「地震・火山科学の共同利用・共同研究拠点」である地震研究所は,「自然災害に関する総合防災学の共同利用・共同研究拠点」である京都大学防災研究所と,2014年度から地震・火山に関する理学的研究成果を災害軽減に役立てるための研究を推進するために,拠点間連携共同研究を実施している.両研究所の教員及び所外の教員からなる拠点間連携共同研究委員会を設置して,共同研究の基本方針を決定した上で,両研究所の拠点機能を活用し全国連携による共同研究を実施している.これまでに,震源から地震波伝播,地盤による地震動増幅,建物被害など,地震動被害に影響を及ぼす個別の要因を評価した上で,全体としての評価の精度を向上させることを目的として,南海トラフ巨大地震のリスク評価研究などを実施してきた.
沈み込み帯でのプレート間固着強度分布を把握するためには,海底地殻変動データに加え,通常の地震からスロー地震まで,プレート境界周辺での断層すべり運動の性質を理解することが重要である.南海トラフ沿い巨大地震断層域に当たる紀伊半島沖では,ケーブル式地震・津波観測監視システムDONETによって,海域下の多様な地震活動をリアルタイムで観測している.ここで観測される地震活動を詳細に把握するためには,特に速度の遅い堆積層を含む海底下S波速度構造を考慮に入れ,精度の高い震源分布を求める必要がある.これまでに,DONETの観測記録を用いたレシーバー関数解析によって,構造調査に匹敵する解像度でS波速度構造を推定できることを示している.
熊野灘より海溝軸近辺のスロー地震が比較的頻繁に発生する場所では,紀伊半島南東沖のDONET1と紀伊半島南西沖のDONET2の間に若干の観測網でカバーできていない領域が存在するため,海底地震計を用いた機動的観測を行うことによって海底下速度構造および震源決定の精度を向上させることができる.この目的のために,2019年6月に紀伊半島沖南海トラフ沿いに15台の海底地震計を設置して観測を開始し,現在も繰り返し観測を継続している.一方, 南海地震震源域西端にあたる,豊後水道沖の海域における地殻内地震波速度構造の詳細な解析を進めた.今年度は,過去に反射法地震調査3測線で取得された既存のデータに対して反射法全波形インバージョン法を適用し,沈み込んだフィリピン海プレート上面までの深さの地層境界について,境界面を挟んだP波速度のコントラストを高解像度で求めるための試行を開始した.現在までに,海底面下浅部のガスハイドレートの存在を示す海底疑似反射面と,深さ方向のP波速度反転とがいい一致を示しており,本解析の有効性が示されている.今後,プレート境界周辺での詳細な構造解明に向け,期待できる結果を示した.さらに本海域周辺での広い範囲における地殻構造の高度化を進めている.
「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画(第3次)」の推進を担う地震火山研究連携センターにおいては,2024年度の改組より国の防災現業機関等との人事交流を実施し,官学連携による地震火山噴火研究成果の社会展開の促進を図っている.
その1年目となる本年度は,研究成果としてのシーズの収集のため,地震火山観測研究計画の各計画推進部会/総合研究グループが実施する研究集会等における最新の研究成果に関する情報収集や,個々の研究者との意見交換を行った.また,防災情報の発表におけるニーズの収集や最新の研究成果の共有のため,地震津波・火山・防災リテラシーのそれぞれの分野ごとに,気象庁内での窓口となる担当職員との情報交換を行った.
具体的な取り組みの一例として,「津波」と「地震動即時予測(緊急地震速報)」に関して,大学等の研究者と気象庁の技術担当者との勉強会・意見交換会を開催した.津波は「鳥島近海を震源とする津波」および「非地震性津波全般」に関して,地震動即時予測は「長周期地震動の予測」や「深発地震における地震動の特徴とその予測」について,計4回の勉強会・意見交換会を開催した.気象庁における情報発表の現状と研究成果に基づく最新の知見とをそれぞれ共有して意見交換することで,現業機関の担当者と大学等の研究者とが相互理解を深める場とすることができた.
京都大学と共同で高知県宿毛市に地球電磁気連続観測点を設置し,観測を開始した.地球電磁気連続観測で得られる記録は,Magnetotelluric(MT)法による比抵抗構造調査の際に必要な遠隔参照記録として用いられるほか,近年観測例が蓄積されつつある地震時電磁場変動の研究においても重要な役割を果たす.今年度,高知県宿毛市に新設した地球電磁気観測点は,これまで宮崎県宮崎市に設置していた観測点に代わるものであり,これまでよりも電磁気ノイズが少なく高品質である.得られた電磁気観測記録は,桜島のMT構造調査,奥能登のMT構造調査における解析ですでに遠隔参照記録として用いられているほか,今後,国内外の機関がMT構造調査を実施する際に要請に応じて提供することを想定している.
速度・状態依存摩擦則を利用して地震サイクルの数値シミュレーションを実施した.半径rの円形の速度弱化領域を速度強化領域の中に埋め込んだ平面断層モデルを考える.不安定すべり発生のための臨界断層半径rc(∝GL/(b-a)σ,Gは剛性率,a, bは速度・状態依存摩擦則のパラメタ,Lは特徴的すべり量,σは有効法線応力)としたとき,Lを変化させて,発生するエピソディック非地震生すべり(SSE)の発生周期のr/rc依存性を調べた.SSEはr/rcが1に近いときに発生するが,先行研究で示されているように(b-a)/aが小さいほど,より広いパラメタ範囲でSSEが発生する.r/rcが1に非常に近くなるとSSEの発生周期は,1自由度バネ-ブロックモデルの場合に得られている発生周期の理論値(∝L/Vpl,Vplは外部から与えるすべり速度)に漸近する.Lを小さくすることによりr/rcを1より大きくしていくと,SSEの周期はいったん短くなった後に,長くなる.r/rcが1から離れると,理論式からの乖離が大きくなり,すべり速度の増大により応力降下が顕著になることによると考えられる.この結果は,SSEの観測からプレート境界面での摩擦パラメタを推定するのに役立つ.
能登半島では,2018年から地震発生回数が増加し,2020年12月から地震活動のさらなる活発化がみられていた.この一連の地殻活動のなかで,2024年1月1日にM7.6の地震が発生し,地震活動の範囲が能登半島の広い領域と北東側の海域を中心とした北東-南西方向に伸びる150km程度の範囲に拡大した.これを受け,北東側の海域において,全国の大学と研究機関の共同で,緊急海底地震観測を実施した.このうち2024年1月22日から2月22日までの海底地震計25台と近接する陸上地震観測点4点のデータを用いて,地震活動と海底活断層との関係を調査した.はじめに,気象庁一元化震源に基づき,観測期間内で観測網近傍に震央がある地震について,各観測点までの到達時の読み取りを行った.この領域ではOBSとエアガンを用いた構造探査が行われている.その結果から一次元速度構造を作成するとともに,変換波を用いて各観測点直下の堆積層の効果を補正し,初期震源を決定した.次にDouble Difference法を用いて再決定を行い,1,472個の精度の良い震源を求めた.得られた震源は上部地殻内に分布しており,能登半島に近い領域では12kmより浅いところで発生している.一方,陸から離れた北東部ではより深いところでも地震が発生していることが明らかになった.日本海地震・津波プロジェクトで得られている海底活断層モデルのうち,本解析領域に存在するNT2~NT5は,NT2とNT3は北東方向,NT4とNT5は南西方向に傾斜している.本研究で得られた震源分布も同様の結果を示しており,整合的な結果が得られた.一方,NT2とNT3の下端と,震源の深さ下限は概ね一致しているが,NT4とNT5の下部領域では明瞭な地震活動はみられなかった.また,NT2の北半分についても地震活動がみられず,活動域の拡大は,NT2の途中で停止しているようにみえる.なお,この観測研究は,北海道大学,東北大学,千葉大学,東京海洋大学,東海大学,京都大学,鹿児島大学,海洋研究開発機構との共同研究である.
伊豆大島火山の深部構造解明のため,2021-2022年度に地震研究所と海洋研究開発機構が合同して陸上および海底に観測点を設置し電磁気観測を実施し,地下比抵抗探査をおこなった.比抵抗構造解析の結果,伊豆大島火山下は主に以下のような特徴があることがわかった.
1)およそ海水準より浅部は1kΩm以上の高比抵抗を示し,それより深部は全般に100Ωm以下の比較的に低比抵抗を示した.前者は不飽和な間隙が多く,一方,後者は液相で飽和されているために低比抵抗であることを示唆している.
2)低比抵抗体は,特に,深度3km程度で0.5-1桁さらに比抵抗値が下がり,深度10km以深まで寸胴型に鉛直に伸びていることがわかった.低比抵抗体形状と震源分布とを比較すると,低比抵抗体の縁部にのみ地震が起こっていることがわかった.このことは,低比抵抗体内に火山性の高温流体が存在しており,脆性破壊をおこさない状態であると考えられる.
3)他項目の先行結果と比較検討すると,低比抵抗体の上面深度およそ3kmには浅部マグマ溜りが存在し,深度10km程度の深部低比抵抗域は深部マグマ溜りが存在しており,両者の中間はその上昇域(マグマ供給系)であると考えられ,地殻変動膨張・収縮源の深さとも調和的である.深部マグマ溜りは,1986年A火口噴火で見られたマフィックなマグマで,浅部マグマ溜りはB,C火口噴火で見られた分化の進んだフェルシックなマグマが存在していると考えられる.
今回得られた比抵抗構造解析は,地下深部構造の詳細を明らかにしたのに加え,これまで他項目でそれぞれ得られていた観測結果を統合・整合する結果であり,伊豆大島火山下の構造の理解が大きく進んだ.
図3.10.1 伊豆大島比抵抗構造断面図
全国の大学等が連携して実施している「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」を推進するために,地震研究所には地震・火山噴火予知研究協議会が設置されている.地震・火山噴火予知研究協議会の下には,推進室と戦略室からなる企画部が置かれ,研究計画の立案と実施で全国の中核的役割を担っている.企画部推進室は,流動的教員を含む地震火山研究連携センターの専任教員,地震研究所の他センター・部門の教員から構成されている.流動的教員は,地震研究所以外の計画参加機関にも企画部の運営に参加してもらうために,東京大学以外の大学,関連機関から派遣されており,2年程度で交代する.戦略室には,効果的に研究計画を推進するために,東京大学地震研究所以外の多くの大学や関連機関の研究者も参加している.企画部では次のような活動を行っている.
- 協議会の円滑な運営のため常時活動し,大学等の予算要求をとりまとめる.
- 地震・火山噴火による突発災害発生時に調査研究を立ち上げるためのとりまとめを行なう.
- 大学の補正予算等の緊急予算を予算委員長と協議し,とりまとめる.
- 研究進捗状況を把握し,関連研究分野との連携研究を推進する.
2024年には,2024年1月1日の能登半島地震(M7.6)の緊急調査研究計画のとりまとめを行い,緊急研究のための追加予算配分をしたほか,3月に令和6年能登半島地震ワークショップを開催した.毎年3月に成果報告シンポジウムを開催し,大学だけでなく研究計画に参加するすべて機関の研究課題の成果が発表される.2024年はハイブリッドで実施された.科学技術・学術審議会測地学分科会が毎年作成している成果報告書では,各課題の成果報告に基づいて全体の成果の概要をとりまとめており,文科省のHPで公開されている.また,地震・火山噴火予測研究の現状を正確に社会に伝えることを目的として,主に報道関係者を対象とするサイエンスカフェを5回ハイブリッドで開催した.