3.8.1 素粒子検出デバイス開発研究

(a)  超低雑音ミュオグラフィ検出器 

カロリメータ方式ミューオン検出器の開発により,ノイズを従来の99%以上低減させることに成功した.これにより,従来は1枚の透視画像を得るのに数週間を要していたものが,3日程度までに短縮され,時間分解能が劇的に向上した.これを用いて鹿児島の薩摩硫黄島硫黄岳を対象に行った観測で,マグマが火道内を上下する動きをとらえることができた(Tanaka et al., 2014).しかも,新型検出器により,数㎞程度の遠方からでも,ミュオンによる透視画像が得られる.これは,噴火活動中の火山の透視観測にとって大きな朗報である.というのは,従来のミュオグラフィは,火口から1 km程度の観測に限られており,これでは実際の噴火時には立入制限区域内となり,観測不能となることが懸念されていたからである.新型検出器によって,火口から3~4kmに設定される立ち入り制限区域の外からでも,噴火中の火山の透視画像が得られることになった.性能を実証するため,鹿児島県と宮崎県にまたがる霧島山新燃岳を対象とし,その火口から南に約5 km離れた位置に同検出器を設置し遠距離ミュオグラフィ(VLRM)を行った.その結果,5 km離れた位置でも,目立った雑音はなく,活動的火山におけるVLRM観測の有効性が実証された.

 (b) 分割可能小型ミュオグラフィ観測システムの開発

 特に海外でのミュオグラフィ観測調査では手荷物の重量制限があるために,複数の運搬者で分割して,スーツケースに入れられるようになっていると便利である.架台部,電源部,センサー部,データ処理部について,それぞれモジュール化を行い,少人数で運搬,測定開始ができるシステムを構築した.システムは日本からインドネシアに手荷物として運搬され,観測点で速やかに組み立てることで,速やかなミュオグラフィ観測開始が実現した.測定装置は2014年9月に世界文化遺産であるボルブドール遺跡の管理を行うボルブドール研究所で観測デモンストレーションを行い,地盤沈下の調査等,遺跡の長期保全を目的としたミュオグラフィモニタリング調査を2015年度より開始することを目標にして,準備が進められている(図3.8.1).

(c)  ボアホール設置型ラジオグラフィー

宇宙線ミューオンは上空からのみ飛来する.したがって,断層破砕帯や地滑り面等の地下構造を透視するためには,測定対象を見上げるように,ミューオン検出器を地下深く掘削坑(ボアホール)等に埋設することが必要となる.ボアホールのような狭隘な空間では,ミューオン・フラックスは限られた量しか得られないので,それを有効に活用する観測技術の開発が不可欠となる.昨年度は岐阜県飛騨市の山中に掘削された,最大深度350mのボアホールを利用して,実際に検出器を深度100mまで下して,ミューオンフラックスデータを取得した.今年度はこの観測データの解析を進め,深度50mから95mにかけて存在する断層破砕帯付近で,断層破砕帯の走向方向からのフラックスが有意に大きいことが分かった.これは,破砕帯沿いに期待される空隙率の増加と整合する(図3.8.2).また,断層の傾斜角が従来のモデル(~90°)ではなく,約70°であることも分かった.今後はさらにデータ解析を進め,断層破砕帯の3次元密度構造の決定を行う.また,検出器の高感度化・高分解能化を行い,更に観測データを充実させ,本観測手法の確立を目指す

(d) 原子核乾板新型画像読み取り装置

 特定の数方向から既知のフラックスの加速器パイオンビームを打ち込んだ乾板を用い,新型の4倍速乾板読み取り装置QSSで飛跡の読み取りを行った時の,効率・位置精度・角度精度の評価を行った.位置・角度精度は旧装置ESSと変わらない結果を得た.傾きが小さい飛跡に対して,新型QSSによる飛跡の読み取り効率は,数%程度ESSより劣る結果となったが,(※QSSとESSでは飛跡認識のアルゴリズムが異なり,S/Nを同程度にする調整が容易でないため,本来比較は難しい),QSSの読み取り効率は角度依存性をもたないという優れた性質を示した;角度依存性があると,飛跡のカウント数が視線の方向によって変動し,見かけ上の密度揺らぎを生じてしまう.

 現在1台のQSSが稼働中であり,カナリア諸島ラパルマ島の断層検出のため乾板画像を読み取っている.今年度中に2台目のQSSが立ち上がる予定である.

(e)  鉛積層型原子核乾板

 従来の乾板観測手法では,①ミューオン以外の粒子(電子・陽子等)に起因する背景ノイズが混入すること,及び,②検出効率の補正方法が不十分であったことなどの理由で,火山体の密度として2.9g/cm3という,通常では考えにくい値を示すことが稀にあった(地表付近の岩石等では,2.0-2.5g/cm3になるのが普通).そこで上記①②の問題を克服し,従来より信頼性の高い密度決定のために,乾板の間に薄い鉛板を挟みこんだ「鉛積層型検出器」(ECC;Emulsion Cloud Chamber)を用い,ミューオグラフィーに適した解析法を開発した(図3.8.3).具体的には、乾板の持つ高い空間分解能を用い,多重クーロン散乱で生じる角度のズレを精密に測定することで,粒子の運動量弁別を行った.鉛積層を用いない従来型では、運動量が0.1GeV/c以下の粒子を棄却していたが、今回設置したECCでは,1.0GeV/c以下の粒子をノイズとして棄却した.その結果、背景ノイズの仮定なしに,現地の溶岩等のバルク密度測定結果とほぼ一致する密度2.3g/cm3を得られることがわかった(図3.8.3).今回の観測によって,乾板を用いる観測において今後のスタンダードとなる技術開発に成功したといえる.同時に背景事象は1GeV/c以下の低運動量粒子であることも解明できた.大気中で生じる宇宙線を詳細に計算するシミュレーター「COSMOS」と,山体中での相互作用をより詳細に計算する「GEANT」を用い,形状が昭和新山に近い山体に対して,どのような粒子が検出されうるのか計算を行った.その結果,山体の深い部分から来る宇宙線としては,Sub-GeV/cの領域で陽子や陽子・中性子起源の電子等の粒子の方が,シグナルとなるべき山体を通過したミューオンより多いことがわかった.一方、1.0GeV/c以上の領域では,シグナルとなる山体を通過したミューオン数と比較して,これら背景粒子は無視できる量となっていることが確認できた.また、従来型検出器では,山体の深い部分から到来した粒子のなかに,電離損失が最小電離粒子より高いものが多く検出された.これを陽子であると仮定し,シミュレーション結果と比較すると10%以内でフラックス値は一致した.

(f)  開発FADCシステムの商品化

昨年度に開発した電子機器を,ボアホール型検出器に搭載するため改良を加えたものが,製品名Cosmo-Zとして製品化され,販売された.本電子機器は,主に8ch,125MSPSのFADCと,及びFPGAとCPUを内蔵するICから成り,OSにLinuxを搭載している.従って測定にはPCを必要とせず,かつ複雑なトリガーを行うことができる.消費電力は5W程度,計測データをメールで送信可能,ブラウザ経由でアクセス可能等,遠隔地における測定にも適している.チャンネル数は最大32chまで拡張が可能である.このクラスのFADCシステムには我々の研究のみならず,種々の物理学実験において高い需要があったのだが,これまで市販品が存在しておらず,特注するにはコストがかかりすぎていたため,多くの研究機会が奪われてきた.昨年11月の予約開始から,わずか1ヶ月間で国内の5つの研究機関からの受注があった.この成果は我々の研究が地球科学以外の分野にも貢献していることを意味する.