広帯域地震計の冒険

阿蘇の活動を桜島でとらえた

川勝均/東京大学地震研究所助教授/地震学/かわかつ・ひとし

(科学朝日1995年9月号に掲載されたものをもとにしています)


熊本県阿蘇山の京大理学部付属火山研究施設。倉庫のような一角に、時代に置き忘れ にされたような古いガラスケースがある。中には「おじいさんの古時計」を連想させる 振り子。これは現役の地震計である。60年前、京都大学の佐々憲三が設置、以来、阿蘇 山のゆっくりとした揺れをとらえてきた。

●佐々が60年前に使った地震計と最新の広帯域地震計。広帯域地震計は小型の電気釜ほ どの大きさで、一畳もの大きさの古い地震計との比較は時の流れを感じさせる

地震計は一種の振り子で、振り子の固有周期が測定可能な周期帯を決める。佐々が設置 したのは長い周期の揺れをとらえる長周期地震計だ。これは長い周期の振り子である必 要から、機械は大きくなり安定性も悪い。 佐々はおそらく相当苦労しながら、この地震計を使った。そして世界で初めて3・5〜 8秒という長い周期の波を火山で観測することに成功。この波は、火口の下のマグマの 噴火前の動きを表しているに違いない――佐々の考えは画期的だった。
しかしながら、いつのまにか佐々の考えは古典になり、長い周期の波で火山をとらえよ うという試みが他の火山で行われることはなかった。現在、火山の地震観測といえば、 1秒より短い周期の波を見るのが主流である。一方、地面の傾斜や伸び縮みを測り、火 山体の膨らみ具合を調べる測地学的な観測により、分より長い周期の動きがとらえられ ている。
 マグマなどの上昇による振動と考えられている 「火山性微動」の観測は、火山 研究には欠かせないものだが、現在、1秒から数百秒の帯域の地震波の観測はほとんど なされていないのである。
 地震計測技術は確実に進歩している。周期約0・1秒から数百秒の帯域をカバーする 「広帯域地震計」も簡単に使えるようになった。これで観測を開始すれば、見えてくる ものがあるに違いないと我われは考えた。

桜島が周期10秒で揺れている!?

 とりあえず、鹿児島県の桜島火山に向かった。桜島は火山活動が活発で短期間にデー タの収集が可能であり、火山での広帯域地震観測の有効性を調べるためには絶好のフィ ールドだ。1992年12月から翌年3月にかけての観測で、桜島の爆発噴火や今まで知 られていなかった様々な振動をとらえ、広帯域地震観測の有効性をひとまず示した。
 このデータの中に10秒の周期の波が頻繁に見いだされた。シグナルは微弱であり生の データからはその存在は確認できないが、簡単な処理をすると図のように、振幅1ミク ロン(1000分の1ミリ)程度の波がポコッポコッと浮き上がってくる。桜島は時々 10秒の周期で揺れているらしい。

■93年1月20日16〜24時、桜島島内3観測点(A、K、Y)の上下成分記録処理したも の。丸で囲った波群が10秒波である。横軸は1辺29分に対応する。各記録の左端に開始 時刻が記されている。

 10秒と一言ですまさず、1、2、3…と10秒を数えていただきたい。どんなにゆっく りとした揺れかがわかるであろう。こんな周期で桜島が揺れている。何が起こっている のだろう?
 桜島は常時噴火している。地下深部からマグマが供給されているのを見ているのでは ないか。もしそうならば、大発見である。火山体へのマグマの供給が地震学的につかめ れば、火山噴火のメカニズムの解明に大いに役に立つし、噴火予測等に有用な情報にも なるかもしれないからである。
 しかし、冷静になってデータを見てみると桜島起源の波ではないらしい。島内の各観 測点での波群の到達する時刻差から到来方向を決めると、北北東だ。桜島の北北東に10 秒の周期で揺れている何かがあるのである。

■阿蘇からの距離で10秒波を並べた図。阿蘇周辺が起源で、 伝達速度約3.25キロ/秒で伝 わったと考えると各観測点での到達時刻が説明できる

 様々な可能性を考えて調べるうちに、霧島、雲仙、そしてなんと広島県の白木に置か れている長周期地震計にも同様の記録が取れていることが明らかになった。図は1月20 日17時45分頃に起きた現象を阿蘇からの距離で並べたものである。伝達速度およそ毎秒 3・25キロの波が阿蘇周辺から来ていると考えると、到来時刻が大体説明出来ること がわかる。以上のような状況証拠から、10秒波の起源は阿蘇山周辺にあると考えて間違 えなさそうである。阿蘇が呼んでいる。行くっきゃない。

桜島が揺れ、阿蘇の微動は止まる

 10秒波の起源を求めてたどりついた阿蘇山。かつて佐々が観測を行った火山だ。我わ れの10秒波も、佐々がとらえた噴火前の長周期微動の仲間である可能性が大きい。しか し、気象庁も京大火山研究施設も、10秒波に対応する噴火活動を記録していなかった。
 しかし、現地の短周期地震計の煤書き記録 を調べていくうちに、10秒波の出現 に対応して「微動停止」と呼ばれている現象が起こっていることが明らかになった。図 は阿蘇測候所の火口周辺の短周期地震計の記録である。この期間、火山活動自体は比較 的活発であったため、短周期微動はほぼ連続的に出ているが、時々止むことがある。こ れを現地では「微動停止」と呼んでいる。この「微動停止」と10秒波の出現が対応付け られることがわかった。

■阿蘇測候所の煤書き記録。 17:44周辺に微動が見られない「微動停止」がある

 桜島が周期10秒で揺れるとき、阿蘇山の(短周期)火山性微動は一瞬止み、山は静か になるのである。
 はじめは半信半疑であった人たちも、10秒波と「微動停止」の対応を見て乗り気にな り、94年4月から5つの大学・国立研究所が共同で、阿蘇山で広帯域地震計のネットワ ーク観測を1年間行うことになった。10台の広帯域地震計を阿蘇山周辺に置き連続観測 をする計画で「阿蘇94」と呼んでいる。
 この観測は思わぬ展開をみせた。
 阿蘇山の火山活動には、1つのサイクルがあるといわれている(図)。我われが観測 を始めた94年4月は、表面活動の最も少ない時期だった。火口に水が溜まって火口湖を 作るから、現地では「湯溜まり」状態と呼んでいた。静穏期であったが、火口近くに置 いた広帯域地震計からは、阿蘇山は10秒より長い周期の波をいつも出していることが即 座に見てとれた。
 やはり阿蘇山はゆっくりと揺れているのだ。しかしこの波は、阿蘇での振幅(1ミク ロン以下)が小さいことから考えて、とても桜島で観測し得るような波ではない。とい うことは、阿蘇山は、桜島で観測した10秒波以外に微弱だが長周期の波を放出している のだ。 この波(ゆっくりとした揺れ)の特徴は、 周波数スペクトルを見るとよ くわかる。図は、火口を取りまくように置いた観測点のものだが、15秒を基本周期にし て、7・5秒、5秒、3秒と倍音関係にある周期の揺れが卓越していることがわかる。 このようないくつかのピークを持つ揺れを固有振動と呼ぶが、阿蘇山の長周期微動が固 有振動であるということは、火山の下に「容れ物」があって、それが揺れていることを 意味する。

■火口周辺の3観測点でのスペクトル。いくつかの共通のピークがみえる

 阿蘇山の地下にある容れ物。なんだろう? まず頭に浮かぶのはマグマ溜まりではな いかということだ。60年前の佐々もそう考えた。
 それぞれの観測点の波形を解析して、震源の位置を決めた。震源は、火口直下1〜1 ・5キロの深さにある大きさがせいぜい数百メートルのものであるらしい。震源が浅い ことや、火山活動自体は静穏期でマグマが上がってきている証拠はないことを考えると 、容れ物の正体はマグマ溜まりとは考えにくい。
 では、何か。阿蘇山では、電磁気的な観測などから、地下の温度が急速に変化するこ とがあるのが知られており、地下水が豊富であることと考え合わせて、地下水が火山活 動を規定する重要な要素ではないかといわれている。火口直下1〜1・5キロの深さに 地下水の層(帯水層)があり、より深部からくる火山の熱がそこで地下水と反応を起こ し、圧力変化となって長周期微動として観測されているのではないか。今のところこれ が有力な考えだ。

地面が膨らんで土砂噴出

 観測開始から半年近くたって、これといって火山活動が活発になるという兆候もなく 、たった1年の観測でわかるのはこのくらいかと、一応これまでの結果に満足はしなが ら、一種のあきらめの雰囲気が共同観測グループに出始めてきた94年9月、阿蘇山は突 然活動を始めた。
 湯溜まり状態にある火口湖から、土砂・水蒸気・噴煙が爆発的に噴出する「土砂噴出 」が起き、噴煙が1000メートルの高さまで上がった。図は9月22日に起きた土砂噴 出の時に取れた広帯域地震計の記録である。

■土砂噴出の時の、広帯域地震計の記録。いちばん上の波形は、地震計の出力(地面の 振動速度)の上下振動の成分をそのまま示している。矢印のあたりが実際に土砂が噴出 し始めた時刻にあたり、その後高周波の波が、100秒ほど観測されている。真ん中の 図は、上の波形の周期10〜25秒の部分だけ取り出したものであり、土砂噴出の前からゆ っくりとした振動がおきているを示す。またこの波形は、周期は少し違うが、桜島で観 測した10秒波の波形と似ているようだ。下の波形は、いちばん上の観測波形を処理して 、実際の地面の上下方向の変位になおしたものである

 この図で、上向き(正)の変位は地面が膨らんでいることに対応するので、それを考 慮してこの地震波形を見ると、土砂噴出とは以下のような現象であることが読み取れる 。1火口から土砂が噴き上げる50秒ほど前から、20秒ほどのパルス的な変動をしながら 全体としてはゆっくりと地面が膨らみ始める 2地下での圧力を支えきれなくなると、 火口から土砂の噴出が起こり、地面はゆっくりとしぼんでいく 3土砂が吹き出す過程 に対応して短周期の地震波がでるが、これは、火道を土砂や水蒸気が激しい早さで通る ときに出る地震波である 4短周期の地震波放出、すなわち土砂の噴出が終わると、地 面の膨らみは元に戻って、土砂噴出の1過程が終了する。
 この結果から、土砂噴出のメカニズムを推定することができる。ゆっくりとした膨ら みを起こしている場所は、先に述べた長周期微動の震源の位置とほぼ一致する。地下深 部から伝わってくる熱のエネルギーが急に増大して、地下水との反応が急激に増えたた めに、土砂噴出が起こるのではないかというわけである。
 土砂噴出の準備段階のゆっくりとした膨らみ、土砂が噴出する時の短周期の振動、す べてが1つの地震計でとらえられた。規模は小さいが、火山の噴火のプロセスがこのよ うに生々しくとらえられたのは世界で初めてである。また、噴出前に地下が膨らむのが 観測できるのだから、リアルタイムでモニターすれば、土砂噴出の予測が可能になるか も知れない。
 さらに、土砂噴出に伴って発生する長周期の波は、1000キロ以上離れた小笠原諸 島の父島や東北地方に置かれた地震計でも記録されていることもわかった。
 桜島で観測された10秒波も、この種類の波であるに違いないが、土砂の噴出は確認さ れていない。火道が閉鎖された状態で、噴出できず、地下の圧力の増減を繰り返して終 わったのかもしれないと考えている。
 95年6月時点で阿蘇山の火口湖は干上がっていない。我われの観測は、阿蘇山の活動 サイクルのうち、そのほんの一部をカバーしたにすぎない。現在規模を縮小して観測を 継続しているが、マグマが徐々に上がってきて本格的な活動を始めた時にどのような波 形が観測され、何が見えてくるのか、今から楽しみだ。佐々の微動はどう見えるのだろ う。
 実は、火山性微動の発生メカニズムは必ずしも良くわかっているわけではない。火山 性微動が多く観測されると、それに伴って火山活動が活発化したり噴火現象が起こると いう経験的観測事実に基づいて、気象庁等が活火山の周辺に地震観測網を展開し監視を 続けているのが現状である。広帯域地震計はこのメカニズムを明かにしてくれるのでは ないかと期待している。
 広帯域地震計に引っ張られ、桜島から阿蘇へと展開した冒険。予想外の観測結果、驚 きの連続であった。我われが頭で考えることより、自然が見せてくれる実際の現象の方 がずっと面白い。フィールド・サイエンスの楽しさとは、まさにこのようなことをいう のではないかと感じた。
 ミクロンの大きさの地面のわずかの揺れを観測して、地球全体のグローバルな構造を 推定したり、地震による大地の運動を記述したりするのが地震学である。このような観 測限界ぎりぎりのところで地球を眺めていると、ある日突然、ノイズと思って見過ごし てきたものに、新しい意味が見えてくるときがある。そんな時を求めて我われの観測は 続く。まだまだ予想外のものが出てくるに違いない。




火山性微動
火山の周辺では火山活動が活発になるときに、普通の地震とは顔つきの異なる微弱 な地震波が観測され、「火山性地震・微動」と呼ばれる。普通の地震動は急激な断層運 動によって引き起こされるが、火山性微動は、地下深部からのマグマまたは熱水・水蒸 気などの上昇によって引き起こされる振動であろうと考えられている。ここでは1秒よ り短い周期を短周期微動、長い周期を長周期微動と呼ぶ。 佐々は1935年の論文で、阿蘇山で観測される微動を波形の特長や起こり方から4種類 に分けた。第1種微動(卓越周期 0・8〜1・5秒)、第2種微動(3・5〜8・0 秒)、第3種微動(0・4〜0・6秒)、第4種微動(0・2秒)。それぞれの微動は 別々の物理現象に対応すると考えられる。このうち第2種微動がここでいう「佐々の長 周期微動」で、他の火山では未に観測されていない。また火山性微動の分類はそれぞれ の火山によって異なり、分類学すら出来上がっていない発達途中の学問領域である。 (もどる) 
煤書き記録 
地震動の伝統的記録方式。円筒形のドラムの表面に紙をまき、石油ランプなどによ り表面をいぶしてすすをつけ、ドラムを定速で回転させながら針でひっかいて地震動を 記録する。(もどる)   
 スペクトル
地震波にはいろいろな周波数の波が混在している。それぞれの周波数についての振 幅を示したものをスペクトルという。 (もどる)