広帯域地震計で診る火山活動 - 阿蘇山を例にして -

川勝 均 (東京大学地震研究所)

金嶋 聰 (東京大学理学部)

(岩波「科学」 1995年9月号に掲載されたものをもとにしています)

なぜ広帯域地震計か

火山活動が活発になるとき火山の周辺では、ふつうの地震とは顔つ きの異なる微弱な地震波が観測され、これを火山性地震・微動と呼 ぶ。ふつうの地震動は急激な断層運動によって引き起こされるが、 火山性微動は、地下深部からのマグマまたは熱水・水蒸気などの上 昇、または火口直下の火道内での発泡などの物理化学現象によって 引き起こされる振動であろうと考えられている。火山性微動発生の 物理的メカニズムがわかれば、火山にマグマがどのように供給され 、どのような過程を経て噴火等の表面での火山活動にいたるのかが 明らかになるのではないかとの期待から、多くの観測が世界中の火山でなされ ている。しかしながら、火山性微動の発生メカニズムは必ずしも良 くわかっているわけではない。そのひとつの原因は、観測に使われ ている地震計の制約から来ている。

図1 各種センサーの地動速度検出限界。 縦軸は対数スケールの地動速度。横軸は周期(同じく対数スケール)。 実線:STS2型広帯域地震計。一点鎖線:短周期速度地震計(固有周期1秒) 二点鎖線:歪み計(伸縮計)。歪み計の高速サンプリングが行なわれている火山 は少なく、したがって数秒〜100秒(破線部分)の変動は記録されていない場合 が多い。 点線:典型的な陸地での地動ノイズ。

火山での地震観測に一般的に使われている地震計は、短周期地震計 といって、1秒より短い周期の地震波しか観測できない(図1)。 したがって火山性微動も、1秒より短い周期のものを指すことがほ とんどである。 短周期地震計の記録は潜在的に高い空間的時間的解像度を有するものの、 一般に解析が難しく、火山に関しては多くの場合統計的な取り扱いしかできていない。 これ以外の地動の観測としては、地面の傾斜や伸び縮みを 測ることで火山体の膨らみ具合を調べる測地学的な(地殻変動)観測がある。 このような測地学的観測は、通常短くて「分」のオーダーの周期帯しかカ バーしない(図1)。したがって地殻変動のデータから捉えられるのは 「準静的な」変化である。 現状では、火山性微動が多く観測されたり山体の膨張が起 こるとそれに伴って火山活動が活発化し噴火現象が起こる、と いうような半ば経験的観測事実に基づいて活動の予測を行っている、という事が できよう。

このような状況をまとめると、1秒から数百秒の帯域の火山観測は ほとんどなされていないことになる。フィリピ ンのピナツボ火山の噴火や桜島などの日本の火山の噴火の警報が有 効に働いていることを考えれば、これまでの観測は火山活動のモニターとしてはそれ なりの役割を果たしてはいる。 しかしながら、火山活動のダイナミズムをとらえ、全体を包括的に理解する物理モデル を構築しようという立場にたつとき、上に述べたような観測の「周波数帯 の空白域」があることは、我々の理解を制約する本質的な問題である。 火山現象をより物理的に理解するためには、周波数帯 の空白域を埋める必要がある。

我々はこの数年、「広帯域地震計」という 周期約0.1秒から数百秒の帯域をカバーする最新の地震計を手に、 九州の火山で観測を行ってきた。周期の長い 地震波も観測することの利点の一つは、波形を直接解析することにより震源の力 学を決定できることにある。火山のように不均質度の強い地域では 、短周期の波は散乱等の影響を受けやすく解析がむずかしい。 周期が長くなるとその影響が弱まる。 例えばUhira\&Takeoは、桜島 の爆発噴火の際に長周期地震計によって観測された周期1秒から10 秒の波形を詳細に解析することで、火道内にある圧力源での力学を 論じ噴火のメカニズムを推定する事に成功した。 短周期・長周期す べての周期帯を広帯域地震計でとらえることにより、火山活動の全 容がとらえられることになる。

ここでは、1994年4月から1年間阿蘇山において、 東大地震研究所・東大理学部・京大理学部・地質調査所・気象研究所が 合同で行った、広帯域地震計10台によるネッ トワーク観測から見えてきたものを例にしてして、 火山現象が本来 的に広い周波数帯域のにわたるものであり、 それを本当に理解するためには火山において広帯域地震観測をすることが 不可欠である事を示す。

広帯域地震計でとらえた阿蘇山の土砂噴出

我々が思いもかけぬ理由から阿蘇山で観測を行うようになったいき さつについては他で述べた。 観測開始の1994年4月から半年近くた った同年9月、阿蘇山は突然活動を始めた。表面活動がなく火口に 水がたまる状態(湯溜まり状態と現地で呼ぶ)にある火口湖から、 土砂・水蒸気・噴煙が爆発的に噴出する「土砂噴出」がおき、噴煙 が1000メートルの高さまで上がった。図2は,9月22日に起きた土砂 噴出の時に,火口から1.4km離れた観測点でとれた広帯域地震計の 記録である。この波形を見るだけで土砂噴出のすべてが見えてしま うという程、広帯域地震計はその威力を遺憾なく発揮した。

図2 土砂噴出の広帯域地地震波形。火口から1.4km離れた観測点の上下動の記録。 (a)原記録(速度波形) (b)(a)に長周期のバンドパス・フィルターを掛けたもの (c)(a)を積分した変位記録。500秒辺りに見える短周期の波は、土砂噴出とは 直接関係のない火山性微動。

いちばん上の波形は、地震計の出力(地面の振動速度)の上下振動 の成分をそのまま示している。矢印のあたりが実際に土砂が噴出し 始めた時刻にあたり、その後高周波の波が、100秒ほど観測されて いる。中央の図は、上の波形の周期10〜25秒の部分だけ取り出した ものであり、土砂噴出の前からゆっくりとした振動がおきているを 示す。下の波形は、いちばん上の観測波形を処理して、実際の地面 の上下方向の変位になおしたものである。観測されている変位の周 期(10秒以長)を考慮すると、この波形は震源での変位に比例した ものと考えて良いことがわかる。

この図で、上向き(正)の変位は地面が膨らんでいることに対応す るので、それを考慮してこの地震波形を見ると、土砂噴出とは以下 のような現象であることが読みとれる:火口から土砂が吹き上げる 50秒ほど前から、20秒ほどのパルス的な変動をしながら全体として はゆっくりと地面が膨らみ始める;地下での圧力を支えきれなくな ると、火口から土砂の噴出が起こり、地面はゆっくりとしぼんでい く;土砂が吹き出す過程に対応して短周期の地震波がでるが、これ は、火道を土砂や水蒸気が激しい早さで通るときに出る地震波であ る;短周期の地震波放出、すなわち土砂の噴出が終わると、地面の 膨らみは元に戻って、土砂噴出の一過程が終了する。

このゆっくりとした膨らみ(図2c)を起こしている場所は、各観 測点での変位の大きさから、火口直下の深さ1〜1.5kmのあたりで あることがわかる。また図2bの周期20秒ほどのパルス的な波の解 析をすることによって、同じ震源がこれらの波を出していることが わかる。さらに、土砂噴出の起こる前の静穏期(湯溜まり状態)の 観測から、15秒を基本周期にして、7.5秒、5秒、3秒と倍音関係 にある固有周期の微弱な揺れ(以下では「長周期微動」と呼ぶこと にする)があることがわかっている。阿蘇山で固有振動が観測され るということは、火山の下に「容れ物」があって、それが揺れてい るということになる。それぞれの観測点の波形を解析することで、 長周期微動の震源の位置がわかる。震源は、やはり火口直下1-1.5k mの深さあたりで、大きさがせいぜい数百メートルのものであるら しい。観測波形をより詳細に調べると「容れ物」の形態についても情 報がえられ,南北に延びたクラック状のものとなる。この走向は、地 表の火口列の方向と一致する。

広帯域地震計で観測されたこれらの3種類の波(200秒ほどのゆっ くりとした地面の膨らみとしぼみ・周期20秒程のパルス的な振動・ 静穏時にでる長周期微動(固有振動))の震源がみな火口下の1〜1 .5kmのあたりに決まることは,そこに阿蘇山の表面活動を制御す るような圧力源 (地下からの熱の流れをバッファーし、圧力源あるいは振動体として振舞う、 という意味で以後buffer zoneと呼ぶ) があることを示している。震源が浅いこ とや、火山活動自体は全体として静穏期で,マグマが上がってきて いる証拠はないことを考えると、buffer zoneの正体はマグマ溜ま りとは考えにくい。

図3 阿蘇山の土砂噴出・長周期微動発生の概念図。 地下深部からの熱が帯水層で熱水反応を起こし、圧力源としての buffer zoneを形成している。buffer zoneは長周期微動を出したり、 土砂噴出の時には全体が膨張・収縮する。 マグマ溜まりの位置や、そこから熱がどのようにして上昇してくるのかは 今のところ良くわかっていない。

阿蘇山では豊富な地下水の存在が知られており,地下水が表面活動 をいろいろな意味で規定しているだろうといわれている。我々は, 火口直下1-1.5kmの深さに地下水の層(帯水層)があり、より深部 からくる火山の熱がそこで地下水と熱水反応を起こしbuffer zone を作り上げているのではないかと考えている(図3)。静穏期には間欠的な 熱水反応が局所的な圧力変化となってbuffer zoneを揺らし,固有振動 としての長周期微動をだす。土砂噴出は、活動が少し高まり地下深 部から伝わってくる熱のエネルギーが急に増大した時起こる。地下 水との反応が急激に増え体積が増大し,圧力に耐えきれなくなり 土砂が火口から噴出すると、 体積が減って元に戻る。これに対応してbuffer zone全体が膨らん だりしぼんだりするのが,土砂噴出にともなって観測される変位の 原因であろう。急激な圧力増を駆動する力と抑制する力(地面の圧 力)のかねあいで周期20秒程のパルスの周期も決まるのではないか。 個々の物理過程についてはこれから詰めて行かなくてはならないが、 全体像はこのようなものであろう。

規模は小さいとはいうものの、火山の噴火のプロセスが今回ように 生き生きととらえられたのは世界で初めてのことである。 また、噴出の前に地下が膨らむのが観測できるのであるから、 リアルタイムでモニターしていれば、土砂噴出の予測が将来には 可能になるかも知れない。

火山で広帯域地震観測を!

土砂噴出の準備段階のゆっくりと した膨らみ、その膨らみを駆動するような20秒ほどのパルス群,土 砂が噴出する時の短周期の振動、土砂の噴出に伴なうゆっくりとし たしぼみ,すべてがひとつの地震計でとらえられた。 阿蘇山の土砂 噴出とは,このように別々の周期特性を持つ現象が複合的に起こる 現象である。従来の短周期地震計だけで観測していたなら,土砂が 噴出する時の振動しかとらえられなかったものも,広帯域な観測を することではじめて全体像が見えてくる。それぞれの周期帯で別々 の物理現象が起こり,それが総合して一つの火山現象を引き起こす 。このような意味において火山活動とは本来的に広帯域な現象であ り,その理解には広帯域地震計による観測が必要である。

火山における広帯域地震計による観測は注目をあび始めている。 イギリスやアメリカのグループもイタリア・インドネシア等の 遠隔地の火山で観測を開始している。 日本は火山国であり,その気になれば観測ができる火山が身近にたくさんある。 火山国の地の利を生かし広帯域地震観測を大規模に展開することで,物理的理 解に基づく新しい火山学の構築に世界的な貢献が可能なのではな かろうか。

参考文献

Uhira, K., & Takeo, M., J. Geophys. Res., 99, 17775-17789 (1994).
Kaneshima, S. et al, Science,273. 642-645 (1996).
Kawakatsu, H. et al, Geophy. Res. Lett.,19, 1959-1962 (1992).
Kawakatsu, H., Ohminato, T. & Ito H. Geophys. Res. Lett., 21, 1963 -1966 (1994)
川勝 均, 科学朝日, 9月号, (1995).
Tanaka, Y. J. Volcanol. Geotherm. Res., 2, 319-338 (1993)
Neuberg, J., Luckett, R., Ripepe, M. & Braun, T. Geophys Res. Lett., 21, 749-753 (1994)
Hellweg, P., Seidl, D., Brotopuspito, K. S. & Brustle, W. EOS, 75, 313-317 (1994)