2.5.1 陸域機動地震観測

(1) 内陸地震発生域における不均質構造と応力の蓄積・集中過程の解明

内陸地震の発生は,日本列島域周囲の海洋プレートの沈み込みなど,プレート運動に伴って生ずる歪が島弧地殻内部に蓄積し,それに伴い特定の断層への応力集中がおこり破壊に至るという一連のプロセスから成ると考えられる.

地震予知研究センターは,跡津川断層域,濃尾地震の断層域,2004年中越地震,紀伊半島などで,その物理メカニズムを理解するために,島弧地殻内の不均質構造を解明するとともに,プレート境界から加わる歪・応力がその不均質構造や内部変形によって局在化していく過程を明らかにする研究を進めている.

(1-1) 濃尾地震の断層域における総合観測研究

この地域での地震波トモグラフィー解析とレシーバー関数解析から,濃尾地震の破壊開始点と考えられる断層北東部(温見断層) の地震発生層深部に低速度体が見つかった.また,温見断層セグメントの地震発生層は,高速度を示すとともに,地震活動度は極めて低調である.$\rm {V_{p}/V_{s}}$比は,地震発生層の全体にわたって低い値を示す.また,2012年には,全長約280 km の測線において地殻構造探査をおこなった.その結果,沈み込むフィリピン海プレートは,琵琶湖から根尾谷断層下で島弧地殻と約28㎞の深さで接する凸状の形状をした反射層として確認できる(図1).この反射群に富む部分の島弧下部地殻のP波速度は低速度(6.3km/sec)で,沈み込むフィリピン海プレートと直接接触している.また,本地域では,深さ20km以深に低比抵抗領域が存在し,低速度で反射層に富む領域と対応している(図2).これらの構造が濃尾地震の断層の形成と関係があるものと思われる.

(1-2) 紀伊半島南部のS 波偏向異方性構造とプレート境界面上の固着率の空間分布

紀伊半島南部において微小地震を用いたS 波偏向異方性の解析を行った.解析領域の北部では,最大水平圧縮応力軸とほぼ平行な速いS 波の振動方向をもつ異方性が観測された.これは,地殻の広域応力場に調和的なS 波偏向異方性が生じていることを意味する.一方,南西部と南東部では異方性の方向が異なり,南西部では速いS 波の振動方向が東西方向を向くのに対し,南東部ではフィリピン海プレートの沈み込み方向を示した(図3).この結果は,GPS データから推定されたプレート境界面上の固着率の空間分布と正の相関を示す.即ち,固着率が高い南東部ではプレート沈み込み方向の異方性を示し,逆に,固着率が低い南西部では広域応力場に支配された東西方向の異方性を示す.

(1-3) 非火山性地震の発生メカニズムの解明-震源域深部の地殻内流体との相互作用

非火山性地震活動が活発な和歌山地域を南北に横断する長さ約90 km の南北測線上に高密度な地震計アレイ,和歌山北部の有田川群発地震域を南北に切る約30kmの測線上で比抵抗探査を展開し,地殻浅部からスラブにいたる地殻流体のイメージングを試みた.非火山性地震発生域の深部延長部には,顕著な低速度体・低比抵抗帯が存在し,下部地殻全体が低速度を示す (図4)(比抵抗モデルは2.5.4を参照(図20)).震源域直下の低速度体・低比抵抗帯の分布と非火山性地震の分布とには,明瞭な空間的な対応関係が見られ,流体が非火山性地震の発生に密接に関与していると考えられる.さらに,マントル・ウェッジの蛇紋岩化,沈み込む海洋性地殻内の玄武岩の脱水変成作用によるエクロジャイト化,前弧域での上盤への流体貫入を示唆する構造異常を捉えた.

(1-4) 新潟県中越地震震源域の不均質構造と応力状態の解明

高密度に展開された余震観測網のデータを解析することで,2004年新潟県中越地震の本震断層面上の地震波速度構造・応力降下量を推定した.本震震源の北東浅部に高速度体がイメージングされ,そこでの余震活動度は低調で,本震時の大滑り域と高応力降下量域に対応する(図5).一方,本震震源の南西側では,負の応力降下量の領域が検出された.この領域は,上盤側の堆積層の厚みが急激に増加する場所に対応しており,堆積層が動的破壊に対して軟らかいバリアとして機能したと考えられる.

(1-5) 跡津川断層域における総合観測研究

2007年の構造探査の解析が進められ,地殻構造が明らかになってきた(図6).跡津川断層直下では基盤層の深さが浅く,深さ15km 程度から厚さ5km - 10km の顕著なReflective Zone がみられた.Reflective Zone の位置は,自然地震トモグラフィ解析によって得られたS 波の低速度域と調和的であった.この地域の比抵抗構造解析から,下部地殻から牛首断層,跡津川断層,高山-大原断層帯へと伸びる3 つの低比抵抗域が得られた(図7).構造探査の反射法解析によって得られた顕著なReflective Zone は,これらの低比抵抗域と重なるように存在している.得られたReflective Zone が,低速度構造や低比抵抗構造であることから,下部地殻における流体の存在と大きく関係しているものと考えられる.

(1-6) 深部低周波微動域のS 波偏向異方性構造

紀伊半島において深部低周波微動域周辺のS波偏向異方性を推定した.速いS波の振動方向は地殻内地震とスラブ内地震ともに海溝軸に平行な方向を示す.速いS波と遅いS波の到達時間差は,地殻内地震よりもスラブ内地震で大きくなる傾向があり,さらにスラブ内地震の中で低周波微動域の北側から到来する波線で大きくなる傾向が見られた.即ち,異方性が上部地殻だけでなく,マントルウェッジや,下部地殻もしくはスラブ内に存在することを示唆している(図8).マントルウェッジの異方性の要因の一つとして,マントルウェッジ内の蛇紋岩層が候補として挙げられ.低周波地震の駆動源としての一役を担っていると考えられる.

(2) プレート境界域における不均質構造と地震活動の解明

プレート境界では,境界面の摩擦特性に応じて巨大地震からスロー地震や安定すべりまで多様なすべり現象が発生する.これらの現象の多様性を把握しその原因を解明することは,巨大地震をはじめとするプレート沈み込みに伴う諸現象の発生予測に資するものである.我々は,これらのプレート現象の活動様式の把握,及びプレート境界域の不均質構造や物性を明らかにするための研究を進めている.

(2-1) 紀伊半島南部におけるプレート境界付近の不均質構造

プレート境界遷移領域の詳細な地震学的構造を明らかにする為に,紀伊半島南部で取得した制御震源データと自然地震データの統合解析を実施した.反射法断面図からは,フィリピン海プレート上部に対応する反射層の厚さが,沈み込みに平行な方向で変化する特徴が確認できる(図9).1944年東南海地震震源域の深部延長上では厚い反射層の特徴を示し,高間隙水圧領域と解釈した.この領域では,有効法線応力が減少することで,プレート境界面上は条件付き安定滑り域となっている.また,反射層が厚い領域は,微動発生域に対応し,低Vp,高Vp/Vs域となっていることから,微動発生過程には脱水作用によって生成された流体の関与が示唆される.一方,1946年南海地震震源域の深部域は反射層が薄い領域に対応している.この領域では流体の量が少ない為,プレート間の固着が強くなっていると考えられる.このような沈み込みに平行な方向での変化がプレート境界面上における摩擦特性の違いをもたらし,巨大地震破壊域の広がりを規定する要因となっていると考えられる.

(2-2) 東海地域の深部固着域から長期的SSE・深部低周波微動域における地下構造

東海地域において約80点から成る稠密地震計アレイを展開し,固着域から深部遷移領域における地下構造の深さ変化を明らかにした(図10).長期的SSE によるモーメント解放量の最も大きな領域では,沈み込むフィリピン海プレートの海洋性地殻内に顕著な低速度・高ポアッソン比の異常域が現れ,高圧流体の存在が示唆される.長期的SSE 域に対してより深部に位置する深部低周波微動域では,海洋性地殻内に低速度・高ポアッソン比の異常域が依然として存在するものの,異常の程度は長期的SSE 域にくらべて低下する.これは,海洋性地殻内の高圧流体の一部が,微動域直上のマントル・ウェッジ内へ漏れ,マントル・ウェッジの蛇紋岩化を引き起こしているためだと推察される.

(2-3)四国西部域における深部低周波微動活動と地下構造

西南日本の中でも深部低周波微動活動が活発な四国西部では,プレート傾斜方向に微動活動が変化しており,プレート境界面における摩擦特性等が変化している可能性がある.プレート境界付近の地下構造と微動活動との関係を明らかにするため,約80台の地震計を2年間線状に展開し,近地・遠地の地震波形を取得して解析を行なった.その結果,微動発生域の海洋性地殻は低速度で高Vp/Vsであり,微動活動度が低調な部分でプレートの傾斜が平坦なことが分った(図11).これは,プレート形状がスロー地震活動様式に影響を及ぼすことを示すものである.

(2-4)スロー地震研究

西南日本に沈み込むフィリピン海プレート境界面で発生する深部低周波微動は,幅の狭い微動域でも微動エピソードの発生間隔や異なるモードの移動現象も深さ方向で系統的に変化しており,プレート境界における摩擦強度の変化を示していると考えられる.豊後水道では,6〜7年間隔で発生する長期的スロースリップ・イベント(SSE)に同期して,その深部側の微動だけでなく,南海トラフ近傍の浅部超低周波地震も活発化することが明らかになった.フィリピン海プレート境界面は,異なるすべり特性を示す現象で棲み分けられており(図12),スロー地震間の相互作用の存在は,大地震との関連性を考える上で重要な知見である.

(2-5) 相似地震研究

ほぼ同じ場所で同一のすべりが再現される相似地震は,断層面のすべりの状態を示す指標として注目されている.また,地震の再来特性を考える上で重要な地震である.そこで,日本列島全域に展開されているテレメータ地震観測点で観測された地震波形記録を基に小規模相似地震の検出を行った.その結果,多数の相似地震が日本列島下に沈み込むプレートの上部境界で検出された(図13).相似地震群から推定されたすべり速度分布は,各地域のプレート間固着状態を反映した特徴を示しており,大地震の発生域では,地震前の固着や地震後の余効すべりによるすべり速度の時空間変化が明瞭に捉えられた.