2.3.3 地球惑星科学の他分野の研究への拡がり

(1) 地球化学情報によるコア・マントル相互作用への制約

消滅核種$\rm {{}^{182}Hf}$から$\rm {{}^{182}W}$への壊変により,地球のコアとマントルの間に微小なタングステン同位体比の差があることに着目し,コア−マントル相互作用を検証する研究に取り組んだ.プルーム由来の海洋島玄武岩などの分析を行ったが,分析した火山岩のタングステン同位体比は一般的なマントルのそれと同じで,コア物質の寄与は0.6%以下であることが分かった.また,地球初期の岩石中のWに同位体比異常がないことを用いて,初期地球のマントルの分化年代や地球の化学組成について議論を行った.

(2) 富士火山のマグマ供給系の推定

火山の深部におけるマグマ活動の把握は我々の研究の一つの重要なテーマであり,火山センターの教員と共同で活動的火山のマグマ溜まりの温度・圧力環境の把握に取り組んでいる.一例として,昨年行われた富士山の1707年宝永噴火の白色パミスの研究を紹介する.パミスの鉱物と液組成の解析から,もとになったマグマは地下4-6kmに存在した蓋然性が高い(図17).富士火山の浅部マグマ溜まりの深度に関して明確な制約を与えることができたのは,この研究が初めてである.斑晶中のガラス包有物の含水量を分析すると,4.5wt%程度の値が得られ,噴火前のマグマが水に飽和していたことがわかった(図18).これは1707年宝永噴火のマグマ過程を理解する上で極めて重要な観察事実である.関連する研究を現在も継続中である.

(3) 地震波速度異方性の起源とマントルダイナミクス

上述したレオロジーや微細構造の研究により,地球ダイナミックスの素過程を原子や鉱物粒子レベルで理解することが可能になってきた.沈み込むスラブが下部マントルに突入する際の粒径変化を,我々が見出した変形下の粒成長則に基づいて推定したところ,下部マントル上部におけるスラブの3000キロの側方移動によって,粒径1ミリまでの粒成長が生じ,それに伴って,スラブの4桁に及ぶ粘性率の増加が起こることを示した(図19).同様の粒成長則をマントルせん断帯にも適用し,せん断帯の強度の時間変化について論じた.拡散クリープ下でのぺリドタイト実験において見出されたCPO出現条件を大洋下マントルに適用したところ,深さ130−210kmに相当した.その分布は,地震波速度異方性が観測されているマントルアセノスフェア内の深度に一致した(図20).長らく,異方性の存在=アセノスフェアの転位クリープによるCPO形成が信じられてきが,アセノスフェア内のとりうる差応力や粒径および鉱物物理の知見に基づくと,拡散クリープ下で流動する可能性が高い.これらを基に,マントルの大部分がべき乗流体ではなく,ニュートン流体として振舞っていることを提案した.

(4) 惑星科学への応用・惑星科学との連携

惑星科学の研究は地球を外側から照らす光となり得る.地球上に立つ我々には地球の全体像を把握することはなかなに難しい.惑星科学的視点は,たとえその基となるデータの解像度が低かろうが,地球の全体像を映し出す「Distant Mirror」として重要な意義を持っている.

(4-1) 火星の火山活動

火星は地球とよく似た天体であるが,地球の半分の大きさしかないために地球よりも熱的進化の進んだ天体と考えられてきた.最近10億年の巨大火山の活動の衰退はこの証拠であると考えられてきた.我々はフランスの研究グループと共同で巨大火山体とは異なった様式の火成活動:溶岩原の形成が最近起きていることを見出した.このような火成活動は地球上においても沈み込み帯から遠く離れた大陸内部で生じているもの(ピレネー山中,ハンガリー,コロラド高原など)と類似のものと考えられ,その成因に興味が持たれている.溶岩原特定の過程でマグマ・水相互作用に起因する特異な2次爆発砕屑丘(Double Lobe Rootless Cone)を見出した(図21).アイスランド・ミヴァトン湖周辺の溶岩流においても同様な構造体を見出し(図22),アイスランド大学との共同研究によりその形成過程をあきらかにした.

(4-2)火星探査用地震計の開発

観測開発基盤センター,JAXA固体惑星探査グループ,フランス・IPGP惑星科学研究グループと共同で火星探査用地震計の開発や火星探査のための地震学的研究を行っている.表層の強風のための効率的風よけシェルターの設計・デザインを行ってきた.JAXA風洞実験施設を用いた実験と数値シミュレーションを組み合わせ,風による応力・トルクを軽減する理想的形状(図23)を提案してきた.

(4-3) 氷衛星

外惑星に付随する氷衛星は核・マントルという密度成層構造が地球と類似し,氷の融解関係やレオロジーは地球のマントル構成物質と大変よく似ている.そのために地球の過去の様々なステージのアナログ・Distant mirrorとして注目を集めている.特に内部海は地球の形成初期のマグマオーシャンの類似系として注目し,その形成条件,年齢,存続可能性を数値シミュレーションに基づき明らかにしてきた.また現在も内部海の存在が想定されているEuropa(木星の衛星)やEnceladus(土星の衛星)において内部海の深さを明らかにする全く新しい手法:超高エネルギーニュートリノと氷衛星との相互作用による電磁放射検出(図24)を高エネルギー素粒子地球物理学研究センターと共同で提案している.

(4-4) 希ガスを用いた隕石の研究

火山岩や隕石中に含まれる希ガス同位体組成を調べ,火成活動の時空分布,惑星内部からの脱ガスや大気形成過程,惑星の形成・進化史の解明を目的とした研究を行っている.希ガスは不活性なため物理的プロセスを探求するのに有用なトレーサーであり,また$\rm {{}^{4}He}$, $\rm {{}^{40}Ar}$, $\rm {{}^{129}Xe}$$\rm {{}^{136}Xe}$など年代測定に応用できる放射起源同位体を有する.小惑星や月起源隕石の希ガス分析データにもとづいて,惑星形成時の熱源や熱史の解明,月惑星表層のレゴリス形成史の解明,地球型惑星の大気進化モデリング,消滅核種$\rm {{}^{244}Pu}$(核分裂起源Xeからの推定)にもとづく元素合成シナリオの制約(図25),などの研究を進めた.また,はやぶさ回収試料の希ガス分析の共同研究(東大理学部他との共同研究)に参加し,イトカワ表層のレゴリス進化を解明する研究も行った.