U これまでの地震予知計画の成果

 

1. 地震予知計画の成果

いわゆる地震予知の3要素について地震予知計画のもとでどれだけ予測が可能になったかを検討することは本レビューの目的の1つであり,それについてはV章で詳述する。もともと地震予知計画は調査観測を軸とした経験的手法を主体に進展してきたものであり,V章で述べる地震予知計画の成果はそうしたアプローチがもたらしたものである。

 一方,これまでの地震予知計画は地震予知の基礎となる地震発生場に関する研究においても成果を上げてきた。地震発生のメカニズムを理解し,その理解に基づいて地震を予知するためには,@日本がプレート境界に位置し温度場と応力場が三次元的に著しく不均質であること,Aその中での地震や火山などの活動によって地殻の応力・歪状態と流動・破壊特性が時間的にも空間的にも絶えず揺らいでいること,Bそのような揺らぎの中である条件に達した時と場所に大地震に成り得る破壊が発生する,などについて広く深い理解が必要である。こうした認識は,地震予知計画の当初から鮮明だったわけではなく,学問の進展と地震予知計画の成果の積み重ねの結果として浮き彫りにされたものである。以下では,こうした視点から地震予知計画の成果を概観する。

 

(1)沈み込み帯の構造とテクトニクス

 我が国は,太平洋プレートやフィリピン海プレートが沈み込む場所(沈み込み帯)に位置する。沈み込み帯は,冷たいプレートが沈み込む海溝とその背後の活発な火山とに象徴されるように,熱的にも力学的にも著しく不均質な場である。地震は,このような不均質な場の中で,ある特定の場所においてのみ発生する。沈み込み帯のどのような場所でどのような地震が発生するかについては,この30余年間,大いに理解が進んだ。この分野の進展に対する日本の貢献は群を抜いており,「沈み込み帯の構造と地震テクトニクスの解明」は,地震予知計画における大きな学問的成果である。

全長2000kmに過ぎない本州弧,あるいは1000kmの東北日本弧が,最も解明の進んだ島弧系として固体地球科学関係のあらゆる分野の論文や教科書に登場する。ここでは,日本島弧系においてどのような地震がどのような場所で発生するかということの認識について,地震予知計画の果たした役割をまとめておく。

地震発生を規定する破壊・流動特性は温度に敏感である。地球内部の最も大規模な低温異常はプレートの沈み込みに伴っており,地震の発生が深さ 700km近くにまで及ぶ。逆に最も大規模な高温異常はプレートが生成される中央海嶺沿いにあり,地震の発生ははわずか10km程度までに限られる。一方,両者から遠く離れたプレート中央部では地震活動が低い。これらは,地震発生には低温領域の存在とある程度以上の差応力の作用が必須であることを物語る。こうした地震発生の温度依存性・応力依存性は,さらに沈み込み帯の中に限っても,その著しく不均質な温度場・応力場を反映して多様な地震活動を生み出している。地震予知計画は,沈み込み帯がどのような温度場・応力場にあり,そこでどのような地震がどのように発生しているかについて,多くの成果をあげてきた。以下,その概略を述べる。  

 日本列島周辺域における反射法による海底地震探査は,陸側斜面の下に極低角度で傾斜する厚さ10km未満の海洋地殻を検出し,太平洋プレートやフィリピン海プレートが海溝から日本列島下に潜り込んでいることを実証した。我が国の海底地震観測技術を駆使した大規模な屈折法探査は,この潜り込んだ海洋地殻を島弧の下深さ30km付近まで追跡することを可能にした。更に,微小地震観測網による自然地震の記録解析からは,潜り込んだ海洋地殻と推定される薄い層が東北日本では深さ150kmまで,西南日本では深さ60kmまで確認されている。一方,微小地震観測網データのトモグラフィー解析は,沈み込む海洋プレートの本体部分を温度分布モデルに調和的な地震波の高速度異常・低減衰異常域としてとらえ,またその表層部の海洋地殻を低速度異常領域として捉えるなど鮮明かつ詳細にイメージした。トモグラフィーはまた,沈み込むスラブの上側のマントルに島弧の火山地域につながる地震波の低速度異常・高減衰異常領域が存在することも明らかにした。こうした異常は,第一義的には島弧を横切る温度場の著しい不均質性を反映したものと考えられ,この考えを支持する地球電磁気学的観測や物性測定実験の結果も出されている。

 沈み込み帯のどこに地震が発生しているかを明らかにするためには,精密な震源決定が必要であり,そのためにも,また地震発生場所の性質を明らかにするためにも,正確な地殻・マントル構造の知識が不可欠である。特に,海溝付近は海洋プレートが島弧地殻の下に沈み込むという構造的な複雑さに加え,震源が海域にあるために近地観測が困難という技術的問題もあって,海溝付近における活発な地震活動の理解はなかなか進まなかった。しかし地震予知計画に基づく海陸合同の大規模な構造探査は,海溝から島弧にかけての複雑な地殻・マントル構造をかなりの程度にまで明らかにした。また,それに基づく精密な震源決定によって,海溝付近の地震活動は,沈み込む海洋プレートの内部,海洋プレートに引きずられる島弧地殻の内部,及び両者の境界沿いの3か所に分けて理解することが可能となった。この3か所は,いずれも巨大地震ないし巨大津波を発生させる能力のある場所として重要である。  

 深さ60km以深に震源を持つ地震(深発地震)は,周囲のマントルと比べてより冷たい沈み込むプレート内部にのみ発生する。沈み込んだ太平洋プレート内部の地震は,プレート上面に近い平行な互いに30km程離れた2重の面(2重深発地震面)に沿って発生する。2重深発地震面の上の面と下の面とで起震応力は,あたかも薄い板を曲げたとき板の上面と下面に発生する引張応力と圧縮応力のように,互いに正反対となる。この発見は世界を驚かせ,また地震予知計画によってテレメータ化された微小地震観測網の威力を示すものともなった。この発見により,温度場と応力場がプレート上面を境として内側と外側とで急変すること,プレート内で厚さ方向にわずか30km離れただけで広域応力が逆転することが実証され,地震発生に関わる温度場・応力場が空間的に急激に変化していることが浮き彫りにされた。

 日本列島下の浅い地震の発生は上部地殻に限定され,下部地殻やその下のマントルで発生することはほとんどない。更に重要なことに,微小地震の精密な震源決定の結果,地震分布の下限は上部・下部地殻の境界に正確には一致せず地殻内で凸凹していること,その凸凹はキュリー点深度分布や地殻熱流量分布とよく相関することが明らかとなった。特に,火山地帯では地震分布の下限は著しく浅くなり,逆に,沈み込む冷たいプレートに接する場所では下限が深くなる。これらの事実は,地震発生が,岩石の違いよりも,地温変化により敏感であることを示している。地震予知計画に基づいて岩石のレオロジーに関する実験的研究が進められ,上記のような観測結果が岩石の破壊・流動特性の温度・圧力依存性の現れとして説明できることが示された。微小地震分布の下限は,直下型大地震の震源域の深さ方向の限界を示すものとして重要である。

浅い地震のメカニズムは,地殻の応力分布を反映している。数多く発生する微小地震の1つ1つのメカニズムは,個々の断層の方向と広域応力の方向との兼ね合いで決まるが,膨大なデータが得られるようになった現在,メカニズムのばらつき具合から広域応力の主軸方向が推定できるようになった。更に,精密な震源決定に基づいて,地表(自由表面)から深くなるにつれて広域応力の主軸方向がどのように変化するかまで明らかにすることができるようになった。また,東海地域の島弧地殻とその下に潜り込むフィリピン海プレートでは地震のメカニズムが全く異なり,プレート間地震の断層面を境としてその上下で応力場が急変することが明らかになった。同様なことは,テクトニクスがより複雑な関東地方においても見いだされている。

 

参考文献:

・Hasegawa, A., D. Zhao, S. Hori, A. Yamamoto and S. Horiuchi, 1991,

 Deep structure of the northeastern Japan arc and its relationship to

 seismic and volcanic activity, Nature, 352, 683-689.

・Hirahara, K., 1981, Three-dimensional seismic structure beneath

southwest Japan:the subducting Philippine Sea plate, Tectonophys.,

79, 1-44.

・Hori, S., 1990, Seismic waves guided by untransformed oceanic crust

subducting into the mantle: the case of the Kanto district, Central

Japan Tectonophys.,

176, 355-376.

・Ishida, M., 1992, Geometry and relative motion of the Philippine Sea

plate and Pacific plate beneath the Kanto-Tokai district, Japan, J.

Geophys. Res., 97, 489-513.

・Ito, K., 1990, Regional variations of the cutoff depth of seismicity

in the crust and their relation to heat flow and large

inland-earthqua kes, J.Phys. Earth, 38, 223-250.

・Matsuzawa, T., N. Umino, A. Hasegawa and A. Takagi, 1986, Upper mantle velocity structure estimated from PS-converted wave beneath the north eastern Japan Arc,Geophys. J. Royal astr. Soc., 86, 767-787.

・野口伸一,1996,東海地域のフィリピン海スラブ形状と収束テクトニクス,地 震,49,295-325.

・Suyehiro, K. and A. Nishizawa, 1994, Crustal structure and seismicity beneath the forearc off northeastern Japan, J. Geophys. Res., 99, 2233 1-22347.

 

(2)地震の発生過程及び発生サイクル

 ある程度以上に大きな地震は,ほとんどの場合,既存の断層に沿って発生する。すなわち,大きな地震は既存の断層(活断層)に沿って繰り返し発生する。「地震サイクル」とはこの繰り返しを指す言葉である。地震サイクルはまず,地震破壊の開始・成長・停止に始まり,余効変動,断層強度の回復,応力の蓄積,先行現象,そして次の地震発生で完結する。平成7年(1995)兵庫県南部地震は,淡路島の既知の活断層である野島断層と神戸側に推定される地下の断層の活動による。野島断層の地震サイクルは約2000年と推定されるが,兵庫県南部地震の破壊の開始から停止まではわずか10秒であった。地震サイクルに関してよく分かってきたのは,このわずか10秒間程度の地震破壊の開始・成長・停止の過程(震源過程)だけであり,残りのプロセスについては今後の発展に待つべきところがほとんどである。それでもプレート境界地震に伴う地殻変動の時空間変動パターンに関しては比較的多くの観測結果があり,それを説明しようとした研究も多い。以下,地震予知計画によって地震の発生過程・地震サイクルについてどれだけのことが分かってきたかを概観する。

 地震の繰り返しの歴史については,南海トラフ沿いの巨大地震のように,繰り返し間隔が100年のオーダーのものであれば古文書などの資料が利用できるが,内陸の直下型地震のように,繰り返し間隔が1000年のオーダーのものとなると活断層の調査がより有効となる。我が国では地震予知計画に沿って詳細な活断層調査が実施され,全国統一した基準のもとに作られた活断層分布図が刊行されてきた。活断層は広域応力場に置かれた上部地殻内部の傷であり,活断層調査によってこうした傷が上部地殻にどのように分布しているか,どのようなフラクタル的性質を持つか等が明らかになってきた。また,内陸活断層のトレンチ調査や沿岸域活断層の音波探査等に基づいて,内陸地震の過去の発生時期が明らかにされ,その再来間隔が求められた。このようにして得られた再来間隔はプレート間巨大地震の場合も内陸地震の場合も相当にばらつくが,そのばらつき方は時間予測モデルによってかなりよく説明できることが明らかとなった。これは,過去のデータに基づき将来の地震の発生時期を予測する場合の誤差を,単に平均再来間隔を用いる場合の数分の一にする可能性を示したもので,国際的に高く評価されている地震予知計画の成果である。

地震の破壊過程の詳細が急速に明らかになりつつある。この分野は,グローバル地震学,強震動地震学による研究成果と重なるが,地震予知計画による貢献も大きい。現在の高品質な地震記録と高度な解析手法は,複雑な破壊過程の実態を浮き彫りにしつつある。例えば,平成7年(1995)兵庫県南部地震は,破壊の開始から停止までが約10秒,断層の全長が40〜50km程度のものであったが,その破壊過程が,時間的には1秒,空間的には5kmの分解能で追跡され,破壊の拡大,枝分かれ,ジャンプ等の様相が明らかになった。また,この地震では,国土地理院が行った各種測量やGPS(汎地球測位システム)観測網のデータからも断層変位分布の複雑さが示され,地球資源衛星”ふよう1号”によるSAR(合成開口レーダ)画像が面的な地殻変動分布を映し出すなど,新しい展開が始まりつつある。一方,地震の破壊過程の複雑さと,再来間隔のばらつき,地震規模のばらつき等の地震予知の困難さとを,例えばSOC(自己組織臨界現象)のような概念を用いて,同じ現象の異なる側面として理解しようとする考え方が顕著となってきた。

 破壊過程の複雑さが解明されつつある現在,そもそも破壊はどのようにして始まるかが新たに大きな研究課題となりつつある。この研究課題での地震予知計画の大きな成果としては,例えば岩石実験に基づく,破壊開始時の断層変位とズリ応力との間に成り立つ構成則(摩擦法則)の確立を挙げることができる。この成果をきっかけに,実験ばかりでなく,理論や観測にも新しい動きが見られる。例えば,この構成則をクラック論に導入することにより地震破壊の開始を明らかにしようとする理論研究や,実際の震源に近づいて地震波の立上がりを観測し破壊の始まりを解明しようとする,あるいは大・中・小地震に成立するスケーリング則の極微小地震への適用限界を明らかにしようとする観測研究が始まっている。

 一方,地震後の震源域における余効的な運動についてはこれまであまり大きな進展がなかった。しかし,最近の急速なGPS観測網の整備により,例えば,平成6年(1994)三陸はるか沖地震の余効変動が検出され,地震直後からのゆっくりした断層滑りとして説明されるなど,この分野はにわかに活気づきつつある。断層強度の回復過程に関しては,未だほとんど何も分かっていないといっても過言ではない。最近,微小地震の精密な震源決定の結果,駿河トラフ沿いのプレート境界や余震活動の収まった活断層で,ごく近傍の活発な地震活動にも拘わらず,断層面に沿っては全く地震が起きていない現象が発見され,断層強度の回復過程との関連で注目されている。また,明瞭な地震動を伴わない「スローアースクエイク」の存在は,地震サイクルにおいて,常に同じような性質の地震が繰り返されるとは限らないことを示しており,その検知には最近のGPS連続観測を含めた地殻変動連続観測が重要な役割を果たしつつある。

 地震の前兆現象の捕捉は,実用的な地震予知を目指すこれまでの地震予知計画の拠り所であった。従って,前兆的異常現象の観測事例は多数に上り,これに係る地震予知計画の成果については,T章,V章及び別紙(A〜C)に記すところであるが,以下に重要な成果を列挙する(但し,*印は我が国における地震予知計画によるものではない)。

 

空白域の概念に基づく予知

  根室沖地震:昭和47年(1972)予知,昭和48年(1973)発生(M7.4)

空白域・静穏化の概念に基づく予知(*)

  メキシコ南部オアハカ地震:昭和52年(1977)予知,昭和53年(1978)発生(M  7.8)

前震活動に基づく予知(*)

  中国海城地震:昭和50年(1975)2月4日午前,前震活動ピーク,住民避難

                    夕刻,本震発生(M7.3)

前兆と判断される現象の検出

  前震,ラドン濃度,地下水温,水位,地殻歪の異常:

                昭和53年(1978)伊豆大島近海地震(M7.0)

  空白域,内陸地震や火山の活発化,地殻変動,前震:

                昭和58年(1983)日本海中部地震(M7.7)

  最大余震前の余震活動静穏化:昭和59年(1984)長野県西部地震(M6.8)他多数   地下水塩化物イオン濃度の異常:平成7年(1995)兵庫県南部地震(M7.2)

 

上に見るように,地震に伴うと見られる現象は多種多様であるが,それらの間に系統性を見いだすには信頼できる観測例が少ない。前兆現象は未だ素過程のわからない学問的に魅力ある研究対象であり,素過程に立ち入った研究の今後が期待される。素過程は不明なものの前兆現象の多くに地殻流体(液体+気体)が関与していることは間違いなく,固体−流体複合系としての地殻の振る舞いを解明することは,今後の地震予知研究の大きな課題である。

 

参考文献:

・Hashimoto, M. and D. D. Jackson, 1993, Plate tectonics and crustal

 deformation around the Japanese Islands, J. Geophys. Res., 98,

16149-16166.

・Kasahara, M. and T. Sasatani, 1985, Source characteristics of the

Kunashiri strait earthquake of December 6, 1978 as deduced from strain seismograms, Phys. Earth Planet. Inter., 37, 124-134.

・Kawasaki, I., Y. Asai, Y. Tamura, T. Sagiya, N. Mikami, Y. Okada,

M. Sakata and M. Kasahara, 1995, The 1992 Sanriku-Oki, Japan,

ultra-slow earthquake, J. Phys.Earth, 43, 105-116.

・Ohnaka, M., 1992, Earthquake source nucleation: a physical model for

short-term precursors, Tectonophys., 211, 149-178.

・Ohtake, M., T. Matumoto and G. V. Latham, 1977, Seismicity gap near

Oaxaca, southern Mexico as a probable precursor to a large earthquake, Pure Appl. Geophys., 115, 375-385.

・Sacks, I. S., S. Suyehiro, A. T. Linde and J.A.Snoke, 1978 Slow

earthquakes and stress redistribution, Nature, 275, 599-602.

・Shimazaki, K. and T. Nakata, 1980, Time-predictable recurrence model

for large earthquakes, Geophys. Res. Lett., 7, 279-282.

・Wakita, H., Y. Nakamura, K. Notsu, M. Noguchi and T. Asada, 1980,

Radon anomaly:a possible precursor of the 1978 Izu-Oshima-kinkai

earthquake, Science, 207, 882-883.

・Tsunogai, U.and H.Wakita,1995,Precursory chemical changes in ground

water:Kobe earthquake,Japan,Science,269,61-63.

 

(3)地震活動・地殻変動のモニタリング

 地震予知計画は,上に述べたような学術研究とそれを支える基本的観測体制整備とを一体として推進してきた。地震国日本において最も基盤的な事業の1つであるべき地震活動・地殻変動のモニタリング(実時間的な推移把握)は,これまで地震予知計画の下に推進され,観測網の整備とその先端性の確保に大きな努力が払われてきた。この結果,全国にわたる基本的な観測網が整備され,日本列島で進行しつつある地震活動・地殻変動を,ほぼリアルタイムで的確に把握できるようになった。特に,大地震の発生可能性が指摘された東海地方では,各種の観測網が重点的に整備されている。

また,地震予知計画は,新たな観測実験機器や処理システムの開発にも多大の貢献をしてきた。観測データには,必然的に雑音が含まれており,社会の発展は雑音増大方向へ進むため,より高品質低雑音の観測の実現にも地震予知計画は大きな力を注いできた。

 

 ア.地震観測テレメータ網を全国規模で展開させた。これにより,オンライン・リアルタイム観測が可能となり,全国的にはM3以上,また,地域によってはM1.5以上の地震の活動を漏れなく捕捉できるようになった。さらに地震波自動験測処理システムが開発され,刻々と変化する地震活動の即時把握に貢献している。

 イ.地殻変動観測は今のところ陸域に限定されるが,全国的規模の観測によって,地震予知計画開始当初の100年スケールから,現在ではGPS観測網の整備によって分・時間スケールの分解能で,地殻変動を把握できるようになった。今後は,更なる技術革新により,地殻歪の地表面における揺らぎをモニタリングできるようになること,また開発が進められている海底地殻変動観測システムの実用化が期待される。

 

 ウ.首都圏のように雑音レベルが高く,しかも地震活動が高い地域に,新たに開発した高感度の深井戸孔内地震観測システムを設置し,ネットワークを構築することにより,関東地方の地震テクトニクス解明を大きく前進させた。

 

 エ.高感度の孔内体積歪計のネットワークを展開した。これによって地震による歪ステップの検証,エピソディックな歪変化の検知,地震直前の地殻変動の捕捉などに期待が持たれている。また,3成分歪計等の孔内観測機器の開発も行われ,現在では,地震計・傾斜計等と組み合わせた複合型の孔内観測システムが開発され,実用化されている。

 

 オ.観測データのS/N比をあげる手法の開発を進めた。例えば,地殻変動データから気圧変動及び潮汐変動の影響をリアルタイムで除去することが可能となった。ただし,雨・地下水による現象の影響の除去は依然困難である。

 

 カ.ケーブル式海底地震観測システムが開発され,御前崎沖で10年以上の期間にわたる稼働実績をもつ。海底観測の重要性から,現在では房総沖,伊東沖,相模湾,三陸沖にも展開され,全国観測網の重要な一翼を担うようになった。

 

 キ.機動型の海底地震観測システムが開発された。短期に多数の小型測器をアレイ展開し,高い回収率をもってデータを取得できるシステムは,世界の最先端測器としての地位を築いた。

 

 ク.陸域及び海域において,人工地震による地殻構造探査,地磁気測定,重力測定等が大規模に実施され,日本島弧系の地下構造に関する知識が蓄積され活用された。さらに陸域の活断層調査や日本列島周辺の海底地形,地質構造の調査により活構造のテクトニクスに関するデータが蓄積され,また,地下水,潮位,地磁気等の連続観測により,地震予知研究に資するための基礎データが蓄積された。

 

 ケ.地殻応力測定,VLBI(超長基線電波干渉計),絶対重力計等の新たな観測手法・観測機器が開発された。また,国内及び国際VLBI観測によりプレート運動が実測された。さらに,首都圏ではVLBIとSLR(人工衛星レーザー測距)を用いた連日の地殻変動観測が始まりつつある。

 

2.地震予知の観測研究成果の社会への還元

地震予知の3要素を同時に予知して警報を出すという意味での社会への還元はなかった。しかし,長期的な地震発生の可能性や地殻活動の現状把握等による地震予知の観測研究成果は,地震予知連絡会による情報提供や出版物等を通じて社会に伝えられ,社会への還元という意味で一定の役割りを果たしてきた。

 長期的予知の成果としては,例えば,全国活断層図は一般社会も容易に利用できる形で出版され,各地の地震被害想定や重要構造物の耐震安全評価等に広く利用されてきた。また,地震予知計画により進展してきた日本列島の地震テクトニクス研究の成果全体が,被害想定等に利用されてきた。

 地下で進行しつつある地殻活動状況を的確に把握し,その情報を迅速に提供することは,とりわけ異常地殻活動時の地域住民の不安の軽減に重要である。地震予知連絡会や気象庁・大学等の観測研究機関を通して行われてきた地殻活動状況についての情報提供や啓蒙活動は,この点で一定の役割を果たしてきた。例えば,昭和49年(1974)以来の伊豆半島における活発な地殻活動についての調査研究成果は,その都度公表され,地域住民の不安の軽減と防災に役立ってきた。昭和53年(1978)伊豆大島近海地震(M7.0)や平成元年(1989)伊東沖海底噴火発生前の「注意すべき状況にある」との判断や,昭和53年(1978)末より続発し始めた伊東沖の群発地震の発生原因についての評価と地震活動についての状況判断は,地震予知連絡会等を通してその都度地域社会に情報提供されてきた。

 また,海底下で大地震が発生すると津波によっても被害が生ずる。地震予知計画で整備されてきた観測網は,発生した地震の断層運動に関する情報の即時的把握能力を向上させ,津波の予測精度を高めるとともに,津波警報などの情報発信のスピードアップにも貢献した。現在では,地震が発生すると,気象庁からテレビ等を通じて直ちに地震情報・津波情報が社会に提供されるようになった。情報発信の早さと正確さは,世界的にみても第1級のレベルにある。

 一方で,地震予知連絡会により特定観測地域に指定(昭和45年)されていた阪神地域で,平成7年(1995)兵庫県南部地震が発生し,大正12年(1923)関東地震以来となった甚大な災害を蒙った。これは,特定観測地域の指定が,より一般的には観測研究成果が,地震災害の軽減に有効には活用されなかったことを示している。今後いかに観測研究成果を社会に還元すべきかの方策を早急に検討する必要がある。

 

3.地震学分野の発展における地震予知計画の波及効果

プレートテクトニクスが地震予知研究に果たしてきた役割を持ち出すまでもなく,地震の予知は地球内部の活動の全体的理解なしに解決されるものではない。こうした認識のもと,地震予知計画は地震学の発展にも大きく寄与してきた。地震観測網のデータは,地球内部の構造や運動の研究などに広く生かされ,強震動データは地盤の強震動予測や耐震設計へ生かされた。最近では,全国の微小地震観測網をつないだネットワークが,マントルの不連続層,中心核の構造などの研究に大きく貢献した。また,地震予知計画に基づく観測がきっかけとなって,地震・マグマ貫入などに伴う重力場変化の理論等,独創的な理論研究も生まれた。