IV.総括的評価  

 

1.火山噴火予知計画を通じての総括的評価

 火山噴火予知計画は,火山噴火の仕組みと火山の構造の解明に加えて個々の火山の活動度の現状把握を基礎に,火山噴火予知の実用化を目標にして推進されてきた。計画策定の基本方針として,全国の活火山を火山噴火予知の推進と活動度の把握の見地から分類し,それぞれの火山の特性に応じた観測研究や監視観測を実施すると共に,新しい予知手法の開発など幅広い基礎研究を実施してきた。

 第1次計画が始まった昭和49年(1974)から今日までの22年間に,「活動的で特に重点的に観測研究を行うべき火山」と指定された13火山では,すべての火山で噴火が発生した。また,「活動的火山及び潜在的爆発活力を有する火山」に属する23火山の中では10火山で,「その他の火山」では1火山で噴火があった。これらの結果は,我が国の火山の活動度の現状把握が基本的に妥当なものであったことを示すものである。

 火山観測体制は年次的に整備されて,観測機能は予知計画発足以前に比べて格段に拡充・強化された。国立大学の観測体制は,第1次計画の開始時には,9火山28観測点(臨時観測点を含む)であったが,第5次計画中の平成8年度(1996)までに,29火山235観測点に拡充されるとともに,観測坑道や観測井の設置によりS/N比が改善され,観測データの高品位化が図られた。また,観測内容も地震観測を中心にした5項目から,地球電磁気,火山ガス,GPS等を含む12項目に増加した。一方,気象庁にあっては,16火山,24観測点,4項目の観測体制から,21火山,81観測点,8項目に拡充された。また,防災科学技術研究所の火山観測点は,火山予知計画発足後に整備が始まり,現在,5火山の17観測点で3項目の観測を実施している。この結果,「活動的で特に重点的に観測研究を行うべき火山」では,観測の高密度化,多項目化,高精度化が進み,いくつかの火山では微細な前兆現象をほぼ確実に検出する事が可能になった。例えば,桜島では,地殻変動のリアルタイム・データをもとに,山頂噴火に関して3種類の警告を発する直前予知システムの開発に成功している。また,伊豆大島等では,次の噴火に向けてマグマの蓄積を示す山体膨張が検出され,中期的予知の展望が開けつつある。このように観測体制を拡充・強化するとその効果は確実に現れる事が明らかになった。

 しかし,一方で,観測体制が極めて弱体な火山も多く,そのような火山では活動の異常が出現しても把握できない状況にある。一般に,噴火頻度の低いこれらの火山についても,数百年の静穏期を経て噴火する場合もあり,普段から監視観測を行う必要がある。今後の監視観測体制の整備を計画する際に検討すべき課題である。また,海底火山においても,常時観測が極めて困難であるので,常時監視のための観測手法と監視システムの開発について検討する必要がある。火山噴火予知要素のうち,噴火の規模,様式及び推移の予測は,噴火機構やマグマ供給系に関して未解明の点が多いために,観測体制が整備された火山であっても現状では困難である。

 火山噴火予知計画の開始以来,マグマの挙動を様々な手法で探知する予知手法の開発や各種の基礎研究は着実に成果を出してきた。電磁気的手法では,火山体浅部の熱的状態の変化に伴う電気抵抗の異常や地磁気変化を明瞭に検出することができた。また,遠隔操作の自航式ブイなどによる海底音波探査手法では,火山の誕生に伴う海底噴火前後の地形変化の記録に成功した。これは学問的にも世界に誇れる観測成果である。火山ガスの化学組成や同位体成分の繰り返し観測から,火山活動に対応する成分が特定され,いくつかの火山では連続観測に組み込まれた。また,噴出物の準リアルタイム分析手法が確立され噴火の推移の予測に役立つデータが得られるようになった。このように予知手法の開発や基礎的研究の成果は年次計画の経過と共に着実に現れてきた。予知計画の実用化に欠かすことのできない火山活動基礎資料も着実に蓄積されてきた。大縮尺精密火山基本図は,これまで23火山で作成された。特に,長期間活動が継続した雲仙岳では,数か月毎に改訂版が出され,マグマ噴出率の算定に利用されるなど防災面で果たした役割は大きい。その他,火山地質図が新たに作成されたが,まだ,充分ではない。これらの基礎資料は,火山噴火の長期予測に役立つと共に,個々の火山の特性を把握する基礎データとなり,ハザード・マップの作成に有効活用され地域防災計画の策定に寄与している。

 人工地震による火山体構造探査については,第1次計画の段階から基礎研究としての重要性が指摘されてきたが,実施上の技術的問題が克服できず本格的な実験に着手できない状態が続いた。第5次計画では,この課題を新しい柱と位置づけ,新たに火山専用の小型高性能のデータ・ロガーを開発し,数百台からなる稠密地震観測を山岳地域でも可能にした。これまで3回の探査実験が行われ,火山地域の速度構造や減衰構造が明らかにされつつある。火山直下に想定されているマグマ溜まりの検出やその形状の解明は今後の課題である。実施上の最大の問題点が解決されたので,計画の推進とともに予知に有効な成果が得られることが期待される。

 我が国の火山噴火予知計画では,関係機関と大学がそれぞれの機能を分担し火山噴火予知の実用化を目指してきた。特定火山を総合的に調査する集中総合観測は火山噴火予知計画の中でもユニークな共同観測研究であり,第1次計画以来,噴火前後の火山活動の基礎データの収集で実績を積んできた。火山噴火予知連絡会は,関係機関,大学による多種の観測データを集約・分析し,火山活動の現状を的確に把握するため,定期的な情報交換や総合判断などを行ってきた。これらの判断結果は,気象庁から火山情報として関係行政機関に提供され,火山防災の面で貢献してきた。近年,火山噴火予知に対する社会の期待はますます強くなってきているが,現状の情報では必ずしも社会の期待に応えていない面もあり,火山情報のあり方は今後の検討課題である。

今後,観測データについては,研究機関,研究者間による相互利用に向けてデータの標準化を含めた検討を行う必要がある。火山活動は広域テクトニクスと関連を有しているので,火山噴火予知は地震予知と密接な連携をもって行われることが望まれる。

 気象庁に新たに火山課が設置された。また,その他関係機関に於いても火山噴火予知に対応した部署が新設・増設され,火山噴火予知体制が徐々に整備されてきたことは評価される。大学においても3つの火山観測施設が設置され,2つの研究所が全国共同利用の研究所に改組されて火山噴火予知部門が強化されるなど,研究体制の整備が図られた。

 火山噴火予知の実用化を実現するためには,火山の内部状態と噴火機構を詳細に知る必要がある。火山噴火予知計画は,この目標を目指して20有余年にわたって着実に発展してきた。しかし,学問的にも,技術的にも解決すべき課題が多々残されており,引き続き観測研究や基礎研究の推進を図ることが重要である。また,これらの研究を推進するためには,自己点検のほか外部評価のシステムを定着させる必要がある。

 火山噴火予知計画の研究成果は,1600編以上の論文,調査報告として出版されている。これらは国内の火山噴火予知研究やハザードマップ作成など防災面に活用されてきた。火山噴火予知研究の成果は,一方で,火山学や関連分野で広く国際的にも活用されるべきものであることも自明である。しかし,和文で書かれた論文等は外国の研究者の目に触れる機会が少ない。また,重要な発見的観測結果が紀要や調査報告に終わっている例も多い。査読付き国際誌及び国内誌に公表されたものは,それぞれ約190編と330編にとどまっている。

 今後,研究成果の公表は,国際的な視野に立って,火山学及び火山噴火予知研究に貢献すべく,一層の努力をはらう必要がある。

 

2.世界の中での日本の火山噴火予知の位置付け

 インドネシア,米国,日本などの火山国では火山観測網を整備し,それぞれ独自の方法論に従い火山噴火予知研究や火山防災計画に取り組んでいる。従って,火山防災や火山噴火予知に対する考え方や運用には差異がある。我が国の火山噴火予知計画を諸外国の例と単純に比較することは難しいが,我が国の主要な活火山の観測・監視体制は,概して諸外国より1歩進んでいる。しかし,火山防災体制については諸外国の例に学ぶべき点も多い。活火山が最も多いインドネシアでは,火山近傍の住民の生命を守るという観点から73の火山に火山観測所が設置され,観測と監視が一元的に運用される体制が組まれている。火山噴火災害の軽減計画が実施に移された1980年以降は,被害者数を激減させることに成功した。一方,米国は,米国地質調査所(USGS)のもとで火山観測研究と火山災害軽減対策が一元的に運用され,国内ばかりでなく,国外の火山の災害軽減にも組織的に取り組んでいる。また,海底噴火に関しては,米国海洋気象庁(NOAA)が海底ハイドロホンアレイを用いて北太平洋海域の海底火山活動の観測研究を行っている。

 我が国では,第4次計画以降の年次計画に国際協力の一項が追加された。海外の火山観測所と共同観測を実施し多様な噴火の現場経験を積むことによって火山噴火予知研究の向上を目指すという積極的な試みもインドネシア等で実施された。また,カメルーン・ニオス湖の火山ガス災害やザイール・ニイラゴンゴ火山の溶岩湖活動に際しては,国連等の要請を受け海外で緊急の火山活動の調査・監視を行い国際協力の面で寄与した例もある。

 しかし,米国の火山防災に於ける国際貢献と比較すると,我が国は組織的な対応において不十分な面がある。平成2年(1990)から10年間は「国際防災の十年」(IDNDR,International Decade for Natural Disaster Reduction)と位置づけられており,海外の火山災害軽減計画に積極的に参加し国際貢献をすることは,国際社会にしめる役割が大きくなった我が国に課せられた今日的課題である。国際協力事業団(JICA)を通じて発展途上国向けに実施している火山学・火山砂防工学の研修課程は,この目的に沿った事業として国際的にも評価されている。また,諸外国の噴火事例に接し多様な経験を積むことは,我が国の予知研究に寄与するところが少なくない。

3.火山噴火予知の観測成果の社会への還元

 火山噴火予知計画には,その成果を住民や関係行政機関に還元し,火山災害の軽減に貢献することが期待されている。このためには,予知の確度を高めるとともに,予知の現状について分かり易い火山情報を提供する必要がある。気象庁から発表された火山情報や火山噴火予知連絡会の見解,更には現地の研究者の助言に基づき行政機関が住民の避難を実施した主な火山噴火は,火山噴火予知計画開始以来5回を数え,不測の災害を未然に防止することに役立ってきた。しかし,最近,社会的に影響のある噴火が相次ぎ,火山情報に対する社会的要求にも変化が起きつつある。これに対応するために火山噴火予知連絡会は,情報の定量化の可能性やどのような情報をいかに出すべきかの検討を始めている。他方,噴火活動の推移予測は防災対策を立案する際最も必要な情報を提供するものであるが,今日の火山噴火予知の基礎知識では正確な予測は困難であるが,しかし,噴火の実態を速やかに把握する事によって,災害の軽減に寄与することが大切である。

 噴火が発生した時に予想される災害の種類,規模,地域などを示した火山災害危険予測図(いわゆるハザード・マップ)は,伊豆大島や北海道駒ヶ岳等の活火山で作成・公表され,住民の火山防災意識の向上に役立っている。しかし,火山災害危険予測図が刊行された火山はわずか12火山にとどまっている。

 航空機に対する火山灰情報や船舶に対する海底噴火情報も社会に貢献している火山情報である。特に,我が国に飛来してくる航空機の便数が増大し,かつ,機体が大型化した今日では,噴煙情報の重要性は以前に比べて増している。

 

4.今後の展望

 火山噴火予知計画では,一貫して観測体制の拡充・強化が行われ観測基盤の量的拡大と質的向上が図られてきた。その結果,観測の高密度化,多項目化,高精度化が活動的火山で順次実行に移され,観測データの量,質とも飛躍的に向上した。この過程で,火山の特性に対応した観測が実施されれば,噴火の短期的な前兆現象の把握が可能であることがいくつかの火山で確認された。これは火山噴火予知計画の大きな成果であり,火山噴火予知の実用化に展望を開くものとして評価される。この成果を,多くの活火山で確かめ一般化を図るとともに,今後引き続き活火山の観測体制の整備を行うことが必要である。

 基礎的な観測研究を積み重ねて予知に有効な観測や手法が見いだされた場合,それを監視観測に実践的に応用する努力が一方で求められる。しかし,基礎的な観測成果が監視観測の現場に十分に反映されてきたとは必ずしも言えない。火山活動の高まりに対応した観測は,しばしば学術的な理解を飛躍的に進める契機になるが,現状では,大学の観測所は監視観測的な役割のかなりの部分を担っている。その負担のために本来の観測研究に専念することが妨げられている。21世紀に向けた火山噴火予知の質的な向上のためには,マグマの上昇・噴出過程やそれに付随する現象の物理・化学的理解を大幅に進める必要があり,基礎的な研究の推進が強く望まれる。第1次火山噴火予知計画の建議に述べられているように,監視観測と基礎的観測研究の役割分担を明確にする必要性が改めて切実な問題となっている。大学は基礎研究にその重点を移し,特定課題に焦点をあてた研究を実施することで,その役割を担うべきである。気象庁等は,大学及び関係機関とより密接な連携・協力を保ちつつ,常時監視観測の機能の向上に取り組む必要がある。また,他の関係機関は,それぞれの実施項目に関してより一層の向上を図る必要がある

 火山噴火予知の実用化には,火山噴火機構と前兆現象の出現するメカニズムを解明し,さらには,個々の火山活動の現状を詳細に知ることが不可欠である。このためには,火山の静的な構造を把握するだけでは不十分であり,今後は,マグマや火山ガスなどの流体の動きや地下の状態変化を含めた火山体の動的構造を把握し,時間軸をパラメータに入れた4次元の火山体構造を解明することが重要である。その目的に向けて,第5次計画より開始された構造探査を質的,量的に拡充・強化し,推進することが求められる。また,流体の挙動が観測量にどのように反映するかを理解するために,流動特性を考慮に入れたシミュレーション等も併せて行う必要がある。

 従来の火山噴火予知計画では,長期予測の位置づけが不十分で組織的な取り組みが実行に移されなかった。正確な長期予測は,防災計画の立案にも有効な情報を提供する。長期予測の推進には,活動的火山の噴火史の正確な把握とともに,噴火ポテンシャルの評価の研究が必要である。このためには,今後,系統的な現場調査と新しい年代測定手法の導入を積極的に推進する必要がある。

 将来の火山噴火予知の展開を図るためには,人的支援体制を含めた研究観測体制の一層の充実強化が求められる。火山学を志望する大学院生,若手研究者の育成に努めるとともに,他分野からの流入も視野に入れて研究者層を厚くする方策を考える必要がある。