プレートテクトニクスの謎 -プレートの底- の深海底観測による解明
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地震研究所 川勝均


H. Kawakatsu, P. Kumar, Y. Takei, M. Shinohara, T. Kanazawa, E. Araki, K. Suyehiro, ,
Seismic Evidence for Sharp Lithosphere-Asthenosphere Boundaries of Oceanic Plates,
Science, 324, 499-502, April 24, 2009.

プレートテクトニクスによれば, 太平洋の海の下には広大な一枚の板(プレート)があり, 1年に10cmほどの速さでするすると水平に動いています. 差し渡し数千キロメートルにもおよぶプレートが 一体となって動くというのは,考えてみると不思議なことです. そのためにはプレートの底が滑りやすくなっている仕掛けがあるはずです. 今回海洋プレートの底が初めて観測され, 仕掛けのメカニズムに迫ることができました. そのためには5000メートルの深海での観測が必要でした.


東京大学地震研究所プレスリリース (2009/4/24)

<<発表者>> 川勝均(東京大学地震研究所 教授)

<<概要>>

地震・火山など多くの地学現象を統一的に説明する枠組みであるプレート・テクトニクス理論の根本には,剛体のリソスフェア(=プレート)が柔らかなアセノスフェアの上をすべるように動くことが暗黙のうちに了解されている.従ってプレートの底(リソスフェア・アセノスフェア境界)の状態を知ることはプレート・テクトニクスの原理を理解することに直結する重要な課題である.しかしながらその実体は,プレート・テクトニクスが提出され半世紀たった現在も謎に包まれたままである.

(啓林館「地学II」より,一部加筆)

今回我々は,「海半球ネットワーク計画」のもとで地震研究所が世界にさきがけて構築・運用した深海底における孔内広帯域地震観測点(北西太平洋とフィリピン海中央の2点に位置)のデータを解析し,プレートの底に対応すると考えられる急激な地震波速度の減少(浅い方から深い方へ)をみいだし,海洋プレートの底がシャープなものであることを地震学的に明らかにした.またこの観測を説明する新たなアセノスフェアのモデルを提唱した.アセノスフェアは,高温で部分的に溶けた(部分溶融)マントルの岩石が,プレートが水平方向に動く剪断的運動により引き延ばされ,縞状に分離濃集したミクロ構造を持つとするこのモデルは,今まで説明が困難であった海洋プレート下のマントルに顕著に観られる地震波速度の鉛直異方性(ラブ波とレーリー波の矛盾として知られる),アセノスフェアの高電気伝導度などを説明でき,さらに少量の潤滑剤(溶融物)でなぜプレートがプレートらしく振る舞えるのか,すなわちなぜアセノスフェアはプレートに比べて格段に柔らかいのかをも定量的に説明するものである.



<<発表内容>>

地球内部を覗くための観測の空白域である海洋底に 地球物理観測網を構築することを目指した 「海半球ネットワーク計画」では, 北西太平洋とフィリピン海中央の約5000メートルの深海底に 最高性能の「広帯域地震計」を設置した. 陸上の観測点と同程度のノイズレベルにおさえるため, 掘削船により深海底に孔を掘り,500メートルの深さに 地震計を埋め込んだ孔内広帯域地震観測点である.



図1: 海底地形と孔内広帯域地震観測点WP1とWP2


図2: 孔内広帯域地震観測点WP2の外観と設置風景(海洋研究開発機構無人探査機「かいこう」により撮影)
ビデオクリップ(ウィンドウズ用): WP1 visit(3Mb); WP1 operation(4Mb); WP2 visit(3Mb); WP2 operation(5Mb)
ビデオクリップ(マック用): WP1 visit(4Mb); WP1 operation(6Mb); WP2 visit(4Mb); WP2 operation(7Mb)



孔内観測により良質の波形データが得られたことで, 陸上観測点と同様のレシーバー関数解析(*注1)などの変換波を使った高分解能の 解析をおこなうことが可能となった. その結果,プレートの底に対応すると考えられる急激な地震波速度の 減少(浅い方から深い方へ)をみいだし, 海洋プレートの底がシャープなものであること, またその速度低下の度合いが大きいことが明らかになった.



図3: レシーバー関数解析の結果 (WP1)と地震波速度構造(右,赤線). レシーバー関数(左図の縦に並んだ波型の曲線)は, 赤色は,上から下に速度が急に増える場所に対応し, 青色は,上から下に速度が急に減る場所に対応する. 右図の赤線は,地震波の速度を示し,深さ80kmあたりで 急激に速度が減少している.ここがプレートの底に 対応していると考えている.


図4: レシーバー関数解析の結果 (東北日本とWP2)とWP2下の地震波速度構造(右). イメージおよび波形の赤色は,上から下に速度が急に増える場所に対応(青はその逆)


プレートの下にあるアセノスフェアについては,これまで マントルの岩石の一部が溶けて「部分溶融(*注2)」を起こしている などいくつかの考え方が提出されているが,いかなるモデルも 我々の観測を説明できない. そこで観測を説明する以下のような新たなアセノスフェア(*注3)のモデルを提出した: “アセノスフェアは,高温で部分溶融を起こしたマントルの岩石が, プレートが水平方向に動く剪断的運動(*注4)により引き延ばされ, 縞状に分離濃集したミクロ構造を持つ”というものである.

図5: 新しいアセノスフェアのモデル



これは近年の岩石変形実験などの知見を元にしたもので, 微視的なスケールでの岩石の性質を反映している. このモデルは,今まで説明が困難であった海洋プレート下のマントルに顕著に 観られる地震波速度の鉛直異方性(*注5), アセノスフェアの高電気伝導度などを説明できる可能性があり, さらに少量の潤滑剤(溶融物)でなぜプレートがプレートらしく振る舞えるのか, すなわちなぜアセノスフェアはプレートに比べて格段に柔らかいのかをも 定量的に説明するものである.



図6 プレートの底での地震波速度と粘性の変化. このアセノスフェアのモデルによって, 小量のメルトであっても, 観測値(影の部分)を説明できることが定量的に説明される.


今後はより広域的な海底観測を行い, 今回の研究結果が海洋プレート全般について成り立つか検証する必要がある. また大陸プレートに関しても同様の議論が成り立つかもしれない. 地球のアセノスフェアの一般的な性質として成り立つか今後 さらに研究を進めていきたい.



<<注・用語解説>>

(*1)レシーバー関数解析: 散乱波を使う地球内部イメージングの手法.地震波速度の急激な変化に敏感.地震観測点近傍の地下構造を推定するのに有効.P波を使ったものとS波を使ったものがある.今回は両者を使っている.

(*2)部分溶融:  岩石が高温でとけて,液相(メルト)と固相が共存する状態. アセノスフェアは部分熔融しているという考え方が有力だが, 一様に液相が分布している場合は多少の液相量(1%程度)ではマントルの 岩石は思った程軟らかくならない.

(*3)アセノスフェア: リソスフェア(プレート)の下の層.流動性に富んでおり, 地震波速度の低速度層に対応していると考えられているが, その実体は驚く程不明である.

(*4)剪断的運動: 横ずれをおこす運動.

(*5)鉛直異方性: 地震波(P波,S波)の伝播速度が鉛直方向に伝わる場合と水平方向に伝わる場合で速さが異なること.2種類の表面波,ラブ波とレーリー波の矛盾としても知られている.標準的な地球の1次元構造モデル(PREM)には深さ80kmと220kmの間に鉛直異方性が存在するが,何に対応するのかは説明が与えられていなかった.また海洋プレートの下では鉛直異方性が,大陸プレートの下に比べて顕著であることが知られている.



<<発表雑誌>>

H. Kawakatsu, P. Kumar, Y. Takei, M. Shinohara, T. Kanazawa, E. Araki, K. Suyehiro,
Seismic Evidence for Sharp Lithosphere-Asthenosphere Boundaries of Oceanic Plates,
Science, 324, 499-502, April 24, 2009.


<<参考文献>>

Shinohara, M., E. Araki, T. Kanazawa, K. Suyehiro, M. Mochizuki, T. Yamada, K. Nakahigashi, Y. Kaiho and Y. Fukao, Deep-sea borehole seismological observatories in the Western Pacific: temporal variation of seismic noise level and event detection, Annals of Geophys., 49, 625-641, (2006).

Shinohara, M, T. Fukano, T. Kanazawa, E. Araki, K. Suyehiro, M. Mochizuki, K. Nakahigashi, T. Yamada and K. Mochizuki, Upper mantle and crustal seismic structure beneath the northwestern Pacific basin using a seafloor borehole broadband seismometer and ocean bottom seismometers, Phys. Earth Planet. Inter., 170, 95-106, (2008).


http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/people/hitosi/misc/LAB.html