ポスト「京」(現在の「富岳」)を有効に活用するため,ポスト「京」で重点的に取り組む社会的・科学的重要課題のひとつとして「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」を2019年度までに実施し,この過程で,大規模シミュレーションを可能とする先端的数値解析の研究開発のための基礎的な数理研究と計算科学研究の学理が涵養された.2020年度以降においては,「富岳」成果創出加速プログラムにおいて,「富岳」の性能を引き出すように計算科学・計算機科学の最先端技術を駆使して地殻変動・地震動・地盤震動・都市地震応答等の地震に関する高性能大規模シミュレーション手法を開発した.
上記の過程を通して,首都直下地震を対象とした山手線内の30万を超える構造物の地震動応答解析や10Hzまでの精度保証が可能な1000億~1兆自由度級の有限要素法モデルを用いた断層から地表までの地震動解析や地表近傍の堆積層による地盤震動解析を行うための数値計算技術が整備されつつある.また,地殻構造の幾何形状が地殻変動の弾性・粘弾性挙動に大きな影響を及ぼすことが指摘されていることから,これらの問題への展開も進められている.これらの解析技術は上記の基礎的な数理研究と計算科学研究に立脚する成果であり,ハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な賞のひとつであるゴードンベル賞の最終選考論文5編に2014年・2015年・2018年・2022年に選ばれるとともに,2016年・2017年においてはハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な国際会議のひとつであるSCにおいて受賞,2021年には富岳上で人工知能により物理シミュレーションを高速化する方法を開発することで,断層から都市までを単一の有限要素モデルにてモデル化し地殻中の波動伝播から地表付近での地盤増幅,構造物の応答までを高分解能で連成して解く世界で初めてのシミュレーションを実現 (HPC Asia 2022 Best Paper賞受賞)するなど,計算科学の分野においても高い評価を受けている.
近年では富岳などのCPUベースの計算機に加え,GPUなどの加速器を備えた計算機が主流となりつつあり,CPUやGPUなどのヘテロな計算機環境に向けた研究開発も実施している.2024年においては,CPUとGPUを同時に利用することでCPUあるいはGPU単体を利用した際よりも高速・少ない消費エネルギーで波動シミュレーションを実施する手法を開発した.ここではCPUにおいて過去の時刻歴の求解データを学習し,GPUにおける反復法ソルバーの初期解の予測に用いることで,解析精度を落とすことなく時系列シミュレーションを高速化している.CPUに備わる大容量メモリとGPUの高速計算能力を踏まえたアルゴリズム開発・拡張を実施することで,GPUのみを用いた場合と比べて8.7倍の高速化および7.0倍の消費エネルギー低減を得た.この研究成果は計算科学の国際会議ワークショップであるWACCPD (Workshop on Accelerator Programming and Directives)でBest Application Paper Awardを受賞した.以上のように,新しい分野を開拓するとともに,継続的に高い国際的評価を受けている.