太陽系の岩石惑星の中でも,地球は,海と陸,活発な地震・火山活動,プレート運動と大陸移動,地球磁場を有し,生命を宿す「にぎやかな惑星」である.なぜ兄弟惑星である火星や金星と異なりこれほど活発で多様性に富むのか,その仕組み・鍵の一つは水にあると考えている.物質科学系研究部門・岩森研究室では,これらのユニークな地球の営み(=地球ダイナミクス)について,特に水と固体地球の相互作用に注目しながら,温泉や火山の調査,室内分析,データ統計解析,数値シミュレーションなど,さまざまなフィールドや手法を組み合わせて研究している.本年度は下記を実施した。
- 島弧火山岩および地下水組成解析(地球化学解析および統計解析)に基づき,沈み込んだプレートから物質が供給され,マグマや深部流体が地表に達するまでのプロセスを,日本列島全域で実施した。その結果、能登半島の直下には、沈み込んだ太平洋プレートからの脱水流体が直接的に供給され、2020年以来、3年以上も続く群発地震や地殻変動・隆起をもたらしている可能性があることが分かった。
- 地球表層を覆うリソスフェアが,地球内部のアセノスフェアと熱的・物質的にどのように相互作用するかは,プレート運動や地球内部物質循環,および地球の熱的進化を規定する重要なプロセスである.マントル対流のシミュレーション、特に2次元直交座標系と、3次元球殻の一部を切り出した座標系でのシミュレーションを比較し、海洋プレートの熱流量と水深がどのようなメカニズムで決まるかを探索した。特に、海洋プレート直下の小規模対流と、深部からの上昇プルームの影響を比較・議論した。
- 地殻-上部マントルでの地殻流体(水溶液、超臨界流体,マグマ)の存在量や分布形態をとらえるため,観測される地震波速度と電気伝導度を同時解析する手法を開発し、東北地方における観測データに応用した。その結果、玄武岩質マグマ、安山岩質マグマ、水溶液流体が識別・定量され、地震、火山、地殻流体の関係性が議論された。
火山の諸現象,地球や惑星を構成する物質の進化,地球内での物質循環などを探求する研究を,微量元素,同位体などのトレーサーを用いた地球化学的手法で行っている.沈み込み火山のマグマの生成には,沈み込むスラブからの流体が関与していることが知られている.流体の関与の指標として,ホウ素(B)の濃度や,ホウ素と他の微量元素との比(例えばB/Nb)が有効であることが知られている.ホウ素は化学的な取り扱いが難しく,また分析中に環境からの汚染を受けるため,今世紀にはいってから,化学処理が不要な即発ガンマ線分析により定量が行われてきた.しかし,2011年の原発事故以降,実験用の原子炉の利用が難しくなり,国内での研究は止まっている.そこで所内の既存の実験設備をホウ素分析に適した環境に改善し,ホウ素を湿式分析により定量分析を行えるようにした.クリーンルームの空気導入フィルターを低ホウ素の素材に切り替えるなどでブランクの低減を図り,同位体希釈分析による定量法を確立した.ホウ素の信頼できる定量値が報告されている標準岩石試料を用いて,分析の正確さ,精度や,どの程度の低濃度の試料が分析可能かについて検討した.その結果,比較的ホウ素濃度の高いJB2から,ホウ素濃度が1ppm以下のBIR2にいたるまで,これまでの報告値と,よく一致する定量結果が得られた.この成果は論文発表され,一般共同利用研究などで島弧マグマの研究に適用されている.
火成岩や地球外物質(分化隕石や小惑星サンプルリターン試料)に含まれる希ガス同位体組成をもとに,太陽系や惑星の形成・進化史,惑星内部からの脱ガスや大気形成過程,火成活動の特性などを解明する目的で研究を行っている.希ガスは不活性であり物理的プロセスを探求するのに有用なトレーサーであるとともに,4He,40Ar,129Xe といった年代測定に応用できる放射起源同位体を有する.これまでの分類から外れるような分化隕石や始原的隕石(コンドライト)との関連性が示唆されるような分化隕石について,それらに含まれる希ガス同位体や年代学的情報などから,経験した熱史や母天体像などに関する考察を進めた.
また,小惑星探査「はやぶさ2」や火星衛星探査「MMX」プロジェクト(ともにJAXAが主導)に参加している.はやぶさ2で回収された小惑星リュウグウ試料の揮発性元素の含有量・同位体組成からは,リュウグウ試料はこれまでに見つかっている始原的隕石と比べて変成を受けておらず太陽系形成初期の情報を示すことが明らかになった(九州大学の研究者等との共同研究).さらに,将来の惑星探査機への搭載やその場観測での運用を目指し,小型K-Ar年代測定装置、および分離膜を用いるネオン同位体分析手法の開発を進めている(理学系研究科の研究者等との共同研究).前者の装置では,岩石試料にレーザーを照射し、Kを分光分析で,Arを質量分析計で測定を行う.火星隕石の鉱物観察をもとに,火星上で年代決定を行うための測定条件(レーザー径やスポット数など)を調べた.後者については,希ガスの一元素であるネオンは大気進化過程を考える上で重要な元素であるが,質量分析計による測定においてはアルゴンとの干渉があるため両者の分離が必要である.室内実験では液体窒素や冷凍機を使用して分離するが,その場観測では難しい.そこで,膜の透過性質を利用して分離する方法の実証試験を行い,膜材としてポリイミドを利用することで効率良く分離できることやその固定方法を明示した.
浅部マグマ活動に関する研究では,マグマ活動の実体を明らかにすることを目標に,化学組成,含水量測定や組織観察を中心とした火山噴出物の解析を行なっている.マグマ中の含水量は火山噴火のポテンシャルとして重要であり,噴火に到る準備過程を理解する上でマグマ中の含水量変化を明らかにする意義は大きい.また,含水量を適切に評価することによって,斑晶鉱物やマグマの液組成を用いた熱力学的温度圧力計の精度向上も期待できる.斑晶の組成累帯構造や石基組織の観察からは,噴火に伴うマグマの運動についての情報が得られる.これらの情報を総合して,火山噴火の前駆現象の解明に取り組んでいる.
2023年度は火山噴火予知研究センター,山梨県富士山科学研究所,常葉大学,静岡大学,鹿児島大学,防災科研との共同研究を実施し,西之島,諏訪之瀬島,伊豆大島,富士山,霧島, 桜島, 硫黄島など,いくつかの活動的火山について噴火前のマグマの状態を検討した.加えて,受託研究「次世代火山研究推進プロジェクト」の一環として,火山噴出物の分析・解析プラットホームの構築を進めている.これは,膨大な量の火山噴出物を高精度かつ高効率に解析可能にするとともに,火山噴出物解析の自動化と分析結果のデータベース化によって火山噴火の推移予測に資することを狙っており,取得したデータを用いて,マグマ供給系の時代変化の検討や様々な火山のマグマ供給系の類型化を進めている.
一例を挙げると,マグマ供給系の類型化の一つとして,上昇するマグマの挙動をマグマ上昇開始の要因が,「マグマ注入による過剰圧獲得の場合」と「マグマの分化による浮力の獲得の場合」について,富士山のマグマ供給系についてのデータをもとに数値計算を使って考察した.マグマ注入による過剰圧獲得から噴火に到る場合には,上昇途中の火道の経路が噴火するか否かを強くコントロールするとともに噴火未遂が発生する可能性も高い.一方,マグマが分化して浮力を獲得した場合,とりわけ,マグマの含水量が高い場合には,上昇経路形成による過剰圧の消費がマグマの体積膨張の効果で緩和されるため,マグマの上昇が妨げられることなく最終的な噴火に到りやすい.こうした検討結果と実際の富士山での火山活動がうまく対応するかについて,現在は噴出量階段ダイアグラムと噴出物組成の定量的解釈を行なっている.
前年度、多相固相系のクリープと粒成長は同じメカニズムで進むと予想し、実験的にそれを実証した(Okamoto & Hiraga, 2022 JGR)。今年度は、その事実を用いて下部マントル粘性率推定を行った(Okamoto & Hiraga, 投稿中)。マントル物質が下降する際、深さ660 kmでの相転移によって、粒径が実質ゼロにリセットされる。その後、粒成長が開始し、それが対流する期間継続するとした。これまで報告されたブリッジマナイトおよびポストペロブスカイト相中の自己拡散係数および拡散パラメータをまとめ、下部マントルの温度・圧力条件下で深度と共に変化する拡散係数を得た。その拡散係数、粒成長則および拡散クリープ則を用いて計算された粒径および粘性率を求めた。結果は以下のとおりである。深さ660 kmを下方通過後、ブリッジマナイト安定深度域内を下降するマントル内でほぼ一定となる粒径に直ちに到達する。ブリッジマナイトからポストペロブスカイトへの相転移直後にも急激な粒成長が生じる。コアからの熱供給により高温な下部マントル底部をマントル物質が水平方向に移動する期間も粒成長が継続する。マントル上昇(湧昇)に転じるまでに粒径は~10 mmに達し、そのサイズは上昇流中さらなる粒成長が生じえないほど十分に大きい。得られた粒径および拡散係数より、マントル対流時の深度と共に変化する粘性率を得た。マントル下降流および上昇流の温度差が小さい場合には、下降マントルが細粒であるために上昇マントルと比べ低粘性になりうる。地球物理学的に推定されるブリッジマナイト安定域での深度ともに1021から1023 Pa·sと変化する粘性率、ポストペロブスカイト安定深度域で推定される1016から1020 Pa·sの低粘性率がよく再現された。
国際室は教授5名,准教授4名,オブザーバー(所長,事務長,副事務長,人事及び研究協力担当)及び業務スタッフ(特任専門職員2名,技術補佐員1名)で構成され,ほぼ毎月定例の国際室会議を開催して運営にあたっている.共同利用担当など事務部を支援して,海外からの研究者招聘(長期・短期)業務に加え,地震研に滞在する研究者・留学生の招聘に関する手続き支援,学術協定締結・更新業務,協定に基づく共同研究や全学主催の行事への派遣,ワークショップ・サマースクール開催に関する業務を行っている.育成室・広報アウトリーチ室と協力し,国際学会でのブース展示をここ数年実施している.
4.2.2-1 招聘事業
外国人研究員の招聘事業は, 3ヶ月以上の長期招聘(特任教授・准教授などの教員級と若手のPD級)と3ヶ月未満の短期招聘との2種類で構成されている.長期招聘研究員については,地震研ホームページで公募し,パンフレットを作成して国際学会で配布したりなど広く呼びかけており,令和2年度34名,令和3年度33名, 令和4年度24名,令和5年度20名, 令和6年度20名の応募があった.短期招聘については,地震研の教員による推薦として所内公募を行っている.これらの応募者について,国際室メンバーで選考会議を開催,候補者を決定し,教授会・共同利用委員会へ推薦している. 令和5年度の外国人研究員のリストを[表4.2.1](長期招聘者), [表 4.2.2] (短期招聘者)に示す.
また招聘研究者への待遇・環境改善に取り組んだ.
4.2.2-2 国際共同研究・教育の推進
2019年度まで実施していた中国科学院大学のサマースクールへの講師派遣は行われなかった.2023年12月3日には,神戸大学の山本由弦教授を講師として三浦半島への巡検を実施し,招聘者4名と職員・学生等,計17名が参加した.今年度で9回目となるJSTさくらサイエンスプログラムによるサポートを受けて,8月19日-9月8日の間,インド科学教育研究大学コルカタ校(インド),ケンブリッジ大学(英国), カルフォルニア大学リバーサイド校(米国), マヒドン大学(タイ), チリ大学(チリ), マルア大学(カメルーン), アンタナナリボ大学(マダガスカル), 国立中央大学,国立台湾師範大学(台湾), 同済大学, 北京大学, 中国科学院(中国)各1名の計12名の大学生・院生を約3週間招聘し,滞在中,学生たちは受入教員の指導のもとそれぞれの研究に従事した.また伊豆半島・大島への巡検(8月27-28日),ポスター発表(9月7日)を行った.参加学生からのアンケート結果は,おおむね好意的であった.協定を締結している中国北京大学地球・空間科学学院と9月24日から同月29日まで北京大学にてジョイントセミナーを共同開催し, 地震研より教員,研究員・学生ら計9名が参加し研究活動に関する発表と活発な意見交換が行われた.
4.2.2-3 国際アウトリーチ活動
EGUおよびJpGUでの展示は,広報アウトリーチ室と協力して実施し,国際室招聘プログラムの紹介活動を行った.ブースへの来訪者は多く,数名のOB・OGの訪問もあり,盛況であった.
大量の地震計・気圧計・水圧計などのデータを丹念に解析し,ノイズと思われていた記録の中から新たな振動現象を探り当て,その謎の解明を目指している.その際,大気-海洋-固体地球の大きな枠組みで現象を捉える事が重要である.
(3-1) 脈動実体波に関する研究
脈動実体波を全球的に検出するため,新たにauto-focusing法をを開発した.この手法では,波面曲率とスローネスの情報を用いるため,震源の重心位置と外力を精度良く推定することが可能となった.この方法を2004年から2020年までの日本国内の約780のHi-net観測点の地震記録の鉛直成分に適用した.また海洋波浪数値モデルに基づく合成CSFカタログとの比較し,地震波のS/N比が検出を制約するものの,時間的・空間的パターンは概ね一致している事が分かった.例外的に、海洋波浪モデルはカーペンタリア湾の重要な活動を説明できないことも明らかにした.2023年度には,新たにS波脈動の系統的な検出を行い,その励起メカニズムについて議論した.
本研究は,遠く離れた嵐によって励起された地震波を使って嵐直下の地球内部構造が推定で きる可能性を示している.地震,観測点ともに存在しない海洋直下の構造を推定できる可能性 を意味し,地球内部構造に対して大きな知見を与える可能性がある.
脈動実体波を用いた観測点下の深部構造推定のため,一般化したレシーバー関数解析法を開発した.解析には,Hi-net観測点691点の上下動・水平動の速度計記録を利用した.昨年度作成した脈動実体波のカタログに対して,一般化したレシーバー関数解析手法を適用した.得られた全レシーバー関数にアレー解析を適用したところ,日本列島直下のマントル不連続面でのP-s変換波(P410s/P660s)の検出に成功した.この結果は、脈動実体波の利用により,地震活動とは独立に観測網直下のマントル不連続面を検出できることを示唆している.
(3-2)海洋島の地震計記録から海洋外部重力波活動を推定する
海洋島に設置された広帯域地震計のノイズレベルを解析してみると,しばしば周期100秒から数100程度のブロードなピークが観測される.原因として海洋外部重力波起源だと考えられているが,定性的な議論が中心となっている.最近,津波(物理的には海洋外部重力波と同一の減少)の伝搬にともなう海洋島の弾性変形(Nishida et al.,2019)の定量的な評価できろことがわかってきた.しかし津波は物理的には外部重力波であるが,平面波を仮定していたため,そのままではその活動の見積もりに使うことは出来ない.そこで,津波に対して開発した手法をランダムに励起された海洋重力波に対して拡張し,海洋外部重力波の定量的な議論の可能性を示した.
2023年2-3月に、チリのパタゴニア地方、タイタオ半島において、カトリカ大学(当時)のAndres Veloso教授と学生5名とともに、湧出する温泉の調査を行った。沿岸から湧出する温泉の温度は最高97℃と高温であることや、湧出する場所が別途地質調査から判明している破砕帯の位置に一致することなどが判明した。また温泉地帯の沖合で地形調査・温度計測を行い、海底からの熱水湧出の可能性のある水温異常を検出した。その後、調査に参加した大学院の学生が地震研究所に5か月滞在し、タイタオ半島の断層分布をもとに熱水循環計算を実施している。さらに、2024年度に新たな海洋調査をチリ三重会合点で実施する計画が、Andres Veloso教授から伝えられ、協力することで合意した。
IODP(国際深海科学掘削計画)で実施した南海トラフ地震発生帯掘削を総括するワークショップを開催した。またIODPに続く新たな海洋科学掘削計画(IODP3)の制度設計に、JDESC理事として参加した。中でも掘削提案の作成を行う国際ワークショップの開催を欧州の研究者とともに主導した。
日本海溝海側の正断層付近の流体移動様式解明のため、新青丸に乗船して熱流量測定を行った。また同海域周辺の研究結果に関する共同利用研究集会を東北大学の平野氏と共催した。
(1) 古い地震記録に基づく地震・津波の研究
地震研究所や気象庁などに保存されている古い地震記録を用いて過去に発生した大地震の研究を行っている.関東地震発生100年を機に,地震研究所に残る関東地震の本震の地震記象について特徴をまとめ,特集ページで画像とともに公開した.データベース公開に向け,1923年関東地震の記録の数値化を継続している.
(2) 史料に基づく古地震・津波の研究
2017年度に地震研究所と史料編纂所の部局間連携機構として「地震火山史料連携研究機構」が設置された.この機構では,地震研究所で刊行されてきた『新収日本地震史料』等の史料集を電子化した上で,原本もしくは翻刻した刊本を参照して点検する校訂作業を行っているほか,各地の日記などに書かれた被害を伴わない地震も含めた「日記史料有感地震データベース」を作成している.
大正・元禄以前の関東地震の候補として,1495(明応4)年,1433(永享5)年,1293(正応6)年,878(元慶2)年が挙げられているが,これらの組み合わせによって今後30年間の発生確率が0~19%と大きく変化することを示した.また,1923年の関東大震災の際に日本に滞在していた外交官が本国に報告した文書を整理して刊行した.
(3) 地質痕跡に基づく古地震・津波の研究
琉球海溝沿いのサンゴのマイクロアトールの形状・年代から過去の水面変動を復元する研究を,パリ地球物理研究所や琉球大学などと共同で行っている. 2018年に石垣島・宮古島などで採取した現生のサンゴ試料について解析結果を出版し,化石サンゴについても分析を進めた.また,トンガにおいて津波で移動した巨礫(津波石)の放射年代や残留磁気を測定し,津波の発生年代を推定した,
特定共同研究「地質記録と数値シミュレーションに基づく南海トラフ〜琉球海溝の長期間の津波発生履歴と巨大地震破壊域の解明」では, 鹿児島県志布志湾に面する沿岸低地において津波堆積物の掘削調査を行った.また,この地域における津波堆積物は火山砕屑物で構成されているため,その標準試料を採取するための露頭調査も実施した.採取した試料に対しては,粒度分析,地球化学分析や火山灰分析,放射性炭素年代測定などを行い,調査地域の沿岸に存在していた火山砕屑物が,約4600年前に発生した津波によって再移動した可能性を示した.