(a)海域T-phaseを用いた海底火山活動モニタリング
2023年10月10日早朝(日本時)150分の間に14回発生した孀婦海山付近の群発地震はマグニチュード4〜5前後であるが最大60cmの津波を発生させた.同時に明瞭な海中音波T-phaseが海底地震計・津波計で記録され,島嶼部と本州や四国の陸上地震観にT-phaseのから変換波が到達している.T-phaseの発生場所を特定するため,震源を囲むように島嶼部の広帯域地震観測点7点のT-phaseを読み取り,震源決定を行った.もっとも遠い観測点は1200km離れた国頭(沖縄)である.海上保安庁が1月に実施した調査により,孀婦海山カルデラ(直径約7キロ)のリム付近に新たな火口発見され,その周辺では最大400mを越える海底地形変化が報告さている.求められた群発地震の位置は新たな火口付近よりも系統的に西側に5~6kmずれている.読み取り精度を上げるため,エンベロープの波形相互による読み取りを試したが,系統誤差に改善が見られなかった.海水温の影響を検討した.水温が上昇すると音速が増える(1度で0.3%上昇)ため,震源から西南諸島観測点への海中音波速度は,南東側の小笠原観測点への経路に比べると,表層から深さ400mまで音速は2-3%速い.T-phaseの走時を波線経路上の平均海音波速度を用いて補正し,震源を再決定したところ,深さ100mの海水温分布を使うと,震源分布は海上保安庁海底地形調査で判明した孀婦カルデラリム海底地形変形域に約2km程度接近し,走時2乗残差も2.9%減少した.今後,海水温3次元分布をより正確に反映した走時補正を試みる.
(b)津波観測網を利用した未知の津波イベントの発見
海底火山活動や海底地すべりや気象擾乱(気圧波)を発生源とする津波は,大きな地震を伴わないため,津波の検出と予測が難しい.またこれら非地震性津波の観測例は少なく,発生の特性(地域や季節)の把握は,発生メカニズム解明や予測研究に欠かせない.微弱な津波まで含むより多くの非地震性津波検出のため,紀伊半島と四国沖に整備された津波観測網DONET連続記録(2016-2023)を対象にネットワーク相互相関法とセンブランスア解析を実施し,遠地の地震性津波と鳥島近海の火山性地震津波のほか,多くの気象擾乱を起源とする微弱な津波(周期700-800秒,最大振幅10Pa)を数多く検出した.気象津波の到来方角は主に西で,発生日の天気図には日本の南方に低気圧や前線がみられる.さらに多くの非地震性津波を系統的に検出・分類し,日本近海の非地震性津波の特徴を明らかにする.
(c)津波干渉法を利用した黒潮モニタリング
黒潮は,海洋物理の研究課題にとどまらず,気象・気候問題,水産資源・海洋汚染・漂流物問題・海洋交通を通じて人間社会に影響を与えており,黒潮流路や強度の予測は,幅広い分野で重要である.2016年から現在まで続いている黒潮大蛇行の原因は未解決であり,成因解明には黒潮流内部構造の情報が不可欠である.黒潮流域に存在するS-netやDONET等の複数の海底圧力計連続記録に波形干渉法を適用すると,実際の津波発生がない場合でも,圧力計間を伝播する双方向の津波波形が構築され,その差から海水流速連続計測が可能となる.今年度は実際に2観測点の海底圧力計の10日程度の連続記録から,波形干渉法により,双方向に伝播する仮想的な津波記録が合成できることを確認した.今後,津波観測網域の多数の2観測点間流速分布から黒潮流路の位置と強度(流速)の深さ分布とその時間変動を連続測定可能にする新手法を確立し,黒潮研究に資する広範囲の3次元黒潮流の時間変動モニタリングの道を拓く.
(d)北硫黄島カルデラ起因の微小振幅津波の検出
北硫黄島カルデラでは,2017年11月15日と2019年3月11日にM5.2–5.3の中規模地震が発生した.熊野灘と紀伊水道沖の沖合津波観測網DONETの高密度な海底水圧計に対し,波形スタッキング手法を適用してシグナル/ノイズ比を向上させ,両地震による振幅1mm程度の極小振幅の津波シグナル検出に成功した.このシグナルを詳細に解析し,北硫黄島カルデラではトラップドア断層破壊による隆起現象が繰り返し発生し,カルデラ内の異なる断層面で断層破壊が交互に繰り返している可能性を示した.本成果は国際誌で発表した.
(e)2023年10月鳥島近海地震の津波解析
2023年10月9日,伊豆諸島の孀婦岩周辺でマグニチュード4~5の地震が繰り返し発生し,その直後,伊豆・小笠原諸島や太平洋沿岸で最大60cmの津波が観測された.地震の規模に対し津波が特異に大きかったため,原因解明が課題となった.本研究ではDONETの海底水圧計データを解析し,約1時間半の間に10回以上津波が発生・重複したことを特定した.これらの津波は孀婦岩周辺で発生した14回の地震と同時刻に生じており,海底の火山活動や土砂崩れが津波の原因である可能性を提案した.本成果は国際誌で発表した.
(f)2024年9月24日鳥島近海(スミスカルデラ周辺)地震の津波解析
2024年9月24日(日本時間),伊豆諸島のスミスカルデラ周辺でマグニチュード5.8の地震が発生し,その後,伊豆諸島を中心に津波が観測された.震源と推定されるスミスカルデラでは,これまで約10年ごとによく似た地震が確認されているが,今回の地震も発生場所・深さ,震源メカニズム解,潮位計で記録された津波の波形・規模,高周波地震波の規模・波形の4点において過去の地震および津波活動と類似していた.これらの類似性から,今回の地震は,過去の事例で提案されてきた,トラップドア断層破壊に伴うカルデラ隆起現象が発生した結果である可能性が高いことを示した.
(g)人工衛星を用いた宇宙からの津波研究
津波は,海域の浅い地震に伴う急激な地殻変動以外にも,海域の火山活動による急激な地殻変動,山体崩壊,爆発的噴火や,火山の爆発的噴火で生じた大気波動の伝播など,多様な要因で発生する.これら非地震性津波予測は、現状では,国内外の沿岸潮位計,海洋ブイ,海底ケーブル等による津波の早期検知に依存している.遠洋領域での津波発生を検知するため,人工衛星を用いた宇宙からの津波検知の検討を開始した.人工衛星合成開口レーダは,アクティブセンサーであり,昼夜や雲量に関わらず海面や地表の監視が可能となる.2023年から運用を開始したSurface Water and Ocean Topography(SWOT)衛星は,従来のSAR衛星では取得できなかった,河川・湖沼・海域等の水面域の干渉画像を取得でき,海域のSAR干渉画像から海面の凸凹の検出が可能となった.2023年5月19日Loyalty Island地震(M7.7)に伴う津波が生成した同心円状の海面高度異常を確認することができた.さらに観測事例を増やすと共に,計測された海面の凸凹の定量化を進める.