6-3) 地球計測部門

新たな地球計測機器の開発

 

1)レーザー干渉計を利用した観測機器

 新しく高性能・高信頼度の測器が開発されたとき,新しい地球物理学の研究分野が開かれる.この信念のもとに,われわれが新たに開発した機器の一つが「レーザー干渉計式広帯域地震計」である(図1).レーザー波長を基準に単独で出力の校正ができる特長がある.また,半導体レーザーを光源とした高感度な検出法を用いているため,最も微小な地面振動レベル(Low Noise Model)でさえ検知できる性能を持っている(図2).われわれはさらに,光ファイバーリンク式ボアホール傾斜計をはじめとした孔内観測用の高精度計測機器,小型絶対重力計等の開発を進めている(57に関連記事).

 

1 レーザー干渉計式広帯域地震計.

 

2 微小地面震動に対する地震計の検出性能.

 

 

2ACROSS(精密制御回転震源による地下トモグラフィ)の開発

 精密な調和弾性波を用いたトモグラフィ技術を開発している.このシステムは震源のフェイズドアレイと地震計アレイから成る.震源を回転する偏心質量によって実現し,堅固な地面または地下に固定する.偏心質量は精密なサーボモータで駆動され,回転周波数を精密に一定に保つ.全体としてコヒーレントな波動場を作り出し,震源の位相と出力をコントロールして波を集束したり走査できる.地震記録は即時スタッキングによってSN比を高める.

 ACROSSのトモグラフィは調和波動場での逆問題であるが,セプストラム解析によってイベントを識別すれば,従来の物理探査法と同じように地震波の速度を推定できる.また多数の震源のフェイズドアレイ運用によって直接に散乱構造を同定する場合には,照射波の集束とモード制御によって空間分解能を高くできる.

 震源はシステム開発の中心であり,偏心質量を長時間にわたって高速回転し速度を制御することは未踏技術であり,製作には多くのノウハウが織り込まれている.1998年に震源の原形機が完成し,現在室内試験を進めている(図3).さらに,山梨県東部の地震活動域に近い東京電力・葛野川揚水発電所の深部トンネルに実証試験モデルを設置して性能試験を進めている.

 

3 出力1トン級小型精密制御震源.

 

 

(3) 錘の磁気浮上を使った,新しい原理の振り子による広帯域・高感度地震計の開発

 学問の新しい窓を開くには,新しい着眼点のもとで機器を開発することが重要である.とくに地震学の発展に寄与するために,既存の地震計を越えた新たな垂直・水平成分用の高感度・広帯域地震計を考える時期に来ている.具体的な設計には,どのように振り子の錘に掛かる重力を打ち消すかが重要であり,そして無定位な振り子を作ることが性能向上につながると考える.このような発想から,磁気的な力で錘に掛かる重力を打ち消す新しい原理の垂直・水平振り子を考案した.一つは垂直動用の無定位回転型振り子(図4a)である.平行磁場内の永久磁石の回転モーメントで重力による振り子の回転モーメントを打ち消し,振り子の支点に弱い復元力の板バネを使っている.この方法で自然周期8秒以上の垂直振り子を作り,速度型のフィードバック回路を付加して広帯域・高感度地震計を実現した.現状の検出感度は,1Hzに於いて数十マイクロガル以下を達成した.二つめは磁気浮上を使った水平振り子(図4b)である.NSの細い帯で交互に着磁されている永久磁石で錘を浮上させ,振り子の支点に弱い復元力の板バネを使ったものである.この浮上方法は,永久磁石近傍の直上平面で磁場の位置エネルギーを均一にでき,安定浮上が実現できる.現在,この磁気浮上振り子を製作し11秒以上の自然周期を確認した.

 

4a.無定位回転型振り子.

 

4b.磁気浮上を併用した板バネ水平振り子

 

 

重力場の時間変化・空間分布の観測と理論研究

 

 マグマの上昇や,地盤の隆起・沈降に伴って,万有引力を及ぼす源となる地下の物質の移動がおこる.このとき生じる,ごく微少な重力の変化に着目して,火山噴火予知や地震予知の基礎研究のため,以下の2つのテーマに取り組んでいる.

(1)ヨウ素安定化レーザーと原子時計という最先端技術を組み合わせた絶対重力計(図5)や,高精度スプリング重力計を駆使して,国内各地で重力を10億分の1までの超高精度で測定している.各観測点は年1回以上の頻度で繰り返し測定を行い,時間変化を監視している.2000年以降の観測地域は,有珠火山,三宅島火山,伊豆大島火山,富士山周辺,静岡県御前崎,桜島火山である.三宅島火山の活動については,マグマの移動を観測事実に基づいて実証するなど,数多くの成果をあげた(ハイライト研究の項,参照).

 

5FG5型高精度絶対重力計

 

 

2)弾性率・密度が深さとともに変化する,球対称マックスウェル粘弾性体モデルについて,地震によって生じる地殻変動・重力変化の理論計算を進めている.この結果にもとづいて,同一様式の地震を繰り返し起こす,活断層の周辺の,重力異常パターンの解析をすすめている.理論と観測の比較を通じて,地下に潜在する活断層の検出や,断層活動様式の解明が可能となる(図6).

 

6.北伊豆断層周辺の重力異常.

 

 

干渉SARによる地殻変動検出の研究

 

日本国内でのGPS観測点は,今や1000台を越えているが,平均的には20km四方に一点であり,震源や活火山の近傍での地殻変動を捉えるためには,けして密な観測点分布とはいえない.これを補うのが,およそ100km四方の領域に対して100mの空間分解能でcmの変形を検出できる干渉合成開口レーダー(Interferometric Synthetic Aperture Radar: InSAR)である.図7は,人工衛星ふよう1号のデータを用いて得られた19968月の鬼首地震(M59)による地震時地殻変動である.従来の地殻変動観測装置は,特に鬼首のような山間部では設置そのものが難しいが,図7は衛星画像を利用する干渉SARの有用性を物語っている.

 

719968月の鬼首地震(M59)に伴う地震時地殻変動.

人工衛星(ふよう一号)の視線方向の変化が検出されており,Near(Far)とあるのは地表の隆起もしくは東向きの変位(沈降もしくは西向きの変位)を示す.点線は鬼首カルデラのリムを示す.

 

 

地震破壊の理論的研究

 

 本部門における研究活動の柱の一つである理論的および数値モデリングに関する研究とその基礎となる数学的手法の開発を行っている.現在の研究課題は地下流体が地震破壊に及ぼす影響と,断層系の成熟過程についての研究の二つに大別される.

 

1)地下流体が地震破壊に及ぼす影響についての研究

 野外観測などから,地殻内部に存在する流体と地震発生の間には強い相関があるということが指摘されている.一連の数値シミュレーションに基づく研究において,流体を仮定することにより,地震活動の複雑さと多様さを統一的に説明できるということを我々は示してきた.例えば,地震破壊により周囲の媒質の空隙率が大きく増大するようなら,群発型の地震活動が生じる.これは,空隙の生成による流体の移動により,断層先端付近の強度が一時的に増大し,断層の成長が抑制され,結果として群発型の地震となるためである.また,本震とともに凝着強度に大きな低下が起きたり,透水係数に増大が起きたりすると,余震型の地震活動が生じうるということも示された.図8に余震の起こりかたの一例を示す.特に,断層面上での流体圧と断層すべりの時空間変化を示している.余震のシミュレーションにおいては,余震数の減衰に関する大森公式や,地震の規模別頻度式であるグーテンベルグ・リヒターの関係などの規則性や,2次余震などの複雑さを統一的に説明することに成功した.また,余震系列の中で繰り返しすべりを起こしている破壊群のみがグーテンベルグ・リヒターの式をみたすという,同公式の成因について新たな知見が得られた.

 

8a.(左図)断層帯内の流体圧の時空間変化

8b.(右図)断層上のすべりの時空間変化

 

 

2)断層形状の複雑化と断層系の成熟過程についての研究

 一般に自然の断層は,屈曲や分岐を伴い,非常に複雑な形状をしており,断層系を形成している.このような複雑な断層形状が,地震の動的破壊とともにどのように形成され,断層系がどのように成熟していくかということは未解明のままである.断層系の成熟過程を考えるためには,断層要素間の強い相互作用を考慮にいれることが決定的に重要である.このような観点から,断層要素間の相互作用を仮定して複雑な断層形状の形成過程や断層系の成熟過程についての研究を行っている.断層形状の複雑化は,断層要素の初期配置や,破壊成長速度に強く依存することがわかってきた.

 

地震発生過程・強震動のシミュレーション

 

1)地震発生過程・強震動のコンピュータシミュレーション

 スーパーコンピュータを用いたモデリングによる現象の解明を行っている.その例として破壊力学に基づく地震発生過程解析がある.この研究では,地震発生の仕方をコントロールする断層パラメータ(強度分布,応力解放量分布)を直接推定し,得られたパラメータを用いて地震発生場のダイナミクス,テクトニクスを考察する.このような破壊力学に基づく震源モデルを使うと,この震源近傍の強振動評価も可能になる.図9はこのようにして得られた1984年長野県西部地震の断層運動(縦の断面)と地動(横の断面)のシミュレーションの結果である.地表での最大地動加速度は赤で示した部分で生じているが,現地調査によれば断層真上のまさにこの場所に大加速度域が発見されている.

 

91984年長野県西部地震の断層運動(縦の断面)と地動(横の断面).

 

 

2)強烈な直下地震動に適合する耐震構造の設計法の研究

 兵庫県南部地震の経験に立って,我が国の構造物の設計では,直下地震による極めて強い地震動に対して,損傷制御と振動制御を核とする精密な設計・施工によって構造物の安全性を確保することになった.しかし,この新しいコンセプトは,従来の設計法(許容応力度法)を根本的に変更するものでありながら,データの不足,発生確率が低い事象についての費用対効果の評価の困難さ,などのために,なお確立にはほど遠い段階にある.

 この新しい設計法は,地震動の予測精度を要するだけでなく,構造案に応じて危険な地震波が異なるため,地震学と構造力学の知見を総合的に運用して,地震発生過程・強震動のシミュレーションと構造物の弾塑性地震応答シミュレーションを連携することにより,震源近傍の大型構造物の耐震設計を可能にする方法論の構築をめざしている.


 

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