5-18. 地殻流体の実体の解明

 

1 GPaで温度の関数として測定された蛇紋岩のP波速度(Vp)およびS波速度(Vs)は,蛇紋石やブルース石の脱水反応に対応する温度で著しく減少する.流体を含む系の物性は,Vs-Vp/Vsダイヤグラム上で特徴的な振る舞いを示すことが,その測定結果より明らかとなった(図1).また,蛇紋石とブルース石の高温高圧相平衡関係と速度データとの対比から,Vs-Vp/Vsダイヤグラムにより含水試料の脱水過程と平衡状態が議論可能である.出発物質の蛇紋岩(愛媛県東赤石山産)は蛇紋石,ブルース石,かんらん石より成り,1 GPa,900℃で脱水反応完結後の固相は,かんらん石と輝石より成る.つまり高温高圧下で密封された蛇紋岩試料は,脱水完結後(1 GPa,900℃),かんらん石-輝石-H2O系となる.興味深いことに,脱水後の蛇紋岩の弾性波速度は,かんらん石-輝石-H2O系の示す弾性波速度と整合的である(図2).低含水量ではディスク状のH2O分布により,高含水量ではチューブ状のH2O分布により実験室の測定データが再現された.この結果は高温高圧平衡実験により認められている上部マントル岩石の流体分布と一致する.よって本成果は,流体を含む地球内部構成物質の物性が,構成鉱物とH2Oの物性から見積もれることを示しており,その意義は大きい.本研究成果の詳細については,後述の文献を参照していただきたい.

上記の議論をさらに確実なものとするため,現在,東京大学地震研究所との共同研究にて,より高温高圧でのVp,Vsの同時測定ならびに減衰係数の測定を計画している.大容量のシリンダーを導入し,透過波と反射波の同時測定の可能な新たな精密測定法を発展させ,そのための高温高圧アセンブリの開発ならびに設計製作に取り掛かっている.これによって,地殻・上部マントルの物性データを温度,圧力,化学組成,含水量の関数として決定し,地球内部の速度構造・減衰構造と照らし合わせ,流体分布について詳細に検討することが可能となる.

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図1.1 GPaで温度の関数として測定された蛇紋岩(891a, b)のVs-Vp/Vsダイヤグラム.蛇紋石の脱水(550℃)によるデータの並びの大きな変化に注目していただきたい.この変化には脱水の他に,固相を構成する鉱物相の変化も影響している.実線で結ばれた黒いシンボルは,ほぼ平衡状態にある測定値,点線と白抜きのシンボルは非平衡状態の測定値に対応する.R1,R2,R3 はそれぞれ蛇紋石の脱水,タルクの脱水,ブルース石の脱水に対応する.R3で蛇紋岩の脱水反応は完結し,固相はカンラン石と輝石から成る.891aとbの含水量はそれぞれ9.6%,6.6%である.

 

 

 

図2.蛇紋岩の実測値(891a,b;図1に同じ)とカンラン石-輝石-H2O系のVs-Vp/Vsダイヤグラム.1 GPa,900℃の固相(カンラン石-輝石)の速度が灰色の印で示されている.含水量の増加とともに矢印の方向に推移し,891aの測定値はチューブ状のH2O分布により,891bはディスク状のH2O分布により,実験室の測定値が理論的に再現された.

 

参考文献

Sato, H. and K. Ito (2001) H2O fluid distribution in mantle rock at 1 GPa: constraints from Vs-Vp/Vs diagram, Bull. Earthq. Res. Inst., Univ. Tokyo, 76, 305-310.

Sato, H. and K. Ito (2002) Olivine-pyroxene-H2O system as a practical analogue for estimating the elastic properties of fluid-bearing mantle rocks at high pressures and temperatures, Geophys. Res. Lett., 29, 39-1-39-4.

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