海洋アセノスフェアの「柔らかさ」のその場観測に成功
〜アセノスフェアを観測する新たな手段〜

"Determination of Intrinsic Attenuation in the
Oceanic Lithosphere-Asthenosphere System"

N.TAKEUCHI, H. KAWAKATSU, H. SHIOBARA,
T. ISSE, H. SUGIOKA, A. ITO & H. UTADA
Science, vol 358, issue 6370, pp.1593-1596


図1:海洋底地震観測がアセノスフェアの柔らかさの観測にとって重要であることを示す概念図.


発表者
 竹内 希   (東京大学地震研究所 准教授)
 川勝 均   (東京大学地震研究所 教授)
 塩原 肇   (東京大学地震研究所 教授)
 一瀬 建日  (東京大学地震研究所 助教)
 杉岡 裕子  (神戸大学理学研究科 准教授)
 伊藤 亜妃  (海洋研究開発機構地球深部ダイナミクス研究分野 技術研究員)
 歌田 久司  (東京大学地震研究所 教授)


発表のポイント
1.独自開発した計測技術を駆使し,海洋リソスフェア(注1)及びアセノスフェア(注2)の柔らかさの指標である,地震波減衰(注3)特性の精密測定を実現した.
2.リソスフェアは減衰が弱く,アセノスフェアは減衰が強いことに加え,地震波の周波数(注4)により減衰の強さがどう変わるかを初めて解明した.
3.岩石実験の結果との対比により温度や状態を議論できるようになり,新たなアセノスフェアのモニタリング手段を獲得した.


発表概要
 地球の海の下にはリソスフェアと呼ばれる硬い岩盤があり,柔らかいアセノスフェアの上で運動していると考えられている.しかしなぜアセノスフェアがリソスフェアよりも柔らかいのかはわかっていないうえ,計測の困難さから,アセノスフェアの柔らかさを直接観測する手段もほとんどなかった.
 東京大学地震研究所の竹内准教授らのグループは,「ふつうの海洋マントルプロジェクト(通称)」を推進し,長期海底地震観測技術を開発し,アセノスフェアの物性をその場観測した.地震波減衰特性という岩石の柔らかさの指標に着目し,独自の地震波伝播シミュレーション手法を駆使して,海洋リソスフェア・アセノスフェアの柔らかさの精密比較に初めて成功した.この計測技術を通じ,室内岩石実験データと地球観測データを直接比較できるようになったため,アセノスフェアを観測する新たな手段を獲得したと言える.今後の研究を通じ,岩石が柔らかくなる原因や条件の詳細が室内実験から解明されれば,アセノスフェアの柔らかさの原因が特定につながることが期待される.


図2:本研究における柔らかさの測定地域


発表内容
 地球の表面はリソスフェア(あるいはプレート)と呼ばれる硬い岩盤に覆われており,柔らかいアセノスフェアの上を水平運動していると考えることにより,地震・火山・造山運動など,さまざまな表層現象を統一的に説明できる(図1).この考え方をプレートテクトニクスと呼んでいる.しかしプレートテクトニクスは地球表層部の活動を現象論的に説明しているに過ぎない.プレートが硬い理由など,一連のシステムを実現する「からくり」については一切言及しておらず,その解明は地球科学の重要課題となっている.
 海洋域はプレートの生成・移動・沈み込みが現在でも起こっている場所で,プレートテクトニクスを検証する格好のフィールドである.海洋域でのその場観測をすれば重要な手がかりが得られると考えられていたが,海洋域で大量データを取得する困難さと,複雑な地震波伝播をシミュレーションする困難さのため,著しい限界があった.
研究グループでは,科学研究費補助金・特別推進研究(平成22-26年度)の補助を受け,「ふつうの海洋マントルプロジェクト(通称)」を推進し,最先端地震計を用いた長期海底地震観測技術を確立し,北西太平洋で観測網を3年以上にわたり維持した(図2).また科学研究費補助金・新学術領域研究(平成27-31年度)の補助を受け,複雑な高周波数地震波伝播のシミュレーション手法を開発した. 2011年東北地方太平洋沖地震の多数の余震を観測し,かつてない精度で海洋リソスフェア・アセノスフェアの物性を測定することに成功した.
 研究グループが着目したのは,地震波減衰特性と呼ばれる,岩石の柔らかさの指標である.地震波の周波数に応じて海洋リソスフェアとアセノスフェアの減衰がどう変わるかを初めて解明した(図3).近年の岩石物性実験科学の進展により,巨大な地球内部で実現されている周波数に対する岩石の減衰特性を実験室で計測できるようになった.本成果により,地球の直接観測と岩石実験を比較することが可能になり,アセノスフェアの温度や状態について議論できるようになった.今後の研究の進展を通じ,アセノスフェアがリソスフェアよりも柔らかい理由を特定できれば,プレートテクトニクスのからくりの解明への大きな一歩となる.

図3:本研究の測定結果(左)と,岩石実験との比較により得られた測定結果の解釈図(右).


用語解説
注1 リソスフェア
 地球の表層100km程度の範囲に広がる,硬い岩盤の層.プレートとも呼ばれる.大陸域と海洋域の双方に存在するが,成因や性質が異なる.海洋リソスフェアは,生成・移動・消滅(深部への沈み込み)が現在でも起こっている.
注2 アセノスフェア
 リソスフェアの下に広がる柔らかい岩盤の層.地震波が伝播する速度が遅いため,このような層の存在が示唆された.リソスフェアの水平運動に重要な役割を担っていると考えられているが,成因や性質については良くわかっていない.
注3 地震波減衰
 地震波が伝播するとともにそのエネルギーが減少する現象.岩石の粒子境界と地震波との相互作用により生じ,粒子境界の柔らかさ,つまり岩石の柔らかさを反映する現象であると考えられている.精密測定は一般的には困難とされている.
注4 周波数
 波が振動する速さ.振動数とも呼ぶ.周波数が高いほど,周期が短く,小刻みな振動となる.