2024年1月1日,能登半島を震源とする強い地震が発生した。地震の規模はマグニチュード7.6で,輪島市などで最大震度7を観測した。この地震により,石川県を中心に広い範囲で甚大な建物被害,人的被害が生じた。災害科学系研究部門では,この地震における建物の被害状況を現地調査し,それらの被害要因を把握することを目的として,2024年1月から3月にかけて複数回,被災地を訪問した。輪島市では,図3.4.1に示すような鉄筋コンクリート造柱がせん断破壊している被害が確認された。せん断破壊は急激に耐力を失ってしまう脆い破壊形式で,鉄筋コンクリート構造では避けるべきものとされている。古い耐震基準で設計された鉄筋コンクリート造建物で発生してしまう事例が多い破壊形式である。輪島市ではこの他に地盤の変状によって,建物が傾き,それに起因して鉄筋コンクリート造の壁などにひび割れが生じている被害や,建物自体に損傷はないものの,周辺地盤が沈下している被害などが確認された。金沢市では,丘の上に建設された学校で,鉄筋コンクリート造校舎前の地盤が崩落し,杭やフーチングなど基礎構造がむき出しの状態となっている被害が確認された。地盤は崩落したにも関わらず,上部の建物に傾きや損傷は確認されなかった。強固な支持地盤に杭が打ち込まれるなど,基礎構造がしっかりと設計・施工されていて,建物がしっかりと支えられていたと考えられる。七尾市では,海に接する場所に建設された総合病院の複数の建物で被害が確認された。海が近いため,地盤が軟弱と考えられ,地盤の損傷,噴砂が激しく生じていた。2013年建設の鉄筋コンクリート造6階建て免震構造の病棟では地盤の変状による擁壁部の損傷が確認された。免震構造の建物では,免震層が上部の建物に比べて柔らかく設計されていて,地震の際にはその免震層が大きく変形する。そのため,大きく変形しても建物が衝突しないように建物と地盤の間にスペースが設けられている。擁壁とは,そのスペースの先の地盤が崩れてこないようにする壁のことである。
更に,被災した文教施設等の被災度判定調査を文部科学省から日本建築学会が委託を受け,同学会に新たに設置された能登半島地震学校建築被災度判定WGの委員として災害科学系研究部門のメンバーが参加し,被災度判定調査を行った。2024年2月に能登町の学校を,2024年3月に能美市,および珠洲市の学校を調査した。各学校の校舎などの被災度判定を行い,災害復旧方法を判断するための参考資料を作成した。
巨⼤地震が発⽣した場合,早急に損傷を受けた建物の損傷度を評価し,建物の継続利⽤の可否を評価する必要がある.そこで本研究では,⽐較的安価の加速度計を設置し,建物の地震時応答を計測して,等価線形化法を⽤いた損傷度評価システムの開発を進めている.等価線形化法とは,建物に作⽤している⼒と変形の関係を等価⼀⾃由度に縮約してその耐震性能を評価する⽅法である.このシステムの有効性を実証するため,既存構造物に実際に設置して,計測を続けている.観測建物は,中層事務所ビル,学校建物,低層⽊造歴史建造物,低層⼾建て住宅,60m級通信⽤鉄塔などである.本年度には、引き続き設置した計測装置の保守を実施するとともに、学内の被災度判定の迅速化を目的に、赤門と東海村キャンパスへの設置を進めた。また、観測データの学術共有を目的に、日本建築学会所有の建築会館へのセンサー設置を行った。併せて、観測データを用いた新しい地震被災度判定手法の開発を目指し、Firefly理論を用いた機械学習を用いた方法の検討を始めた。また、建物の高次モードの影響を観測記録から取り除く新しい方法として、連続Wavelet変換を用いる手法の開発を行った。
(a) 経験的な地震先行現象の吟味
地震に先行する傾向があると考えられている様々な現象について,全国の大学・研究機関と協力して,予測能力の定量的評価を行っている.今年度は,上海天文台と協力して,これまでデータの入手できなかった2008年のM7.9四川地震の直前30分に,世界の他のM8級地震に先行したのと同様の電離層全電子数の異常を見出した.今回観測された異常の強さおよび異常の先行時間は,これまでM7.3–9の範囲で知られているマグニチュード依存性に整合的であった.似たような電離層全電子数の異常は,地震直前に限らず頻繁に見られるため,地震前の異常も偶然である可能性が高いという最近出された批判に対しては,根拠とされた多数の異常のほとんどが衛星仰角の低いときに見られたものであり,我々の主張する地震前異常のほとんどは,衛星仰角の高い場合でも見えていることを指摘して反論した.
(b) 摩擦における三次クリープの実験
先行現象に関して,震源核等,「壊れ始め」に起因すると考えられているメカニズムでは,断層での損傷蓄積による弱化によってますます破壊が加速する自己フィードバックが働くと考えられている.そのようなプロセスとして,岩石の破壊に関しては,一定の応力を載荷しつづける場合,この応力があるレベルより高ければ,破壊プロセスがだんだんと加速する三次クリープという現象が知られている.同様のプロセスを摩擦断層で観察するため,一定条件の準静的接触である程度静摩擦強度を高めた模擬断層に様々なレベルの一定応力を印加して,滑りの発展および断層面音波透過率(断層強度のプロキシと考えられている)を観察するシステムを作り,予備実験で,摩擦滑りが減速していくか,加速していくかが載荷応力レベルで決まることを確認できた.また,その挙動が速度状態依存則と整合的であることを数値計算で確かめた.
(a)長基線レーザー伸縮計の開発(観測開発基盤センターと兼務)
地震研では高精度のひずみ観測を可能にするレーザー伸縮計のネットワークを展開している.その中心として,神岡地下の重力波検出器KAGRAに併設して建設した全長1.5 kmの基線をもつレーザー伸縮計と,近接する神岡鉱山内で100 mのレーザー伸縮計を運用して観測を行っている.1.5 kmレーザー伸縮計については観測状態でのレーザー周波数安定度の評価を行い最高で10–13オーダーの分解能を実現していることを確認している.本年度は定常的な観測を継続した.100 m伸縮計については,設置場所である地下実験室の空調が更新されたことに伴うレーザーの周波数安定化制御の不調について原因調査と対策を継続している.
2022年以降発生している能登群発地震について,多くのイベントを神岡のレーザー伸縮計で観測している.このうち,2023年5月5日14:42に能登半島沖で発生した地震(Mw6.2)では,神岡坑内で潮汐ひずみの約10倍にあたる7.4×10–7 ppの大振幅ひずみが発生したが,飽和することなく連続波形を記録することに成功した.また地震前後に約4×10–10のひずみステップ(伸び)が観測された.これは気象庁の震源モデルから予想される理論値(約7.6×10–10の伸び)と整合的なオーダーと方向であった.
2024年1月1日の能登半島地震については,1.5 kmレーザー伸縮計で前震はクリアに観測できたものの本震(16:10, Mw7.5)の際に光軸が激しく揺れたため干渉縞が得られず観測が中断した.翌日にはずれた光軸を遠隔操作で調整し直して観測を再開,継続している.100 m伸縮計は地震発生時にレーザー制御の不調から観測が行えなかった.従来,復旧のために現地作業が必要であったが,今回の地震を機に100 m伸縮計の光学系の一部を入れ替えて遠隔操作で復旧できるように改良した.これにより観測の連続性やデータの品質向上が期待できる.
これらの強い地震により生じる光軸の揺れによって干渉計信号はその位相(ひずみに対応)だけではなく,振幅が激しく変化し状態が安定しないことが,信号処理上の障害となっている.今年度は信号の状態に応じて処理を動的に変化させて,ひずみデータの品質を向上させるべくソフトウェアの改良を開始した.
(a)粉体層の摩擦強度に対する圧密効果と時間効果
有効法線応力以外で断層の摩擦強度を変化させる要因としては,時間とともに断層面の真実接触部の固着が強固になるエージング効果が有名で,我々は,その強度変化が断層面の音波透過率でモニタできることを示してきた.いっぽう,天然の断層でよく観察されるように,断層面が粉体層を挟んでいる場合には,鉱物粒子の幾何学配置が変化し,剪断力を支える粉体層内の巨視的な骨組構造が変化することで大きな強度の変動がおきる.気象大と共同して,両者の強度変化メカニズムに対応する音波透過率の変化を区別する実験に成功し,断層全体の強度は,両者のメカニズムのうちの強い方で決まっていることを見出した.熱水条件下で同様の実験を行うための実験装置の整備を進めている.今年度は温度制御システムを改修し,ヒーター電流・電圧の監視記録を取れるようにした.また,京都大学と協力して,軟鉱物である蛍石の直接接触と粉体層剪断での動摩擦強度が,どちらもバヤリー則程度であることを見出した.
(b)摩擦構成則に関する理論的研究
地震発生の理論的研究に多く用いられている速度・状態依存摩擦則の強度発展則は,実験で知られる三つの正典的な挙動(速度ステップに続いて滑りの指数関数でおきる強度変化の特性滑り距離が速度ステップの大きさや正負によらないこと,定常状態の強度がすべり速度の対数に負の線形依存をすること,純粋な時間効果としての対数ヒーリングが定常滑り強度の対数速度依存性と同じ大きさで存在すること)を全て再現しようと様々な数式が提案されてきたのだが,いまだにあちら立てればこちら立たずである.そこで,これまでのように何か良さそうな式を思いついてその振舞いを調べるのではなく,三つの正典から数学的論理で強度発展則を演繹することを,東京大学理学部と協力して試みた.まず,純粋な時間効果としての正典的対数ヒーリングと速度ステップ実験における正典的遷移挙動が,全ての速度・強度にわたって両立することはありえないことを数学的に証明し,次に,両者の間に実験で探られていない速度・強度の領域があることに着目して,その領域でこの対立する正典挙動を,現在の強度と現在の速度に対応する定常滑り時の強度の差に応じて遷移させることで,既に実験で確立している範囲での正典的挙動が全て再現でき,かつ,それがほぼ唯一の方法であることを示した.こうして演繹的に提案された新たな発展則は,既存の速度ステップ実験の範囲を大きく超える非常に大幅な減速ステップに対しては速度ステップ正典から逸脱した挙動を予測するので,そのような実験ができれば検証可能である.
(c) 地震波到達前の重力信号の研究
巨大地震などでは断層運動に伴う震源の質量移動と,物質の粗密を伴う地震波の広がりにより,重力場が時間・空間変動する.地震波の到達よりも前に微弱な重力場の変化が計測され,理論的な予測と比較検証されるようになった.究極の地震早期検知手法として,地震波到達前の重力信号を地震波解析し,地震の発生位置や時刻,マグニチュードや発震機構解を求める手法を開発している.
(d) 地形効果を加味した地殻変動・重力変動の理論計算
マグマだまりの膨張・収縮にともなう地殻変動や重力変動をモデル化する際,半無限媒体における点圧力源の変形場(茂木モデル)が頻繁に用いられてきた.しかし,半無限モデルでは地表面の起伏がもたらす効果が考慮されていないため,地形起伏を円錐形で近似した場合の変形場の解析解を構築した.これまでは圧力源が円錐の軸上にある場合のみにおいて解析解が得られていたが,2024年度は圧力源の位置を任意に設定できるようにモデルを拡張し,理論を完成させた(図3.2.1).
(a)南アフリカ鉱山における半制御地震発生実験
南アフリカの金鉱山の地下深部の採掘域周辺に多数の高感度微小破壊センサを設置し,半径100m以上の範囲にわたってM-4以下という数cm程度の微小破壊までを検出・位置標定する,世界でも例をみない試みは,自然地震では観測されたことのない,既存弱面への極端な地震活動の集中や,プレート境界のそれにくらべて極端に高い効率で発生するリピーター活動など様々な発見をしてきた.観測は既に終了したが,東北大・立命館大と協力して,センサ設置孔から採取されたコアを用いた応力測定によるサイトの応力場の推定を行っている.採掘空洞から大きな偏差応力を受ける地下サイトで様々な方向に掘った14本のボアホールから採取した小径コア38個に対して,DCDA法(岩盤からコアが切り出される時の弾性変形によって断面が楕円になったコアの形状を測定して岩盤中で受けていた応力場を推定できる)を用いてボアホールに垂直な面内での偏差応力を求めた.このサイトの偏差応力場が一様であると仮定して38箇所のDCDAの結果と孔の角度から平均的な偏差応力場を最小二乗的に推定したところ、推定された一様偏差応力場でほとんどのDCDA結果が説明された.また,推定された平均的応力場は,採掘終了後におこなったオーバーコアリング法によるその場計測結果とも整合していた.さらに,断層面近くで残差が大きくなる傾向も見られ,断層による応力の擾乱を捉えた可能性がある.鉱山では探鉱のために大量の小径コアが日常的に取得されているので,特別な実験設備を要せず現地に機器を持ち込んで迅速に行えるDCDA法によって安全採掘のための日常的な応力管理ができる可能性がある.
(a)松代における精密重力観測
長野県松代において,超伝導重力計を用いた重力連続観測を継続している.2022年からは,2台の超伝導重力計(CT #036およびiGrav #028)による並行観測を行なっている.それに加えて,絶対重力計による測定を繰り返し実施し,超伝導重力計のドリフトと感度を精密に検定する作業を行なっている.これらの測定および観測により,松代における長期的な重力変化の詳細な特徴が明らかになってきた.松代では,2011年3月11日東北地方太平洋沖地震の直後には非常に大きなレートで重力が減少していたが,そうした変動が徐々におさまりつつあることがわかった.このことは,巨大地震発生後の粘弾性緩和のプロセスが現れているものと考えられ,それを定量的に解釈するモデルの構築を試みている.
(b)浅間山における精密重力観測
浅間山の中腹に位置する浅間火山観測所に小型超伝導重力計iGrav(#003)を設置し,重力連続観測を開始した.重力計の初期の動作は不安定であったが,粘り強く調整した結果,安定動作が実現された.今後,ここをベースとした相対重力サーベイ(スーパーハイブリッド重力測定)を広く展開する予定である.また,地下水の影響を調べるための湧水量の測定や,ドリフトを検定するための絶対重力測定を,2025年以降に計画している.
(c)富士山における重力測定・観測
2022年より,富士山の周辺において絶対重力測定を行なっている.山麓にあたる富士山科学研究所と,中腹にあたる富士山五合目とでは,約300mGalの重力差があり,可搬型相対重力計のための理想的な検定ラインとなっている.2023年からは,これらに都留文科大学を加えた3か所で測定を行なっている.2024年は,富士山科学研究所において,項目(b)で述べた小型超伝導重力計iGrav(#003)を用いて約4か月にわたりテスト観測も行った.さらに,これと並行して絶対重力測定も行った.予備的な解析結果によれば,富士山の重力観測では降雨の影響が著しく大きいということがわかった.
(d)桜島における重力測定
地震研は,絶対重力計を用いた桜島での連続測定を2008年頃から続けてきた.2024年は10月に島内の有村・ハルタ山の2点において絶対重力観測を実行した.過去のデータと比較すると,有村では年間3.2マイクロガル,ハルタ山では年間4.6マイクロガルの重力増加傾向が検出された.この重力増加傾向は,マグマだまりの膨張・収縮といった力学的過程のみを考慮しても説明できない.そのため,重力観測はマグマの脱ガスに伴う密度増加などの物性的過程をとらえている可能性があり,検討を続けている.
(e)その他の重力測定
2024年は上記以外に有珠山(6月)および御嶽山(11月)においても絶対重力測定を実施した.両者ともに,絶対重力値にして以前の観測データとの有意な増減は検出されなかったが,今後火山活動の変化が見られた場合に基準となる重要なデータを取得することができた.
(f)重力測定・観測技術の研究
絶対重力測定および超伝導重力計観測の技術的側面についての研究を行なっている.具体的には,絶対重力計の器差の検定,絶対重力計を用いた重力鉛直勾配の測定,絶対重力測定に基づく超伝導重力計の感度検定などについて,一連の論文にまとめた.
(f)重力測定・観測技術の研究
絶対重力測定および超伝導重力計観測の技術的側面についての研究を行なっている.具体的には,絶対重力計の器差の検定,絶対重力計を用いた重力鉛直勾配の測定,絶対重力測定に基づく超伝導重力計の感度検定などについて,一連の論文にまとめた.
(a)海域T-phaseを用いた海底火山活動モニタリング
2023年10月10日早朝(日本時)150分の間に14回発生した孀婦海山付近の群発地震はマグニチュード4〜5前後であるが最大60cmの津波を発生させた.同時に明瞭な海中音波T-phaseが海底地震計・津波計で記録され,島嶼部と本州や四国の陸上地震観にT-phaseのから変換波が到達している.T-phaseの発生場所を特定するため,震源を囲むように島嶼部の広帯域地震観測点7点のT-phaseを読み取り,震源決定を行った.もっとも遠い観測点は1200km離れた国頭(沖縄)である.海上保安庁が1月に実施した調査により,孀婦海山カルデラ(直径約7キロ)のリム付近に新たな火口発見され,その周辺では最大400mを越える海底地形変化が報告さている.求められた群発地震の位置は新たな火口付近よりも系統的に西側に5~6kmずれている.読み取り精度を上げるため,エンベロープの波形相互による読み取りを試したが,系統誤差に改善が見られなかった.海水温の影響を検討した.水温が上昇すると音速が増える(1度で0.3%上昇)ため,震源から西南諸島観測点への海中音波速度は,南東側の小笠原観測点への経路に比べると,表層から深さ400mまで音速は2-3%速い.T-phaseの走時を波線経路上の平均海音波速度を用いて補正し,震源を再決定したところ,深さ100mの海水温分布を使うと,震源分布は海上保安庁海底地形調査で判明した孀婦カルデラリム海底地形変形域に約2km程度接近し,走時2乗残差も2.9%減少した.今後,海水温3次元分布をより正確に反映した走時補正を試みる.
(b)津波観測網を利用した未知の津波イベントの発見
海底火山活動や海底地すべりや気象擾乱(気圧波)を発生源とする津波は,大きな地震を伴わないため,津波の検出と予測が難しい.またこれら非地震性津波の観測例は少なく,発生の特性(地域や季節)の把握は,発生メカニズム解明や予測研究に欠かせない.微弱な津波まで含むより多くの非地震性津波検出のため,紀伊半島と四国沖に整備された津波観測網DONET連続記録(2016-2023)を対象にネットワーク相互相関法とセンブランスア解析を実施し,遠地の地震性津波と鳥島近海の火山性地震津波のほか,多くの気象擾乱を起源とする微弱な津波(周期700-800秒,最大振幅10Pa)を数多く検出した.気象津波の到来方角は主に西で,発生日の天気図には日本の南方に低気圧や前線がみられる.さらに多くの非地震性津波を系統的に検出・分類し,日本近海の非地震性津波の特徴を明らかにする.
(c)津波干渉法を利用した黒潮モニタリング
黒潮は,海洋物理の研究課題にとどまらず,気象・気候問題,水産資源・海洋汚染・漂流物問題・海洋交通を通じて人間社会に影響を与えており,黒潮流路や強度の予測は,幅広い分野で重要である.2016年から現在まで続いている黒潮大蛇行の原因は未解決であり,成因解明には黒潮流内部構造の情報が不可欠である.黒潮流域に存在するS-netやDONET等の複数の海底圧力計連続記録に波形干渉法を適用すると,実際の津波発生がない場合でも,圧力計間を伝播する双方向の津波波形が構築され,その差から海水流速連続計測が可能となる.今年度は実際に2観測点の海底圧力計の10日程度の連続記録から,波形干渉法により,双方向に伝播する仮想的な津波記録が合成できることを確認した.今後,津波観測網域の多数の2観測点間流速分布から黒潮流路の位置と強度(流速)の深さ分布とその時間変動を連続測定可能にする新手法を確立し,黒潮研究に資する広範囲の3次元黒潮流の時間変動モニタリングの道を拓く.
(d)北硫黄島カルデラ起因の微小振幅津波の検出
北硫黄島カルデラでは,2017年11月15日と2019年3月11日にM5.2–5.3の中規模地震が発生した.熊野灘と紀伊水道沖の沖合津波観測網DONETの高密度な海底水圧計に対し,波形スタッキング手法を適用してシグナル/ノイズ比を向上させ,両地震による振幅1mm程度の極小振幅の津波シグナル検出に成功した.このシグナルを詳細に解析し,北硫黄島カルデラではトラップドア断層破壊による隆起現象が繰り返し発生し,カルデラ内の異なる断層面で断層破壊が交互に繰り返している可能性を示した.本成果は国際誌で発表した.
(e)2023年10月鳥島近海地震の津波解析
2023年10月9日,伊豆諸島の孀婦岩周辺でマグニチュード4~5の地震が繰り返し発生し,その直後,伊豆・小笠原諸島や太平洋沿岸で最大60cmの津波が観測された.地震の規模に対し津波が特異に大きかったため,原因解明が課題となった.本研究ではDONETの海底水圧計データを解析し,約1時間半の間に10回以上津波が発生・重複したことを特定した.これらの津波は孀婦岩周辺で発生した14回の地震と同時刻に生じており,海底の火山活動や土砂崩れが津波の原因である可能性を提案した.本成果は国際誌で発表した.
(f)2024年9月24日鳥島近海(スミスカルデラ周辺)地震の津波解析
2024年9月24日(日本時間),伊豆諸島のスミスカルデラ周辺でマグニチュード5.8の地震が発生し,その後,伊豆諸島を中心に津波が観測された.震源と推定されるスミスカルデラでは,これまで約10年ごとによく似た地震が確認されているが,今回の地震も発生場所・深さ,震源メカニズム解,潮位計で記録された津波の波形・規模,高周波地震波の規模・波形の4点において過去の地震および津波活動と類似していた.これらの類似性から,今回の地震は,過去の事例で提案されてきた,トラップドア断層破壊に伴うカルデラ隆起現象が発生した結果である可能性が高いことを示した.
(g)人工衛星を用いた宇宙からの津波研究
津波は,海域の浅い地震に伴う急激な地殻変動以外にも,海域の火山活動による急激な地殻変動,山体崩壊,爆発的噴火や,火山の爆発的噴火で生じた大気波動の伝播など,多様な要因で発生する.これら非地震性津波予測は、現状では,国内外の沿岸潮位計,海洋ブイ,海底ケーブル等による津波の早期検知に依存している.遠洋領域での津波発生を検知するため,人工衛星を用いた宇宙からの津波検知の検討を開始した.人工衛星合成開口レーダは,アクティブセンサーであり,昼夜や雲量に関わらず海面や地表の監視が可能となる.2023年から運用を開始したSurface Water and Ocean Topography(SWOT)衛星は,従来のSAR衛星では取得できなかった,河川・湖沼・海域等の水面域の干渉画像を取得でき,海域のSAR干渉画像から海面の凸凹の検出が可能となった.2023年5月19日Loyalty Island地震(M7.7)に伴う津波が生成した同心円状の海面高度異常を確認することができた.さらに観測事例を増やすと共に,計測された海面の凸凹の定量化を進める.