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地震研究所談話会 第840回 (2006年 6月)

衝突の2類型(ヒマラヤとアルプス)と伊豆の衝突

地球ダイナミクス部門 瀬野徹三

 ヒマラヤでは,後背地のチベットや東アジアの広汎な地域で変形が起こっている.また前縁の褶曲-スラスト帯では,インド亜大陸の地殻上部がはぎ取られてアジア側に付加している(offscraping).一方アルプスでは,その後背地はほとんど変形していない.また,浅いところでのはぎ取りはあまり見られず,大陸地殻がマントル深部まで沈み込んでから,超高圧変成岩として地表付近に戻って来ている(exhumation).

 上の違いを定量化するために,上盤側プレートと下盤側プレートの間の全収束量をindentationとunderthrustingに分ける.前者は,上盤側プレートの十分内陸側を固定し,この固定点に対して海溝がどれだけ陸側に移動したかによって測られる.後者は,全収束から前者を差し引いた残りである.一方offscrapingやexhumationがunderthrustingに占める割合を,引きはがされた部分の収束方向の長さで測ることにする.これらの量の全収束に占める割合を地質復元図から見積もったものを図1に示す.ヒマラヤでは衝突の初期,超高圧変成岩が上昇しているので図1aには少量のexhumationを加えている.

 さらに南部フォッサマグナにおける伊豆-小笠原弧の衝突をこれらと比較するために,同様に見積もったものを図1cに示す(日本海が開き終わった15 Maから,伊豆半島が海溝の位置にやってきた1 Maまでの14 m.y.の期間を扱う).伊豆弧の衝突では,indentationは小さく,また offscraping,exhumationの割合が共に小さい.すなわち南部フォッサマグナでは,島弧地殻のほとんどの部分がマントル深部へ沈み込んでしまったことになる.

 このような違いは何がもたらすのか,引きはがしの起こる条件(瀬野, 本ニュースレター)にもとづいて考察してみよう.インド亜大陸の衝突の前にテーチス海が沈み込んでいた.この沈み込みでスラブから脱水が起こり,大陸が潜り込み始めても,スラスト帯には水が供給されて潤滑化し沈み込みが続く.しかし海洋プレートがマントル深部にまで沈み込んでしまうとスラスト帯に水は供給されなくなり,沈み込んだ大陸地殻の引きはがしが起こってexhumationが起る.これが衝突初期のころの超高圧変成岩のexhumationではないだろうか.この後は大陸地殻の潜り込みが続き,スラブ脱水がないために浅所ではぎ取りが起こることになる.この場合スラスト帯での剪断応力が高いので, indentationが大きくなる.

 一方アルプスでは,海洋プレートに挟まれたいくつかの大陸プレートが衝突してきた.最初の大陸の潜り込みでは,ヒマラヤの初期の段階と同様に,大陸地殻の深部への沈み込みが起こり,引き続いてexhumationを起こす.しかしその後再び海洋プレートがやってきて沈み込む.次に大陸がやって来た時に,大陸地殻の沈み込みと引き続くexhumationを繰り返す.この場合沈み込みの期間がかなりの部分を占めるので,スラスト帯の平均剪断応力は小さくなり,indentationの割合が小さくなる.

 伊豆-小笠原弧の沈み込みは海洋プレートを挟んでいない.それにもかかわらずはぎ取りが起こって来なかったことに対しては,厚い地殻を持つ地殻ブロックのサイズが小さかったため,引き剥がしの原動力(前報告Tc)が大きくなり得なかったことが原因として考えられる.

図1 全収束量に対してindentation, underthrusting, offscraping, exhumationが占める割合をヒマラヤ,アルプス,南部フォッサマグナに対して示す.

ニュースレター2006年7月号

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