6-2)  地球ダイナミクス部門

 本部門は,地震・火山などに関連した現象を,地球全体からみた視点において明らかにすることを目的として,理論,データ解析,観測,室内実験等の方法を用いて総合的な見地から探ることを行っている.

 地球テクトニクス分野では,地球表面の各所でおきる多様なテクトニクスをグローバルな地球内部変動の視点から理解することを研究目標としている.地球内部の熱の排出にともなってなされる仕事の地表への現れがテクトニクスであるが,現在の地球ではこれはプレートテクトニクスの形態をとっていると考えられている.プレートテクトニクスは,プレート境界が力学的に弱いことで特徴づけられるが,その場合プレートをのせたマントル対流の形態は一様粘性の対流の形態に近い.しかし実際のプレートに働いている力を地震のメカニズムなどから見てみると,これからはずれることが多い.そしてはずれる場合に大陸分裂や背弧海盆拡大など活発なテクトニクスが起きている.このことは,むしろプレートテクトニクスからのずれが多様なテクトニクスをもたらしていることを示唆している(図1).現在の研究テーマは次の通りである.1)日本付近のプレート運動,2)プレート・スラブ内応力場,3)プレート運動原動力,4)スラブ地震の発生メカニズム,5)津波地震の発生メカニズム,6)プレート間地震の発生メカニズム.

 

1.テクトニクスの三つの形態:(a)(a')スラブ引っぱり力が大きく衝突力と釣り合っている.

(b)負のスラブ引っぱり力=スラブ押し力が海洋プレートの駆動力とつりあっている.

(c)プレートはスムースにマントル対流とともに循環しており,定常的な島弧変動が起きる.

地表でめぼしいテクトニクスが起きるのは(c)からのずれがある場合である.

 

 

 地球ダイナミクス分野では,地球内部の変動とその地表での表れを粘性流体の運動の視点から理解することを目標としている.沈み込むスラブの脱水により,背弧側で低粘性領域が生じる可能性がある.このような低粘性層とスラブの引きずりによる流れによって,背弧側で小規模対流が生じ,また,その形態が,ロール状になり,沈み込み帯に垂直に並ぶ可能性がある.このような小規模対流の生じる可能性について三次元等の数値計算を行ない,東北日本で提案されている「ホット・フィンガー」との関連について考察し,可能な解である事を示している(図2).

 

 

2.スラブの引きずりと低粘性層の存在のために起こる背弧下の小規模対流によって生じた温度分布.

 

 マグマ学分野では,岩石学や高温高圧実験(図3)の手法を用いてマグマに関する研究を行っている.個々の火山におけるマグマ組成の変遷を解明することによって,その火山で将来起こりうる噴火の様式を予測するための重要な手がかりが得られる.また,火山活動の源となるマグマの一部は上部マントルの部分溶融により生成され,部分溶融の程度や深さの違いなどによって多様性が生じているため,このようなマグマの研究を通じて地球内部の温度条件や化学組成などを推定することができる.さらに地球初期には地球の表面を覆う深いマグマの海が存在し,このマグマの海における結晶・固化の過程で現在の地球内部構造の大局が形成されたと考えられているので,地球の進化を理解するためにも,さまざまな圧力におけるマグマの挙動を理解することが不可欠である.以上のような観点からマグマに関する様々な研究を行ってきた.地球内部では水がマグマに似た振る舞いをするので,高圧下での水も主要な研究対象となっている.最近の研究テーマとして次のようなものがある.(1)洪水玄武岩マグマの発生に関する実験的研究.(2)マントル物質と共存する水の化学組成とその挙動.(3)富士火山,伊豆大島火山,三宅島火山等のマグマ組成の変遷.(4)島弧マグマの結晶過程における水の役割.(5)三宅島2000年噴火マグマの岩石学的研究,(6)富士火山の爆発的噴火のマグマ学的考察.

 

3.内熱式ガス圧装置.05GPa 1500度までの高温高圧状態を発生できる.

マグマ溜まりや火道でのマグマの組成や組織を調べる.

 

 

 地球物質進化学分野では,グローバルな規模で生じる火山活動や地球深部における揮発性元素の存在などを含めた化学的環境の推定,物質循環を含む地球内部での物質移動などの過程を明らかにすることを通じて,地球における物質進化を解明することを目指している.地球内部における揮発性元素の存在がマントル物質などの物性に与える影響は大きく,その存在度や化学・同位体組成などは地球の進化過程を強く反映している.地球物質の進化の過程を明らかにするため,岩石や鉱物の化学・同位体(希ガス,ベリリウム10/ベリリウム9)組成,放射年代(カリウムーアルゴン,アルゴンーアルゴン,放射性炭素14法),鉱物組成の解析などを手段として,各種の噴出岩や捕獲岩として得られるマントル構成岩石・鉱物,さらには地球初期物質の状態を推定するために隕石などの地球外物質なども対象として研究を行っている(図4).現在は特に地球深部における化学的環境などについて,キンバーライトやプルーム地域における噴出岩,マントル捕獲岩などの化学・同位体組成などからその状態を明らかにすることを目指している.また大陸地域や島弧地域,海洋島における火山岩などと海嶺玄武岩などとの比較から,地球内部における物質循環の様相を探ることも重要な研究対象である.

 

4.希ガス同位体分析用質量分析計(VG5400).

 

 

 地球化学グループは,火山の諸現象や地球の物質循環・進化などを探求する研究を行っている.現在の中心課題は1)マグマの発生から移動の諸現象にタイムスケールをつけることと,2)火山岩中の微小部分,例えば個々の斑晶鉱物やメルト包有物,更には鉱物結晶の累帯構造の各部分に残された記録を読みといて,マグマの生成から移動,マグマ溜り内での貯留,さらに噴火にいたるメカニズムを解明することである.1)についてはウラン238放射壊変系列の核種の放射能非平衡現象を利用した研究を行っている.本所に設置された多重検出器磁場型ICP質量分析計による,ウラン238-トリウム230-ラジウム226放射非平衡の分析技術を確立した.島弧の火山活動は沈み込むスラブからの脱水により引き金を引かれると考えられているが,その際に流体とともに移動しやすいウラン,ラジウムが初生マグマに付け加わる.こうして生じた238U-230Th230Th-226Ra間の放射非平衡を利用すればマグマが生じてから地表に達するまでの時間に制約をつけることができる.伊豆島弧の火山岩試料では,他の島弧と同じく,230Thに対して238U226Raが過剰の放射非平衡が確認された.230Th-226Raの放射非平衡が沈み込むスラブからの流体の放出の際に生じたとすると,マグマは発生してから数千年の短時間で噴火が起こることを意味する.伊豆大島,三宅島,新島など島弧の横断方向の変化を見ると,238U-230Th間の非平衡はスラブ深度が増すにつれて小さくなる傾向が明らかになった.スラブの沈み込みとともに,流体とともに移動する成分が溶脱した結果と解釈できる.230Th-226Ra間の非平衡にはこのような変化は見られない.トリウムとラジウムの化学的な分別が,沈み込むスラブからの流体により引き起こされているのか,他の同位体トレーサとの相関を,今後,調べてゆく予定である.2)についてはレーザーアブレーションICP-MSによる微量元素分析技術を確立するとともに,班晶の微小部分のSr同位体測定技術を開発した.これらを雲仙火山の斜長石試料に適用し,最近300年間に起きた3回の噴火の溶岩に含まれる斜長石の起原が同じことを明らかにした(図5).その他に沈み込み地域での物質循環の解明のためにリチウム,Hf同位体をトレーサとした研究を行っている.また初期地球におけるコマチアイトの成因を考察するためのLu-Hf同位体トレーサ系の研究,コア‐マントル相互作用を検証することを目的とした白金族元素の微量分析技術の開発にも取り組んでいる.

 

5.平成溶岩から取り出された斜長石の,(a)顕微鏡像,(b)アノーサイト値,(c)La/NdSr/Ba濃度比,(d)Sr同位体比.(b)でハッチがけの部分は鉱物が溶融した跡や包有物の層.(c)で十字つきの正方形はLa/Ba比を黒塗りの丸はSr/Ba比を示す.それぞれの誤差は15%以下である.(d)の長方形はSr同位体比を示す.縦の幅は同位体比測定の誤差の大きさを,横の幅はドリリング位置の誤差を示す.

 


 

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