オーストラリア・プレート上にあるニュージーランド(NZ)北島の下には,東から太平洋プレートが沈み込むことによって,ヒクランギ沈み込み帯が形成されている.特にこの地域はテクトニクスが西南日本と類似した特徴を示すとともに,プレートの沈み込みが浅く,また多様な断層すべりがプレート浅部で発生しているため,プレート境界の物理特性とその挙動を明らかにする上で格好の地域である.海底資源の調査のため,およそ10 km間隔でひかれた海溝軸に直交した測線で人工震源を用いた反射法地震波構造調査も行われており,海域下のプレート境界の形状も詳細に把握されている.2009年以来,当センターでは,ニュージーランドGNS Science,ビクトリア大学ウェリントン校,コロンビア大学,コロラド大学,ロードアイランド大学,カリフォルニア大学サンタクルーズ校,及び南カリフォルニア大学と国際共同観測研究を実施してきた.海陸統合制御震源地震探査からは,北島下に沈み込む地殻の厚い(~12 km)ヒクランギ海台やプレートの沈み込み形状の構造が明らかになった.また,散乱波を用いた解析によって,プレート上盤側のワイララパ断層のイメージングに成功した.
2012年4月から2013年3月にかけて,ヒクランギ沈み込み帯北部においておよそ2年間隔で周期的に発生するスロースリップイベント(SSE)を観測することを目的として,東京大学地震研究所の海底地震計を用いて,日・NZ共同でヒクランギ沈み込み帯では初となる海域地震観測を実施した.本海域では,人工震源地震波構造調査によって,沈み込んだ海山や,その沈み込み前方に見られるプレート境界からの地震波反射強度が強い場所,すなわち水の含有量が大きいと考えられる領域が確認されている.本観測海域から陸域にかけて発生する地震の震源を詳細に決定するとともに,地震波速度構造を明らかにした.その結果,沈み込む太平洋プレートの海洋性地殻内にP波とS波の速度比(Vp/Vs)が大きい場所が局在していることが確認されるとともに,通常の地震活動がVp/Vsが極大となる場所を避け,その周辺域で発生していることを明らかにした.また,プレート境界面上の流体が豊富に存在する領域は,このVp/Vsが大きい領域の上面にあたることが分かった.Vp/Vsの大きい場所では,プレートの沈み込みに伴う海洋性地殻内の脱水反応が大きい場所にあたること,また地震の発生は脱水反応によって生成された流体の間隙圧が適当な領域で発生している可能性を示した.
2014年5月から2015年6月にかけて,日・NZ・米の国際協力による大規模な海域地球物理観測(HOBITSS:Hikurangi Ocean Bottom Investigation of Tremor and Slow Slip)を行った.本観測では,地震研究所から海底地震計5台,海底圧力計3台,東北大学・京都大学から海底圧力計4台,海洋研究開発機構から海底電位磁力計3台,コロンビア大学から海底地震・圧力計10台,海底圧力計5台,テキサス大学から海底圧力計5台の総計35台の海底観測機器を使用した.観測期間中の2014年9~10月には,2000年ころから整備された陸上GNSS観測網によって捉えられたSSEとして,2番目に規模の大きなSSEが本海底観測網直下で発生し,これによる地震活動,海底地殻変動などを観測することに成功した.海底圧力計のデータを用いて海域における断層すべり分布を詳細に求めた結果,断層すべりは沈み込んだ海山を避けるように分布していること,断層すべりの一部は海溝軸近傍まで達していることを初めて明らかにした.さらに海底地震計の解析から,海域下における微動の発生を初めて確認した.この微動活動について詳しく調べてみると,SSEにおけるプレート境界面上の断層すべりが終了するころになって沈み込んだ海山周辺域に限って活動を開始し,その後およそ3週間にわたって連続的に発生していることがわかった.一方通常の地震活動は,そのほとんどが沈み込むヒクランギ海台の海洋性地殻内で発生していることが改めて確認され,その発震機構を調べたところ,平常時は横ずれ型地震が起こっているが,SSE発生直前には横ずれ型から逆断層型まで,多様な地震活動が見られるようになることがわかった.これは,海洋性地殻内における脱水反応によって間隙水圧が上昇し,最大主応力周辺の差応力が減少したことによると解釈される.従ってSSE発生直前には,間隙水圧が海洋性地殻からプレート境界まで上昇していることが考えられる.このようなSSE発生に伴う変化は,陸側プレート内の地震波速度異方性にも現れていることが確認された.さらに,2018年10月から2019年10月にかけて,地震研究所の海底地震計5台を用いて同様の海域にて地震観測を実施した.先のHOBITSS観測によって海域での微動活動分布が確認されたため,その活動の詳細を把握するため,活動分布を取り囲むように海底地震計を設置した.観測期間中にはふたたび大規模なSSEが発生し,2014年SSEと同様,その終息時期から約3週間にわたる微動活動も発生した.エンベロープ相関法によって3000を超える数の微動の震央を決定したところ,沈み込んだ海山の核部分を囲むように分布していることが分かった.同様の手法をHOBITSS観測記録に適用したところ,検出された微動は大幅に増加し,2000を超える数の微動の震央が決定された.2014年と2019年の活動分布はほぼ重なっていることがわかった.
2020年11月には,これまでのヒクランギ沈み込み帯北部から,プレート間固着強度が大きく変化する中部へと観測領域を移し,海底地震計10台を用いた1年間の海域地震観測を行った.ヒクランギ沈み込み帯北部での結果によると,多様な断層すべりの特徴は,沈み込むプレートの海洋性地殻内における脱水反応との関係が示されている.プレート間固着強度の大きな変化も,脱水反応の大きさのコントラストに起因する可能性も考えられ,固着強度遷移域をカバーした海域地震観測によって地震活動と沈み込みの構造を明らかにし,固着強度変化の要因を明らかにすることを目的とした.2020年中のコロナ禍の中,NZへの入国許可は限定的であったが,NZ側共同研究機関であるGNS Scienceによって関係する日本人研究者の特別な入国が申請され,地震研究所と国内共同研究機関の東北大学・京都大学から観測人員の入国が許可された.2021年9月から10月にかけて行われた航海で,設置していた10台全台の回収に成功し,良好なデータが得られていることを確認した.この観測期間中の2021年5月には,観測網内の固着強度遷移域でSSEが発生しており,これを捉えることに成功した.本海域でも海域での微動活動が確認され,SSE発生前の2月から,観測網北部から固着強度遷移域に向かう微動のマイグレーションが確認され,また固着強度遷移域では明瞭で直線的なプレートの沈み込みに沿った活動境界が見られることが明らかとなった.SSEが発生した5月にも,固着強度遷移域に沿った狭い領域の中で再度微動活動の活発化がみられた.現在,詳細な解析を進めている.
2021年10月に実施した航海にて,海底地震計9台を用いて2018-19年と同様の観測網を構築して,1年間の観測を開始し,2022年9月に全台の回収に成功した.またここで回収した海底地震計9台に前年投入しなかった1台を加えた10台は再整備し,10月の航海で投入して前年と同様の観測網を構築した.2023年10月には,このうちの9台を回収するとともに,再整備を行って再設置をおこなった.さらに,海域下の比抵抗構造から流体の移動を把握することを目的として,海底電位磁力計3台を観測網に加えた.2024年9月には,2023年10月に設置した海底地震計9台を回収し,再整備後,再設置を行なって本海域での観測を継続している.回収された海底地震計のデータは良好であり,現在解析を進めている.
過去40年間にわたる反射法地震探査,陸上・海上および海底地震データを統合し,ヒクランギ沈み込み帯の高解像度3次元P波速度モデルを構築した.本モデルでは,南部ヒクランギの沖合前弧におけるP波速度が中部および北部セグメント(Vp ≤ 4.5 km/s)に比べて0.5~1 km/s高いことが示された.構造中のバックストップは南部ヒクランギの変形フロントから25~35 kmに位置するが,南部と中部ヒクランギの境界にあたるターナゲイン岬付近ではこの距離が急激に増加し,約105 kmに達する.中・北部で発生するSSEのほとんどがバックストップの浅部側で発生している.以上より,バックストップが巨大地震断層の浅部条件付き安定領域の深部境界に影響を与える可能性を示唆しており,南部ヒクランギにおいて海溝付近まで破壊が及ぶ地震の発生リスクが高いことを示している.ターナゲイン岬の北部では,脆性-延性遷移が浅くなるとともに,バックストップがより陸側に位置することによって,南部(約100 km)と中部ヒクランギ縁辺域との間でプレート間固着領域の幅が最大50%縮小している.クック海峡,ギズボーン,北部ラウクマラ半島付近では,上盤プレート構造に急激な変化が見られ,これらはヒクランギ縁辺域の発達およびテクトニックな継承と関連している.
ヒクランギ沈み込み帯では,その北部の浅いプレート境界において2年という短い周期でSSEが発生している.このような高頻度でSSEが発生している場所は世界的にも類を見ず,プレート境界も浅いために境界面上の現象を捉えるにも格好の場所である.東京大学地震研究所では,これまで,低周波微動やSSEが発生している南海トラフ豊後水道周辺の陸域で,ネットワークMT観測を実施してきた.同様のネットワークMT連続観測をニュージーランドにおいても開始しようと計画し,2019年12月より,Gisborneの北にあたる北島東岸のTolaga Bay地域において,試験的なネットワークMT観測を開始した.しかし,電話回線の光ファイバー化よって観測を中止せざるを得なくなり,2023年1月をもって観測を終了した.このネットワークMT法観測に代わる観測として, 2023年11月よりGisborne沖に3台のOBEMを設置した.設置後,最初の40日間は8 Hzで電磁場を測定するが,その後は,使用電力を減らし,電場のみを8 Hzサンプリングでモニターする設定としている.一方,Tolaga BayにおけるGNS所有の広帯域MT観測装置による3成分磁場連続観測は継続し,さらに2024年10月より北島西岸のWaitarereにて地震研所有のfluxgate磁力計による3成分磁場連続観測を開始した.2024年9月には2023年に設置したOBEMを回収して正常にデータが取得されていたことが確認でき,2024年10月にはOBEMを再設置して観測を継続した.今後の解析が待たれる(海半球研究センターならびにGNS,九州大学,京大防災研との共同研究).
(1) 高サンプリングGNSSデータを使った断層すべり過程の研究
大半の地殻変動研究に使われる1日毎にGNSSで計測した座標値データ(以下では日座標値と呼ぶ)では1日以下の時間帯域における地殻変動を検出することはできない.高サンプリングGNSSデータを利用することで1日以下の帯域における地殻変動データを得られるが,ノイズレベルがcm程度に上がるため扱いが難しく,適用例は限られている.そのため,1日以下の時間帯域における非地震性すべり過程の理解はまだまだ進んでいない.本年は,2024年日向灘地震の初期余効変動と北米カスケード沈み込み帯における短期的SSEの解析に高サンプリングGNSS座標値データを適用した.2024年日向灘地震(M 7.1)の本震直後から1週間の余効変動量を高サンプリング座標値と日座標値を組み合わせて推定したところ,地震時変位の大きかった観測点では,日座標値のみを使った場合,約25%程度余効変動を過小評価することがわかった.更に,得られた余効変動データから余効すべりを推定し,余震活動と比較することで,余効すべりの時空間発展に関する知見を得た.更に,地震時すべりと余効すべりの両者の空間分布から,日向灘における断層の力学特性の不均質性を議論した.カスケード沈み込み帯における短期的SSEの解析では,日座標値から知られている比較的大きな短期的SSEの始まりの期間のモーメントの時間発展を5分毎に推定し,微動活動と比較することで,典型的な短期的SSEの最初期段階ではSSEと微動の間に相互作用がある可能性を指摘した.
(2) 余効変動を用いた断層・マントルのレオロジーパラメータ推定手法の開発
測地学的に観測される余効変動は,地震時の応力変化が緩和されることによって生じる現象であり,主要なメカニズムとして断層における余効すべりと下部地殻・上部マントルにおける粘弾性応力緩和が挙げられる.余効変動の時空間パターンは地震時の応力変化と断層・下部地殻・上部マントルのレオロジーに依存するため,観測される余効変動からこれらの領域のレオロジーを明らかにできる可能性がある.そこで,応力に駆動される断層すべりと粘弾性緩和を組み合わせた物理モデルに対して,レオロジーに関するパラメータとその不確実性の空間変化を測地データから推定する手法の開発を行った.一般に,パラメータの最適値に加えてその不確実性も推定するためには,事後確率分布を推定する必要がある.ここで考えているようなパラメータの空間変化を推定する逆問題では,パラメータ空間は必然的に高次元となる.しかし,高次元の非線形逆問題に対する標準的な事後確率分布推定手法は非常に計算コストが高く,推定が困難な場合も多い.このような問題を現実的な計算コストで解くために,ensemble Kalman filterを反復的に用いて事後確率分布の平均と共分散行列を近似的に推定するアルゴリズムを開発した.この手法の性能を評価するために,モデルを用いて人工的な余効変動の観測データ(GNSS時系列データ)を作成し,このデータから空間変化するモデルパラメータ(断層の摩擦構成則パラメータ,マントルの粘弾性構成則パラメータ,地震時の応力変化)の事後確率分布の平均と共分散行列を推定した.その結果,地震時の応力変化が大きい場所では事後確率分布の平均は真値を良く再現し,標準偏差(パラメータの不確実性)は事前確率分布の標準偏差より小さくなった.一方,地震時の応力変化が小さい場所では,事後確率分布の平均・標準偏差は事前確率分布の平均・標準偏差とほぼ同じであった.この結果は地震時の応力変化が大きい場所ではパラメータがデータにより拘束され,小さい場所では拘束されないことを示し,合理的な結果であると考えられる.計算コストは標準的な事後確率分布推定手法に比べて大幅に小さくなった.
電気比抵抗は,温度,水・メルトなど間隙高電気伝導度物質の存在とそのつながり方,化学組成に敏感な物理量である.これらの岩石の物理的性質は,すべて,その変形・流動特性を規定する重要なファクターであり,比抵抗構造と地震学的諸情報をあわせることで,より詳細かつ正確な情報を抽出し得る.従って,当センターは内外の研究者と協力して,震源域や火山地域スケールおよび列島スケールや周辺大陸縁辺域の比抵抗構造を解明するプロジェクトにおいて,観測法やインヴァージョン手法の開発を含め,中心的な役割を担ってきた.
2024年には,2012年から2018年にかけて観測を実施したいわき-北茨城誘発地震域やいわき地方から新潟平野に至る測線での広帯域MT観測データの解析を継続した(東京科学大学・東北大学・秋田大学・産総研・道総研との共同研究).いわき地方から新潟平野に至る3測線でのデータを合わせた3次元解析から,脊梁山脈中央部の火山フロントより背弧側にあたる地域の地下に,マントル深部から立ち昇るかのような火山フロントに斜交する低比抵抗域が決定され,その低比抵抗域の上部域に低周波地震が分布し,さらにその上部に柳津の地熱地帯,沼沢湖(火山)などが分布し,沈み込むスラブから供給された深部流体がこれらの地震火山活動に寄与している可能性が確認された.その低比抵抗分布域が,地震波速度構造の低速度帯の分布域と異なったため,地震波速度分布の空間勾配を制約条件においた新たな3次元インヴァージョン手法を開発し,両者間の構造分布の不一致の妥当性を検証した.その結果,その新手法を適用としても両者の不一致は解消せず,比抵抗構造推定がロバストなものであることが確認できた.
また,地震火山活動が活発な日光・足尾地域でMT法観測を実施した(東北大学・秋田大学との共同研究).観測期間中,地磁気活動が活発であり,S/N比の高い電磁場時系列データを得ることができた.データ解析の結果,約0.01秒から約10000秒に至る広い帯域で良好なMT応答関数を推定することができた.応答関数からインヴァージョンにより3次元比抵抗構造を推定した結果,日光白根山と男体山の下の地殻に低比抵抗域が存在することが分かった.この低比抵抗域は,先行研究で低速度,低Q域とされており,日光白根山と男体山のマグマ供給系を示していると考えられる.この低比抵抗域の上端付近では2013年にM6.3の内陸地震が起きている.この低比抵抗域は高温かつ流体に富んでいると考えられるため,その境界における含水率や温度の不均質が本内陸地震の発生に関与した可能性を示唆する.
茨城県で実施されていたネットワークMT観測(防災科研との共同研究)の時系列データのデータ解析を開始した.ネットワークMT観測の電位差データを柿岡地磁気観測所の電磁場データと比較したところ,両者の時系列波形に相関関係が明瞭に認められ,ネットワークMT観測でMT法のシグナルである電磁場変動が測定されていることを確認できた.ネットワークMT観測の電位差と柿岡地磁気観測所の磁場の間の応答関数を推定したところ,ノイズに依るバイアスの有無の確認とその除去をする必要があるものの,中央のネットでは数10秒以上の周期、残りの2つのネットでは数100秒以上の周期で応答関数を推定できた.周期数1000秒程度まで非対角成分の位相が小さい傾向があり,堆積層から基盤,フィリピン海スラブ,太平洋スラブと続く深さ方向の比抵抗の増加を反映している可能性がある.
また,阿蘇カルデラを含む九州地方中央部の深部広域構造を決定するためのネットワークMT観測データの解析を進めた(産総研・京都大学との共同研究).一方,豊後水道スロースリップ域やその北側に東西に分布する深部低周波微動域を含んだ広い領域での深部比抵抗構造を決定する目的と,スローイベント時の電磁気的シグナルの有無を検証するため,四国西部と九州東部においてネットワークMT法連続観測ならびにそのデータ解析を継続した.ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯においても同様の観測を実現すべく,ネットワークMT試験的観測を継続していたが,現地の光ファイバー化によって観測が継続できなくなったため,新たにOBEMを用いた海底での連続観測を開始した(海半球観測センター,GNS Scienceとの共同研究,3.5.6.参照).一方,2002年から2004年にかけ,紀伊半島全域で実施していたネットワークMT観測から得られたデータの再解析を実施し,3次元広域深部構造推定を実施したほか,その推定確度を向上させるための追加広帯域MT観測を実施した.また,1994年から1996年にかけ,四国東部から岡山県,鳥取県にて実施していたネットワークMT観測データの再解析を開始した(京都大学・大阪公立大学・高知大学・九州大学・鳥取大学・JAMSTECとの共同研究).
一方で,解析や解釈のための手法の開発も行った.まず,上述のように,地震波速度構造を制約条件とする3次元比抵抗構造インヴァージョン手法を確立し,いわき地方から新潟平野に至るMTデータに適用してその有用性を確認した.次に,Fast and robustブートストラップ法をロバストなリモートリファレンス法に適用し,ほとんどの場合に,(近似を用いない)一般的なブートストラップ法を使用した場合と同等の標準誤差をより高速に推定できることを確認した.最後に,ネットワークMT法データと広帯域法データとを同時に解釈する3次元インヴァージョン手法の開発を開始したほか,シミュレーション用いた岩石中のクラックの連結度の定量評価を開始した.
内陸地震の長期評価や発生メカニズムを理解するには,地震発生層底部から表層に至る一つのシステムとして活断層-震源断層を理解する必要がある.このため,当センターでは地殻スケールから極浅層に至る反射法地震探査による活断層の地下構造の解明に主眼をおいた研究を,全国の研究者と共同で進めている.2024年度は北陸地域の主要活断層である森本・富樫断層帯にて浅層反射法地震探査を実施したほか,三浦半島断層群の相模湾側延長部にて極浅層高分解能反射法地震探査を行った.また, 高出力ブロードバンド震源とDAS技術を用いたwalk-away VSP探査による活断層極浅部構造の超高分解能イメージング解析を実施し, 超高分解能2次元探査との比較検討を行った.
日本列島の震源断層のモデル化は,島弧地殻の変形プロセス・内陸地震の長期予測・強震動予測においても重要であり,2010 年から全国の研究者と共同で地質・変動地形・重力や地震活動などの地球物理学データに基づいた総合的な日本列島の震源断層のマッピングプロジェクトを進めている.さらに,東北沖地震の地震時・余効すべり分布に千島海溝の固着など広域のプレート境界過程を含めたモデル計算を行い, この条件下で日本列島域の応力速度場を計算し, 上盤プレート内の震源断層の応力変化の評価を試みている.2024年度は、引き続き東北日本横断地殻構造探査の解析を進めたほか, 相模トラフ・伊豆衝突帯の固着状態を考慮した能登半島地震震源域を含む北陸地域の震源断層にかかる応力の評価を試みた.
沈み込み帯における地震発生は,プレート境界面における摩擦によってひずみが蓄積し,地震時に蓄えられたひずみエネルギーが解放される現象である.地震発生に関するプレート境界の性質は,境界の形状および温度や水の含有量といった物性によって決定されると考えられる.低周波イベントからプレート境界型巨大地震まで,その発生メカニズムを理解する上で,プレート境界の固着程度の把握,およびその周辺の構造や物性を詳細に理解することが必要不可欠である.さらには,プレートの沈み込みに伴う脱水反応によって生成された水の挙動が,上盤プレート内の内陸地震の発生に関与していることもわかって来た.我々は沈み込み帯の全体構造の把握,およびプレートの沈み込みに伴う諸現象の理解を通して地震発生メカニズムの解明をめざし,海域での地震観測や制御震源地震波構造調査などによる研究をすすめている.
(1)茨城沖の海山の沈み込みと多様な地震活動との関係
茨城県の東方沖合~100 kmでは,太平洋プレートの沈み込みに伴って,~20年周期でマグニチュード(M)7級の地震が繰り返し発生してきた.2004年の海域構造調査,および2005年海域地震観測から,深さ10 kmに海山が沈み込んでおり,M7繰り返し地震の断層がその沈み込み前縁部に位置すること,また海山上のプレート境界では地震活動が見られないことを明らかにした.2010年10月から,この海山前縁部周辺の 35 km×30 km の領域に長期観測型海底地震計を用いて,観測点間隔 6 kmという高密度なアレイを構築し,およそ1 年間の地震観測を行った.またこの観測網を通る南北150 kmの測線で,エアガンを人工震源とした構造調査を行った.本観測期間中には2011年東北地方太平洋沖地震(東北沖地震)が発生し,さらに本震震源域南限に位置した本観測アレイの近傍で最大余震が発生した.本震発生前後での地震活動を比較すると,本震発生後は震源域南限全域で地震活動が活発化しているが,特に沈み込む海山の前縁部周辺域で非常に活発化していることがわかった.また,海山沈み込み最前縁部において,地震活動の空白領域が存在する可能性が示された.この地震活動と本震および最大余震の発生との関連について詳細に調べたところ,本領域の活動が本震よりも最大余震によって活発化したことを明らかにし,本震のプレート境界面すべりが茨城県沖まで達しなかった可能性について議論した.これまでの海山の沈み込み前方で発生したM7以上の地震の発生様式を比較すると,海山の沈み込み前方基底部で地震が発生し,その後にプレート境界面上の沈み込み深部を震源としてM7以上の地震が発生するというパターンが見られる.最近になって日本海溝沿いに海底地震津波観測網が整備され,通常の地震活動に加え,低周波の地震活動も明らかになりつつある.沈み込んだ海山周辺でも,微動や超低周波地震の活動が確認された.これらの活動と沈み込み構造との関係を調べるため,人工震源構造調査のデータを解析している.また,本海域で発生した地震の震源および発震メカニズムを詳細に調べることを目的として,環境雑音の観測点間相互相関関数を用いた表面波速度構造解析による,非常に遅い堆積層内S波速度構造を精度良く決定するための手法,さらにこのS波速度構造を取り入れて,海底地震計波形データを用いた微小地震のセントロイド・モーメント・テンソルを求めるインバージョン法の開発を行った.これらの手法を2011年東北沖地震の余震活動に対して適用し,震源メカニズムの分布を求めたところ,沈み込んだ海山の深部側プレート境界周辺では逆断層型地震が発生しているのに対し,その浅部にあたる海山上では正断層型地震が発生していることが分かった.これは海山の沈み込みに伴う応力場数値計算の結果と調和的である.これらの地震活動よりもプレート境界浅部側では,通常の地震発生は見られなくなり,テクトニック微動の活動が分布する.現在,地震活動の分布について詳細を調べている.さらに,2万個を超える東北沖地震の余震のP波およびS波の到達時刻の検測を半自動的に行う手法を開発し,この手法で得た検測値を用いて地震波走時トモグラフィー解析を行っている.得られた地震波速度構造と余震の震源分布を比較すると,ほとんどの余震が沈み込む海洋地殻の内部で発生していることが認められる.さらにP波走時およびP波とS波との到達時間差の関係を表した和達ダイアグラムによるVp/Vs比を求める手法について,地震波速度が小さく,その速度および厚さが変動しやすい堆積層の存在を考慮することによって海底地震観測に適用できるように改良し,東北沖地震の余震活動に適用して,沈み込む太平洋プレートのVp/Vs比を求めた.なお,この観測研究は北海道大学,東北大学,九州大学,千葉大学との共同研究である.
(2)2011年東北地方太平洋沖地震震源北限域における地震波構造調査
三陸沖の北緯39度には,南側の地震活動の活発な領域と北側の非活発な領域の境界が存在することが知られていた.2001年に海域地震波構造調査を行い,地震活動とプレート境界反射波の振幅の間に,良い反相関の関係があることを明らかにした.この境界領域は,東北地方太平洋沖地震震源域の北限に当たると考えられている.地震発生前後でプレート境界の反射強度に変化が見られるか確認するために,2013年9月に海洋研究開発機構の白鳳丸を利用して行われたKH-13-5次航海において,2001年と同じ測線上に同じ観測点配置で海底地震計を設置し,再度構造調査を行った.また2014年10月には,同じく海洋研究開発機構の白鳳丸によるKH-14-4次航海において,東北地方太平洋沖地震でプレート境界が大きく動いたとされる海溝軸近傍の陸側斜面において,海底地震計およびエアガン人工震源を用いた海域構造調査を行った.2013年構造調査のデータを用いて,人工震源からの初動の走時,およびプレート境界からの反射波の走時を目視検測し,走時インバージョン法によって本調査測線に沿った2次元P波速度構造およびプレート境界面の形状を明らかにした.その結果,地震活動が変化する境界に対応して,プレート境界の深さも,およそ1 km程度変化していることがわかった.プレート境界反射波の強度について,2001年と2013年のデータについて比較したところ,2001年構造調査で確認された反射波強度が強いところで強度が弱くなり,弱いところで強くなる傾向にあることが考えられ,さらに検討を進めているところである.2014年構造調査測線では,東北地方太平洋沖地震で大きな断層すべりがあったとされる場所のプレート境界の深さが浅くなっている領域が認められた.走時インバージョンによって求められた速度構造については,誤差評価の解析を進めつつ,断層すべりとプレート境界面形状との関係について,さらに詳しい調査を進めている.なお,これらの調査研究は,北海道大学,東北大学,鹿児島大学,千葉大学との共同研究である.
石川県能登地方で2024年1月1日に発生したM7.6の地震にともなう地震活動の時空間変化について解析をおこなった.珠洲地域に稠密に展開されていた地震計と震源域を取り囲む広域の定常地震観測網で取得された連続波形記録を同時に用いて,深層学習モデルを用いた地震波の読み取り,イベント同定,波形相関法に基づく震源再決定をおこなった.さらに,再決定震源を用いてテンプレートマッチング手法を適用することで,多数の地震の検出に成功した.その結果,M7.6の直前に発生した前震活動は,2024年5月に発生したM6.5の震源断層深部に位置し,M7.6の主要な断層面よりも数㎞深い場所で起きていたことが明らかになった.また,M7.6の余震活動は,主に南東傾斜の並びを示し,観測点密度の高い珠洲地域においては,断層の傾斜角が浅部ほど急になるリストリックな形状を呈することがわかった.このことは,日本海拡大時に形成された正断層が今回の地震により再活動した可能性を意味する.さらに,震源域北東部では逆傾斜の北西傾斜の震源分布が卓越し,震源域南西端では震源分布が南北走行に近くなるなど,複雑な震源分布を示すことが明瞭になった.