は現状では困難である.そこで,余効すべりと粘弾性緩和を組み合わせた物理モデルを用いて,余効変動から断層の摩擦や地殻・マントルのレオロジーに関するパラメータを推定する手法の開発を行っている.モデルでは,余効すべりは摩擦構成則,粘弾性緩和は非線形のBurgersレオロジーに従い,これらのプロセスが地震時の応力変化により駆動され,力学的に相互作用すると仮定した.このモデルを地震時と地震後の測地データと組み合わせて,地震時の応力変化,断層の摩擦構成則パラメータ,マントルの粘弾性レオロジーのパラメータの空間変化とそれらの不確実性を推定する手法の開発を行った.この手法の性能を評価するために,モデルを用いて作成した人工的なGNSS時系列データを用いてパラメータ推定の数値実験を行った.その結果,開発した手法による推定結果は真のパラメータ空間分布を良く再現できることが示された.また,この手法により,観測された余効変動に対する余効すべりと粘弾性緩和の寄与を正確に分離できることが示された.

3.5.4 比抵抗構造探査

 電気比抵抗は,温度,水・メルトなど間隙高電気伝導度物質の存在とそのつながり方,化学組成に敏感な物理量である.これらの岩石の物理的性質は,すべて,その変形・流動特性を規定する重要なファクターであり,比抵抗構造と地震学的諸情報をあわせることで,より詳細かつ正確な情報を抽出し得る.従って,当センターは内外の研究者と協力して,震源域や火山地域スケールおよび列島スケールや周辺大陸縁辺域の比抵抗構造を解明するプロジェクトにおいて,観測法やインヴァージョン手法の開発を含め,中心的な役割を担ってきた.

 2023年には,2012年から2018年にかけて観測を実施したいわき-北茨城誘発地震域やいわき地方から新潟平野に至る測線での広帯域MT観測データの解析を継続した(3.5.1(1)(1-1) 参照,東京工業大学・東北大学・秋田大学・産総研との共同研究).特にいわき地方から新潟平野に至る測線についての2次元解析から,解析した3測線に共通して,脊梁山脈中央部の火山フロントより背弧側にあたる地域の地下に,マントル深部から立ち昇るかのような低比抵抗域が決定され,その低比抵抗域の上部域に低周波地震が分布し,さらにその上部に柳津の地熱地帯,沼沢湖(火山)などが分布し,沈み込むスラブから供給された深部流体がこれらの地震火山活動に寄与している可能性が確認された.また,2008年から2011年にかけて庄内平野周辺域で取得し,2006,2007年に日本原子力研究開発機構が朝日岳周辺域で取得した広帯域MT観測データの再解析を行った(東京工業大学・東北大学・秋田大学・産総研・名古屋大学・京都大学・日本原子力研究開発機構との共同研究).その結果,上部地殻と下部地殻の低比抵抗域がそれぞれ測地学的研究により推定された低剛性域,低粘性域と対応しており,これらの低比抵抗域が日本海東縁ひずみ集中帯,奥羽脊梁山脈のひずみ集中帯におけるひずみ集中の原因となっている可能性を示した.また,鳥海山と月山の下は低比抵抗であり低比抵抗域は低周波地震が起きている下部地殻まで分布しているが,それらの火山にはさまれた非火山地帯では同様の深部につながる低比抵抗域は存在しないことが分かった.さらに,同地域の地下では地震発生層深度の下限が浅部の高比抵抗とその下の低比抵抗の境界と対応している可能性が明らかとなった.

 2021年に実施した水戸周辺域から中越地域に至る測線や2022年に実施した北関東前弧域(水戸周辺域から2011年東北太平洋沖地震による「いわき-北茨城」誘発地震域)での広帯域MT法観測データに基づいた構造解析を行ったほか,2023年には新たに,水戸周辺域から(歴史資料によりM6 以上の被害地震が起きていることが知られている)日光東部に至る領域で17点からなる面的な広帯域MT観測を実施した(3.5.1(1)(1-1) 参照,東京工業大学・産総研・JOGMECとの共同研究).また,阿蘇カルデラを含む九州地方中央部の深部広域構造を決定するためのネットワークMT観測データの解析を進めた(産総研・京都大学との共同研究).一方,豊後水道スロースリップ域やその北側に東西に分布する深部低周波微動域を含んだ広い領域での深部比抵抗構造を決定する目的と,スローイベント時の電磁気的シグナルの有無を検証するため,四国西部と九州東部においてネットワークMT法連続観測ならびにそのデータ解析を継続した.ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯においても同様の観測を実現すべく,ネットワークMT試験的観測を継続していたが,現地の光ファイバー化によって観測が継続できなくなったため,新たにOBEMを用いた海底での連続観測を開始した(海半球観測センター,GNS Scienceとの共同研究,3.5.6.参照).一方,2002年から2004年にかけ,紀伊半島全域で実施していたネットワークMT観測から得られたデータの再解析を実施し,3次元広域深部構造推定を実施したほか,1994年から1996年にかけ,四国東部から岡山県,鳥取県にて実施していたネットワークMT観測データの再解析を開始した(京都大学・神戸大学・大阪市立大学・高知大学・九州大学・鳥取大学・JAMSTECとの共同研究).

 一方で,解析や解釈のための手法の開発も行った.まず,ロバストな多変量線形回帰手法(Robust multivariate linear regression S-estimator)をリモートリファレンス法に適用し,ノイズの影響を軽減し,時系列データから(インヴァージョンの入力として使用する)周波数応答関数をロバストに推定する手法を開発した.開発した手法をシンセティックデータ,2022年に北関東で取得した広帯域MT観測データに適用し,従来手法に比べて精度良く応答関数を推定できることを確認した.また,上述のいわき地方から新潟平野に至るMTデータを解析するために,新たな試みとして,同地域における地震波速度の分布を制約条件として用い,比抵抗構造をインヴァージョンによって推定する手法の開発に着手した.最後に,クラックを含む岩石の電気比抵抗の異方性を考慮した理論式を開発し,地震波速度の理論式と比較した.

3.5.3 活断層-震源断層システム

内陸地震の長期評価や発生メカニズムを理解するには,地震発生層底部から表層に至る一つのシステムとして活断層-震源断層を理解する必要がある.このため,当センターでは地殻スケールから極浅層に至る反射法地震探査による活断層の地下構造の解明に主眼をおいた研究を,全国の研究者と共同で進めている.2023年度は北陸地域の主要活断層である森本・富樫断層帯および砺波平野断層帯西部を横断する深部構造探査および三浦半島断層群(武山断層帯)および相模湾の浅層高分解能反射法地震探査を行った.また,DAS技術を用いた活断層極浅部構造の超高分解能イメージングを行った.

日本列島の震源断層のモデル化は,島弧地殻の変形プロセス・内陸地震の長期予測・強震動予測においても重要であり,2010 年から全国の研究者と共同で地質・変動地形・重力や地震活動などの地球物理学データに基づいた総合的な日本列島の震源断層のマッピングプロジェクトを進めている.さらに,東北沖地震の地震時・余効すべり分布に千島海溝の固着など広域のプレート境界過程を含めたモデル計算を行い, この条件下で日本列島域の応力速度場を計算し, 上盤プレート内の震源断層の応力変化の評価を試みている.2023年度は,東北日本横断地殻構造探査の解析を進めたほか,関東地域の震源断層にかかる応力の評価を試みた.また,島弧の長期間地殻変動速度を解明する目的で,能登半島においてテフラ分析による海成段丘面の離水年代の推定を試みた.

3.5.2 海域地震観測および地震波構造調査

沈み込み帯における地震発生は,プレート境界面における摩擦によってひずみが蓄積し,地震時に蓄えられたひずみエネルギーが解放される現象である.地震発生に関するプレート境界の性質は,境界の形状および温度や水の含有量といった物性によって決定されると考えられる.低周波イベントからプレート境界型巨大地震まで,その発生メカニズムを理解する上で,プレート境界の固着程度の把握,およびその周辺の構造や物性を詳細に理解することが必要不可欠である.さらには,プレートの沈み込みに伴う脱水反応によって生成された水の挙動が,上盤プレート内の内陸地震の発生に関与していることもわかって来た.我々は沈み込み帯の全体構造の把握,およびプレートの沈み込みに伴う諸現象の理解を通して地震発生メカニズムの解明をめざし,海域での地震観測や制御震源地震波構造調査などによる研究をすすめている.

(1)茨城沖の海山の沈み込みと多様な地震活動との関係

茨城県の東方沖合~100 kmでは,太平洋プレートの沈み込みに伴って,~20年周期でマグニチュード(M)7級の地震が繰り返し発生してきた.2004年の海域構造調査,および2005年海域地震観測から,深さ10 kmに海山が沈み込んでおり,M7繰り返し地震の断層がその沈み込み前縁部に位置すること,また海山上のプレート境界では地震活動が見られないことを明らかにした.2010年10月から,この海山前縁部周辺の 35km×30km の領域に長期観測型海底地震計を用いて,観測点間隔 6kmという高密度なアレイを構築し,およそ1 年間の地震観測を行った.またこの観測網を通る南北150kmの測線で,エアガンを人工震源とした構造調査を行った.本観測期間中には2011年東北地方太平洋沖地震(東北沖地震)が発生し,さらに本震震源域南限に位置した本観測アレイの近傍で最大余震が発生した.本震発生前後での地震活動を比較すると,本震発生後は震源域南限全域で地震活動が活発化しているが,特に沈み込む海山の前縁部周辺域で非常に活発化していることがわかった.また,海山沈み込み最前縁部において,地震活動の空白領域が存在する可能性が示された.この地震活動と本震および最大余震の発生との関連について詳細に調べたところ,本領域の活動が本震よりも最大余震によって活発化したことを明らかにし,本震のプレート境界面すべりが茨城県沖まで達しなかった可能性について議論した.これまでの海山の沈み込み前方で発生したM7以上の地震の発生様式を比較すると,海山の沈み込み前方基底部で地震が発生し,その後にプレート境界面上の沈み込み深部を震源としてM7以上の地震が発生するというパターンが見られる.最近になって日本海溝沿いに海底地震津波観測網が整備され,通常の地震活動に加え,低周波の地震活動も明らかになりつつある.沈み込んだ海山周辺でも,微動や超低周波地震の活動が確認された.これらの活動と沈み込み構造との関係を調べるため,人工震源構造調査のデータを解析している.また,本海域で発生した地震の震源および発震メカニズムを詳細に調べることを目的として,環境雑音の観測点間相互相関関数を用いた表面波速度構造解析による,非常に遅い堆積層内S波速度構造を精度良く決定するための手法,さらにこのS波速度構造を取り入れて,海底地震計波形データを用いた微小地震のセントロイド・モーメント・テンソルを求めるインバージョン法の開発を行った.これらの手法を2011年東北沖地震の余震活動に対して適用し,震源メカニズムの分布を求めたところ,沈み込んだ海山の深部側プレート境界周辺では逆断層型地震が発生しているのに対し,その浅部にあたる海山上では正断層型地震が発生していることが分かった.これは海山の沈み込みに伴う応力場数値計算の結果と調和的である.これらの地震活動よりもプレート境界浅部側では,通常の地震発生は見られなくなり,テクトニック微動の活動が分布する.現在,地震活動の分布について詳細を調べている.さらに,2万個を超える東北沖地震の余震のP波およびS波の到達時刻の検測を半自動的に行う手法を開発し,この手法で得た検測値を用いて地震波走時トモグラフィー解析を行っている.得られた地震波速度構造と余震の震源分布を比較すると,ほとんどの余震が沈み込む海洋地殻の内部で発生していることが認められる.なお,この観測研究は北海道大学,東北大学,九州大学,千葉大学との共同研究である.

(2)2011年東北地方太平洋沖地震震源北限域における地震波構造調査

三陸沖の北緯39度には,南側の地震活動の活発な領域と北側の非活発な領域の境界が存在することが知られていた.2001年に海域地震波構造調査を行い,地震活動とプレート境界反射波の振幅の間に,良い反相関の関係があることを明らかにした.この境界領域は,東北地方太平洋沖地震震源域の北限に当たると考えられている.地震発生前後でプレート境界の反射強度に変化が見られるか確認するために,2013年9月に海洋研究開発機構の白鳳丸を利用して行われたKH-13-5次航海において,2001年と同じ測線上に同じ観測点配置で海底地震計を設置し,再度構造調査を行った.また2014年10月には,同じく海洋研究開発機構の白鳳丸によるKH-14-4次航海において,東北地方太平洋沖地震でプレート境界が大きく動いたとされる海溝軸近傍の陸側斜面において,海底地震計およびエアガン人工震源を用いた海域構造調査を行った.2013年構造調査のデータを用いて,人工震源からの初動の走時,およびプレート境界からの反射波の走時を目視検測し,走時インバージョン法によって本調査測線に沿った2次元P波速度構造およびプレート境界面の形状を明らかにした.その結果,地震活動が変化する境界に対応して,プレート境界の深さも,およそ1 km程度変化していることがわかった.プレート境界反射波の強度について,2001年と2013年のデータについて比較したところ,2001年構造調査で確認された反射波強度が強いところで強度が弱くなり,弱いところで強くなる傾向にあることが考えられ,さらに検討を進めているところである.2014年構造調査測線では,東北地方太平洋沖地震で大きな断層すべりがあったとされる場所のプレート境界の深さが浅くなっている領域が認められた.走時インバージョンによって求められた速度構造については,誤差評価の解析を進めつつ,断層すべりとプレート境界面形状との関係について,さらに詳しい調査を進めている.なお,これらの調査研究は,北海道大学,東北大学,鹿児島大学,千葉大学との共同研究である.

(3)伊豆大島における陸海統合地震波構造調査

伊豆大島火山と周辺海域において,人工震源を用いた構造探査が2009 年 10-11 月に実施された.伊豆大島の常時観測点に加え,37 台の海底地震計を東西方向の長大測線,288台のジオフォンを東西・南北方向の 3 測線(A-C)に臨時配置され,最大3日間にわたり連続観測が実施された.その際に,長大測線沿って,エアガンが 476 回発振され,海中発破が 9回行われた.さらに,伊豆大島を囲むようにエアガンが 751 回発振された.現在,海底地震計データから伊豆大島周辺の地殻上部の大局的なP波構造を,陸上観測点データから伊豆大島直下の詳細なP波速度構造の推定し,火山性地震との関連性を議論しているところである.同時観測された常時微動データに地震波干渉法を適用することで S 波構造推定を試み,P 波構造との統合的解釈を目指している.

図3.5.4

稠密余震観測測線図。青色ダイヤモンド印は、本調査で設置した臨時地震観測点の位置を示す。星印は本震の震央(Adhikari et al., 2015)、丸印はAdhikari et al. (2015)によるネパール地震観測網のデータによって決定された本震後45日間の震央位置(マグニチュード4.0以上)を示す。

 

図3.5.3

1996,2002,2007,2011,2013-2014年の房総SSEにおけるすべり速度の時空間変化.カラーは右下の図に示した直線上におけるすべり速度の時間変化を示す.横軸は各直線の西端(または北西・南西端)から東(または南東・北東)方向に測った距離を表す.紫色の丸は震央を右下の図の各直線上に投影したものを表す.

 

3.5.1 陸域機動地震観測

(1)内陸地震発生域における不均質構造と応力の蓄積・集中過程の解明

(1-1)2011年東北地方太平洋沖地震にともなう地殻応答

内陸地震発生メカニズムを解明することは,災害を軽減するために非常に重要な課題である.内陸地震のメカニズムを理解するためには,断層への応力集中とひずみの蓄積について理解することが重要である.また,内陸地震発生には地殻内流体の存在が大きく関係していることがわかってきている.そのような地殻内流体が,島弧のシステムの中でどのように生成され,移動し断層近傍に存在するのかについて理解することは重要な研究課題である.電磁気学的手法によって求められた島弧断面の比抵抗構造と,レシーバ関数解析で得られた地震学的構造との比較検討を行い,島弧構造について明らかにし,地殻内流体の理解を深めることを目的として研究を行った.いわきの地震活動域南部から新潟に延びる測線において電磁気学的構造を明らかにするため,複数の測線を用いた3次元解析を行った.その結果,明瞭な比抵抗構造が得られ,那須岳や高原山等火山の周囲の低比抵抗域や,沈み込む太平洋プレートを表しているものと考えられる高比抵抗域が見られ,火山の下に上部マントルから地殻に続き明瞭な低比抵抗域が見られた.さらに,気象庁が決めた震源データと,臼田・他(2022)で求められた地殻内反射面の空間的分布を比較することにより,地震活動の時間的推移と反射面との関係を調べた.時間的推移の特徴や周囲の地震活動との関係についての知見を得ることができた.これら低比抵抗体や地震活動の時空間分布・地震波反射面と地殻流体との関係を明らかにすることによって,地震発生につながる内陸地震発生ポテンシャルの解明を目指している.

(2)プレート境界域における不均質構造と地震活動の解明

(2-1)相似地震研究

ほぼ同じ場所ですべりが繰り返し発生する相似地震は,断層面のすべりの状態を示す指標として注目されている.また,地震の再来特性を考える上で重要な地震である.そこで,日本列島全域に展開されているテレメータ地震観測点で観測された地震波形記録を用いて,日本列島周辺および世界で発生している小規模~中規模相似地震の検出を継続的に行い,相似地震カタログを作成している.その結果,長期間にわたって繰り返す相似地震群の多くは,沈み込むプレートの上部境界周辺で発生していることが明らかとなった.そこで,相似地震とその周辺で発生する地震活動を用いて,プレート間すべり速度変化の短期的・局所的な時空間変化の推定を試みた.2011年東北地方太平洋沖地震の大すべり域周辺において非地震性すべりの時間変化を調べたところ,宮城県北部では現在も余効すべりが継続していることが確認された.一方,その他の地域では,その後数年の間にほぼ収束していた.宮城・福島県沖では2021年以降M6,M7クラスの地震が複数個発生している.そのうち,スラブ内で発生した地震の余震中にも短期で繰り返す相似地震活動が確認された.そこで,スラブ内地震の影響を避けるよう繰り返し地震とその周辺で発生する地震活動を選択使用し,プレート間非地震性すべりの時空間変化の推定を試みた.その結果,この地域で発生したいずれの大地震発生後においてもプレート間非地震性すべりの加速が見られた.スラブ内大地震の発生によりプレート間の応力が増加してプレート間非地震性すべりが生じ,また,プレート間のすべりに寄る応力増加がスラブ内のダウンディップコンプレッション型地震の発生を促した可能性を示唆している.

3.5 地震予知研究センター

教授 上嶋誠(センター長),加藤愛太郎,望月公廣,山野誠,加藤尚之(兼任),小原一成(兼任),篠原雅尚(兼任),飯高隆(兼務)
准教授 五十嵐俊博,福田淳一,石山達也,加納靖之,蔵下英司(兼任)
助教 伊東優治,仲田理映,大邑潤三,白濱吉起,臼井嘉哉,山田知朗(兼任)
客員教員 山泰幸
特任研究員 加藤直子,吉岡誠也,ZHANG Ji,ROY Sreetama
外来研究員 濱元栄起,橋間昭徳,畑真紀,石瀬素子, 岩崎貴哉,笠原敬司,川村喜一郎,PANAYOTOPOULOS Yannis,佐藤比呂志,SCHURR Bernd,若狭幸
大学院生 SHI Yujie(M1),山本卓(M1),今寺琢朗(M2),渡部煕(M2),青山都和子(D1),DIBA Dieno(D2),MA Yanxue(D2),大竹和機(D2),伊藤直毅(D3),福田孔達(D4)
特別研究生 SONG Han
インターンシップ研修生 中澤龍平