3.5.5 地殻変動

(1) 高サンプリングGNSSデータを使った断層すべり過程の研究

 大半の地殻変動研究に使われる1日毎にGNSSで計測した座標値データ(以下では日座標値と呼ぶ)では1日以下の時間帯域における地殻変動を検出することはできない.高サンプリングGNSSデータを利用することで1日以下の帯域における地殻変動データを得られるが,ノイズレベルがcm程度に上がるため扱いが難しく,適用例は限られている.そのため,1日以下の時間帯域における非地震性すべり過程の理解はまだまだ進んでいない.本年は,2024年日向灘地震の初期余効変動と北米カスケード沈み込み帯における短期的SSEの解析に高サンプリングGNSS座標値データを適用した.2024年日向灘地震(M 7.1)の本震直後から1週間の余効変動量を高サンプリング座標値と日座標値を組み合わせて推定したところ,地震時変位の大きかった観測点では,日座標値のみを使った場合,約25%程度余効変動を過小評価することがわかった.更に,得られた余効変動データから余効すべりを推定し,余震活動と比較することで,余効すべりの時空間発展に関する知見を得た.更に,地震時すべりと余効すべりの両者の空間分布から,日向灘における断層の力学特性の不均質性を議論した.カスケード沈み込み帯における短期的SSEの解析では,日座標値から知られている比較的大きな短期的SSEの始まりの期間のモーメントの時間発展を5分毎に推定し,微動活動と比較することで,典型的な短期的SSEの最初期段階ではSSEと微動の間に相互作用がある可能性を指摘した.

(2) 余効変動を用いた断層・マントルのレオロジーパラメータ推定手法の開発

 測地学的に観測される余効変動は,地震時の応力変化が緩和されることによって生じる現象であり,主要なメカニズムとして断層における余効すべりと下部地殻・上部マントルにおける粘弾性応力緩和が挙げられる.余効変動の時空間パターンは地震時の応力変化と断層・下部地殻・上部マントルのレオロジーに依存するため,観測される余効変動からこれらの領域のレオロジーを明らかにできる可能性がある.そこで,応力に駆動される断層すべりと粘弾性緩和を組み合わせた物理モデルに対して,レオロジーに関するパラメータとその不確実性の空間変化を測地データから推定する手法の開発を行った.一般に,パラメータの最適値に加えてその不確実性も推定するためには,事後確率分布を推定する必要がある.ここで考えているようなパラメータの空間変化を推定する逆問題では,パラメータ空間は必然的に高次元となる.しかし,高次元の非線形逆問題に対する標準的な事後確率分布推定手法は非常に計算コストが高く,推定が困難な場合も多い.このような問題を現実的な計算コストで解くために,ensemble Kalman filterを反復的に用いて事後確率分布の平均と共分散行列を近似的に推定するアルゴリズムを開発した.この手法の性能を評価するために,モデルを用いて人工的な余効変動の観測データ(GNSS時系列データ)を作成し,このデータから空間変化するモデルパラメータ(断層の摩擦構成則パラメータ,マントルの粘弾性構成則パラメータ,地震時の応力変化)の事後確率分布の平均と共分散行列を推定した.その結果,地震時の応力変化が大きい場所では事後確率分布の平均は真値を良く再現し,標準偏差(パラメータの不確実性)は事前確率分布の標準偏差より小さくなった.一方,地震時の応力変化が小さい場所では,事後確率分布の平均・標準偏差は事前確率分布の平均・標準偏差とほぼ同じであった.この結果は地震時の応力変化が大きい場所ではパラメータがデータにより拘束され,小さい場所では拘束されないことを示し,合理的な結果であると考えられる.計算コストは標準的な事後確率分布推定手法に比べて大幅に小さくなった.