3.9.5 災害復旧時の社会経済分野における大規模数値解析手法の開発に関する研究

企業,家庭,銀行などの経済主体は,他の経済主体やライフラインなどのインフラストラクチャと密接な依存関係を持って機能しているため,これらの経済主体の集合である経済システムは大地震などの局地的な自然災害に対して脆弱となりがちである.そのため,大規模な災害に対する復旧計画を立案する際には各経済主体間の依存関係を考慮することが望ましい.このような分析においては,個々の経済主体を時系列で自律的に動くエージェントとしてモデル化しその相互作用を陽に解像するエージェントベース経済シミュレータが適しているが,数億エージェントからなる大規模経済においてはシミュレーションコストが膨大となり災害復旧の分析に適用するための課題となっている.

この課題を克服するため,計算地球科学研究センターでは多数のCPUを搭載した分散メモリ型並列計算機において高速実行可能な,高性能計算に基づく高分解能エージェントベース経済シミュレータ(HP-ABES)の開発を進めている.消費者行動・経済ニーズ・商品やサービスのコストは都道府県毎に大きく異なる可能性がある.そこで2023年においては日本経済を47都道府県経済の集合体としてシミュレーションするようにHP-ABESを拡張することで都道府県毎に異なる経済活動が可能となるようにした.2024年においては,都道府県・国・研究機関のデータを分析することで,47都道府県の経済シミュレーションを実施するために必要な初期パラメータを特定した.データの入手の困難さ・データの不整合・都道府県間の輸出入データの不在などの原因でこれらのパラメータ同定は簡単ではなかったが,さまざまな制約条件を用いて都道府県データと全国データとの不整合に対処した.ここでは,各都道府県の輸出入データ(47都道府県×104項目×2方向)を入力として制約付き最適化問題を解くことにより,各都道府県間の輸出入データ(47都道府県×47都道府県×104項目×2方向)を作成した.2015年から2018年までの全国経済を47都道府県経済の集合体としてシミュレーションしその結果を全国の経済指標と比較することで,開発手法を検証した.入手可能なデータが限られているため各都道府県レベルでの手法検証は現在も継続中であるが,このモデルにより地理的に異質な経済状況を捉えることができるようになり震災後の経済シミュレーションをより正確に実施できるようになると期待される.