10.2.2 SP2009の自己評価

(1)地震現象の包括的理解と地震発生予測の高度化

(1-1) プレート境界地震の定量的モデル化

海陸両域において,定常的広域地震・地殻変動観測,機動的稠密地震観測,海底地震・地殻変動観測,さらには構造探査実験を実施し,これらの連携に基づいて,東北日本太平洋沖,紀伊半島沖から陸域の地域等で,プレート境界形状やプレート境界近傍の3 次元的構造,プレート内地震活動が詳細に解明されてきた.一方,観測データを定量的に説明する地震サイクルの物理モデル構築については,想定したほどには進んでいないように見える.2011 年東北地方太平洋沖地震の発生により,従来のアスペリティモデルについては,プレート境界の摩擦特性に階層性をとりいれる等,スケール間相互作用を扱えるモデルに改良する必要性が指摘されている.

(1-2) 地震発生予測モデルの構築

東北地方太平洋沖地震等を対象とした数値シミュレーションや地震・測地データ解析等により,予測モデルに不可欠なプレート境界面の摩擦特性の定量的理解は進んだ.地殻変動データをシミュレーションモデルに同化する手法については,開発を進め,プレート境界の摩擦特性の推定に適用したが,すべりの時空間発展の予測を試みるには至っていない.地震活動の評価に基づく予測の研究は進展し,予測モデルの統計的評価も行われた.一方,統計的評価とシミュレーションの統合は十分できておらず,地震活動の変化のもつ物理的意味については十分な解釈が得られていない.海底地殻変動観測技術は実用化され,東北地方太平洋沖地震の現象解明に多大な貢献をするなど,海域でのモニタリング手法は着実に進展した.

(1-3) 内陸の歪蓄積・集中過程の解明

全国の大学・関係機関との合同観測等に基づいて,内陸地震の震源断層域とその周辺域における地震・電磁気・地質学的な不均質構造の解明を進め,流体の影響等を明らかにしてきたが,熱学的な調査観測については十分には実施されていない.また,これらの巨視的な観測量から流体の分布などの微視的構造の推定については実施されているが,岩石の種類や間隙密度などの推定についてはあまり進んではいない.そのため,室内実験結果や温度構造等の知見に基づいて地殻のレオロジーモデルを構築し,シミュレーションと比較できる段階には達していない.

(1-4) 地震現象の包括的理解

地震破壊の空間スケール依存性やスケール間相互作用に関する研究の方向性を示す成果が鉱山での微小破壊観測とサイクルシミュレーションから得られている.岩石のレオロジーに関しては,マントル上部の低速流動から,地震時の高速滑りまで,独創的な実験と物理モデルを組み合せた優れた成果が得られている.間隙圧と破壊の相互作用を包括的に扱い,スローイベント,微動などを統一的に説明する理論がつくられた.一方,地震サイクルの物理モデルで仮定される構成則やそのスケーリングを,実験・理論から裏づける点については,未だ課題を残している.

(2) 火山活動の統合的解明と噴火予測

(2-1) 物質科学と地球物理学の融合による噴火準備過程の解明

マグマ供給系の地下構造については,後述する「広域の地殻構造解析」や「中長期的火山周辺の地震活動・地殻変動解析」から,火山体深部のマグマ供給系の解明を進めてきた(例えば,浅間山,伊豆大島,富士山).一方,地質学・岩石学的データに基づく火山の長期的発達史についても,例えば,富士山などのいくつかの個別の火山について,重要な知見が得られた.また,霧島火山の噴火では噴出物の地質・岩石学的データから,マグマの火口への接近,火口や地下のマグマ蓄積の様態や位置・体積変化について解析し,地殻変動観測結果等と突き合わせ,噴火準備および噴火過程の総合理解を試みた.しかしながら,これらの異なる学術分野を融合して,噴火準備過程となるマグマ蓄積過程について十分な統一的描像を得る研究は未だ限られている.また,火山体深部の物理プロセス(マグマの発生・集積・結晶化)に関する理論モデルについても,物質科学と地球物理学の融合を行う段階には達していない.

(2.2) 火道内部構造の解明に基づく噴火過程の理解

火口近傍の多項目観測データの解析と広域の地殻構造解析を統合して,火口からマグマ溜まりに至るマグマ供給系の解明を進めてきた(例えば,浅間山,伊豆大島,富士山).伊豆大島・東伊豆火山群では,マグマ溜まりから岩脈貫入・噴火に至る物理過程に制約条件を与える観測結果が得られた.また,爆発的噴火現象に伴う地震動の解析から噴火時の火道内部現象の理解も進んだ.浅間山においては火道浅部の位置を,宇宙線観測という新しい観測手法と各種解析結果を統合することにより明らかにした.また,霧島火山の噴火に際しては,噴出物物性の時間変化を解読し,火道で起きたマグマ混合や火口の拡大・形状変化等の噴火過程の理解を行った.一方,地震および地殻変動データの解析から,爆発的噴火に先行する火道内部状態の定性的な推定も行われたが,物性や力学的状態の定量的な推定には至っていない.

(2-3) 火山噴火様式の多様性を説明する火山噴火モデルの開発

国内外の主要火山噴出物について地質学的・岩石学的データを蓄積し,噴火様式とマグマの岩石学的性質の関連や,マグマ溜りの物理化学パラメータ(温度・圧力)を決定した.特に,火山噴火が発生した際に(例えば,霧島2011年噴火など),噴火の推移とともにマグマの物理化学的性質がどのように変化したかを,準リアルタイムで特定したことは,噴火モデルパラメータに制約条件を与え,他の地球物理学的観測結果と比較して当該火山噴火の総合的描像を得る上でも重要な役割を果した.また,過去の噴火履歴を解読し,将来の噴火に備えた噴火事象系統樹(イベントリー)を作成し,新燃岳,有珠山などで作成し,その噴火現象の分岐についても理解を勧めた.

一方,火山噴火モデルとしては,火道中のマグマの上昇メカニズム,および,爆発的噴火における火山噴煙のダイナミクスに関する開発研究が行われた.また,火山噴出物の堆積過程について,地質学的調査とシミュレーション等による物理的理解を行った.これらのモデルは,噴火様式の多様性を説明するとともに,地質学的データ,岩石学的地球化学的データ一と地球物理学的観測結果を結び付ける道筋を与え,国際的に進行している一連の火山噴火モデル開発研究の中で一定の役割を果たしている.

(3) 多元的・統合的アプローチによる地球内部活動の解明

(3-1) 多元的海陸機動観測によるマントルダイナミクスの解明

FP09にある研究は,「NECESSArray計画」(科研基盤S),「ふつうの海洋マントル計画」(科研特別推進)のふたつの大型観測プロジェクトとして進めてられており,スタグナントスラブの“穴(gap)”とプレート内火成活動の関連の発見,海水面からアセノスフェアまでの構造探査を可能にする「広帯域海底地震学・電磁気学」の構築・実施など,達成度・国際的認知度ともに高い.また固液複合物性・レオロジー研究グループは,マントルの粘性・非弾性・変形メカニズムにおいて理論的・実験的素過程研究を進めており,世界をリードする数々の成果を挙げている.これらの研究が現在特別推進研究に於いて,海洋リソスフェア/アセノスフェアの実体解明に集約され,“ナノ(粒界)からグローバル(全地球)まで,真にマルチスケール”な研究を展開しつつある.

(3-2) 沈み込み帯における水・物質循環のマルチスケールダイナミクスの解明

沈み込み帯における水・物質循環に関連した研究では,日本海溝,南海トラフで沈み込む直前の太平洋プレート,フィリピン海プレートにおいての熱流量測定から,海洋地殻内の間隙流体による熱の移動の経路とメカニズムについて新しいモデルを提唱し,沈み込み帯における水循環の入り口の議論において新たな制約を与える可能性を示すとともに,海溝型巨大地震の発生する場に関する新たな知見を得た.また沈み込み帯周辺において観測される地震波速度異常,異方性,地質学的情報を説明するジオダイナミクスモデルを構築し,マントルウエッジで小規模対流が起る際の地震波速度異常を予測し観測への示唆を行った.さらにトモグラフィーの結果を用いて過去のマントルの状態を探り,日本海の形成に関して一つのシナリオを呈示した.

(3-3) 地球深部からの大規模物質移動の解明

地球深部における大規模物質循環について,消滅核種$\rm {{}^{182}Hf}$から$\rm {{}^{182}W}$への壊変によりコアとマントルが微小な同位体比の差を持つことを利用してプルーム火山の岩石にコア起源物質の痕跡を調べた結果,コア由来物質は存在するとしてもマグマの0.6%以下との制約をつけた.アフリカ下のスーパープルームに比べ研究の進んでいない太平洋スーパープルームのマントル最下部における構造を地震学的に推定し,大規模低速度領域(LLSVP)が化学的な不均質であることを示す結果や山脈状に盛り上がった大規模な構造を発見した.また素粒子を使った地球深部ラジオグラフィー・トモグラフィーの可能性を検討した.

(4) 革新的観測技術開発

地震・地殻変動観測のレーザー技術を用いた高精度化については,神岡鉱山の地下空間に設置された長基線レーザー伸縮計を用いた観測を2003年に開始し,これまでに,世界最高感度を実証する地殻歪み,地球自由振動の観測,地震による歪みステップの検知に成功した.地震・測地帯域にまたがる観測の高精度化に向けて,神岡に建設中の重力波検出器(KAGRA)に併設される長基線伸縮計などの準備が進んでいる.応力測定手法の開発に関しては,測器開発に向けた実験レベルに未だ留まっている.

ケーブル式海底地震観測システムについては,TCP/IPによる伝送方式を用いた新規海底ケーブル式海底地震観測システムを開発し,新潟県粟島に設置した.海底観測については,広帯域地震観測についてセンサー埋設式の観測システムを開発し,上下変動観測のために水晶発振式水圧計を用いたの長期(1年以上)観測システムの高度化を行った.また,海底傾斜観測,水深6,000m以深の超深海型海底地震計,海底孔内設置型センサーについて,開発に着手している.東北地方太平洋沖地震の海域観測では,海溝付近の大水深域などの観測の空白域があり,これを埋める技術開発の必要性が改めて認識された.大深度ボアホールによる観測については,極限温度(- 50 ℃~ 290 ℃)環境下で動作するレーザー干渉計測を用いた広帯域地震計の開発に成功した.小型絶対重力計は従来の2/3のサイズの装置を開発し,霧島火山観測所で所期の観測性能を実証した.本技術については,地下深部流体の面的監視を目指して,民間と製品化を進める段階にある.断層近傍における破壊過程の観測については,新技術(超伝導ピン止め効果)を用いた回転地震計の試作と観測を行ない,回転地震振幅の上限値を検証した.

ミューオン等宇宙線による素粒子地球物理学観測技術については,2010年度に「高エネルギー素粒子地球物理学研究センター」が設置され,文部科学省特別経費「ミューオン透視技術高度化プロジェクト」により,着実に技術開発をすすめてきた.その結果,極低雑音ミューオン検出器の開発,噴火に伴う火道内マグマ頭位の移動の撮影に成功した.また,矮小環境下で測定可能な孔井内ミュオグラフィ検出器を開発し,動作確認,密度測定による性能評価,浅部地下構造の推定を行った.さらに,原子核乾板の低雑音化および原子核乾板自動読み取り機の開発を行い,信号/雑音比を100倍向上させるとともに,ハードウェア,ソフトウェアの改造で現在と比して5倍の解析速度を達成できることが分かった.ミュオグラフィに加え,IceCube を用いた高エネルギーニュートリノによる地球内部の密度決定の原理検証実験が行われ,地球深部の原子核密度と高エネルギーニュートリノの吸収量との相関を確認した.計算機シミュレーションを用いたニュートリノ振動現象を利用した地球深部の電子核子比(元素を反映)の原理確認が行われ,ニュートリノ振動が地球深部の元素組成を反映することを理論的に確かめた.この他,比較的小規模の対象の密度構造を測定する宇宙線電磁成分測定法を開発した.

(5) 災害予測科学の総合科学としての新展開

(5-1) マルチスケール災害予測

実大構造物の震動台破壊実験のシミュレーション研究や京コンピュータを使ったシミュレーション研究の成果に基づき,日本列島規模から建物規模までのマルチスケールの災害現象の予測へ向けて大幅に研究が進展した.特に大規模並列計算機が利用できるレベルに数値解析手法が発展し,地震災害のシミュレーションの計算規模と時間・空間分解能では,世界をリードするに至っている.

(5-2) 震源から構造物に至る強震動の包括的理解

強震記録を含む多元的データ解析により,被害地震の震源破壊過程の理解をすすめ,海溝型地震のスケーリング則を見出した.また,長周期地震動想定のための三次元速度構造やプレート境界地震の震源をモデル化するための標準的な手続きを定め,想定東海地震・東南海地震・宮城県沖地震・南海地震(昭和型)を対象に長周期地震動の数値シミュレーションを行った.その成果は,地震調査研究推進本部からハザード地図および全国1次地下構造モデルとして公開され,国内外で幅広く活用されている.さらに,震動実験や東日本大震災における学校建築の被害調査や余震観測により,構造物の性能・応答の理解を進め,特に構造物基礎における入力逸散のメカニズムを明らかにした.

(5-3) 災害情報学

東北地方太平洋沖地震は,国の地震本部の長期評価において想定されていたM7.5~8級の大地震をはるかに上回るM9級の超巨大地震であった.このような巨大地震の発生を受けて,科学的研究成果を防災関係者や社会一般に伝えていくことの重要性が再認識された.防災情報を事前防災に活かすためには,予測結果を社会に一方的に伝達するだけでなく,受け手の受容力を十分調査し理解したうえで,防災情報の提供方法を研究することが求められる.社会科学との連携によって,東日本大震災の前後で住民の津波リスクの認識がどのように変化したかという研究や,学校現場における教育が進められてきた.SP2009の具体的な例に挙げられているミクロ経済学と連携した研究や教育については,大きく進展していないが,地震研究所では,大学院情報学環総合防災情報研究センターとの連携により,最新の科学的成果を防災・減災に活用するために,災害情報の生成と伝達に関する教育研究を進めている.