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2007年7月号

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 マントル深部への水輸送の地震学的証拠(川勝均教授による)

   目次

今月の話題 マントル深部への水輸送の地震学的証拠を発見
宇宙線ミューオンを用いた浅間山火山体内部のイメージング
第851回地震研究所談話会 話題一覧
今月のピックアップ
「レイリー波振幅比インバージョンによる関東平野におけるS波構造の推定」

地震計で見ると、地面は常にわずかに振動しています(常時微動)。このデータを用いて地下構造(深さと地震波速度の関係)の詳細な解析ができることがわかってきました。地下構造のデータは、将来の大地震による各地の地震動の予測に重要です。

お知らせ 人事異動

今月の話題

■ マントル深部への水輸送の地震学的証拠を発見

 海半球観測研究センターの川勝均教授と綿田辰吾助教は、東北日本下の沈み込み帯において、マントル深部への水輸送の直接的証拠と解釈できる構造を、地震学的に明らかにしました(→表紙の図)。これにより海洋から地球深部への水輸送の経路が明らかになり、地球システムにおける水循環の定量化へ向けた研究が進展すると期待されます。
 論文は2007年6月8日発行のScience誌に掲載されました。
(→ プレス・リリース資料 http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/koho/press/2007slab/index.html

■ 宇宙線ミューオンを用いた浅間山火山体内部のイメージング

 火山噴火予知研究推進センターの田中宏幸研究員を筆頭著者とする「宇宙線ミューオンを用いた浅間山火山体内部のイメージング」に関する論文が、科学誌 Nature 5月24日号のハイライト研究のコーナーで紹介されました。

(抄訳)
 日本の研究者は、宇宙線を活用して火山内部のイメージを得ている。この方法は、以前にピラミッドの内部を探査するのに使われた方法だ。
東京大学の田中宏幸とその同僚たちは、ミューオンという粒子を捉えるための装置を浅間山近くに設置した。ミューオンは、宇宙線が大気と衝突したときに全方向に放出される。
そのうちのいくつかのミューオンは火山の岩体を通過した後、装置に届く。途中で吸収されるミューオンの数を数えることで、火山内部の密度を測定することに成功した。装置を増やし、リアルタイムで解析できれば、この方法は噴火予知にも役立つだろう。(Nature Vol.447, 24 May 2007, 356より)

 原論文はNucl. Instrum. Methods Phys. Res. A575, 489-497 (2007)です。

第851回地震研究所談話会(2007年6月29日)
話題一覧           ★は以下に詳しい内容を掲載

 1.分散型チャネル情報管理システムの開発
     中川茂樹・鶴岡弘・鷹野澄・酒井慎一

 2.地図を用いた固体地球科学のアウトリーチ
     辻宏道・鶴岡弘

 3.ベトナム広帯域地震計アレイを用いたマントル最下部低速度異常域の微細構造推定
     竹内 希

 4.Acoustic Emission in a deep hard rock mine
   - First impression of the records from Mponeng 116L.

     Masao Nakatani, Y. Yabe (Tohoku Univ.), J. Philipp (GMuG mbh, Germany),
     G.Morema (Seigmogen CC, South Africa), M. Naoi, H. Kawakata (Ritsumeikan
     Univ.), S. Stanchits (GFZ Potsdam, Germany), G. Dressen (GFZ Potsdam,Germany),
          H. Ogasawara (Ritsumeikan Univ.), T. Nortjie (AnglogoldAshanti,South Africa),
          R. Carstens (AnglogoldAshanti, South Africa), T. Ward(Seigmogen CC,
          South Africa), J. Pretorius (AnglogoldAshanti, South Africa), E. Pinder (ISS
          international, South Africa), M. Uchida, Shigeki Matsumoto, Shigeo Matsumoto

★5.レイリー波振幅比インバージョンによる関東平野におけるS波速度構造の推定

     田中康久・纐纈一起・三宅弘恵・谷本俊郎(カリフォルニア大学サンタバーバラ校)

レイリー波振幅比インバージョンによる関東平野におけるS波速度構造の推定

田中康久※1・纐纈一起※1・三宅弘恵※1・谷本俊郎※2
※1 地震研究所  ※2 カリフォルニア大学サンタバーバラ校

地下構造モデル構築の重要性

  「レイリー波振幅比インバージョンによる関東平野におけるS波速度構造の推定」は、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の谷本俊郎先生が2006年に国際室の客員教授として来られたときに始めた共同研究です。大学院生の田中康久君を中心に進めています。

 この研究を始めた背景を、まずお話しします。地震調査研究推進本部では「地震動予測地図」というプロジェクトを進めています。各地の地震動を予測するためには、やはり地下構造のモデルが非常に重要です。そのため2006年、地震調査委員会強震動評価部会に地下構造モデル検討分科会をつくり、日本全国をカバーする地下構造モデルの構築を開始しました。

 また、2005年に発表された「地震動予測地図」のうち震源断層を特定した強震動予測で使われた地下構造モデルは、一例として防災科学技術研究所のウェブサイトに公開されています。さらに、地下構造に関する情報を統合的に収集・管理し、広くデータ利用することが可能な仕組みをつくるため、「統合化地下構造データベースの構築」(研究代表者:防災科研・藤原広行)という科学技術振興調整費のプロジェクトが、2006年度から5ヶ年の計画で始まっています。そして一番大事なのは、「首都直下地震防災・減災特別プロジェクト」が2007年6月15日から5ヵ年計画で始まったことです。

標準的な地下構造モデル化手法

 地震調査研究推進本部による「地震動予測地図」は、対象が日本全国と非常に広域なため、標準的なモデル化手法が必要になってきます。現段階では、図1に示したモデル化手法を使っています。まず、ボーリングなども含めたいろいろな地質情報を用いて成層構造を仮定します。その段階で得られたモデルを「0次モデル」と呼びます。次に、反射法探査や微動探査、検層などのデータ、さらには広域の面的なデータが得られる屈折法探査や重力探査などのデータを利用して、層境界面の形状を決定します。これが「0.5次モデル」です。基本的はそこまででOKなのですが、実際に起きた地震の記録をそのモデルを使ってシミュレーションすると、合わないという事態が頻発してしまうのです。そこが、従来の地震動予測地図では一つの大きな課題でした。

図1 地震調査研究推進本部による標準的な地下構造モデル化手法

 探査の結果と地震動をシミュレーションするための構造モデルは、必ずしも一致しません。強震動予測のためには地下構造モデルのチューニングが必要であるというのが、現段階の私たちの結論です。そうなると、実際にシミュレートすべき地震の記録を使った構造のモデル化というプロセスが必要になります。

 自然地震の地震記録のスペクトル比を利用してチューニングしたり、さらには自然地震の波形記録そのものを時間領域でトライアル的にシミュレーションしたものと比較して構造モデルをチューニングします。チューニング作業を行った上でトモグラフィや深部反射法などからより深い構造のモデルを追加して、最終的に「1次モデル」を構築するのが、現在の標準的な地下構造モデル化方法です。

関東平野の速度構造0.5次モデル

 速度構造のモデル化の現状を、関東平野について紹介します。首都圏は、地下構造探査のモチベーションが得られやすいので、ほかの地域と比べると豊富な探査データがあります。さらに最近では、「大都市大震災軽減化特別プロジェクト(通称:大大特)」による深部地震探査が同時に行われたこともあり、データがそろっています。また、重力異常のデータは、首都圏に限らず、全国的に豊富にあります。速度構造のモデル化のプロセスでは、こうした屈折法探査データと重力異常データを面的な探査データとして利用することができます。

 図2左は、屈折法の走時のデータだけで求めた基盤面まで深さの分布です。基盤面とは、関東平野の堆積層を取り除いたあとの地殻最上部をいいます。東京湾あたりでは、3kmから4kmに達する深さがあります。東京湾から東京都中心部、埼玉県東部を通って熊谷から群馬県に抜ける地域は非常に深く、堆積層が厚く積もっていることが分かります。

 しかし、それだけではシミュレーションがうまくいかないことは、よく知られています。重力異常のデータを加えて同時にインバージョンした結果が、図2中央です。さらに、大大特などで新たに得られた屈折法の走時のデータを加えたものが図2右です。これが、関東平野の速度構造の0.5次モデルの最終版です。

図2 関東平野の速度構造0.5次モデル

レイリー波振幅比インバージョン法(HZ法)とは

 構造モデルにチューニングを施して1次モデルにもっていくとき、地震記録のスペクトルを利用したチューニング法として、谷本先生の「レイリー波振幅比インバージョン法」を利用します。谷本先生ご自身は、この方法を「HZ法」と呼んでいます。地震波には、地表を伝わる表面波と岩盤中を伝わる実体波があります。レイリー波は表面波の一つで、P波とS波は実体波です。

 成層構造のレイリー波の水平動と上下動の比(H/Z比)は震源によらない、ということが理論的な前提になっています。レイリー波の水平動と上下動の比は成層構造のみに依存するという性質を利用して、その比をとったデータに対して成層構造をインバージョンするという方法です。そういう方法は、実は昔からいろいろあります。インバージョンそのものに加えて、レイリー波の抽出から丁寧にやるというのが、レイリー波振幅比インバージョン法の特徴です。

 具体的な手順としては、まず地震観測点による長時間の連続観測記録を入手し、次に水平・鉛直成分の位相ずれを利用して観測データからレイリー波の卓越した成分を抽出します。Z成分のスペクトル(図3左)を見て、十分パワーがある周波数帯だけまず取り出します。それから、水平と鉛直成分の位相のずれをプロットして(図3右)、レイリー波に相当する90度あるいは−90度ずれている部分をさらに取り出します。その上で各周波数において水平と上下の振幅比を計算し、振幅比のインバージョンによってS波速度構造を求めます。

図3 レイリー波振幅比インバージョン法(HZ法) (Tanimoto and Alvizuri, 2006)

 レイリー波は表面波であるため、この解析は比較的浅い部分に感度があります(図4左)。図4の中と右は、南カリフォルニアのグラニス観測点のデータに対して行った例です。速度構造を変えていくことによって、観測と計算が一致してくるという経過を示しています。

図4 HZ法の適用例 (Tanimoto and Alvizuri, 2006)

つくばと岩槻への適用

 広帯域地震観測網F-netのつくば観測点(TSK)のデータに対して、レイリー波振幅比インバージョン法を適用してみました。波形記録のスペクトルを見ると、0.1〜0.4Hzにパワーがあります(図5-1)。水平と鉛直成分の位相のずれの分布では、±90度±20度くらいの部分を取り出します(図5-2)。図5-3は振幅の周波数のスペクトルで、図5-4は月別のプロットです。季節変動がありますが、ピークはあまり移動しません。カリフォルニアの例では季節変動が強く、そういう場合はどの部分を利用するかというのはあらかじめ決めておく必要があります。

 初期モデルは単純な均質構造でしたが、インバージョンの結果、図5-5の赤線で示した構造が求まりました。つくばは、関東平野の端にあってすぐ近くに筑波山があります。堆積層は極めて薄く、かなり硬いところなので、あまり特別なことは起こりません。

図5 レイリー波振幅比インバージョン法によるS波速度構造の推定(つくばの例)

 次に、関東平野の中央に位置する岩槻(IWT)の観測データに適用してみました、F-netの岩槻は観測を中止しているので、1997年のデータを引っ張り出してきました。図6-1が岩槻の波形記録のスペクトルで、つくば(図5-1)と比べると、違う周期が卓越しています。レイリー波は図6-2の赤点線の部分を取り出します。季節変動は結構あります(図6-4)。冬場に強いので、季節風の影響や、それに伴う波浪などが主な振動源になっているのかもしれません。つくばでは、そういう特徴は現れていませんでした。

 まず1層の堆積層を入れた構造初期モデルを使ってインバージョンした結果が図6-5です。谷本先生の収束条件では収束せず、もう一度インバージョンした結果が図6-6です。最初のインバージョンの結果をそのまま利用するのではなく、それに基づいて均質層からなる成層構造をあらためてつくり、それを初期モデルにしてインバージョンした結果です。

 その結果を、0.5次モデルの成層構造と比べたのが図6-7です。赤が振幅比のインバージョンの結果、青が0.5次モデルです。やや速めに出ていますが、非常によく再現しているのではないかと思っています。

 図6 レイリー波振幅比インバージョン法によるS波速度構造の推定(岩槻の例)

まとめ

 以上のように、レイリー波振幅比インバージョン法によるS波速度構造のモデリングを、つくばと関東平野の中央に位置する岩槻について試してみました。「首都直下地震防災・減災特別プロジェクト」に伴って今後、400点の観測点が設置されます。トモグラフィはイベントが起こらないとデータとして利用できませんが、常時微動を利用する今回紹介したレイリー波振幅比インバージョン法であれば、データを取り始めた段階から利用できます。関東平野全域に展開した多数の観測点での構造推定を行うことにより、関東平野の3次元速度構造のより詳細な推定が可能になるでしょう。「首都直下地震防災・減災特別プロジェクト」で構築される観測点ネットワークの一つの有効な利用方法になるのではないかと考えています。

お知らせ

■人事異動

平成19年7月1日付け

【採用】

 助教(地球計測部門)         堀 輝人

【配置換(転入)】

 主査(契約チーム)            新藤正夫

 一般職員(契約チーム)    田邉咲子

【配置換(転出)】

 契約係主任                    藤本祐司

 一般職員(契約係)     島本里美



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