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2005年6月号



写真 ヴェスヴィオ山麓での遺跡の発掘状況(2003年9月29日).ヴェスヴィオ火山は右手側にあたる.上部右端から3分の1付近にある青い物体はクレーンの支柱の一部.

目次

今月の話題
(社)日本地震学会若手奨励賞受賞
初代ローマ皇帝アウグストゥスの別荘の発掘調査
共同利用研究の紹介
特定共同研究A「地殻活動予測シミュレーション(代表:加藤尚之助教授)」(2005-A-17)
第827回地震研究所談話会
・話題一覧
・今月のピックアップ
失敗したプルーム

今月の話題
竹内 希助手
(社)日本地震学会若手奨励賞受賞

地震学会授賞式海半球観測研究センター 竹内 希助手は,地球の内部構造を推定するための新たな地震波形インバージョン手法を開発した功績が認められ,2004年度(社)日本地震学会若手学術奨励賞を受賞しました.

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写真:日本地震学会総会での授賞式(2005年5月)

初代ローマ皇帝アウグストゥスの別荘の発掘調査

金子隆之(火山噴火予知研究推進センター)

ヴェスヴィオ 南イタリア,ヴェスヴィオ火山北麓のソンマ・ヴェスヴィアーナに,初代ローマ皇帝アウグストゥスの別荘と通称される遺跡が知られており,ポンペイ同様AD79年のヴェスヴィオ山の大噴火によって埋没したと考えられてきました. 1930年代にこの一部が発掘され,アーチ構造の一部等が見つかったものの,資金不足から発掘は中断となり,その成立の謎は明かされることなく,埋め戻されました.最近になり,本学文学部青柳正規教授(現 国立西洋美術館館長)を中心とする考古学グループに,イタリア当局からこの遺跡の発掘許可がおり,日本主導で2002年から発掘が行われています.我々のグループも準備段階から本計画に加わり,小規模ながら現地調査を進めてきました.昨年,科学研究費・特定領域研究「火山噴火罹災地の文化・自然環境復元」(平成16-21年度)の申請が採択され,考古学に加え,情報科学,都市計画,園芸学,土壌学,GIS,人類学,火山学など多彩な分野の研究者が集結し,それぞれの知識を総動員し,この遺跡の埋没過程や当時の文化環境の復元にあたるという文系・理系融合的な研究がスタートしました.

 我々は本領域を構成する1つの班として,「火山噴火罹災地の埋没過程の復元と火山噴火推移の解析に関する研究」という課題の下,本格的に本遺跡の研究に取組むことになりました.プリニー式噴火の発生メカニズムや噴火と泥流発生過程の関係解明といった一般的テーマに加え,火山学グループがまずに明らかにすべき問題として,
・遺跡がいつの噴火によって最初に埋ったのか? 通説通りAD79年なのか? 
・最初の埋没はどのような堆積物によるのか? ポンペイと同様に火砕流や火砕サージによって大きな被害を受けたのか? 
等の課題が課せられました.

 このため,遺跡やその周辺部での地質調査や試料採取と共に,持ち帰った試料の化学分析や放射性炭素年代測定を行ってきました.遺跡の様子を写真に示します.通常の発掘とは違い重機を使う大掛かりなものです.これまでに我々が行った調査と分析の結果,遺跡を最初に埋没させたのは,当初予想されたAD79年の噴火ではなく,それより400年近く後のAD472年の噴火であったことがわかってきました.遺跡で採取した噴出物の組織や化学組成が,AD472年噴出物と一致した上に,含まれていた炭化木片からAD472年と矛盾しない年代値が得られたからです.また,堆積物の大半は泥流であることもわかりました.これらの点は遺跡の由来を考える上で,重要な意味をもちます.すなわちAD79年であれば,ローマ帝国の最盛期に近く,ナポリはそのお膝元であり,帝国下の社会生活・状況を知る上で重要な出土品等が得られたはずです.また,アウグストゥスの別荘を示唆する手掛かりも多数残っていたかもしれません.しかし,AD472年ともなれば,西ローマ帝国滅亡の直前にあたり,度重なる異民族の襲来により,帝国社会は有名無実化していたと思われます.また,埋没の主因が泥流であれば,証拠となり得た品々を現場から持ち出す時間的余裕があったかもしれません.事実,ポンペイと異なり,豪華な出土品は思ったほど見つかっていません.ただし,本遺跡から出土し,愛知万博グローバル館に展示されている女神像とディオニソス像は,例外です(東大赤門横のコミュニティーセンターに,これらの実物大コピーが展示されています).一方で,本遺跡から,様々な種類の土器や貨幣などが出土しており,ローマ時代末期という言わば歴史の暗黒時代の社会状況に,光をあてる貴重な資料が得られつつあります.

 これまでの研究では,この遺跡がいつ成立したかについては,まだ,直接の手掛かりが得られていません.アウグストゥスの別荘であるかどうかも依然謎のままです.遺跡の起源を明らかにするためには,今後,遺跡内でAD79年の噴出物を探し出し,これと建物との関係を調べる必要があります.また,火山噴火が推移する中で,遺跡付近がどのような状況にあり,人々がどのように行動したのかを知るためには,AD472年噴火の全容をつかむ必要があります.このためには,遺跡内の調査に留まらず,ヴェスヴィオ山の急崖に取り付いたり,深い谷に分け入ったりと,山体北側斜面全域に及ぶ地質データを収集する必要があります.

本調査は,科学研究費・特定領域研究「火山噴火罹災地の埋没過程の復元と火山噴火推移の解析に関する研究」(代表者:藤井敏嗣、分担者:中田節也,安田 敦,金子隆之,吉本充宏,米田 穣(国立環境研究所))により実施されたものです.

ホームページ:http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/VOLCANOES/vesuvius/

共同利用研究の紹介

特定共同研究A(2005-A-17)

「地殻活動予測シミュレーション(代表:加藤尚之助教授)」

境界積分方程式法における効率的な計算法の開発

九州大学大学院理学研究院・助手・亀 伸樹、地震研究所・教授・山下輝夫

 破壊シミュレーションの実際は弾性体動力学の初期値・境界値問題を解くことですが、これは「岩石の物理特性(境界条件としての摩擦構成則)とその領域に存在するテクトニックな応力(応力初期条件)」が全て解っている場合に「地震の始まりから終わりまでの全体の破壊現象を予測する(破壊面を含む動弾性方程式の解を計算する)」ことに対応します。破壊現象は強い非線形性を持ち、初期条件のわずかな違いにより破壊過程が大きく変化するので、多くのパラメタの組に対してシミュレーションを行う必用があります。そこで本研究では、非平面断層の破壊シミュレーションにおいて近年広く使用されている「境界積分方程式法」に対して、計算時間が短縮でき、かつ、計算メモリが少なくて済む効率的な計算法の開発を行いました(文献1)。

 「境界積分方程式法」では、破壊面を構成する計算要素を空間内に自由に配置することができ、非平面の破壊解析に適しています。各々の要素上に生じる「滑り速度」が作り出す「応力増分(積分核と呼びます)」は解析表現式があり、これを全破壊要素の滑り速度と数値的に畳込んで総応力が計算されます。しかし「より実際的な複雑形状」を伴う破壊解析を行う場合、この畳込に要する計算時間の長さが問題となって来ました(破壊面の空間分割数L,時間分割数M とすると畳込にはおよそLxM 回の計算を要します)。

 我々は積分核の漸近表現k(r,t)~f(r)g(t)+s(r)を用いて高速化を図りました(r:震源・観測点距離、t:時間)。弾性体動力学の特性から、畳込において図1 に示す収束条件から右辺のどちらかの項が0 になります。領域(1)では右辺第2項が消え(a)積分核評価に要する計算回数と(b)メモリ量がLxM からL+M に削減されます。領域(2)では空間項のみとなり(c)畳込に要する計算回数と(d)メモリ量がLxM からL に削減されます。これにより、従来と同じシミュレーションを計算時間において1/2、必要メモリにおいて1/4 で行うことが出来ました。なお、ここでは2 次元問題を扱いましたが同様の漸近表現は3 次元問題にも導出可能であることがわかりました。

 本研究は安藤亮輔博士の学位論文の一部となり、破壊面が幾重にも枝分かれして自ら複雑化していくシミュレーションが8CPU 並列PC の計算能力で可能となりました。安藤は、微視的な破壊面の複雑化から大きな分岐面が形成されるマルチスケール破壊解析を行いました(図2)。これは実験室で観察された同類の微細破壊痕と、野外の断層帯で観測された巨視的分岐断層を結びつける研究として注目されます(文献2)。また、本研究の副産物として、従来は別々に行われてきた弾性体の動的解析と準静的解析を境界積分方程式法の中で統一的に取り扱い可能になります。これは非平面断層上の応力蓄積過程から不安定破壊へと到る地震サイクルの全過程を単一計算コードで数値実験できることを意味します。本研究の地震破壊シミュレーションへの更なる貢献が期待されます。

参考文献

(1)Ando, Kame and Yamashita, Efficient boundary integral equation method suitable for dynamic rupture analyses on nonplanarfaults, preparing for Geophysical Journal International.

(2)安藤亮輔、高速時空間境界積分方程式法の開発と,断層帯の形成と地震破壊のダイナミクスに関する理論的研究,東京大学学位論文,平成16 年12 月.

図1
図1 境界積分方程式法における畳み込みを実行する領域における漸近表現の収束条件①②

図2
図2 微細破壊から巨視的分岐に到るマルチスケール地震破壊モデルの破壊成長スナップショット

第828回地震研究所談話会
話題一覧

2004/2005年スマトラ地震の再解析

山中佳子

A Theory for Calculating Strain Changes Caused by Dislocations in a Spherically Symmetric Earth

・Theory for a Point Source

孫 文科、大久保修平、付 广裕

斜め沈み込みの三次元数値モデリング

本多 了、吉田武義(東北大大学院)

☆失敗したプルーム

栗田敬(地震研究所)、熊谷一郎(地震研究所、IPGP フランス)

☆は次に内容を掲載

失敗したプルーム
A lesson for tomography interpretation

栗田 敬・熊谷一郎

マントルダイナミクスにおける温度と化学組成の影響

 我々がこの2〜3年取り組んでいる、マントルダイナミクスに関する実験的研究についてお話します。

 よく知られているように、地球内部の構造は地震波トモグラフィーによって表されています(図1)。地震が起きると、震源からの地震波は地球内部を通って地球上のあちらこちらに到着します。震源までの距離と、地震発生から到着までの時間から、地震波の速度を求めることができます。そうして求めた地震波の速度変化を3次元マップとして表したものが、地震波トモグラフィーです。
 地震波の速度変化は、温度と化学組成の変化によってもたらされます(図2右)。例えば、地球の構成鉱物の多くでは、鉄の組成量が変わることによって地震波の速度が減少します。オリビン(かんらん石:Fo)の場合、鉄の含有量が20%増加すると、地震波の速度は5%低下します。また、温度が800K高くなると、地震波の速度がやはり5%低下します。従って、地震波の速度変化は、温度と化学組成の変化の両者を反映していることになります。
 一方、マントル内部における上昇流や下降流などの動きを支配しているのも、温度と化学組成です。鉄の含有量が増えると密度は増加し、温度が高くなると密度は減少します(図2左)。密度が小さくなると上昇流となり、密度が大きくなると下降流となります。地震波の速度の場合、温度と化学組成の2つの影響は同じ方向に働きますが、マントルのダイナミクスに関しては温度と化学組成の影響は反対になります。
 従って、マントル内部で起きている現象を考える場合、地震波トモグラフィーの姿のままでは、実態に迫ることができません。つまり、シミュレーションや実験を通して、温度と化学組成が変化する場でのダイナミクスを考えなければならない、というのが我々の研究の出発点です。
 また、地球のホットスポットの活動は、マントルの最下部からわき上がってくるプルームによって支配されていると、普通考えられています(図3)。しかし、ホットスポットをよく見ると、その先端に大きな火成活動があるものや、南太平洋のホットスポットのように大きな火成活動が見られないものなど、いろいろなバリエーションがあります。ホットスポットのバリエーションをコントロールしているものは何か。それを明らかにしたいというのが、我々の研究のもう一つの出発点です。

図3

実験システムの概要

図4 マントルのダイナミクスを考えるために、我々がどのような実験を行っているのかを紹介します。図4は実験の概念図です。タンクの中は、下に重い液体、上に軽い液体という二重構造になっています。上下の液体は密度(ρ)も違うし、温度(T)も粘性(η)も違う。これを下からヒーターで加熱すると、どういうことが起きるでしょうか。我々は、それを調べているのです。
 先ほど説明したように、温度が高くなると密度が小さくなり、化学組成が変わると密度は大きくなります。従って、温度と化学組成の2つのパラメータが競合するような関係で全体のダイナミクスが変わります。我々は、温度と化学組成、そして運動の3つを1つの実験の中で詳細に解析することができるシステムを、この2年ほどで作り上げました。
 実験システムを図5に示します。タンクは15×15×20cmで、一番下に重い液体の薄い層を入れ、その上に軽い液体を入れてあります。この状態は、マントルの最下部にあるD"層(ディーダブルプライム層)という密度の大きな層を想定しています。タンクの下からヒーターで温めると、温められた重い液体が上昇していきます。
 温度構造を解析するために、液体には感温液晶の粒子を入れてあります。図5右では、内側から外側に向かって26℃、32℃、38℃の等温線が見て取れます。また、重い液体にローダミンなどの蛍光色素を入れ、レーザー光を照射することで、化学組成も可視化して観察することができます。


図5

「成功したプルーム」と「失敗したプルーム」

図6,7,8 ヒーターのパワーを変えるとどうなるか、2つの層の密度差を変えるとどうなるか、重い液体の層の厚さを変えるとどうなるか、この3つのパラメータを変えて系統的な実験を行いました。すべての例を説明できませんから、簡単な例を3つ紹介します。
 まず、2つの層の密度差を変えた実験です。図6は密度差が0.9936と非常に小さい場合です。左側が化学組成像、右側が温度像です。組成プルームと熱プルームが一体となったプルームが形成され、上昇していくことが分かります。
 2つの層の密度差を大きくすると、まったく違った形になります(図7)。熱プルームが上昇していきますが、プルームヘッドには重い液体がほとんど取り込まれていません。熱プルームと組成プルームが、完全に分離してしまっています。
 今日の話の中心は、2つの中間領域で形成されるプルームです(図8)。密度差が大きくもなく、小さくもない、そういう条件で実験を行うと、まず熱プルームと組成プルームが同じように上昇を始めます。しかし、ある時点で2つのプルームの分離が起きて、熱プルームだけが上昇を続けます。1つのプルームであったものが、ある時点から先は2つのプルームに分離してしまうということが起きているのです。
 さらに、このとき興味深い現象が起きています。図8左に示した組成場を見ると分かるように、一度上昇を始めた重い液体が逆に降下していくのです。運動の解析をすると、どうしてここで降下が起きるか理由を説明できるのですが、今回は省きます。とにかく、熱プルームと組成プルームが分離して、組成プルームは沈降していく。
 このように、いろいろなパラメータにおいて実験を行った結果を図9にまとめました。横軸は密度差、縦軸は重い液体の層の厚さです。赤で示した部分は、図6に示した熱プルームです。我々はこれを「成功したプルーム」と呼んでいます。青で示した部分は熱プルームと組成プルームが完全に分離してしまっているもので、図7に対応します。そして緑色が図8に対応し、ある時点までは同じように上昇しますが、熱プルームと組成プルームが分離して、組成プルームは沈降してしまう領域です。我々は、これを「失敗したプルーム」と名付けました。

マントルに「失敗したプルーム」を探す

図9 このような実験から、密度差と層の厚さの違いによって、形成されるプルームが変わってくることが分かってきました。問題は、これらのパラメータが、地球内部のどこに対応するかということです。地球の場合、層構造の密度差は最大1〜2%であるといわれています(図9の赤矢印)。層の厚さは、実験スケールではmmですが、地球においては熱境界層という量を媒介して換算することができます。実験における10mmあたりが300kmくらいの厚さに対応します。つまり、地球のマントル下部、特にD"層あたりの状況を想定すると、「失敗したプルーム」が起きる条件に合致していると考えられます。
 そこで、地震波トモグラフィーによる内部構造のモデルにもう一度戻って考えてみたいと思います(図1)。我々が実験で見た、熱プルームと組成プルームが上昇しようとしたけれども分離してしまい組成プルームが下降するような「失敗したプルーム」を、地震波トモグラフィーの中に見つけることができるかもしれません。
 地震波トモグラフィーでは、地震波速度が小さい部分は赤、大きい部分は青で示されています。地震波が小さい赤色の部分は、温度が高く、鉄の含有量が大きい。つまり、マントル下部の性質を持った部分です。これまで、地震波速度が小さい部分はマントルの上昇域だと考えられていました。しかし、我々の実験によれば、地震波速度が一番小さくなるのは、沈降している場合なのです。
 ですから、単純に地震波トモグラフィーを見て「ここは地震波の速度が遅い。だから上昇域だ」と考えるのは早まっていますよ、というのが今日の主題です。講演サブタイトルの“A lesson for tomography interpretation”には、そういう意味が込められています。

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