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地震研究所談話会 第840回 (2006年 6月)

沈み込むプレートから地殻が引きはがされる条件

地球ダイナミクス部門 瀬野徹三

 高圧ないし超高圧変成岩が上昇するためには,それらを含む地殻ブロックが沈み込むプレートから引きはがされなければならない.これはいったんある深さまで地殻が沈み込んだ場合であるが,それ以前にもっと浅いところで引きはがしが起こることもある(例えばヒマラヤのMBT, CMTに沿った引きはがし).また,ある種のオフィオライトは海洋プレートの一部が引きはがされたものと考えられる.これらの問題を考えるために,沈み込んだプレートからその地殻(の一部)が引きはがされる条件を考察した.

 この問題はvan den Beukel (1992)が考察している.彼は引きはがしの原動力の一つとして地殻ブロックの浮力を考慮した.しかし浮力は,ブロックがそのまわりをアセノスフェアで取り囲まれて初めて発生する.すなわち引きはがしが起こって初めて発生する.従って,ここでは原動力は,スラスト面(プレート上面)の剪断応力を積分した力Tcのみとする.そうすると引きはがしの起こる条件は,Tcがブロックの他の境界を破壊するために必要な力(抵抗力)の和を上回ることである.ブロック境界の浅い方は逆断層,深い方は正断層,底部は剪断で破壊されるとする(図1).引きはがしが可能なためには,底部は抵抗力が小さい延性剪断帯となる必要がある.このため底部は上部地殻の下端にとる.

 これらの原動力と抵抗力を計算し,Tcが抵抗力を上回る時のブロックの下端の深さを求める.ただし上面の剪断応力は剪断強度で置き換えた.沈み込む前のプレートの温度構造は,表面熱流量Qsを60-90mW/m**2の範囲とし,その40%を放射性発熱として求めた.沈み込み速度Vは1.5-6cm/yr,傾角δは15-30度とする.スラブとその上面の温度は,Molnar & England (1990)の定常解を用いて計算した.

 上面が脆性である部分の剪断強度は,間隙流体圧Pwに大きく依存する.pore fluid pressure ratio λ=Pw/σnをパラメーターとし,その値を0〜0.95の範囲で変化させた.延性部分では,温度と剪断応力は,摩擦発熱と流動則を通じて相互にフィードバックを起こすので,これらを同時に解く.

 Qsが大きいほど,V, δが小さいほど引きはがしが起こるときのブロック先端の深さは浅くなる,すなわち引きはがしが容易になる.しかしQsが70mW/m**2以下の普通の大陸プレートでは,λが0に近くないと引きはがしは起こらないことがわかった.すなわち水がスラスト面に潤沢であると地殻は沈み込んでしまい,引きはがしは起こらない.Seno & Yamasaki (2003), Seno (2006a)は,島弧地殻や大陸地殻が沈み込む場合,スラブからの脱水が起こらないことを提案している.このことは,大陸が沈み込むと衝突が起こるのは,スラブからの脱水が起こらないためスラスト面のλが小さくなり,引きはがしが浅部で起こるためであることを示している.すなわち衝突は,大陸地殻の浮力のために起こるのではなく,スラブからの脱水がないために起こる,と言うことができる.

図1 沈み込んだプレートから地殻の上部が剥がされる条件を示す模式図(Seno, 2006b) 剥がすための原動力はスラスト帯に働く剪断応力を積分した力Tcである.これが逆断層F1,ブロック底面の断層F2,正断層F3を破壊するのにそれぞれ必要な力T1, T2, T3の和を上回る時に,ひき剥がしが生じると考える.

ニュースレター2006年7月号

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