(1)⻑周期地震動の研究
⻑周期地震動(周期2秒程度から10秒以上)は,超⾼層ビルや巨⼤⽯油タンクなどの⼤規模な構造物の急激な増加によりその重要性を増している.被害を及ぼすような⻑周期地震動はプレート境界⼤地震から発せられるのが典型であり,これらの地震では,表⾯波による伝播経路効果とサイト増幅効果の組み合わせにより遠⽅の堆積平野等に強い⻑周期地震動をもたらすことを明らかにした.また,内陸活断層地震の震源断層ごく近傍の強震動 に,周期1〜10秒以上の広い帯域の⻑周期地震動が含まれることや(2016年熊本地震),深発巨⼤地震(2005 年⼩笠原諸島⻄⽅沖地震)においても,表⾯波によらない⻑周期地震動が近地波動場に強く⽣成することが確認された.
(2)⻑周期地震動予測地図と全国1次地下構造モデル
上記の震源効果・伝播経路効果・サイト増幅効果を精度良く評価する⼿法として数値シミュレーションを採⽤したが,この⼿法では堆積平野や伝播経路を含む三次元速度構造モデルとプレート境界地震の適切な震源モデルが決定的に重要である.そこで,モデル化の標準的な⼿続きを定めた上でモデル構築を⾏い,それらモデルを⽤いて想定東海地震,東南海地震,宮城県沖地震や,南海地震(昭和型)に対する⻑周期地震動シミュレーションを⾏った.その結果をハザード地図として表現するため,最⼤地動速度や地動継続時間,及びいろいろな周期の速度応答スペクトルの分布図を作成した.これら分布図は地震本部の地震調査委員会から「⻑周期地震動予測地 図」試作版として公表され,構築した「全国1次地下構造モデル」暫定版も同時に公開されている.
(3)⻑周期地震動の即時予測に向けた研究
⼤地震による⼤型平野での⻑周期地震動の即時予測に向け,⽇本列島の強震観測網で捉えた揺れの記録と,不均質な地下構造を考慮した地震波伝播シミュレーション結果を同化し,最新の同化波動場に基づいて数⼗秒後の波動伝播を⾼速により予測する,データ同化・予測システムの開発研究を進めている.陸域の⾼密度強震観測網(K-NET, KiK-net)に加えて,近年海域に設置が進むDONETやS-net等の海域強震・津波観測網のデータを⽤いることで,海溝型地震の発⽣を即座に把握し,強い揺れの到着に先⽴って揺れと被害の予測が期待される.さらに,地震波伝播の応答関数(グリーン関数)を予め計算しておくことで,瞬時の予測に繋げることも可能であ る.また,同化波動場を初期値として,発震時にまで遡った地震波の逆伝播計算を進めることで,⻑周期地震動の⽣成のヒントとなる震源および地震波の放射位置(断層すべり)を推定することも可能である.⻑周期地震動の即時予測の実現に向け,リアルタイムにデータを伝送する強震観測点の整備と,全国地震観測データ流通ネットワーク(JDXnet)とSINET5を通して観測データを東京⼤学情報基盤センターのWisteria/BDEC01スパコンに取 り込み、⻑周期地震動のリアルタイム予測を⾏う統合システム開発を関係機関との共同研究により進めている.
(4)深発巨⼤地震による⻑周期地震動
太平洋プレートで深発地震が発⽣すると,プレートに沿って地震波が遠地まで良く伝わることで,関東〜東北〜北海道の太平洋沿岸に沿って⼤きな震度が現れる現象は,「異常震域」として良く知られている.冷えた,堅いプレートが地震波を良く伝える効果,さらに,プレート内部の不均質構造における⾼周波数(f>1-2 Hz)地震波の前⽅散乱による「プレートの導波効果」によるものである.このため,異常震域で観測される地震動は⾼周波数成分のみが含まれ,強い散乱によって⽣じた⻑い波群を持つ特徴がある.⼀⽅,2013年オホーツク海深発地震(深さ610 km, Mw8.3)では,北海道から東北の⽇本海側の震度が⼤きい,通常の異常震域とは逆の震度分布が現れた.広帯域地震計記録を調査したところ,強い揺れは,周期2秒以上の⻑周期成分に富み,それらは震源から上部マントルに向けて放射されたS波とそのsP変換波,さらに遠地では地表でのsS反射波であることが確認できた.また,地震波がプレート内を遠距離伝わる間に周期1秒前後の地震波は周囲の低速度マントルへと抜け出す「プレートの反導波効果」が発⽣し,これが太平洋側の震度を⼩さくしていたことも,地震波伝播シミュレーションから確認できた.この地震の際に,震央から5000〜8000 km離れたモスクワやカザフスタンが有感となり,建物からの避難騒ぎが起きた.遠地記録を調べたところ,遠地の強い揺れは厚い⼤陸地殻で⽣成するsSS, sSSS反射波や,地球深部で反射したScS波による,やや⻑周期(5-20秒)に富んだ波動であったことがわかった.