「部門・センターの研究活動」カテゴリーアーカイブ
3.7.1 海・陸機動観測による地球内部構造とダイナミクスの解明
海半球センターでは,センターの立ち上げ当初から固体地球科学分野の基礎的な重要課題を解明することを目的にした,大型科研費によるプロジェクトを実施してきた(海半球ホームページ).また並行して,常に一段質の高い観測研究を進めるための観測機器開発と解析手法開発を行なってきた.海半球計画(1996–2001 年)においては,西太平洋域に総合的地球物理観測ネットワークを構築して地球内部をグローバルな視点で見る基盤を整えた.また,地震と電磁気の海底長期機動観測装置を開発して,グローバルな観測網よりも高い解像度を獲得した.2004–2009年度の特定領域研究「スタグナントスラブ:マントルダイナミクスの新展開」(スタグナントスラブ計画)では,太平洋プレートの沈み込みに焦点をあて,観測網と機動観測からアプローチする我々のグループに国内の高温高圧実験グループと計算機シミュレーショングループを統合して,スラブの滞留と崩落のメカニズムおよびそのマントルダイナミクス,更にその地球史上の意義を明らかにした.2007–2011年度の科研費基盤研究(S)(NECESSArray計画)では,日中米の国際協力により,中国東北部に120点の広帯域地震観測網を展開し,直下のマントル遷移層に横たわるとされるスタグナントスラブ構造解明を目指した.その結果,中朝国境に存在する巨大火山・長白山の下の遷移層で横たわるスラブが欠如していることが描出され,マントル深部から長白山にマグマを供給する経路が存在する予想外の可能性が明らかとなった. 2010–2014年度の科研費特別推進研究「海半球計画の新展開:最先端の海底地球物理観測による海洋マントルの描像」(ふつうの海洋マントル計画)では,自ら開発した世界最先端の海底観測装置と観測技術を駆使して,海底拡大軸・ホットスポット・プレート収束帯などの影響を受けずにほぼ水平なマントル流があると期待される,「ふつう」の海洋マントルにおいて,(a) リソスフェアーアセノスフェア境界(LAB)の原因および (b) マントル遷移層の水分布という,2つの固体地球科学分野の根本的課題の解明を目指し,北西太平洋のシャツキーライズの北西側(海域A)および南東側(海域B)の2海域[図3.7.1]における観測を実施した.年代が近い両海域においても構造が顕著に異なることが明らかとなり,マントル史をふまえた成因の解明の必要性を再認識した.
2014年度からは,以下に示すように,太平洋域の約2億年に渡る進化の解明からマントルダイナミクスの理解を深化させることを目的とした,国際共同による「太平洋アレイ(Pacific Array)計画」に基づいた観測研究を実施している.これに加え,小笠原西之島,チリ三重会合点の観測研究を実施するとともに,観測機器開発を継続している.
(1)太平洋アレイ計画 (Pacific Array)
(1-1) 経緯と計画の概要
特別推進研究「ふつうの海洋マントル計画」では,プレートテクトニクスの基本的な構造が存在すると考えられる海洋リソスフェア・アセノスフェアシステム(LAS)の解明を目指した先端的観測研究を行った.その成果として,十数台の広帯域海底地震計/電磁力計からなる小スパンアレイによる1–2年程度の観測により,アレイ直下の地震波速度(方位異方性を含む)・電気伝導度構造について,空白域であったモホ面からアセノスフェアまでの深さにわたる連続探査を可能にする技術革新を達成した(Takeo他, 2013, 2016, 2018; Baba他, 2010, 2017).海洋マントルの地震観測研究が,これまで主に屈折法探査による海洋モホ面直下(海底下10 km程度),またはグローバル表面波トモグラフィーによる深部(–50 km以深)の大まかな構造(水平波長が数千 kmの解像度)のみにとどまっていたことに比べると,この「広帯域海底地震探査」の手法を適用することで,LAS全体を深さ方向に連続的に探査できる[図3.7.2]ようになったことは,観測研究上のブレークスルーと考えられる(同様の解析は電磁気観測データについても可能になった).「太平洋アレイ(Pacific Array)計画」は,このブレークスルーに基礎を置き,海洋底における1–2年間の広帯域地震計・電磁力計アレイ観測(各十数台)を1単位として,時期をずらしながら十年程度で太平洋の広い領域をカバーする観測網の実現を構想している[図3.7.3].“アレイのアレイ” を考えることで国際協力の下,十年程度の時間枠で到達可能な目標となり,海外の当該分野の第一線の研究者らの賛同のもと国際連携体制が作られ,2018年から日韓共同および米国により太平洋の2カ所の海域で開始された.その後,日台共同及び米国のアレイ計画が実施され,2025年度には日独の観測網展開が開始される予定である.
日韓共同及び日台共同の太平洋アレイ観測は,地球上最古の海域でOldest-1及び Oldest-2 海域観測と称して,2018年11月及び2022年9月にそれぞれ展開された.広帯域海底地震計と海底電磁力計をマリアナ東方の太平洋で最も古い海域に展開した.これらのアレイ観測は,太平洋アレイの1アレイとして全体計画に貢献すると共に,太平洋プレート生成のダイナミクスの解明と海洋プレート成長モデルの検証を目的としている.最古の太平洋(170Ma)がより若い太平洋(140Ma)と非常に似たマントル構造を持つこと,最古の太平洋域の中に有意な不均質があり異方性構造などが明確に異なるなど,重要な発見がなされつつある.
日独共同の太平洋アレイ観測は,HEB(Hawaiian-Emperor Bend)海域観測と称して,2025年に展開する予定であり,現在準備を進めている.リソスフェアの静的成長過程として理解されてきたプレート成長モデルを,リソスフェア-アセノスフェア系の動的成長過程モデルに拡張することを志向している.この目的をさらに確実に達成するため,HEBのあとにリソスフェア-アセノスフェア系の沈み込み様式を解明する観測計画を検討している.
(1-2)海底地震観測
「太平洋アレイ計画」の第1期のアレイ観測として,太平洋最古の海洋底(グアム島東方沖)での海底地震・電磁気観測研究を行なっている.その前半部(Oldest-1観測)は韓国ソウル大学との国際共同観測研究として実施され,日韓共同でのデータ解析が継続して行われている.また,第1期アレイ観測の後半部(Oldest-2)は台湾との国際共同観測として基盤研究(A)等により実施されている. 2022年秋に,台湾研究船(R/V Legend)での設置航海が実施され,広帯域海底地震計14台(日本9台・台湾5台)を設置した[図3.7.4].観測機器は2023年秋に回収予定である.
(1-3)海底電磁気機動観測
海底電磁気機動観測は,Oldest-1アレイに7観測点,Oldest-2アレイに10観測点を展開した.現在韓国の共同研究者と共同してOldest-1アレイのデータ解析を進めている.予察的な解析結果は,この海域ではリソスフェアに相当すると考えられる低電気伝導度層の厚さが200km程度にまでおよぶことを示した.この値は,北西太平洋の「ふつうの海洋」域よりも厚く,むしろ東北アウターライズ沖の構造に近いので,古い海盆の構造が単一のリソスフェア冷却モデルでは説明できないとした,従来の研究成果を補強するものである.Oldest-2アレイ[図3.7.4]は2022年秋に展開し,2023年秋にデータを回収した.今後台湾の共同研究者とデータ解析を進める予定である.
(1-4)マントルの高分解能イメージング
Oldest-1アレイ観測で回収された広帯域地震波形連続記録に対して,「広帯域海底地震探査」手法を適用し,太平洋最古の海洋底(約1.7億年)の一次元S波速度構造を求めた.また,位相速度測定が困難であったLove波の基本モード位相速度測定する新手法を開発し,Oldest-1アレイデータに適用して,アレイ直下の異方性を含む1次元S波速度構造を得ることに成功した.得られた構造は等方・異方性構造ともに東西で異なることが明らかになった.韓国との共同研究により,Oldest-1アレイ下のP波速度構造に関しても顕著な不均質構造があり,この地域の海洋マントル構造は複雑であることが明らかとなった.また,太平洋域の陸上および海底地震計記録を用いた表面波トモグラフィー解析により,太平洋全体の3次元上部マントルS波速度構造を明らかにする研究を継続的に行っている.これまで一部の海底地震計データにのみ施していたノイズ除去処理を全ての海底地震計データに適用し,構造モデルの改善を図った.
電気伝導度構造については,「ふつうの海洋マントル計画」の海域A・Bそれぞれで等方3次元構造の解析を進めている.予察的な結果では,海域Aのアセノスフェアの深さにおいてアレイとほぼ同等の幅を持って北東-南西方向に伸張する高電気伝導度領域の存在を示している.前年に公表した1次元電気伝導度異方性モデル(Matsuno et al., 2020)は,高電気伝導度の軸が北東-南西方向であることを示しており,不均質構造モデルと異方性モデルを調和的に説明する解釈を検討する必要がある.現在は,タイの共同研究者と異方性を組み込んだ3次元構造解析を進めている.
(2)その他のプロジェクト
(2-1)小笠原西之島
小笠原西之島周辺海域において,西之島下のマグマ溜りおよび海洋島弧の電気伝導度構造を推定することを目的とした電磁気観測を2016年より継続的に行っている.本研究は,火山噴火予知研究センター,地震火山噴火予知研究推進センター,観測開発基盤センター,海洋研究開発機構,名古屋大学および気象庁との共同プロジェクトである. 2016年10月から2017年5月にかけての第1次観測では,当センターのOBEM4台と海洋研究開発機構のベクトル津波計(VTM)1台を設置・回収した.続いて2018年5月から同9月にかけての第2次観測では,当センターのOBEM5台を設置・回収した.第2次観測の回収の際に海洋研究開発機構のOBEM6台を新規に設置し,2019年5月にそのうち4台を回収した(第3次観測).2台のOBEMは,錘を切り離せず浮上しなかった.いずれのOBEMも音響による錘切離し信号には正常に応答したこと,着底位置が設置時より数10mずれていたことなどから斜面崩壊などで切り離し部が埋まってしまった可能性がある.この航海では,当センターの2台のOBEMおよび海洋研究開発機構のVTM3台を新たに設置した(第4次観測).これらの機器は同年8月の航海で回収予定であったが,台風の影響で航海を実施できなかった.2020年12月および2021年1月には無人潜水艇による潜航調査を含む航海を実施した.第4次観測で設置した機器は5台中2台を自己浮上にて回収したが,これらの機器は設置時の位置から3 km前後も島から離れる方向に移動していたことが判明した.また自己浮上にて回収できなかった機器(当センターの2台のOBEMを含む)のうちのVTM1台および第3次観測で回収できなかったOBEM2台について無人潜水艇を用いて探索したが,機器の発見・回収には至らなかった.構造解析は全ての観測データの収集を待って行う予定であるが,副次的成果として,第1次観測中の2016年11月中旬に全磁力と傾斜に顕著な変動があったことが確認された.この期間,西之島の噴火活動は休止していたが,西之島を取り囲むように設置した5台全ての機器で同時期に変動が観測されたので,火山内部で生じた何らかの現象を捉えたものと考えられる(Baba et al., 2020).第2次観測中の2019年7月には小規模の噴火があり,これに関連すると考えられる全磁力の変化が各観測点で観測された.また西之島東側の斜面に設置したOBEMは設置時と回収時で位置が大きくずれており,OBEMの傾斜変化や磁場データが示すOBEMの回転などと併せて考えると,観測点付近で斜面崩壊を起こったことが推定される.また第4次観測期間中の2019年12月から2020年8月にかけては大規模な噴火が確認されており,回収できなかった機器はこの噴火活動の影響をうけて自己浮上が不可能な状態になった可能性がある.その後,第3次観測で未回収のままとなっていたJAMSTECのOBEM2台のうち1台が西表島に漂着していることが2021年2月に発見され,回収された(Tada et al., 2021).今後は回収に成功したOBEMのデータ解析を進め,所期の目的達成を目指す.
(2-2)チリ三重会合点での海底地震観測
南米チリ南部の三重会合点において,地震研究所・コンセプション大学・神戸大学・JAMSTECとの共同研究として海底地震観測を2019年1月から2021年1月まで実施した.同海域は生成されたばかりの海底と高温の拡大軸(リッジ)が南米大陸下へ沈み込もうとしている場所で,2009–2010年に実施した予備的海底地震観測(5観測点)では多数の微小地震活動や非火山性低周波微動が検出された.今回の観測研究プロジェクトでは,より詳細な成果を目指し,広帯域海底地震計(BBOBS)8台と1Hz長期海底地震計(LTOBS)5台を,約10km間隔で展開した.設置は研究船「みらい」,回収はチリ海軍パトロール船「Cirujano Videla」にて実施した.1台のBBOBSを夜間の海面浮上後に亡失したが,約2年間の観測データが12観測点で得られた.データ解析は日本・チリで分担し進行中.本観測期間で2000個以上にもなる微小地震の震源が決まり,第一報の論文は2023年2月に公表された(Ito et al., J. S. Am. Earth Sci., 124, 2023).2009-2010年分も含めた観測データ公開を2023年3月に本センターのOHPDMCにて開始した.
3.6.6 その他の火山に関する研究
(1)西之島における噴火活動の把握
小笠原諸島の西之島は,2013年11月に海底噴火を開始し,2015年11月頃までに噴出した溶岩は旧島の大半を覆い,面積で2.7㎞2,噴出量は1.6㎞3に達した(第1期).2017年4月(第2期)および2018年7月(第3期)には活動が再び活発化して溶岩を流出したが,活動の規模は次第に低下し,一旦沈静化した.2016年10月と2019年9月には上陸調査を実施し,噴出物の調査と旧島上への地震・空振観測点の設置を行った.その後,2019年12月に再び活動が始まり,2020年8月まで噴火は続いた(第4期).2021年8月には小規模な噴火が起き(第5期),その後も顕著な噴気活動や変色水が認められるなど,やや活発な状態にある.火山センターでは関係者と協力しつつ,地質学と地球物理学の両面から火山活動の把握と西之島の成長プロセスの解明を目指して研究を進めている.
遠隔調査:2013年11月以降,西之島の成長過程を衛星画像に基づいて把握し,溶岩噴出率の推移等を明らかにしてきた.2016年6月の観測では気象庁の啓風丸の協力を得て,無人ヘリコプターによる観測を実施し,溶岩流の形態的特徴の詳細やスコリア丘の表面に発達した亀裂構造を観察,岩石試料採取を行った.また,第2期および第3期活動後にも,気象庁の凌風丸および啓風丸の協力を得てドローンによる地形観測,試料採取等を行い,それぞれの活動の概要を把握した.他の部門・センターとの共同研究では,西之島周辺海域に海底地震計を設置して,噴火活動に伴う振動を連続的に観測することに成功し,2015年から2017年にかけての噴火活動の推移を連続的に把握した.一方で,第2期の活動推移を明らかにするために,ひまわり8号赤外画像,ランドサットOLI,プレアデス,ALOS-2画像等の高分解能衛星画像を用いた解析を行った.この結果,第2期活動は2017年4月中旬から8月上旬まで続き,陸上と海面下を合わせた総噴出量は1.6×107 m3 ,平均噴出率は1.6×105 m3 /dayと推定され,当該期の平均噴出率は第1期と同程度かやや低いことが明らかになった.第4期活動についても衛星画像の解析を中心に噴火活動の推移を明らかにする研究を進め,2020年6−7月には過去最大の噴出率(106 m3 /day以上)を記録し,噴火様式が大きく変化したことを明らかにした.2020年12月には海洋研究開発機構と協力して,ドローンによる地形地質の調査,岩石試料採取を行った.島の面積や体積などの地形変化量を明らかにしたほか,噴出物の分析により,第4期活動ではマグマ組成が安山岩から玄武岩質安山岩へと変化したことを明らかにした.2021年の第5期以降についても環境省の調査への協力や新青丸を活用した遠隔調査(2022年1月)を行い,活動状況の把握に努めている.このような調査と並行して,活動状況の把握のために,Sentinel-5 Precursor搭載のTropospheric Monitoring Instrument(TROPOMI)を用いた二酸化硫黄(SO2)放出率の推定を行った.2021年8月以降,検出限界(100 ton/day)以下から1000 ton/day程度の値で増減を繰り返しながら推移していたが,2022年7月下旬より徐々に増加し,9月には3000–5000 ton/day程度に達した.10月には,明瞭な火山灰を含んだ噴煙が確認され,この灰噴火は10月中旬まで継続した.この間SO2放出率は,日平均で最大16000 ton/day程度の値を記録した.噴火終了後も11月までは2000 ton/day程度の値を維持している.
西之島から130 km離れた父島に設置した空振計と気象庁の地震計のデータを用い,相互相関解析から,西之島の噴火に伴う空振活動の把握を行っている.2020年の噴火以降鎮静化していたが,2022年10月から再び空振が見られるようになり,11月には噴火活動期と同程度の振幅の空振が父島で観測された.また,本年度,電力不足による欠測の問題を改善するため,低消費電力の機器に一新した.
上陸調査: 2015年秋以降の活動低下を受けて,2016年10月16日から25日にかけて西之島の火山活動と生物相の調査を実施した.上陸調査では,西海岸および旧島で地形・地質の調査および火山噴出物採取,地震・空振観測点の設置,噴火後の海鳥営巣状況の把握が行われた.また同航海中に,西之島周辺海域での海底地震計,海底電位磁力計の設置・回収とウェーブグライダーを用いた離島モニタリングシステムの試験も実施した.旧島上に設置した地震・空振観測点は,第2期活動の噴火開始1日前から火道内部のマグマ上昇を示すと考えられる低周波地震や傾斜変動を捉えることに成功した.一方,採取した第1期噴出物の全岩化学組成分析を行った結果,全試料について安山岩組成であり,1973-1974年噴出物と旧島溶岩との中間的な組成であることや,時間経過とともにSiO2含有量が低下,MgO含有量が増加したことなどが明らかになった.
2019年9月には環境省の総合学術調査に参加し再度上陸する機会を得て,第2期以降の噴火活動により生じた地形や地質,噴出物の調査と試料採取,地震・空振観測点の再設置を行った.2017年噴火により島の西側および南西側に流出し,地形を大きく変えた溶岩流は,地質学的には第1期活動の噴出物とよく似ていることがわかった.一方,全岩化学組成分析の結果,噴出物は安山岩であるが第1期噴出物とわずかに異なり,SiO2 含有量の低下やMgO含有量の増加が認められることがわかった.2019年12月には再び噴火が始まり,爆発的噴火と溶岩の流出により島は再び成長を始めた.再設置した地震計や空振計により,新たな噴火活動の開始の様子やその後の噴火推移を捉えることに成功した.
(2)福徳岡の場2021年8月噴火活動の研究
小笠原火山弧に属する福徳岡ノ場海底火山において,2021年8月13日に大規模噴火が発生し,噴煙高度は16 kmに達した.浅海の噴火口から生じた大規模噴火の推移が捉えられたのは初めてのことである.衛星・空振・噴出物等の多項目データの分析を行い,その活動推移をまとめた.その結果,噴出量はおよそ0.1 km3(マグマ換算)で,その大部分は噴出源における浮遊軽石と新島の形成に費やされたことがわかった,また,外来水を考慮した噴煙モデルに,浮遊軽石からの熱量の効果を取り込み,噴煙高度を説明する噴出率条件を調べたところ,既存のモデルから期待されるより二桁小さい噴出率である可能性が示された.
(3)海外の火山における噴火活動の研究
トンガ王国のフンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ海底火山において,2022年1月15日に大規模噴火が発生し,噴煙高度は55 kmに達した.この噴火に伴う大気波動,地震,津波が世界各地で観測され,日本にも大気波動と結合した津波が到来し被害も発生した.インドネシアのクラカタウ火山で1883年に発生した大噴火とよく似た規模・様式のイベントであるが,近代的な観測網で捉えられたのは初めてである.衛星データと遠方の地震計・気圧計データの解析を行い,その活動推移をまとめた.また,高密度重力流シミュレーションにより津波発生過程の検討を,火山噴煙シミュレーションにより大規模噴煙や火山雷発生過程の検討を進めた.また,トンガ地質サービスとの共同研究として,トンガ国内の調査及び噴出物採取を行った.また,噴火で切断された海底光ケーブルを用いた分散型音響計測(DAS)実験を行い,ローカルな微小地震を捉えることに成功した.
3.6.2 浅間山
浅間山に関してはこれまでの本センターの研究により以下のような知見が得られている.
(1)長周期パルス(VLP)・火山ガス噴出と火道浅部構造の関連
浅間山の火山ガス観測は,2009年以降,東京大学大学院理学系研究科,産業技術総合研究所地質調査総合センターと共同で進めている.山頂部における稠密広帯域地震観測データの解析から,長周期地震波パルス(VLP)の詳細な特徴が明らかになっている.VLPは火口北側浅部に位置する傾斜クラックがガスの流入に応じて開閉することで発生しており,火山ガス観測データとVLP活動の比較から,地震活動と火山ガス放出に関する定量的な関係や2009年微噴火前後の脱ガス機構の変化が明らかになっている.また,宇宙線ミューオンによる観測装置により検出された火口底直下の低密度領域とVLPとの関係が議論されている.一方,浅間の山頂付近で行っている多成分ガス観測から,火道内マグマ対流による脱ガスメカニズムの存在が示唆され,また,マグマ対流による流量変化は火道径の変化により生じていると推定されている.さらに,VLPの精密震源決定に基づいて,VLPが深部からの急激なガス流入により励起されている可能性も示唆されている.2023年度には,長期間のVLP検出カタログを用いて,VLP震源の長期変動を調べる研究に着手した.2009年秋からは釜山南で全磁力の観測を開始し,全磁力変化から山体内の温度変化を捉えられるようになった.火山ガスの放出状況,VLPやN型地震の発生状況と震源位置に加え,電磁気的な情報が加わったことにより,浅間山浅部における火道の閉塞状況や高温ガスの流れなどがより明瞭に捉えられつつある.
(2)浅間山の電磁気探査
地震波速度構造によって浅間西域に低速度異常が見つかったことを受け,2018年度にはその異常域の検証および解明を目的として,同領域において比抵抗探査を実施した.その結果,浅間周辺の広域比抵抗層の分布があきらかになり,現在の浅間山との関係について解析が進められている.浅間山の噴火口が古くは烏帽子山,その後,黒斑山,浅間山と西から東に遷移していることから,元のマグマ溜りは現在の浅間山より西側に位置していることが示唆される.
また,浅間山の火山活動モニタリングの一環として全磁力連続観測も実施している.地殻活動による磁場変化は,力学的変化,化学的変化など複数の要因があるが,火山地域では,熱的変化(熱消磁,冷却帯磁)がその大きな要因であり,磁場変化を検出することで,地下の温度変化をモニタリングすることができる.本センターでは,浅間山山頂域の北側および南側に1点ずつ,東山麓に1点の計3点で連続観測を行っており,全磁力の変化と火山活動の関連を継続的に調べている.
(3)地震波速度構造探査および地殻変動観測に基づくマグマ供給系の解明
浅間山における地震活動と活動期における地殻変動観測から,活動期には山頂西側数kmの海面下1km付近にまで板状マグマ(ダイク)が貫入することが明らかになっている.地下構造がそのマグマ輸送経路に与える影響を評価するために行った人工地震および雑微動を用いた地下構造探査の結果から,現在の活動にともなう西側へのダイク貫入は,過去にも繰り返し発生し地震波高速度領域を作ってきたこと,浅部では過去の活動にともない固化したマグマによって現在のマグマ輸送経路が規定されていること,山頂西側約8kmの海面下5-10km付近にマグマ溜まりが存在することが明らかになっている.浅間山周辺では,深部のマグマ溜まりへのマグマ蓄積過程やマグマの浅部への移動を捉えることを目的としてGNSS観測を継続している.また,火口周辺にも傾斜計を複数点設置し,噴火直前の山体膨張を捉えることを目指している.
(4)大規模噴火における噴火遷移とマグマ蓄積条件の解明
18世紀天明噴火のマグマ上昇過程,噴火推移とその原因を明らかにするために,噴出物の地質調査,化学組成分析および岩石組織の解析を進めている.プリニー式噴煙柱および火砕流(吾妻火砕流)由来の噴出物について,石基組織の詳細な解析を行った結果,噴煙柱由来の降下堆積物と火砕流由来の堆積物とで,気泡数密度や気泡サイズ分布等の特徴が大きく異なることがわかった.このような岩石組織の差異はマグマ上昇時の減圧過程の違いを反映したものと考えられ,噴火様式の変化とも密接に関係している可能性がある.そこで,石基・鉱物化学組成にもとづくマグマの温度や含水量の推定,理論モデルによる減圧率の推定などを行い,マグマ上昇過程や噴火様式の遷移条件に制約を与えることを試みている.また,16 kaに発生した2回のプリニー式噴火の研究にも着手し,噴出物の物性,組織,化学組成の分析を行い,噴火推移の再構築とマグマ溜まり条件の推定を行った.その結果,同様の噴火規模やマグマ蓄積条件であっても,噴火強度がしだいに激化するタイプと減退するタイプに区別されることが明らかとなり,そのメカニズムについて考察を進めている.