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8-4.地震火山災害部門

耐震工学

 耐震工学の目的は,地震災害,特に構造物の被害を防止または軽減することである.構造物や地盤の耐震設計,補修,補強技術等に応用するために,1)設計用地震動,2)地震時挙動,3)耐震性能評価,4)被災度判定,5)被害想定,等に関する理論的研究あるいは実用的研究を行っている.具体的な研究手法として,1)地震被害調査,2)強震記録の収集,3)実構造物の計測,4)動的破壊実験(図1),5) 静的破壊実験(図2),6)数理解析,7)物理・統計理論,等がある.

図1.6層1/3スケール鉄筋コンクリ−ト壁フレ−ムピロティ構造の震動実験(2000.7).(a) 加震前の試験体,(b) 最大入力Takatori 135 kine 相当に対する全体と1層の層間変形の応答.

図2.大地震による既存建物の柱の軸圧縮崩壊を防止するための簡易で経済的な補強方の性能確認実験(2000.8).(a) シート補強試験体の最終破壊状況.(b) 無補強試験体の復元力特性(せん断破壊とともに軸圧縮破壊). (c) シート補強試験体の復元力特性(極めて大変形まで軸力を保持).

地震動の破壊力

 地震災害を減らすには,地震動および構造物に関する研究に加えて,その両者をむすびつけて,地震動の破壊力,即ち,どのような地震動が構造物に大きな被害をもたらすか,について検討しなければならない.地震動の破壊力,即ち,地震被害は,地震動と構造物の強さの相対関係によって決まるので,その両者を把握する必要がある.その成果の一部は,例えば,計測震度のような,地震動の破壊力を表現する指標として還元される.そのような指標は,1995年兵庫県南部地震の場合でもわかるように,どの位の被害が生じているかを迅速かつ正確に把握し,震災直後の素早い対応をするために不可欠なものである.しかしながら,そのような検討には,同じ構造物条件下で多くの強震記録が得られることが必要で,今までは充分な検討が難しかった.

 1999年台湾集集地震では,同じ構造物条件下で多くの強震記録が得られ,実際の被害の大きさも様々で,地震動の破壊力指標について実際の被害から検討することが初めて可能となった.実際の被害(周辺被災度)と既往の地震動の破壊力指標および,提案する1秒程度の弾性応答値の関係についてそれぞれ図3,4に示す.既往の地震動の破壊力の指標は,いずれも実際の被害との相関があまりよくない.これに対して,提案する1秒程度の弾性応答値は,実際の被害と相関がよく,地震動の破壊力指標として適していることが確認される.

図3.地震動の破壊力指標と周辺被災度の関係
 

図4.弾性応答(周期1秒(左)0.8秒(右),減衰5%)と周辺被災度の関係.


応用地震学

 地震災害を軽減することが地震学の社会的使命とすれば,地震発生時の地震動を正確に予測することは地震学の最重要課題のひとつである.本研究室はこの課題に関係するあらゆる問題に取り組んでおり,最近の研究テーマは次の通りである.

1)地震動の源となる震源断層のモデル化と破壊過程の解明(兵庫県南部地震の震源過程の解析など.図5).

2)地震動に大きな影響を与えるリソスフェアや堆積層の構造解析(沈み込み帯における3次元レイトレーシングや人工地震データのトモグラフィー解析など)

3)1)の断層モデルや2)の3次元不均質構造における地震動のシミュレーション(阪神淡路大震災「震災の帯」のシミュレーションなど.図6).

図5.1995年兵庫県南部地震の断層モデル(下)とそのすべり量分布(上)(吉田・纐纈・他,1996による).

図6.1995年兵庫県南部地震による地震動の数値シミュレーション.上は最大速度の分布,下はその時間推移(古村・纐纈,1998による).


強震動地震学

 強震動の観測を通じて,震源近傍での強震動の特性把握,表層地質構造の複雑さによる強震動の地域的変動の解明に主力を注いでいる.震源のごく近傍では,図7に示すように加速度記録には短周期の地震動が複雑かつ豊富に含まれていることがわかり,一方では変位波形に見られる驍謔、にS波の前に近地項によると考えられる準静的な動きが顕著である.また,単純な破壊を想定させる地震もある.図8はその例であるが,2つの地震は単純で良く似ている.しかし,良く見ると高周波数でのスペクトル形状が異なり,パルス形状の波形の後半部に違いが見られる.破壊の減速モデル(中村・工藤,1997)でこの差を説明出来そうである.

 表層地質構造の強震動に与える影響は極めて大きい.足柄平野に展開している観測から,周期1-2秒の揺れやすさ分布を求め,図9,10に示している.平野の中央部,南西部に揺れやすい地域が有り,表層の深さ分布に大きく依存している.

図7.1997年伊東沖の地震(M5.7左図★)の伊東市新井(IDR)での観測記録.右図(EW成分,上から加速度,速度,変位).

図8.震源スペクトルが高周波側でのみ大きく異なる2つの地震.A地震では断層破壊が急激に停止し,B地震では30m程度の破壊減速域があるモデルで波形(右図)とスペクトルの違いが説明できる.

図9.遠距離大地震記録を足柄平野の周期1-2秒の揺れやすさ分布(植竹・工藤,1998).

図10.揺れやすさ指標の高い平野中央部の地下構造推定.2層構造は屈折法探査,柱状図は微動探査による(神野・他,1998).

強震動評価

 強震動は,地震の原因である震源断層,地震波の伝播経路,変化に富む地表近くの地盤,の相乗効果で決まる.構造物の設計や都市防災を考える際には,強震動特性を理解する必要がある.地震時に危険度の高い軟弱地盤では,動的相互作用を考える必要がある.図11は,地表近くの超軟弱地盤により,地震波の加速度が増幅(地下86m,地下30m,地表)していく様子を示している.

図11.地震波の加速度が地表に近づくにつれて大きくなる様子.

強震動シミュレーション

 地震動は,震源近傍そして伝播経路における地殻の3次元不均質性の影響を大きく受けている.このような効果は,大規模な3次元地震波動伝播のコンピュータシミュレーションにより評価することができる.私たちは擬似スペクトル法を水平方向に,そして鉛直方向に差分法を用いた「ハイブリッド型」のシミュレーション手法を開発した.これにより多数の演算プロセッサを用いた並列計算で高い演算性能が達成される(図12).西南日本の詳細な3次元地下構造モデルを用いて行った計算結果(図13)は,たとえば1946年南海地震のような,海溝型地震の波動伝播特性を考察する上で有効である.

図12.PSM/FDMハイブリッド計算の模式図.ハイブリッド型並列計算では多数の演算プロセッサを用いて高い演算性能が得られる(古村・纐纈・竹中,2000).

図13.南海地震の3次元波動伝播シミュレーションのスナップショット(水平動速度分布)(Kennett and Furumura,2000).

津波の研究

 津波は海の地震で起きる.地震のマグニチュード(M)が大きいほど,引き起こされた津波の規模(m)が大きくなるのは当然であるが,その関係は,日本列島とインドネシア・フィリピン島孤とでは異なることが解ってきた.インドネシア・フィリピン島孤では,地震マグニチュードのわりに大きな津波が起きる傾向がある.1994年6月4日の東ジャワの地震では,パンチェル村で深夜の小さな地震で15%の人が起きただけ.そこへ9mの高さの津波が襲って来た(図14).

図14.1994年ジャワ島東部地震津波で流されたパンチェル村の光景.

史料地震学

 わが国には,古代から1400年にもわたる地震の記録がある.史料地震学分野では19世紀までの主として古文書に記された地震史料を調査・収集・解読し,史料集『新収日本地震史料』第1巻〜第5巻(含別巻)・補遺(含別巻)・続補遺(含別巻)全21冊16812頁の刊行を行ってきた.それらの史料によって,過去の地震像を明らかにし,長い年月にわたる地震の法則性を解明しようとしている.その成果は地震の長期予測・災害・防災研究に生かされている(図15).

 最近の研究では,地質学的痕跡から立証されている3世紀前の北米太平洋沖の「カスケード沈み込み帯」の巨大地震が,岩手県宮古市・大槌,茨城県那珂湊,静岡県美保,和歌山県田辺市にある古文書の元禄12年12月8日の遠地津波の記録の解析によって,1700年1月26日21時頃(現地時間)に起こり,地震の規模はM=9であることを解明した.

図15.「田辺町大帳」(和歌山県田辺市立図書館蔵)と「田辺町大帳」の津波の記事.



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