4-7. 新たな観測技術の開発

 

光検出法を用いた高精度観測機器の開発

 

 地殻変動観測は数年以上にわたるゆっくりとした地面の変形を捉えられなければならないため、観測機器には精度とともに長期安定性が求められる。レーザー光の波長は13桁もの安定性が達成可能で、これを光源とした干渉計は精度と長期安定性を併せ持った変位検出法である。とくに今後重要となってくる海底あるいは大深度の孔井観測に備え、レーザー干渉計を利用した高精度観測機器の開発を進めている。

 図1は光ファイバーリンク式傾斜計の心臓部の写真である。吊るされた矩形の基準おもりの動きを中央の干渉計が高精度に検知する。この傾斜計部分は外径236mmの耐圧容器に組み込まれ、観測井に設置される。波長安定化レーザーの光は光ファイバーで孔外から傾斜計部分に導入され、干渉計からの光もまた光ファイバーで孔外の検出器に出される。このように孔井内の傾斜検出部と孔外の光源・検出部を光のみでやりとりすることで、傾斜計部分の電気的発熱や雑音を回避することができる。また、使用しているレーザー光の波長を基準とすれば、傾斜計自身で出力の校正ができる。このように設置後に機器の校正ができることも干渉計を使う大きなメリットのひとつである。

 光ファイバーリンク式傾斜計は1997年に地震研究所鋸山観測所の深さ80mの観測井に設置され、以来5年以上にわたり観測が続けられている。その間、地球潮汐とともに遠地地震の観測にも成功し、精度とともに帯域の広さが実証された。図2には同観測所の横坑に設置されている長さ42mの水管傾斜計との信号比較を示す。両者ともほぼ同じ波形であり、ともに地動(傾斜)を記録していることがわかる。周期30分ほどの細かい変動は観測所近傍の浦賀水道で生じる海水の波の共振(セイシュ)による地面の傾斜変動であると考えられ、その振幅は10-8rad程度である。

 このように従来の横坑式観測機器と遜色の無い観測が孔井で行えることが示された。光検出法は他の方法と比べて精度とともに、長期安定性と設置後の校正という点でとくにすぐれている。また、近い将来行われる数kmの深さの観測井で使用するためには、高温環境に耐える必要があり、この点でも光検出法は有望である。このような観点から、地震研究所では地震計やひずみ計など他の観測機器への光技術の応用も視野に入れた研究に着手している。

図1 光ファイバーリンク式傾斜計の中心部分

 

図2 水管傾斜計との並行観測記録

 

精密制御パルス透過法にもとづく高精度弾性波連続測定

 

 比較的短期間のひずみ計測は0.001μstrain程度の感度が実現している.しかし比較的長期間となると,例えば伸縮計,傾斜計やボアホールひずみ計では,一か月あたり0.01μstrain程度の変化を十分な信頼性をもって計測することは容易ではない.おそらく降雨や温度変化等の環境変化による撹乱,あるいはボアホール周辺等の応力集中域でおこりうる時間依存性の変形などがその要因であろう.また,増幅系のDCオフセットのドリフトや増幅率ドリフトなどもその原因となりうる.精密な弾性波計測は,現時点で容易に入手できるクロックがその精度を支配するので,長期間にわたる高い信頼性を確保するための一手法と考えられる.もちろんタイミングエラーや記録波形の位相のドリフトに留意しなければならないが,前者はアベレージングにより.後者は十分広帯域の増幅系を用いることにより影響を減らすことができる.

 高い安定性と分解能をえるため,圧電素子を利用した発振子を採用し,高精度のクロックで測定系を同期させたシステムを開発し,これまで岩手県釜石,神奈川県油壺,岐阜県瑞浪(名古屋大学観測点)において,精密弾性波連続測定を実施してきた.深さはそれぞれ450m, 10mおよび50mである.図3は油壷で使用している発振子である.絶縁のため周囲がテフロンで覆われているので詳細は見えないが,基本構造は圧電素子を積層したもので,超音波カッターや超音波洗浄機等で用いられるランジュバン接続である.ただし発振周波数のドリフトによる出力の変動をおさえるため, Q値が小さい素材をもちいると同時に,共振点を意図的にずらして使用している.また,油壷や瑞浪の岩石はQ値も弾性波速度も低いため,図3に示すような大きな発振子に1000V以上のパルスを加えても,20m離れた受信点でえられる振動加速度は数10μGのオーダーであるが,釜石の岩石はQ値も弾性波速度も高いので,はるかに小さな発振子に100V程度のパルスを加えるだけで,同じ距離を伝わった振動加速度は数100μGのオーダーとなる.図4は瑞浪観測点のシステムである.10MHzの基準クロック,およびそれと同期した発振パルス発生器と波形記録装置が基本であり,下部の比較的大きな機器が2000V50A(デューティに制限あり)のパルス発生器である.このようなシステムでえられた弾性波速度の分解能は,釜石で1ppm, 油壺で100ppm, 瑞浪で10ppmである.この違いは基本的に岩の物性に起因するものである.なお過去の同様の研究は100ppmにとどまっている.

 釜石では図5に示すように,弾性波速度と大気圧の明瞭な相関がえられている.図中右端に台風の通過にともなう変動が示されている.初動の到達時間は約2.8sなので,図の縦軸の上下は速度変化換算で約140ppmに相当する.大気圧依存性から求められた釜石の弾性波速度の応力感度は1.4ppm/hPaであり,封圧下の花崗岩の弾性波速度変化に関する室内実験から推定された値0.8ppm/hPaとほぼ一致した.また,釜石では過去8年間にわたり速度増加トレンドが認められている.上記の応力感度係数をもちいて速度増加から応力増加率を評価すると約600hPa/yrがえられる.弾性率をもちいてひずみに換算すると,約0.7μstrain/yrとなる.この値はGPSにより評価された日本列島のひずみ速度の数倍である.なお,図5にも時間とともに弾性波速度が増加するトレンドがみえるが,この事実は,高精度弾性波測定システムにより,冒頭に書いた一か月あたり0.01μstrainのオーダーの変化が識別できることを示している.

3Q値および速度が低い油壷で使用している発振子.絶縁のためテフロンで覆われているが,内部は積層された圧電素子から構成されている.Q値と速度が大きな釜石で使用しているものははるかに小さい.

 

4.弾性波発振系および波形記録系の例(瑞浪で用いられているシステム).基本構造は油壷でも釜石でも変わらない.写真下部に見える装置が2000ボルト50アンペアものパルスを発生させる機器である.10MHz基準クロックや波形記録装置などはすべてこのパルス発生器の上に載せることができる程度の大きさである.

 

5. 20026月から6週間の間に,釜石でえられた弾性波速度と大気圧との関係.図中,速度は発振時から受信までの到達時間で示されており,20022月の記録波形を基準とした相対時間差である.初動到達時間は約2.8msecなので,図中の縦軸両端は140ppmに相当する.大気圧は高度補正は行っていない.図中右端に見られる急激な変化は釜石近辺を通過した台風によるものである.

 

低消費電力型衛星通信地震観測システムの開発

 

 地震研究所では日本で民間衛星通信事業が始まった1989年からテレメータ地震観測への通信衛星の利用実験を開始し,1996年には全国規模の「衛星通信テレメータシステム」を開発・運用開始した.これによりVSAT(超小型通信端末)を使って全国どこからでも地震観測データを収集し,研究者に配信することが可能になった.しかしながらこのシステムにおけるVSATは約300Wの電力を消費するので,衛星通信により地上通信回線が不要になったとはいえ,実際には商用電源が利用できる場所に観測点を限らざるを得なかった.

 そこで2001年から従来の1/10以下の消費電力で動作し,電波の利用効率も3倍以上と優れた性能をもつ新しい衛星VSAT地震観測システムを導入し,試験運用を行っている(図6).このシステムでは小型の太陽電池や風力発電機から電源を供給することができるため、商用電源は不要である.これによって電灯線も電話回線もなく地上無線も届かないようなどんな孤島や山奥でも,テレメータ地震観測が行えるようになった.この新衛星通信システムは地震地殻変動観測センターと火山噴火予知研究センターが共同運用しており,20034月現在55局のVSAT(観測局)および東京と小諸の2局のハブ局(親局)をもっている.

6.太陽電池と風力発電を組み合わせた独立電源で試験中の

新型衛星VSAT地震観測装置

 

海底で地震をはかる 長期観測化と広帯域化

 

 地震地殻変動観測センターおよび海半球観測研究センターは,1年以上の長期におよぶ海底地震の連続観測を実用化したほか,センサーの広帯域化をすすめた.耐圧容器としてガラス球,50cmチタン球および65cmチタン球,地震動センサーとして4.5 Hz1 s30 sおよび360 sを記憶容量40ギガバイト以上のデジタルレコーダと組み合わせることによって,長期の高感度地震観測から広帯域地震観測まで幅広いスペクトルの海底地震観測が可能である(図7).また,日本海溝軸近傍など9,000mを越える海底での地震観測をおこなうために超深海型海底地震計の開発も進めている.長期観測型の自己浮上式海底地震計を用いた機動的な繰り返し観測によって,地震活動から固着域の存在と拡がりを推定することが可能となった.また,海底における広帯域の地震観測により地球表面の3分の2を占める海底下深部構造の解明もすすみはじめた.

7.地震研究所で開発した自己浮上式海底地震観測システム群.400日以上の長期観測および広帯域地震観測が可能である.

 

 

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