電気比抵抗は,温度,水・メルトなど間隙高電気伝導度物質の存在とそのつながり方,化学組成に敏感な物理量である.これらの岩石の物理的性質は,すべて,その変形・流動特性を規定する重要なファクターであり,比抵抗構造と地震学的諸情報をあわせることで,より詳細かつ正確な情報を抽出し得る.従って,当センターは内外の研究者と協力して,震源域や火山地域スケールおよび列島スケールや周辺大陸縁辺域の比抵抗構造を解明するプロジェクトにおいて,観測法やインヴァージョン手法の開発を含め,中心的な役割を担ってきた.
2024年には,2012年から2018年にかけて観測を実施したいわき-北茨城誘発地震域やいわき地方から新潟平野に至る測線での広帯域MT観測データの解析を継続した(東京科学大学・東北大学・秋田大学・産総研・道総研との共同研究).いわき地方から新潟平野に至る3測線でのデータを合わせた3次元解析から,脊梁山脈中央部の火山フロントより背弧側にあたる地域の地下に,マントル深部から立ち昇るかのような火山フロントに斜交する低比抵抗域が決定され,その低比抵抗域の上部域に低周波地震が分布し,さらにその上部に柳津の地熱地帯,沼沢湖(火山)などが分布し,沈み込むスラブから供給された深部流体がこれらの地震火山活動に寄与している可能性が確認された.その低比抵抗分布域が,地震波速度構造の低速度帯の分布域と異なったため,地震波速度分布の空間勾配を制約条件においた新たな3次元インヴァージョン手法を開発し,両者間の構造分布の不一致の妥当性を検証した.その結果,その新手法を適用としても両者の不一致は解消せず,比抵抗構造推定がロバストなものであることが確認できた.
また,地震火山活動が活発な日光・足尾地域でMT法観測を実施した(東北大学・秋田大学との共同研究).観測期間中,地磁気活動が活発であり,S/N比の高い電磁場時系列データを得ることができた.データ解析の結果,約0.01秒から約10000秒に至る広い帯域で良好なMT応答関数を推定することができた.応答関数からインヴァージョンにより3次元比抵抗構造を推定した結果,日光白根山と男体山の下の地殻に低比抵抗域が存在することが分かった.この低比抵抗域は,先行研究で低速度,低Q域とされており,日光白根山と男体山のマグマ供給系を示していると考えられる.この低比抵抗域の上端付近では2013年にM6.3の内陸地震が起きている.この低比抵抗域は高温かつ流体に富んでいると考えられるため,その境界における含水率や温度の不均質が本内陸地震の発生に関与した可能性を示唆する.
茨城県で実施されていたネットワークMT観測(防災科研との共同研究)の時系列データのデータ解析を開始した.ネットワークMT観測の電位差データを柿岡地磁気観測所の電磁場データと比較したところ,両者の時系列波形に相関関係が明瞭に認められ,ネットワークMT観測でMT法のシグナルである電磁場変動が測定されていることを確認できた.ネットワークMT観測の電位差と柿岡地磁気観測所の磁場の間の応答関数を推定したところ,ノイズに依るバイアスの有無の確認とその除去をする必要があるものの,中央のネットでは数10秒以上の周期、残りの2つのネットでは数100秒以上の周期で応答関数を推定できた.周期数1000秒程度まで非対角成分の位相が小さい傾向があり,堆積層から基盤,フィリピン海スラブ,太平洋スラブと続く深さ方向の比抵抗の増加を反映している可能性がある.
また,阿蘇カルデラを含む九州地方中央部の深部広域構造を決定するためのネットワークMT観測データの解析を進めた(産総研・京都大学との共同研究).一方,豊後水道スロースリップ域やその北側に東西に分布する深部低周波微動域を含んだ広い領域での深部比抵抗構造を決定する目的と,スローイベント時の電磁気的シグナルの有無を検証するため,四国西部と九州東部においてネットワークMT法連続観測ならびにそのデータ解析を継続した.ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯においても同様の観測を実現すべく,ネットワークMT試験的観測を継続していたが,現地の光ファイバー化によって観測が継続できなくなったため,新たにOBEMを用いた海底での連続観測を開始した(海半球観測センター,GNS Scienceとの共同研究,3.5.6.参照).一方,2002年から2004年にかけ,紀伊半島全域で実施していたネットワークMT観測から得られたデータの再解析を実施し,3次元広域深部構造推定を実施したほか,その推定確度を向上させるための追加広帯域MT観測を実施した.また,1994年から1996年にかけ,四国東部から岡山県,鳥取県にて実施していたネットワークMT観測データの再解析を開始した(京都大学・大阪公立大学・高知大学・九州大学・鳥取大学・JAMSTECとの共同研究).
一方で,解析や解釈のための手法の開発も行った.まず,上述のように,地震波速度構造を制約条件とする3次元比抵抗構造インヴァージョン手法を確立し,いわき地方から新潟平野に至るMTデータに適用してその有用性を確認した.次に,Fast and robustブートストラップ法をロバストなリモートリファレンス法に適用し,ほとんどの場合に,(近似を用いない)一般的なブートストラップ法を使用した場合と同等の標準誤差をより高速に推定できることを確認した.最後に,ネットワークMT法データと広帯域法データとを同時に解釈する3次元インヴァージョン手法の開発を開始したほか,シミュレーション用いた岩石中のクラックの連結度の定量評価を開始した.