「部門・センターの研究活動」カテゴリーアーカイブ
3.6.2 浅間山
浅間山に関してはこれまでの本センターの研究により以下のような知見が得られている.
(1)長周期パルス(VLP)・火山ガス噴出と火道浅部構造の関連
浅間山の火山ガス観測は,2009年以降,東京大学大学院理学系研究科,産業技術総合研究所地質調査総合センターと共同で進めている.山頂部における稠密広帯域地震観測データの解析から,長周期地震波パルス(VLP)の詳細な特徴が明らかになっている.VLPは火口北側浅部に位置する傾斜クラックがガスの流入に応じて開閉することで発生しており,火山ガス観測データとVLP活動の比較から,地震活動と火山ガス放出に関する定量的な関係や2009年微噴火前後の脱ガス機構の変化が明らかになっている.また,宇宙線ミューオンによる観測装置により検出された火口底直下の低密度領域とVLPとの関係が議論されている.一方,浅間の山頂付近で行っている多成分ガス観測から,火道内マグマ対流による脱ガスメカニズムの存在が示唆され,また,マグマ対流による流量変化は火道径の変化により生じていると推定されている.さらに,VLPの精密震源決定に基づいて,VLPが深部からの急激なガス流入により励起されている可能性も示唆されている.このように,火口近傍の広帯域地震データを用いて,噴火とVLP活動,微動・N型地震の活動,火山ガス噴出量の関係を精査した結果,噴火に先行して火道の閉塞が進行する場合や大規模なガス噴出などの多様な活動様式の存在が明らかになった.2009年秋からは釜山南で全磁力の観測を開始し,全磁力変化から山体内の温度変化を捉えられるようになった.火山ガスの放出状況,VLPやN型地震の発生状況と震源位置に加え,電磁気的な情報が加わったことにより,浅間山浅部における火道の閉塞状況や高温ガスの流れなどがより明瞭に捉えられつつある.一方,近年の活動の高まりと不安定化により,山頂部の観測点の運用が困難になっている.少し離れた地震観測点で同等の情報を得るための新たな解析手法を開発し,観測の継続性の準備を進めている.
(2)浅間山の電磁気探査
地震波速度構造によって浅間西域に低速度異常が見つかったことをうけ,2018年度にはその異常域の検証および解明を目的として,同領域において比抵抗探査を実施した.その結果,浅間周辺の広域比抵抗層の分布があきらかになり,現在の浅間山の関係について解析が進められている.浅間山の噴火口が古くは烏帽子山,その後,黒斑山,浅間山と西から東に遷移していることから,元のマグマ溜りは現在の浅間山より西側に位置していることが示唆される.
また,浅間山の火山活動モニタリングの一環として全磁力連続観測も実施している.地殻活動による磁場変化は,力学的変化,化学的変化など複数 の要因があるが,火山地域では,熱的変化(熱消磁,冷却帯磁)がその大きな要因であり,磁場変化を検出することで,地下の温度変化をモニタリングすることができる.本センターでは,浅間山山頂域の北側および南側に1点ずつ,東山麓に1点の計3点で連続観測を行っており,全磁力の変化と火山活動の関連を継続的に調べている.
(3)地震波速度構造探査および地殻変動観測に基づくマグマ供給系の解明
浅間山における地震活動と活動期における地殻変動観測から,活動期には山頂西側数kmの海面下1km付近にまで板状マグマ(ダイク)が貫入することが明らかになっている.地下構造がそのマグマ輸送経路に与える影響を評価するために行った人工地震および雑微動を用いた地下構造探査の結果から,現在の活動にともなう西側へのダイク貫入は,過去にも繰り返し発生し地震波高速度領域を作ってきたこと,浅部では過去の活動にともない固化したマグマによって現在のマグマ輸送経路が規定されていること,山頂西側約8kmの海面下5-10km付近にマグマ溜まりが存在することが明らかになっている.浅間山周辺では,深部のマグマ溜まりへのマグマ蓄積過程やマグマの浅部への移動を捉えることを目的としてGNSS観測を継続している.また,火口周辺にも傾斜計を複数点設置し,噴火直前の山体膨張を捉えることを目指している.
(4)18世紀天明噴火における噴火遷移の解明
18世紀天明噴火のマグマ上昇過程,噴火推移とその原因を明らかにするために,噴出物の地質調査,化学組成分析および岩石組織の解析を進めている.プリニー式噴煙柱および火砕流(吾妻火砕流)由来の噴出物について,石基組織の詳細な解析を行った結果,噴煙柱由来の降下堆積物と火砕流由来の堆積物とで,気泡数密度や気泡サイズ分布等の特徴が大きく異なることがわかった.このような岩石組織の差異はマグマ上昇時の減圧過程の違いを反映したものと考えられ,噴火様式の変化とも密接に関係している可能性がある.そこで,石基・鉱物化学組成にもとづくマグマの温度や含水量の推定,理論モデルによる減圧率の推定などを行い,マグマ上昇過程や噴火様式の遷移条件に制約を与えることを試みている.
3.5.10 森本・富樫断層帯の重点的な調査観測
森本・富樫断層帯は石川県の金沢平野の南東縁にある長さ26 km,北東走向の活動的な逆断層である.平均変位速度は約1 m/千年とされ,北陸地方に分布する活断層のうち,最も活動的な主要活構造である.本断層帯の周辺には金沢市をはじめとする北陸地方有数の人口密集地が分布しており,その長期評価は本断層帯の活動に伴う地震被害を想定する上で大変重要である.長期評価では,発生する地震規模はM7.2,今後30年間の地震発生確率は2〜8%と高く,強震動評価としては,この断層帯が活動した場合には,震源断層近傍の金沢平野をはじめとして,富山県西部も含む周辺の広い領域が震度6弱以上の強い揺れに見舞われる可能性を指摘している.しかし,本断層帯の長期評価を行う上で最も重要な断層活動性のデータは不足しているほか,強震動予測を行う上で重要な震源断層面の形状や盆地の構造を推定するための反射法地震探査をはじめとする地球物理学的手法による探査は十分に実施されていない.このような課題を解決するために,2022年度から3ヵ年で「森本・富樫断層帯の重点的な調査観測」(研究代表者 岩田知孝・京大防災研教授; 2024年度より浅野公之教授)が開始された.このうち,サブテーマ1.1「活断層の詳細位置・形状・活動性解明のための調査」を担当し,断層帯の変動地形解析・群列ボーリングおよびトレンチ掘削調査による活動性調査および断層帯南部の浅層反射法地震探査を実施した. また, 3年間の成果に基づき,断層帯の詳細位置・活動性を総括するとともに, 強震動予測のための震源断層モデルを構築した.
3.5.9 変動地形・活断層
内陸地震や海溝型地震の長期予測やメカニズムを実現・解明するためには,地震による長期的・永久的な地殻変動と地球表層プロセスによって形成される変動地形の形成過程・メカニズムを理解することが必要不可欠である.そのため,本センターでは日本列島および世界の変動帯の活断層・変動地形を対象に分布・形態・活動性を解明するとともに,最新の観測技術・手法開発の推進に取り組んでいる.また,「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画(第3次)」を通じて,全国の研究者と共同し,航空LiDAR等を用いた詳細地形データの生成やこれらに基づく地殻変動解析,宇宙線生成核種による年代測定等の,活断層の位置・形状・活動性の解明に向けた新しい観測技術の確立・適用に向けた取り組みや,古地震活動・断層構造の複雑性を考慮した内陸地震長期予測モデルの構築を目的とした調査・研究を進めている.
2024年度は,元旦に発生した2024年能登半島地震に伴う地殻変動について緊急調査を実施し,沿岸部で認められた地震時海岸隆起量や内陸部の地表変状の分布を明らかにした.また,活断層の活動性や位置・形状の解明を目的とした調査を,森本・富樫断層帯(3.5.10),三浦半島断層群(3.5.11)や,長期評価のための活動性データが不明な津軽山地西縁断層帯(南部)・筒賀断層・宮古島断層帯(「活断層評価の高度化・効率化のための調査手法の検証」事業),Huaytapallana断層を対象として行った.津軽山地西縁断層帯(南部)では,反射法地震探査及びボーリング調査を行い,活動性を明らかにした.筒賀断層・宮古島断層帯では,新手法である宇宙線生成核種年代測定を試み,活動性解明に資する結果が得られた.また,ペルー向けSATREPS「地震直後におけるリマ首都圏インフラ被災程度の予測・観測のための統合型エキスパートシステムの開発」の中で,1969年の地震とともに地表地震断層が現れたHuaytapallana断層を対象としたトレンチ調査を実施し,その活動性について調査を行った.災害軽減計画では,糸魚川―静岡構造線断層帯,阿寺断層帯において変動地形・古地震・構造地質調査を行ったほか,能登半島や十日町断層帯において変動地形調査・航空レーザー測量データ解析等を行った.
3.5.8 地震活動の特徴に関する研究
地震活動モデルの高度化を目的とし,ハイパーカミオカンデの建設にともなう世界最大級の大空洞掘削工事によって生じる応力場の時空間変化と誘発地震活動の高精度な把握を進めている.2022年9月から,高感度地震計(34台)をハイパーカミオカンデの建設サイト直上に高密度に展開し,連続波形記録の取得を継続している.取得した連続波形記録に対して,深層学習モデルを適用することで地震波の走時データの時系列を取得し,震源決定を実施した.初期解析結果によると,面状分布を示すクラスター活動が起きていたことが明らかとなり,その中では震源移動が複数回生じていたことも見出された.
3.5.6 ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯の研究
オーストラリア・プレート上にあるニュージーランド(NZ)北島の下には,東から太平洋プレートが沈み込むことによって,ヒクランギ沈み込み帯が形成されている.特にこの地域はテクトニクスが西南日本と類似した特徴を示すとともに,プレートの沈み込みが浅く,また多様な断層すべりがプレート浅部で発生しているため,プレート境界の物理特性とその挙動を明らかにする上で格好の地域である.海底資源の調査のため,およそ10 km間隔でひかれた海溝軸に直交した測線で人工震源を用いた反射法地震波構造調査も行われており,海域下のプレート境界の形状も詳細に把握されている.2009年以来,当センターでは,ニュージーランドGNS Science,ビクトリア大学ウェリントン校,コロンビア大学,コロラド大学,ロードアイランド大学,カリフォルニア大学サンタクルーズ校,及び南カリフォルニア大学と国際共同観測研究を実施してきた.海陸統合制御震源地震探査からは,北島下に沈み込む地殻の厚い(~12 km)ヒクランギ海台やプレートの沈み込み形状の構造が明らかになった.また,散乱波を用いた解析によって,プレート上盤側のワイララパ断層のイメージングに成功した.
2012年4月から2013年3月にかけて,ヒクランギ沈み込み帯北部においておよそ2年間隔で周期的に発生するスロースリップイベント(SSE)を観測することを目的として,東京大学地震研究所の海底地震計を用いて,日・NZ共同でヒクランギ沈み込み帯では初となる海域地震観測を実施した.本海域では,人工震源地震波構造調査によって,沈み込んだ海山や,その沈み込み前方に見られるプレート境界からの地震波反射強度が強い場所,すなわち水の含有量が大きいと考えられる領域が確認されている.本観測海域から陸域にかけて発生する地震の震源を詳細に決定するとともに,地震波速度構造を明らかにした.その結果,沈み込む太平洋プレートの海洋性地殻内にP波とS波の速度比(Vp/Vs)が大きい場所が局在していることが確認されるとともに,通常の地震活動がVp/Vsが極大となる場所を避け,その周辺域で発生していることを明らかにした.また,プレート境界面上の流体が豊富に存在する領域は,このVp/Vsが大きい領域の上面にあたることが分かった.Vp/Vsの大きい場所では,プレートの沈み込みに伴う海洋性地殻内の脱水反応が大きい場所にあたること,また地震の発生は脱水反応によって生成された流体の間隙圧が適当な領域で発生している可能性を示した.
2014年5月から2015年6月にかけて,日・NZ・米の国際協力による大規模な海域地球物理観測(HOBITSS:Hikurangi Ocean Bottom Investigation of Tremor and Slow Slip)を行った.本観測では,地震研究所から海底地震計5台,海底圧力計3台,東北大学・京都大学から海底圧力計4台,海洋研究開発機構から海底電位磁力計3台,コロンビア大学から海底地震・圧力計10台,海底圧力計5台,テキサス大学から海底圧力計5台の総計35台の海底観測機器を使用した.観測期間中の2014年9~10月には,2000年ころから整備された陸上GNSS観測網によって捉えられたSSEとして,2番目に規模の大きなSSEが本海底観測網直下で発生し,これによる地震活動,海底地殻変動などを観測することに成功した.海底圧力計のデータを用いて海域における断層すべり分布を詳細に求めた結果,断層すべりは沈み込んだ海山を避けるように分布していること,断層すべりの一部は海溝軸近傍まで達していることを初めて明らかにした.さらに海底地震計の解析から,海域下における微動の発生を初めて確認した.この微動活動について詳しく調べてみると,SSEにおけるプレート境界面上の断層すべりが終了するころになって沈み込んだ海山周辺域に限って活動を開始し,その後およそ3週間にわたって連続的に発生していることがわかった.一方通常の地震活動は,そのほとんどが沈み込むヒクランギ海台の海洋性地殻内で発生していることが改めて確認され,その発震機構を調べたところ,平常時は横ずれ型地震が起こっているが,SSE発生直前には横ずれ型から逆断層型まで,多様な地震活動が見られるようになることがわかった.これは,海洋性地殻内における脱水反応によって間隙水圧が上昇し,最大主応力周辺の差応力が減少したことによると解釈される.従ってSSE発生直前には,間隙水圧が海洋性地殻からプレート境界まで上昇していることが考えられる.このようなSSE発生に伴う変化は,陸側プレート内の地震波速度異方性にも現れていることが確認された.さらに,2018年10月から2019年10月にかけて,地震研究所の海底地震計5台を用いて同様の海域にて地震観測を実施した.先のHOBITSS観測によって海域での微動活動分布が確認されたため,その活動の詳細を把握するため,活動分布を取り囲むように海底地震計を設置した.観測期間中にはふたたび大規模なSSEが発生し,2014年SSEと同様,その終息時期から約3週間にわたる微動活動も発生した.エンベロープ相関法によって3000を超える数の微動の震央を決定したところ,沈み込んだ海山の核部分を囲むように分布していることが分かった.同様の手法をHOBITSS観測記録に適用したところ,検出された微動は大幅に増加し,2000を超える数の微動の震央が決定された.2014年と2019年の活動分布はほぼ重なっていることがわかった.
2020年11月には,これまでのヒクランギ沈み込み帯北部から,プレート間固着強度が大きく変化する中部へと観測領域を移し,海底地震計10台を用いた1年間の海域地震観測を行った.ヒクランギ沈み込み帯北部での結果によると,多様な断層すべりの特徴は,沈み込むプレートの海洋性地殻内における脱水反応との関係が示されている.プレート間固着強度の大きな変化も,脱水反応の大きさのコントラストに起因する可能性も考えられ,固着強度遷移域をカバーした海域地震観測によって地震活動と沈み込みの構造を明らかにし,固着強度変化の要因を明らかにすることを目的とした.2020年中のコロナ禍の中,NZへの入国許可は限定的であったが,NZ側共同研究機関であるGNS Scienceによって関係する日本人研究者の特別な入国が申請され,地震研究所と国内共同研究機関の東北大学・京都大学から観測人員の入国が許可された.2021年9月から10月にかけて行われた航海で,設置していた10台全台の回収に成功し,良好なデータが得られていることを確認した.この観測期間中の2021年5月には,観測網内の固着強度遷移域でSSEが発生しており,これを捉えることに成功した.本海域でも海域での微動活動が確認され,SSE発生前の2月から,観測網北部から固着強度遷移域に向かう微動のマイグレーションが確認され,また固着強度遷移域では明瞭で直線的なプレートの沈み込みに沿った活動境界が見られることが明らかとなった.SSEが発生した5月にも,固着強度遷移域に沿った狭い領域の中で再度微動活動の活発化がみられた.現在,詳細な解析を進めている.
2021年10月に実施した航海にて,海底地震計9台を用いて2018-19年と同様の観測網を構築して,1年間の観測を開始し,2022年9月に全台の回収に成功した.またここで回収した海底地震計9台に前年投入しなかった1台を加えた10台は再整備し,10月の航海で投入して前年と同様の観測網を構築した.2023年10月には,このうちの9台を回収するとともに,再整備を行って再設置をおこなった.さらに,海域下の比抵抗構造から流体の移動を把握することを目的として,海底電位磁力計3台を観測網に加えた.2024年9月には,2023年10月に設置した海底地震計9台を回収し,再整備後,再設置を行なって本海域での観測を継続している.回収された海底地震計のデータは良好であり,現在解析を進めている.
過去40年間にわたる反射法地震探査,陸上・海上および海底地震データを統合し,ヒクランギ沈み込み帯の高解像度3次元P波速度モデルを構築した.本モデルでは,南部ヒクランギの沖合前弧におけるP波速度が中部および北部セグメント(Vp ≤ 4.5 km/s)に比べて0.5~1 km/s高いことが示された.構造中のバックストップは南部ヒクランギの変形フロントから25~35 kmに位置するが,南部と中部ヒクランギの境界にあたるターナゲイン岬付近ではこの距離が急激に増加し,約105 kmに達する.中・北部で発生するSSEのほとんどがバックストップの浅部側で発生している.以上より,バックストップが巨大地震断層の浅部条件付き安定領域の深部境界に影響を与える可能性を示唆しており,南部ヒクランギにおいて海溝付近まで破壊が及ぶ地震の発生リスクが高いことを示している.ターナゲイン岬の北部では,脆性-延性遷移が浅くなるとともに,バックストップがより陸側に位置することによって,南部(約100 km)と中部ヒクランギ縁辺域との間でプレート間固着領域の幅が最大50%縮小している.クック海峡,ギズボーン,北部ラウクマラ半島付近では,上盤プレート構造に急激な変化が見られ,これらはヒクランギ縁辺域の発達およびテクトニックな継承と関連している.
ヒクランギ沈み込み帯では,その北部の浅いプレート境界において2年という短い周期でSSEが発生している.このような高頻度でSSEが発生している場所は世界的にも類を見ず,プレート境界も浅いために境界面上の現象を捉えるにも格好の場所である.東京大学地震研究所では,これまで,低周波微動やSSEが発生している南海トラフ豊後水道周辺の陸域で,ネットワークMT観測を実施してきた.同様のネットワークMT連続観測をニュージーランドにおいても開始しようと計画し,2019年12月より,Gisborneの北にあたる北島東岸のTolaga Bay地域において,試験的なネットワークMT観測を開始した.しかし,電話回線の光ファイバー化よって観測を中止せざるを得なくなり,2023年1月をもって観測を終了した.このネットワークMT法観測に代わる観測として, 2023年11月よりGisborne沖に3台のOBEMを設置した.設置後,最初の40日間は8 Hzで電磁場を測定するが,その後は,使用電力を減らし,電場のみを8 Hzサンプリングでモニターする設定としている.一方,Tolaga BayにおけるGNS所有の広帯域MT観測装置による3成分磁場連続観測は継続し,さらに2024年10月より北島西岸のWaitarereにて地震研所有のfluxgate磁力計による3成分磁場連続観測を開始した.2024年9月には2023年に設置したOBEMを回収して正常にデータが取得されていたことが確認でき,2024年10月にはOBEMを再設置して観測を継続した.今後の解析が待たれる(海半球研究センターならびにGNS,九州大学,京大防災研との共同研究).
3.5.5 地殻変動
(1) 高サンプリングGNSSデータを使った断層すべり過程の研究
大半の地殻変動研究に使われる1日毎にGNSSで計測した座標値データ(以下では日座標値と呼ぶ)では1日以下の時間帯域における地殻変動を検出することはできない.高サンプリングGNSSデータを利用することで1日以下の帯域における地殻変動データを得られるが,ノイズレベルがcm程度に上がるため扱いが難しく,適用例は限られている.そのため,1日以下の時間帯域における非地震性すべり過程の理解はまだまだ進んでいない.本年は,2024年日向灘地震の初期余効変動と北米カスケード沈み込み帯における短期的SSEの解析に高サンプリングGNSS座標値データを適用した.2024年日向灘地震(M 7.1)の本震直後から1週間の余効変動量を高サンプリング座標値と日座標値を組み合わせて推定したところ,地震時変位の大きかった観測点では,日座標値のみを使った場合,約25%程度余効変動を過小評価することがわかった.更に,得られた余効変動データから余効すべりを推定し,余震活動と比較することで,余効すべりの時空間発展に関する知見を得た.更に,地震時すべりと余効すべりの両者の空間分布から,日向灘における断層の力学特性の不均質性を議論した.カスケード沈み込み帯における短期的SSEの解析では,日座標値から知られている比較的大きな短期的SSEの始まりの期間のモーメントの時間発展を5分毎に推定し,微動活動と比較することで,典型的な短期的SSEの最初期段階ではSSEと微動の間に相互作用がある可能性を指摘した.
(2) 余効変動を用いた断層・マントルのレオロジーパラメータ推定手法の開発
測地学的に観測される余効変動は,地震時の応力変化が緩和されることによって生じる現象であり,主要なメカニズムとして断層における余効すべりと下部地殻・上部マントルにおける粘弾性応力緩和が挙げられる.余効変動の時空間パターンは地震時の応力変化と断層・下部地殻・上部マントルのレオロジーに依存するため,観測される余効変動からこれらの領域のレオロジーを明らかにできる可能性がある.そこで,応力に駆動される断層すべりと粘弾性緩和を組み合わせた物理モデルに対して,レオロジーに関するパラメータとその不確実性の空間変化を測地データから推定する手法の開発を行った.一般に,パラメータの最適値に加えてその不確実性も推定するためには,事後確率分布を推定する必要がある.ここで考えているようなパラメータの空間変化を推定する逆問題では,パラメータ空間は必然的に高次元となる.しかし,高次元の非線形逆問題に対する標準的な事後確率分布推定手法は非常に計算コストが高く,推定が困難な場合も多い.このような問題を現実的な計算コストで解くために,ensemble Kalman filterを反復的に用いて事後確率分布の平均と共分散行列を近似的に推定するアルゴリズムを開発した.この手法の性能を評価するために,モデルを用いて人工的な余効変動の観測データ(GNSS時系列データ)を作成し,このデータから空間変化するモデルパラメータ(断層の摩擦構成則パラメータ,マントルの粘弾性構成則パラメータ,地震時の応力変化)の事後確率分布の平均と共分散行列を推定した.その結果,地震時の応力変化が大きい場所では事後確率分布の平均は真値を良く再現し,標準偏差(パラメータの不確実性)は事前確率分布の標準偏差より小さくなった.一方,地震時の応力変化が小さい場所では,事後確率分布の平均・標準偏差は事前確率分布の平均・標準偏差とほぼ同じであった.この結果は地震時の応力変化が大きい場所ではパラメータがデータにより拘束され,小さい場所では拘束されないことを示し,合理的な結果であると考えられる.計算コストは標準的な事後確率分布推定手法に比べて大幅に小さくなった.
3.5.4 比抵抗構造探査
電気比抵抗は,温度,水・メルトなど間隙高電気伝導度物質の存在とそのつながり方,化学組成に敏感な物理量である.これらの岩石の物理的性質は,すべて,その変形・流動特性を規定する重要なファクターであり,比抵抗構造と地震学的諸情報をあわせることで,より詳細かつ正確な情報を抽出し得る.従って,当センターは内外の研究者と協力して,震源域や火山地域スケールおよび列島スケールや周辺大陸縁辺域の比抵抗構造を解明するプロジェクトにおいて,観測法やインヴァージョン手法の開発を含め,中心的な役割を担ってきた.
2024年には,2012年から2018年にかけて観測を実施したいわき-北茨城誘発地震域やいわき地方から新潟平野に至る測線での広帯域MT観測データの解析を継続した(東京科学大学・東北大学・秋田大学・産総研・道総研との共同研究).いわき地方から新潟平野に至る3測線でのデータを合わせた3次元解析から,脊梁山脈中央部の火山フロントより背弧側にあたる地域の地下に,マントル深部から立ち昇るかのような火山フロントに斜交する低比抵抗域が決定され,その低比抵抗域の上部域に低周波地震が分布し,さらにその上部に柳津の地熱地帯,沼沢湖(火山)などが分布し,沈み込むスラブから供給された深部流体がこれらの地震火山活動に寄与している可能性が確認された.その低比抵抗分布域が,地震波速度構造の低速度帯の分布域と異なったため,地震波速度分布の空間勾配を制約条件においた新たな3次元インヴァージョン手法を開発し,両者間の構造分布の不一致の妥当性を検証した.その結果,その新手法を適用としても両者の不一致は解消せず,比抵抗構造推定がロバストなものであることが確認できた.
また,地震火山活動が活発な日光・足尾地域でMT法観測を実施した(東北大学・秋田大学との共同研究).観測期間中,地磁気活動が活発であり,S/N比の高い電磁場時系列データを得ることができた.データ解析の結果,約0.01秒から約10000秒に至る広い帯域で良好なMT応答関数を推定することができた.応答関数からインヴァージョンにより3次元比抵抗構造を推定した結果,日光白根山と男体山の下の地殻に低比抵抗域が存在することが分かった.この低比抵抗域は,先行研究で低速度,低Q域とされており,日光白根山と男体山のマグマ供給系を示していると考えられる.この低比抵抗域の上端付近では2013年にM6.3の内陸地震が起きている.この低比抵抗域は高温かつ流体に富んでいると考えられるため,その境界における含水率や温度の不均質が本内陸地震の発生に関与した可能性を示唆する.
茨城県で実施されていたネットワークMT観測(防災科研との共同研究)の時系列データのデータ解析を開始した.ネットワークMT観測の電位差データを柿岡地磁気観測所の電磁場データと比較したところ,両者の時系列波形に相関関係が明瞭に認められ,ネットワークMT観測でMT法のシグナルである電磁場変動が測定されていることを確認できた.ネットワークMT観測の電位差と柿岡地磁気観測所の磁場の間の応答関数を推定したところ,ノイズに依るバイアスの有無の確認とその除去をする必要があるものの,中央のネットでは数10秒以上の周期、残りの2つのネットでは数100秒以上の周期で応答関数を推定できた.周期数1000秒程度まで非対角成分の位相が小さい傾向があり,堆積層から基盤,フィリピン海スラブ,太平洋スラブと続く深さ方向の比抵抗の増加を反映している可能性がある.
また,阿蘇カルデラを含む九州地方中央部の深部広域構造を決定するためのネットワークMT観測データの解析を進めた(産総研・京都大学との共同研究).一方,豊後水道スロースリップ域やその北側に東西に分布する深部低周波微動域を含んだ広い領域での深部比抵抗構造を決定する目的と,スローイベント時の電磁気的シグナルの有無を検証するため,四国西部と九州東部においてネットワークMT法連続観測ならびにそのデータ解析を継続した.ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯においても同様の観測を実現すべく,ネットワークMT試験的観測を継続していたが,現地の光ファイバー化によって観測が継続できなくなったため,新たにOBEMを用いた海底での連続観測を開始した(海半球観測センター,GNS Scienceとの共同研究,3.5.6.参照).一方,2002年から2004年にかけ,紀伊半島全域で実施していたネットワークMT観測から得られたデータの再解析を実施し,3次元広域深部構造推定を実施したほか,その推定確度を向上させるための追加広帯域MT観測を実施した.また,1994年から1996年にかけ,四国東部から岡山県,鳥取県にて実施していたネットワークMT観測データの再解析を開始した(京都大学・大阪公立大学・高知大学・九州大学・鳥取大学・JAMSTECとの共同研究).
一方で,解析や解釈のための手法の開発も行った.まず,上述のように,地震波速度構造を制約条件とする3次元比抵抗構造インヴァージョン手法を確立し,いわき地方から新潟平野に至るMTデータに適用してその有用性を確認した.次に,Fast and robustブートストラップ法をロバストなリモートリファレンス法に適用し,ほとんどの場合に,(近似を用いない)一般的なブートストラップ法を使用した場合と同等の標準誤差をより高速に推定できることを確認した.最後に,ネットワークMT法データと広帯域法データとを同時に解釈する3次元インヴァージョン手法の開発を開始したほか,シミュレーション用いた岩石中のクラックの連結度の定量評価を開始した.