海洋プレートを動かす原動力や沈み込み帯における地震・火山活動の原因を考える上で海洋リソスフェア・アセノスフェアの構造を理解することが不可欠である。そこで本研究では中央海嶺近傍に焦点を当てた2次元数値モデルを用いて海洋リソスフェア・アセノスフェアにおける熱伝導率、熱膨張率、地震波速度の異方性を予測した。ここで異方性はマントル構成鉱物の結晶選択配向に起因すると仮定した。その結果、プレート拡大速度を与えるとカンラン石の[010]軸が鉛直方向に揃うためにその方向の熱伝導率が小さくなり、熱伝導率が等方的である場合と比較して海洋プレートの温度が数十度上昇することが明らかになった。また熱伝導率の異方性が地殻熱流量に与える影響、および熱膨張率の異方性が海洋底深さに及ぼす影響は限定的であった。さらに中央海嶺下における部分溶融とメルトの抜き去りに伴い、深さ60 kmより浅い部分のマントルの粘性率が高くなった場合の計算を行なった。その結果、プレートの年代にほぼ依らず深さ60 kmの直下で岩石の変形が集中し、その場所において地震波速度異方性の急激な増加が見られた。実際この結果に対応するような地震学的観測も報告されている
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3.3.5 高温マグマプロセス解明に向けた物質科学的研究
プレート収斂域での火成活動において,部分溶融によるメルトの発生からメルトの上昇・冷却・定置といった一連の過程がどのような時間スケールで進行するのかを明らかにすることは,大陸地殻-マントル間での物質的・化学的分化の過程を理解する上で重要である.こうしたマグマ活動の中でも,特に高温(>600℃)でのプロセスに時間軸を設定する上で鍵となる手法がウラン238, 235とトリウム238を親核種とする放射壊変系を利用した地球年代学・同位体化学的手法である。ジルコン鉱物のウラン・トリウム系列年代測定法は比較的高い閉鎖温度(約900℃)を持ち、物質科学系研究部門・坂田研究室ではジルコン鉱物から得られる時間情報の高精度化を進めると共に,従来法では得ることのできなかったメルトの発生から鉱物晶出までの期間を定量化する新たな年代測定法の開発を進めている.さらに,マグマ溜まり中での温度や化学組成の変化を追跡する目的で鉱物中の微小領域(15-30μm)からチタンや希土類元素を精確に定量する技術を確立した.こうした年代・元素分析に加え、火山岩中の全岩238U-230Th-226Ra同位体比の新規分析手法を開発し鉱物と親マグマの双方から得られる情報を組み合わせた研究を展開している。これらの分析法を国内の第四紀火山噴出物(三瓶火山,戸賀火山,霧ヶ峰等)や箱根・富士火山の試料に適用し,日本列島地下で起こっている地球化学的プロセスの解読を進めている.
また,現存する物質的記録が極めて少ないとされる地球誕生から最初の5億年間(冥王代)の地殻の化学進化を解明する研究も進めている.西部オーストラリアより採取した礫岩より500粒子以上の冥王代ジルコンを発見し,高精度のU-Pb年代測定や化学組成の分析を進めている.特にこれまで冥王代ジルコンでも報告数の少なかった42-44億年前のジルコンも数十粒子集積しており,報告されている最古の地球ジルコン(約44億年前)と同等の年代を持つものも発見した.現在冥王代ジルコンの年代、化学組成を用いて独立成分解析を行うことで44-40億年前の地球最初期の表層・地殻の環境を変化させる機構についての推察を行っている.
3.3.4 高温高圧実験装置を用いた地球内部の物質科学的研究
川井型マルチアンビル高温高圧発生装置やバセットタイプダイヤモンドアンビル高温高圧発生装置等を用いて,地球の進化や地球内部の物理化学的状態を明らかにするための実験的研究を行っている.今年度は主に,長い間故障していた実験装置の全体的な修理修繕を行い,研究を行うための設備を整えた.高温高圧発生装置に加え,今年度初頭に電気伝導度を測定するためのインピーダンスアナライザーの故障も見つかったため,この修理も行った.
実験環境を整えた上で,マルチアンビル装置を用いて高温高圧下での炭酸塩鉱物の電気伝導度測定実験を行った.これまで過去数年にわたって我々が行ってきた研究を総合して,炭酸塩鉱物の電気伝導度の温度・圧力・化学組成依存性が明らかになりつつある.
同時に,バセットタイプ外熱式ダイヤモンドアンビル装置を用いた地球内部条件下での流体の電気伝導度測定実験を開始した.現在まだこの実験はテスト段階ではあるが,将来的には温度・圧力・化学組成をコントロールした上で地殻内及び上部マントル条件下での超臨界流体の電気伝導度測定実験が可能になるかもしれない.
3.3.3 揮発性元素にもとづく地球惑星進化史の研究
⽕成岩や地球外物質(特に分化天体を起源とする隕⽯)に含まれる希ガス同位体組成をもとに,太陽系や惑星の形成・進化史,惑星内部からの脱ガスや⼤気形成過程,⽕成活動の特性などを解明する⽬的で研究を⾏っている.希ガスは不活性であり物理的プロセスを探求するのに有⽤なトレーサーであるとともに,4He, 40Ar, 129Xe といった年代測定に応⽤できる放射起源同位体を有する.従来の分類から外れるような分化隕⽯や始原的隕⽯(コンドライト)との関連性が⽰唆されるような分化隕⽯に着目し,それらに含まれる希ガス同位体や年代学的情報などから,経験した熱史や⺟天体像などに関する考察を進めた.
また,将来の惑星探査機への搭載やその場観測での運⽤を⽬指し,⼩型K-Ar年代測定装置の開発,および分離膜を⽤いるネオン同位体分析⼿法の開発を進めている(理学系研究科の研究者らとの共同研究).前者の装置では,岩⽯試料にレーザーを照射しカリウムを分光分析で,アルゴンを質量分析計で測定を⾏う.火星の地質年代マップをもとに,⽕星上でK-Ar年代測定を⾏うことに適した地域の検討を行った.後者については,希ガスの⼀元素であるネオンは,同位体分別の指標として有用であり⼤気進化過程を考える上で重要な元素であるが,地球以外の惑星の大気ネオン同位体組成はわかっていない.質量分析計でのネオン同位体測定ではアルゴンが干渉するため両者を分離する必要があり,室内実験では液体窒素や冷凍機を使⽤してネオンとアルゴンを分離するが,その場測定では難しい.そこで,膜の透過性質を利⽤してネオンとアルゴンを分離する⽅法の実証実験を行いその有効性を示した.さらに探査機搭載に向けて (i) 温度による分離特性の違い,(ii) 分離膜固定法の確立やその強度試験,(iii) 火星大気ネオンを測定する場合の分離膜サイズや透過条件の検討,を行った.
3.3.2 浅部マグマ活動に関する研究
浅部マグマ活動に関する研究では,マグマ活動の実体を明らかにすることを目標に,化学組成,含水量測定や組織観察を中心とした火山噴出物の解析を行なっている.マグマ中の含水量は火山噴火のポテンシャルとして重要であり,噴火に到る準備過程を理解する上でマグマ中の含水量変化を明らかにする意義は大きい.また,含水量を適切に評価することによって,斑晶鉱物やマグマの液組成を用いた熱力学的温度圧力計の精度向上も期待できる.斑晶の組成累帯構造や石基組織の観察からは,噴火に伴うマグマの運動についての情報が得られる.これらの情報を総合して,火山噴火の前駆現象の解明に取り組んでいる.
2024年度は火山噴火予知研究センター,山梨県富士山科学研究所,鹿児島大学,静岡大学,防災科研との共同研究を実施し,富士山,三宅島,霧島,桜島,池田カルデラ,硫黄島,西之島,諏訪之瀬島など,いくつかの活動的火山について噴火前のマグマの状態を検討した.加えて,受託研究「次世代火山研究推進プロジェクト」の一環として,火山噴出物の分析・解析プラットホームの構築を進めている.これは,膨大な量の火山噴出物を高精度かつ高効率に解析可能にするとともに,火山噴出物解析の自動化と分析結果のデータベース化によって火山噴火の推移予測に資することを狙っており,取得したデータを用いて噴火予測をどのように実現するのかという課題に取り組んでいる.
一例を挙げると,火山噴火をコントロールする主要因の中で噴火と同時進行で観測可能あるいは噴火に先立って推測可能なものを”予測の鍵”と名付け,どのような鍵が存在し,どのタイミングで噴火予測に使うかについて検討している.例えば,「マグマの含水量」は浮力を通じてマグマがどこまで上昇できるかについて強く影響する.先行する噴火噴出物の分析からマグマ溜まりでの含水量が制約されてそれに基づいて次の噴火でのマグマの含水量がある程度推測できるとともに,実際の噴火が切迫した際には噴火に先行して採取できる火山ガス組成から実際に上昇しつつあるマグマの含水量が推定できる.これらの情報をマグマの浮力計算式に入れると,マグマが上昇途中で停止して噴火未遂となるか,それとも地表まで到達して噴火に到るか,どちらの可能性が高いのかを評価でき,リアルタイムでの噴火推移予測につなげられる.「マグマの上昇速度」,「マグマの温度」,「マグマの組成」なども影響力が高い”予測の鍵”であり,これらをどのような観点から何時のタイミングで用いると噴火予測が有効に機能するようになるのかについて検討をおこなっている.
3.3.1 多結晶体特性からみた地球内部ダイナミックスの素過程
多相固相系である多結晶体(つまり、岩石)において、2相目が孤立している場合は、クリープと粒成長は同じ拡散メカニズムで進行することを我々は既に明らかにしている (Okamoto & Hiraga, 2022 JGR)。その事実を用い、下部マントル粘性率推定を行った(Okamoto & Hiraga, 2024 JGR)。その結果は以下にまとめられる。深さ660 kmを下方通過後、ブリッジマナイト安定深度域内を下降するマントル内でほぼ一定となる粒径に直ちに到達する。ブリッジマナイトからポストペロブスカイトへの相転移直後に急激な粒成長が生じる。コアからの熱供給により高温な下部マントル底部をマントル物質が水平方向に移動する期間にも粒成長が継続する。マントル上昇(湧昇)に転じるまでに粒径は~10 mmに達し、そのサイズは上昇流中さらなる粒成長が生じえないほど十分に大きい。得られた粒径および拡散係数より、マントル対流時の深度と共に変化する粘性率を得た。マントル下降流および上昇流の温度差が小さい場合には、下降マントルが細粒であるために上昇マントルと比べ低粘性になりうる。地球物理学的に推定されるブリッジマナイト安定域での深度ともに1021から1023 Pa·sと変化する粘性率、ポストペロブスカイト安定深度域で推定される1016から1020 Pa·sの低粘性率がよく再現された。下部マントルでは、沈み込む物質の多様性に応じて、2相目の分率は大きく変化する。このことは地殻・上部マントル物質でも同様である。多様な岩石に適用可能な粒成長・クリープ則を作る必要がある。その目的で、現在、2相目の体積分率が3割を超え、2相目が岩石中で3次元的に連結できる構造を持つ際の粒成長とクリープ特性を明らかにする実験を行っている。