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2006年 7月号

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目次

第840回地震研究所談話会
・話題一覧
・今月のピックアップ
   GPS観測データを用いた長基線キネマティック測位の
   高度化と震源過程の研究に対する新たな展開
今月の話題
人事異動のお知らせ

第840回地震研究所談話会
話題一覧(★は以下に詳しい内容を掲載、☆は概要をホームページに掲載)

1★.GPS観測データを用いた長基線キネマティック測位の高度化と震源過程の研究に
   対する新たな展開(日本測地学会賞坪井賞受賞講演)

     宮崎真一

2.マリアナでの長期海底地震観測:二重深発面の確認と深部構造のイメージング

     塩原 肇・望月公廣・金沢敏彦、
     杉岡裕子・大木聖子・深尾良夫・末広 潔(海洋研究開発機構)

3.Fault slip in a bimaterial poroelastic medium

     山下輝夫

4☆.沈み込むプレートから地殻が引き剥がされる条件

     瀬野徹三

5☆.衝突の2類型(ヒマラヤ型とアルプス型)と伊豆の衝突

     瀬野徹三

6☆.八ヶ岳地磁気観測所内磁気異常の時間変化:雷誘導磁化の影響

     清水久芳・小山崇夫・小山茂・歌田久司

7☆.核−マントル電磁結合と数十年スケールコア流体運動

     浅利晴紀・清水久芳・歌田久司

8☆.IT強震計でみた地震研建物の震度1の揺れ

     鷹野澄、伊藤貴盛(応用地震計測)

9.新館免震建屋と旧館建屋の揺れモニタリング計画

     鷹野澄、伊藤貴盛(応用地震計測)、壁谷澤寿海・坂上実・纐纈一起・古村孝志


GPS観測データを用いた長基線キネマティック測位の高度化と震源過程の研究に対する新たな展開

地震予知研究推進センター 宮崎真一


日本測地学会賞坪井賞とは

 今日の講演タイトルは、「GPS観測データを用いた長基線キネマティック測位の高度化と震源過程の研究に対する新たな展開」としました。これは、日本測地学会賞坪井賞の受賞対象となった研究テーマです。私自身が見ても大げさなテーマで、特に、私の研究が震源過程の研究に対する新たな展開を拓いたと本当に言えるのだろうかと思いながら、賞をいただきました。1秒ごとのGPSデータを地震計として使ったという点が、主な受賞理由です。この研究については、これまでにも何度かお話ししておりますが、今日は改めてご紹介したいと思います。

 まず、測地学会や坪井賞というのはあまり馴染みがないと思いますので、簡単にご紹介します。国際測地学・地球物理学連合の略称IUGGの一つのGはGeodesy、もう一つのGはGeophysicsですから、本当は地球物理学と並列されているとても大きな分野ですが、測地学会はわりと小さなコミュニティで、アットホームな感じです。

 日本測地学会賞坪井賞とは、測地学の発展に大きな寄与をされた故 坪井忠二先生の業績を記念し、測地学の分野で特に顕著な業績を上げた若手研究者を奨励するために設けられた賞です。今年で14回目になります。第1回が大久保修平先生(地震および火山噴火によって生じる重力とポテンシャルの変化?ディスロケーション理論に基づく定式化)、第8回が古屋正人先生(地球システム科学的手法による極運動の励起源の解明)と、これまでに地震研から2名受賞されております。

 若い方はお名前をご存知ないかもしれませんが、坪井先生は地球物理学者であり随筆家、そして寺田寅彦先生の弟子として知られています。私が坪井先生のお名前をどこで初めて知ったかというと、二十歳のころに読んだ『ファインマン物理学』(岩波書店)です。第1巻『力学』の翻訳をされていたのが、坪井先生でした。

従来のGPSが得意としてきた時間スケール

 私はこの分野に入って以来、ずっとGPSしか使っていません。GPSで従来得意だったのは何か。GPSでは、観測点の位置が1日に1回出てきます。ですから、1日よりも長い時間スケールの現象をとらえることができます(図1)。数世紀にわたってデータを蓄積すれば、地震サイクルもきれいに記録できるでしょう。

図1 さまざまなタイムスケールの現象と観測手法

 GPSが従来得意だったのは、1ヶ月、1年、10年といった時間スケールの現象ですが、もっと短い時間スケールにも面白い現象がいろいろあります。しかし、時間スケールの短い方は、地震計という立派な手法がすでにある。GPSが立ち入る必要はないのかなと思いつつも、震源過程の解析は地震計のデータと測地データでされることが、実は多いのです。従来の震源解析で使われてきたGPSデータは、1日ごとのデータです。しかし、そのデータを細かく見ていけば、例えば、地震の後に起きる余効変動の初期過程が混ざっていたりするはずです。余効変動の初期過程は小さいと思いますが、どの程度影響しているのかなと思いながら、震源解析の結果を横から眺めておりました。

 GPSは何を見ているのかを、非常に簡単にご紹介します。GPSでは、衛星と観測点の距離を波の波数で測っています(図2)。衛星の位置が分かっていれば、観測点の位置を未知数とし、観測点の位置を推定しましょうということです。詳細を説明する時間はありませんが、衛星・観測点間が幾何学的な距離です。それから、ある瞬間突然衛星が出てくるので、波数の整数部分がいくつあるか分からないという不確定性があります。さらに、大気遅延項、受信機や衛星の時計の誤差など、いくつか誤差源があります。通常は、30秒なり5分ごとにサンプリングし、それを1日分ためて最小二乗法を用いて観測点の位置X、Y、Zを一つの値として出すという操作をします(図3)。

図2 GPSの観測量

図3 位相の観測方程式

 なぜそうするかというと、データをある程度の時間にわたって蓄積しないと整数値の不確定性が決まらないという問題があるからです。ただし、この不確定性さえ決まってしまえば、受信したサンプリングごとに観測点の位置X、Y、Zを出すことは可能です。このようにしてサンプリングごとに位置を決める方法を「キネマティック測位」「キネマティックGPS」と呼んでいます。観測点の座標を時間的に一定と見るのが従来のGPS、観測点座標が時間的に変わってもよいとするのがキネマティックGPSです。

 では、観測点座標は時間とともにどのように変わるのでしょうか。どういった時間的な拘束を与えるかで、解の見かけが変わります。前の時刻の座標位置が次の時刻の座標位置とぴったり等しくて誤差がありませんというのが、時間的に変化がないということです。平均が常にゼロで、分散Σ、あるいは標準偏差が時間的に一定、従って前の時刻の値とまったく相関がないのがホワイトノイズです。ほかにも、前の時刻での位置を平均とし、分散が前時刻からの経過時間に比例するようなランダムウォークなど、いろいろなモデルがあります。地震の場合は、前の時刻との相関がないほど大きな運動をしますから、ホワイトモデルを使います。余効変動のような一時的な滑らかな運動の場合には、前の時刻とそれほど大きな変化がないので、ランダムウォークを使います。これは、データ解析をするときの解析者のオプションです(図4)。

図4 GPSのデータ処理

GPSを1Hzの変位地震計として使えるか

 なぜ、GPSを震源過程の解析に使おうと考え始めたかということですが、先行研究があります。1994年から1995年にかけ、北海道東方沖地震など三つほど大きな地震が起きました。それらの地震に対して、30秒ごとのGPSサンプリングデータを使って、キネマティック解析によって30秒ごとの観測点の位置変化を出すという研究を、国土地理院の先輩である畑中雄樹さんが行いました。その延長で、1秒ごとのGPSサンプリングのデータがあれば、1Hzの変位地震計として使える可能性があるだろうと単純に考えたわけです。

 1996年に日向灘で地震がありました。1秒のGPSサンプリングデータもあるし、同じような解析をしてみようと、わりと気楽に始めました。そのときの結果が図5左です。地震が起きて、しばらくしてから波動が伝わり、南北、東西の変動パターンが出ました。振幅が3?4cmくらいです。しかし、これは本物なのだろうか、という不安があります。ぐにゃぐにゃとしているのはGPSの典型的なノイズです。本物の地殻変動なのか、ノイズなのか。それは、GPSのデータだけでは分かりません。

 そこで、近くに設置されていた強震計のデータを2回積分した結果と比べてみました(図5中央)。すると、南北、東西の変動ともに、わりと似たようなパターンが出ています。それでもまだ本物かどうか不安があるので、地震研の菊地正幸先生にお願いして、理論波形を出していただきました(図5右)。大きなパターンとしては似ています。これを見て、もしかしたらGPSを1Hzの変位地震計として使えるかもしれないと思いました。しかし、当時はまだGPSの1秒観測はそれほどやっていませんでしたので、地震計や理論波形と比較するだけで終わってしまい、国土地理院の報告に書いただけで、きちんとした学術論文にはできませんでした。

図5 1996年日向灘地震

 その時に思ったのは、GPSを地震計として使えば、非常に大きな地震がきた場合でも振り切れないから、永久変位が記録されるという長所があるということです。単一のデータでインバージョンも可能です。単一のデータと言ったのは、地震の破壊過程のインバージョンと、その後の余効変動のインバージョンを同じ観測量で行うことができるということです。長い時間スケールの解析まで続けて見ることができるというメリットがあります。

 逆に、変位地震計としてのGPSの短所もいくつかあります。地震計よりもノイズが多く、観測も今のところ1Hz以下の周波数のみです。GPSデータの受信には高さ5mのピラー(柱)を使っているので、これが固有振動しないのかという問題もあります。また、波形を得るまでに時間がかかる上に処理が面倒であること、そして、しょせんは間接計測であるというのが、変位地震計としてのGPSの短所です。

 一長一短がありますが、うまく使えば、GPSは地震計をサポートするようなデータに成り得るのではないかと考えています。

2003年十勝沖地震への適用

 2003年、十勝沖で大きな地震がありました。このとき、国土地理院はほぼ全点で1秒のGPSデータをブロードキャストしていましたので、国土地理院との共同研究として、これを地震計として使ってみようということになりました。2003年十勝沖地震の変位波形の例が、図6です。例えば、襟裳岬にあるGPS観測点0019番では、地震発生時刻から20秒ほどして波動が到着して、約1m東へ、約50cm南へ変動したことが分かります。0144番でも、だいたい同じようなパターンを描いています。1996年日向灘地震の例と比べて、スケールが大きいので変位波形がきれいに見えます。

図6 2003年十勝沖地震 1Hz GPSによる変位波形の例

 1Hz GPSによる変位波形を強震計の積分結果と比較した結果が図7です。GPS観測点の0144番とKik-netとK-NETを比較しています。K-NETは多分、真北が合っていなかったのだと思いますが、Kik-netは波動の部分が非常に合っています。

 纐纈一起先生がアメリカから来られているときに、「これは、インバージョンに使えそうですか?」とたずねると、「使えるんじゃない、やってみたら」という返事をいただきました。「じゃあやってみよう」ということで、やりました。スタンダードなマルチタイムウィンドウインバージョンという震源過程の解析に使われる手法で、変えたのはグリーン関数です。グリーン関数は、Zhu and Riveraという二人が開発したコードで、永久変位も計算できるものです。

 得られた結果が、図8です。大きなすべりが見えて、すべりが深い方へと伝搬していくイメージが、GPSだけで出ました。総すべり量は、図9左のようになっています。強震計の積分結果と比較したGPS観測点の0144番でデータに対するフィットを見てみると、1HzのGPSデータ(黒)とインバージョンによる計算値(赤)が、おおよそ合っています(図9右)。ほかのGPS観測点もおおよそ合っています。地震計としてGPSが使えるだろうと、言えるようになりました。ただし、大きな地震であれば、です。

図8 2003年十勝沖地震 インバージョン結果

図9 2003年十勝沖地震 累積すべり量とデータに対するフィットの例

2005年福岡県西方沖地震への適用

 では、中規模の地震はどうでしょうか。2005年に福岡県西方沖地震が起きました。実は、震源に一番近い観測点がGPSでしたので、ややモチベーションもあります。それが1062番ですが、2003年十勝沖地震と比べてスケールが小さいので、波動が到達する前からデータがばたばたしているのが見えてしまっています(図10下)。こんなデータで本当にうまく使えるのかと思いますが、インバージョンをやると、強震計から出したすべり分布と大きくは違いません(図10上)。中規模の地震の場合、GPS単独では苦しくなってきますが、地震計と両方を使うことで、地震計から速い変化を、そしてGPSからキネマティックなすべり量をインバージョンができる、ということが言えるようになりました。

図10 2005年福岡県西方沖地震 変位波形の例とインバージョン結果

 私は、さまざまな時間スケールに使えるという点が、GPSの非常にいいところだと思っています。もともと余効すべりはGPSが得意なところで、余効のイメージングの結果を使って応力の変化を調べると摩擦特性に関して少しだけ物を言うことができるようになったと思っています。スローイベントも得意なところです。

 余効すべりやスローイベントといった時間スケールは、当然GPSが使えるでしょう(図1参照)。そして今回、GPSが1Hzの地震計として使えることが分かりました。同一の観測手法で破壊領域から余効変動までイメージングできる可能性が出てきたわけです。そこで、残ったところをうまくつなげないかと思っています。従来は歪み計、傾斜計が得意だと言われていた時間スケールの現象に、GPSの出番があるかどうか、少し解析を始めています。実際には、米国パークフィールドにおける地震後1〜2時間のデータを使って解析しています。今日はお見せしませんが、もしかすると余効変動の始まりがうまく見えるかもしれません。そうなれば、一つでタイムスケールの短い方から長い方まで見ることができる観測手法として、GPSが非常に強力であると言うことができるようになります。

 国土地理院入省時は余効変動という言葉も最小二乗法も知りませんでしたが、多くの方に出会ったおかげで、このような賞をいただくことができました。最後になりますが、この場をお借りして、お礼申し上げたいと思います。

質疑応答

--2003年十勝沖地震が起きる前のプレスリップの動きは確認できているのですか。

宮崎:確認しようと、いろいろな人がやっています。私は、1996年から2003年までのデータを使って、まず長期で変化があったかどうかを見始めました。1秒のGPSデータを使って直前での変化を見ている人もいますが、今のところ確固たる証拠はないようです。

--これからやりたい時間スケールの現象の話が最後にありましたが、火山はすぐに使えそうなところですね。

宮崎:火山の方が使いやすいかな、という気がしますが。

--渡辺さんは、キマネティックGPSで三宅島の解析をしたとか、最近の話題はありませんか。

渡辺:まだ、あまりありません。

--決定打はないということですね。だったら、おいしいところですね。

宮崎:しかし、あまり大きく動くとアンテナが傾いたりして、GPSの観測は難しいかなとも思います。

--GPSには、傾斜計が付いていませんか。

宮崎:GEONETには、付いています。

--空間スケールは、どこまで観測可能でしょうか。

宮崎:GPSは陸上の観測であり、国土地理院は国の機関ですので、日本列島の陸地から外に出て展開するのは難しいでしょう。我々もお金がないので、密には置けません。やはり、現在くらいが限界です。

--もっと増えたらどうなるのですか。

宮崎:内陸の地震が起きたときの詳細なすべり分布を見るときには役に立つでしょう。けれども、海溝型地震の場合は、大きな助けにはならないのではないかという印象を、個人的には持っています。

--温かいメッセージを寄せてくれた纐纈さん、何かコメントはありますか。

纐纈:インバージョンサイドからのアプローチはあると思いますので、これは、ぜひ期待しています。

今月の話題

人事異動のお知らせ

■平成18年6月30日付

【退職】

  事務長          嶋村 政義

■平成18年7月1日付

【採用】

  助手(火山噴火予知研究推進センター)  前野 深

【配置換(転入)】

  事務長          中塚 数夫

  副事務長(総務担当) 青木  稔

  (兼)庶務係長 

  経理係長        剱持 保行

【配置換(転出)】

  主査(総務担当)    小宮 昌信

  (兼)庶務係長 

  経理係長        鈴木 貴博

■平成18年7月16日付

【採用】

  助手(地球流動破壊部門)         平賀 岳彦



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