アセノスフェアの沈み込み
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地震研究所 川勝均




アセノスフェアの沈み込み:スラブ下地震波異方性からの証拠

Subduction of oceanic asthenosphere: Evidence from sub-slab seismic anisotropy
Song, T.-R. Alex (IFREE/JAMSTEC), Hitoshi Kawakatsu (ERI/Univ Tokyo)
Geophysical Research Letters, VOL. 39, L17301, doi:10.1029/2012GL052639, 2012

プレートテクトニクスによれば,海嶺で生まれた海洋プレートはアセノスフェアの上を水平に移動したのち,日本海溝などからマントルの中に入り込むとされています.この沈み込む海洋プレートは“スラブ”と呼ばれ,その動きが海溝型の巨大地震を起こす主要要因ともなることなどから固体地球科学の重要な研究対象となってきました.一方スラブの下にあるアセノスフェアが,沈み込み帯でどのような役割を果たしているかはこれまであまり真剣に議論されてきませんでした.今回,世界の沈み込み帯における地震波異方性の解析結果を再解釈することで,スラブと一緒に100kmほどの厚さのアセノスフェアがマントル深部に引きずり込まれている証拠を示すことが出来きました.本研究は,地震波異方性の解析・解釈に重要な新たな視点を提供すると共に,沈み込みにおけるアセノスフェアの役割,アセノスフェア構成物質の岩石学・レオロジー的性質,地球全体の物質循環におけるアセノスフェアの重要性など固体地球科学全体に様々な新たな視座を提示する極めて重要な研究成果であると考えています.


図1:プレートテクトニクスの概念図 (啓林館「地学II」より,一部加筆)



図2: 世界の沈み込み帯におけるスラブ下の地震波異方性の大きさ(縦軸)とスラブの沈み込み角度の関係.シンボルが観測値を示し,線がアセノスフェアの沈み込みにより予想される異方性の大きさ.50−150kmの厚さのアセノスフェアが沈み込むと考えると観測値を説明出来る.

地震波異方性とマントルの流れ

地震波異方性とは,地震波の伝播速度が振動方向によって異なる(縦波であるP波の場合は振動方向と伝播方向が同じ,横波であるS波の場合は,振動方向と伝播方向は直交する)媒質の性質をいいます.地殻やマントルを構成する岩石は結晶レベルで見れば異方的な性質を持っていますが,ある程度の広がりを持った領域では平均化されて“等方的”にふるまうと仮定して解析するのが一般的です.しかしながら実際の地殻・マントルは広域的に見ても異方的になっていることはよく知られていて,その様子を明らかにするのは地殻やマントルのダイナミクスを理解する上で重要な情報を与えてくれます.マントルの主要構成物質である橄欖(かんらん)石は強い異方性を持つことが知られていて,剪断変形の方向にP波の伝播速度が速く,S波の場合は剪断方向に偏向した波が速く進むのが一般的とされています.例えばマントルで考えれば,剪断変形の方向とはマントルの流れの方向と考えて良いので,流れの方向にS波の速い偏向軸があることになります.


図3: 地震波異方性とS波のスプリッティング (Ed Garnero WEB): 横波である偏光したS波が異方性媒質を通過すると,直交した偏光軸方向の2つのS波に分離し,それぞれの地震波が独立に伝播する.これをS波のスプリッティングとよび,2つの波の到達時間のずれから異方性の大きさを推定する.

世界の沈み込み帯で..."trench parallel" ?!?

ところが世界中の沈み込み帯で沈み込むスラブの下側の異方性を解析した研究によると(Long&Silver, 2008, 2009),殆どの沈み込み帯ではS波の速い偏向軸は流れの方向(=沈み込みの方向)と直交し海溝軸に平行 (trench parallel)であることが示されています.既存の枠組みで考えると,このことは海溝軸に平行な流れがスラブの下にあることになり,これまでうまく説明されて来ませんでした.

     
図4: 世界の沈み込み帯のスラブ下の地震波異方性(Long and Silver, 2009).矢印の方向がS波の速い偏光軸方向を示す.Cascadiaや南米中部などの一部の地域を除き,海溝軸に平行な方向が速い偏光軸方向となっている. (右図)これを説明するには,これまでの常識に則ると海溝に平行な流れが有ることになり不自然です.

アセノスフェアの異方性とその沈み込み

今回我々は,アセノスフェアの異方性の性質を細かく吟味し,鉛直軸を対称軸とする異方性(鉛直異方性)が強く(またその鉛直異方性がある条件を満たすとき),そのアセノスフェアが沈み込み帯でスラブ(海洋プレート)と共にななめに沈み込むことで,上に述べた海溝軸に平行なS波の速い偏向軸の存在が説明できることを示すことに成功しました.スラブ下で観測されているS波の異方性を説明するためには100kmほどの厚さのアセノスフェアが沈み込んでいる必要があり,これはもっともらしい厚さです. 我々が提示したアセノスフェアの異方性モデルは,表面波を使った地震波トモグラフィーから推定されているふつうの海洋下の地震波異方性とも調和的です.非常に簡単な幾何学的な考察から“スラブ下の異方性”が説明できたことは,我々のモデルの妥当性を強く裏付けるものと考えられますが,今後個別の沈み込み帯での詳細な異方性研究と比較することで妥当性をさらに検証していく必要があります.一方このモデルの妥当性が検証された場合,アセノスフェアの岩石の変形特性(レオロジー的性質)は,現在最も一般的に受け入れられているものとは異なることとなり,マントル物質のレオロジー論に新たな展開を要請することとなります.


図5:スラブと共にアセノスフェアが沈み込む場合に予想されるS波スプリッティングの速い方向 (上図): 鉛直軸対象な異方性を持つアセノスフェアが沈み込場合の模式的断面図 (下図): 上図の場合により予測される,地上の観測点に入ってくるS波の速い方向を青線で示している(観測点から地中を見たような図になっている).解析に使われる地球中心核を通ってくる波(SKS波)は,観測点にほぼ真下から入射し,図では真ん中の白い部分に対応する.S波の速い方向はX2軸の方向となり,海溝に平行になる.


なお本論文は,Science誌(2012年10月12日号)でEditor’s Choiceに選ばれています. ( http://www.sciencemag.org/content/338/6104/twil.full )