公開講義(2) 建築物の地震被害と耐震対策
南 忠夫
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はじめに
昨年の兵庫県南部地震では建築ならびに土木構造物に甚大な被害が生じ、一般
の市民の方々のみならず、地震工学を専門としている研究者や技術者にも大き
な驚きと衝撃を与えました。地震による直接の犠牲者も5千人をはるかに超え、
物的被害の総額は被害の範囲を少なめに見積もっても数兆円にのぼると言われ
ています。他方、このような大震災は頻繁に発生するものではなく、全国的に
見ると、1923年の関東大震災以来70ぶり、あるいはもう少し小ぶりの1948年の
福井地震以来約50年ぶりの震災に当たり、阪神地域に限って見ると、数百年か
ら千数百年ぶりの出来事といわれています。建築や土木構造物、さらには通信、
交通、エネルギー供給システムなどを、平均してその耐用年数の数十倍に一度
しか発生しない大地震に対してどの程度安全に作っておくべきかは難しい問題
です。安全性を高めることは技術的には可能ですが、そのためには費用がかさ
み、効率や利便性に一定の制約が加わることも考えられます。安全性のレベル
をいかに設定するかはその地域の地震活動度のほかに、その国の経済、歴史、
文化、社会的な背景にも依存するので、国際的に統一された安全性のレベルを
論理的に設定するのは難しいと思われます。日本でも昨年の阪神・淡路大震災
を受けて、構造物の耐震設計基準の見直しが検討されていますが、そのために
は耐震設計に直接携わる者だけでなく、一般社会のコンセンサスを得ることが
必要不可欠です。この意味からも、本日お集りの皆様にはこの問題を真剣に考
えていただきたいと思います。
ここでは、阪神・淡路大震災を中心に、最近10年間に世界で起こった被害地震でど
のような建物がどのような壊れ方をしたかという実例をスライドでお見せいたします
ので、その中から、地震に強い建物と弱い建物、弱い建物の耐震対策はどのようにす
れば良いかなどを読み取って頂ければ幸いです。その前に、世界の地震地帯および日
本付近の地震の起こり方について簡単に復習しておきましょう。
世界の震央分布(図1)
図1は世界の巨大地震の震央分布を示したもので、これより太平洋プレート
が沈み込んでいるソロモン諸島、フィリピン諸島、台湾、日本列島、千島列島、
アリューシャン列島、北米、中米、南米の太平洋沿岸に大きな地震が集中して
いることがわかります。特に日本周辺では世界中で放出される地震エネルギー
の約1割を負担しており、世界でも地震活動の最も活発な地域となっています。
東京に住んでいいると年に数回は有感地震を経験しますので、地震は比較的身
じかに感じられますが、世界のかなりの地域では地震を直接体験することはな
く、このような地域では構造物の耐震設計もむろん行われておりません。
プレートの分布(図2)
図2(上田誠也による)に世界中の主要なプレート、および、各プレートの
移動方向と年間の移動距離を矢印で示しました。やはり太平洋プレートの動き
が活発で、日本列島やアリューシャン列島に向かって年間約10センチメートル
の速度で潜り込んでいることが分かります。
東北地方のプレートの潜り込み(図3)
日本列島では大陸のユーラシアプレートに太平洋プレートが潜り込んでいる
以外に、北方からは北米プレート、南方からはフィリピンプレートが交わって
極めて複雑な構造をなしています。図3は簡単のため東北地方のプレートの断
面図を摸式的に描いたもので、これより日本付近で発生する地震は、i)沈み
込むプレートと日本列島の境界、ii)プレートの内部、iii)日本列島の内部
で発生するものに大別できることが分かります。
極く最近の日本の地震(図4)
ここ数年、日本列島周辺では巨大地震が頻発し、地震の活動期に入ったので
はないかと心配されています。ここに示したのは1993年の釧路沖地震と北海道
南西沖地震、1994年の北海道東方沖地震と三陸はるか沖地震、1995年の兵庫県
南部地震の震央です。さらに1995年5月には北サハリンでも被害地震が発生し
ています。このうち、北海道南西沖地震、三陸はるか沖地震と北サハリン地震
はプレート境界地震、釧路沖地震と北海道東方沖地震はプレート内部で起こっ
た地震、兵庫県南部地震は内陸のいわゆる都市直下型地震に当たります。また、
海底の比較的浅い地殻で起こった地震では津波を伴う危険性が有り、事実、北
海道南西沖地震と北海道東方沖地震では津波により甚大な被害が発生しました。
ただし、災害の大きさから言うと、地震の規模(マグニチュード)が一番小さ
な兵庫県南部地震が桁違いに大きく、大都市の直下で発生する内陸地震の恐ろ
しさが痛感されます。
日本の被害地震(図5)
この表は1923年の関東地震以来の主要な被害地震を示したもので、地震の起
こった年、地震の名称とマグニチュードの外に地震による犠牲者の概数を書き
入れました。これから分かるように、1948年の福井地震までは犠牲者が1000人
を超えるような被害地震が頻発していたのに対し、福井地震以来今回の兵庫県
南部地震が起こるまでの半世紀は、犠牲者が100人を超える地震はほとんど起
こっておらず、それらはいずれも津波による犠牲者が殆どでした。すなわち、
わが国では近年、建物や土木構造物の耐震性能が向上したために、建物が崩壊
して大勢の犠牲者を出すといった事態はもはや考えられないといった「安全神
話」が浸透した由縁となっています。構造物の耐震設計は地震災害の経験を経
るごとに改訂され、時代と共に改善される性格のものですから、「安全神話」
もある程度は当を得たもので、事実、阪神大震災でも新しい基準で設計された
建物ほど被害率は激減していることが指摘されています。ただし、都市直下型
地震では局部的に極めて激しい揺れが発生しうること、ここ半世紀の間、日本
列島は地震活動の静穏期に当り、内陸の巨大地震が殆ど起こらなかった事実も
忘れてはなりません。
極く最近の世界の被害地震(図6)
日本列島が比較的静穏であった間にも、世界の他の地域では大きな被害をも
たらす大地震が毎年のように起こっています。これは最近10年間に起こった主
な被害地震です。日本では長い間、多くの構造物が崩壊するといった大災害を
経験しなかったこともあって、その都度、耐震構造の専門家が現地を訪れ、被
害の詳しい調査を行いました。その調査報告の中で、「被災地と同じ地震動を
受けても日本の建物にはさほどの被害は生じないであろう」とか「被災したタ
イプの構造物は日本には存在しない」と言った記述が多く見られたことが、い
わゆる「安全神話」の浸透を助長した咎めは免れません。しかし、多少の説明
不足はあるにしても、これらの記述はいずれも真実で、事実、日本の耐震設計
基準は世界でも最も厳しいものになっています。ただ、先にも述べたように、
世界の各地域で要求される耐震安全性のレベルは単に技術的な議論だけでなく、
その国の歴史的、経済的、社会的背景に依るものではありますが、基本的には
その地域の地震活動度に依っていることを忘れてはなりません。すなわち、日
本と他の地域の構造物の耐震安全性を直接比較してその優劣を論じてもあまり
意味がありません。日本の耐震設計基準が厳しいのは、日本が世界でも最も地
震活動度の高い地域に位置しているためであることを昨年の阪神大震災は改め
て再認識させてくれたといえるでしょう。外国における建物被害の代表例を2、
3、講演の最後に紹介いたします。
強震記録(図7)
ここ2、3年に日本で起こった巨大地震を先ほど紹介しましたが、その際に
地表面で記録された代表的な強震計の記録を図7に示します。同じスケールで
描いてありますので、揺れの大きさや継続時間はそのまま比較することができ
ます。縦軸には加速度と言って速度の変化率をセンチメートルと秒を用いて表
わした単位(ガル)を採用しています。これは地表に置いた物体に働く力に比
例する量を表わします。これを見ると、兵庫県南部地震の際の神戸海洋気象台
の記録は揺れ幅、継続時間ともに外の記録に比べてずばぬけて大きいようには
見えませんが、実際には他の地震よりも桁違いに大きな被害が生じています。
応答スペクトル(図8)
そこで、建物を倒立振子に見たてて、振り子の根元を先ほどの強震記録と同
じ動きで揺すってやると、建物に最大どのくらいの力が作用するかが分かりま
す。これは振り子に作用する慣性力の最大値に等しく、これを先ほどと同じ加
速度の単位で表わしたものを加速度応答スペクトルと呼んでいます。横軸は振
り子の固有周期で、振り子が一往復するのに要する時間を表わします。一般に、
固有周期は建物が高くなるほど長くなります。すなわち、横軸の右に行くほど
高層の建物を表わします。この図から、兵庫県南部地震ではやや高層の建物で
外の地震よりも大きな地震力を受けますが、その差はさほど大きいようには見
受けられません。この図は建物がどんなに大きく揺れても壊れないものと仮定
して解析した結果ですが、建物が崩壊する寸前まで追跡できる更に詳しい解析
を行うとその差は大幅に拡大して、低層の建物も含めて兵庫県南部地震の大被
害をうまく説明できる結果が得られます。すなわち、兵庫県南部地震の激震地
では、建物に作用する地震力、それも建物を崩壊させるような破壊力が外の地
震に比べて格段に大きく、このことが今回の大災害の根本的な要因であると考
えられます。
木造建築
阪神大震災の犠牲者の多くは倒壊した木造住宅の下敷きになった方々です。
木造建築は通気性に優れ、わが国の伝統的な建築構造として広く普及してきま
した。最近では、法規による建設上の制約や木材の値上がりにより、他の建築
構造に押され気味ではありますが、それでも数の上では圧倒的に他を制してい
ます。このことは木造建築が地震災害の長い歴史を持つわが国で鍛えられた立
派な耐震構造であることの証ですが、最近では、伝統的な施工に要する手間の
省略、材料の倹約などにより住来の木造建築の持つ耐震制能が維持できなくんっ
ている嫌いがあります。また、最近では従来の柱と梁で骨組を組み上げる在来
構法のほかに、ツーバイフォーのように骨組みの間に壁を組み込む枠組壁構法
や鉄骨や鉄筋コンクリート系をも含む各種プレハブ構造がでまわっており、木
造建築も多様化が進んでいる状況です。
筋違の有効性(図9)
マッチ箱の中箱を抜いて外箱だけを捻るように押すと簡単にひしゃげること
が分かります。すなわち、中箱の存在がこのような壊れ方を防ぐのにたいへん
有効に働いているのです。建物の場合もまったく同じで、柱と梁でできた骨組
みの間に壁がはめ込まれていると地震力のような水平方向の力に耐して有効に
抵抗します。ただし、木造家屋の場合は土壁を使うことが多くあまり丈夫では
ありませんので、わが国では筋違を入れて建物の耐震化をはかってきました。
筋違いの入った壁の絶対量が不足したり、その配置がアンバランスだったりす
ると、地震で思わぬ被害を被ることが度々起こります。
古い建物の被害(図10、11)
また、木造家屋は老朽化し易く、白蟻の被害も受けますので、古い建物では
普段の保守点検が欠かせません。ところが、最近の建物は木材が外壁に覆われ
て直接観察することが難しくなっているので、点検作業も簡単にはできません。
兵庫県南部地震で倒壊した木造住宅の中には、昭和30年代を中心に大量生産
された「文化住宅」と呼ばれる2階建ての共同住宅をはじめ、建設年代の古い
ものが圧倒的に多いと言われています。このような建物はでは、屋根は葺き土
の上に瓦葺きと重く、壁は竹小舞に土を塗っただけで、大きな地震力を受ける
割には抵抗力の極端に小さな建物でした。また、倒壊した比較的新しい建物で
は、1階に車庫を設けたり、敷地が狭いために間口も狭く、平面計画上短辺方
向に十分な壁量が取りにくい建物など、構造的に何らかの問題があったものが
多いように思われます。他方、住宅金融公庫の融資を受けた建物では、設計、
施工段階で構造上の一定のチェックを受けることになっていますが、このよう
な建物の被害はごく軽微だったと報告されています。
店舗兼用住宅(図12、13)
店舗兼用住宅はバランスの悪い建物の典型として古くから指摘されています。
2階に居住空間を取り、道路に面した1階の店舗には広い開口を必要とする関
係で、1階は壁量が少なく、その配置も極端に偏在することになり、地震の度
に大きな被害を被ってきました。最近のように、戸建て専用住宅でも2階建て
が一般化すると、この傾向は専用住宅にも拡張し、特に1階に車庫を設けた住
宅などでは1階が脆弱なピロテイー形式となり、兵庫県南部地震ではこのよう
な比較的新しい建物も数多く崩壊しました。
火災・延焼(図14、15)
木造家屋は燃えやすく、1923年の関東地震を始め火災は古くから地震に付き
物でした。ところが、ここ半世紀の間は地震火災がぱったりと止んで、建物も
燃えにくくなったもんだと錯覚するほどでした。阪神大震災では神戸市だけで
も地震の直後に40ヵ所にものぼる火災が発生し、消火栓や道路の遮断により消
火活動もままならず、ほとんど燃えるに任せたところも数多くありました。もっ
とも地震当日は風がほとんど吹いておらず、延焼速度が極めて遅かったために
それほど大規模な延焼には至りませんでしたが、もう少し風が吹いていたらと
考えるとそら恐ろしいものがあります。他方、各自治体の消防体制は通常考え
られる規模の火災に対処できるように整備されていて、数十年、数百年に1度
しか起こらないような同時多発型の火災を全部消すだけの余裕は到底ありませ
ん。近隣の自治体に応援を頼むにしても、交通の渋滞や通信の混乱により迅速
かつ組織的な消化活動を行うのは大変です。滅多に使わないシステムを維持管
理する経費や労力を考えると、普段は日常的な目的に供し、緊急時にのみ消火
活動に振り向けられるものが理想的ですが、その様なうまいシステムを考え出
せるかどうかは今後の課題です。
RC造建物
鉄筋コンクリート造建物は本建築といわれ、関東大震災以降、レンガ造建物
に代って地震国日本で大いに普及した構造形式です。圧縮力に強いコンクリー
トと圧縮力にはほとんど抵抗できない代りに引っぱり力に強い鉄筋を組併せた
複合材料で、比較的安価なこともあって、国際的にも広く使われています。
耐震壁と短柱の被害(図16)
この図に示すように、骨組みの中に鉄筋コンクリート造の耐震壁が入ってい
ると、建物の耐震性能は大幅に向上します。また、鉄筋コンクリート造建物に
限らず、長さの違う2本の柱で建物を支えた場合には、地震力を受けて短い柱
により大きな変形が生じます。すなわち、同じ断面で柱ができているときには
短い柱がより大きな地震力を受けて、先に壊れることになります。鉄筋コンク
リートのこのような壊れ方は1968年の十勝沖地震の際に顕在化しました。
せん断破壊とせん断補強筋(図17)
短い鉄筋コンクリートの柱がマッチの外箱をひしゃげる様な力を受けると、
対角線が長くなる方向に直角にひび割れが生じます。地震力が左右に繰り返し
作用しますと、X方のせん断ひび割れが生じ、内部のコンクリートが砕けて落
下するため、柱が建物の自重に耐え切れなくなって崩壊します。このようなせ
ん断破壊に抵抗するのが、主筋を束ねるように巻いたせん断補強筋です。1968
年の十勝沖地震をうけた1971年の建築基準法の改訂では、それまで30センチメー
トル程度の間隔で巻いていたせん断補強筋をその2ー3倍の密度にするように
変更されました。図17は建築基準法の改訂後に建設された建物で、これだけせ
ん断補強されていると、柱が多少の損傷を受けても、鉄筋が内部のコンクリー
トを拘束するので、鉛直力の支持機能が急激に失われることはありません。阪
神大震災でも、この建築基準法の改訂前後に建てられた鉄筋コンクリート造建
物の被害に対照的な違いが見られることが指摘されています(図18)。
1階の層崩壊(図19-23)
木造家屋に限らず、すべての建物の主要な出入り口は1階に設けられており、
道路に直接面しているために、平面計画上1階には大きな開口が必然的に設け
られることになります。特に1階に駐車場を持つ共同住宅や、階高の高いロビー
を必要とするホテル建築などでは1階がピロテイー形式になり、これまでにも
世界中で大きな地震被害を被っています。阪神大震災では、このような特定の
形式の建物に限らず、広い範囲の建物に倒壊を含む大災害が発生しました。図
19は1階に駐車場を持つ共同住宅の被害、図20は1、2階が商業スペースで3
階以上を共同住宅に当てていた建物が1、2階部分で崩壊したところ、図21は
事務所建築の1階部分が完全に崩壊したものです。崩壊に至らなくても、1階
がピロテイー形式の駐車場が大破したり(図22)、逆に各階ともほぼ同じ構造
をしている共同住宅の1階部分に大きな被害の生じたもの(図23)も見られま
す。一般に、1階部分が壊れたために建物全体が傾き倒壊に至ったり、1階の
崩壊が上階に波及するケースが多いのですが、今回の地震では1階のみが層崩
壊して、上層部には被害があまり波及しないケースが目立ちました。このよう
な破壊は地震動の強さに比べて建物の強度が非常に弱い場合に起こり易いとも
言われていますが、実際の理由は未だ良く分かっていません。
中間層の層崩壊(図24-26)
1階以外の階が層崩壊を起こした例は世界的にも少なく、1958年のメキシコ
地震で崩壊した床版構造の事務所建築くらいしか思い出せません。阪神大震災
で崩壊した建物もその大多数が1階で壊れていますが、三ノ宮を中心に1階以
外で層崩壊した事務所建築が数十棟報告されています。層崩壊を起こした階は
まちまちで、建物の上層、中層、下層に万遍なく分布していて、その理由もい
ろいろ取り沙汰されていますが、未だに決定的な結論には至っておりません。
この壊れ方の特徴は、いずれも特定の階のみで層崩壊を起こし、他の部分の被
害は比較的軽微なために、建物全体がほぼ垂直を保っていることです。6階が
層崩壊した神戸市役所旧館では、地震の後、5階から7階に直接上れるほどで
した。
鉄骨造建物
鉄骨は鉄筋コンクリートに比べて強度が高く、20階を超えるような高層建
物にはすべて鉄骨が使われています。また、鉄骨は鉄筋コンクリートなどに比
べて高価なため、世界的に見ても鉄骨造建物が普及している地域はそれほど広
くありません。そんな訳で、本格的な鉄骨造建物が地震で被害を受けた例はき
わめて稀で、一昨年のノースリッジ地震で鉄骨にひび割れが入ったケースが
200棟ほど報告されていますが、いずれも地震後数カ月たってから被覆材を取
り除いて初めて見つかったもので、地震直後には気がつかない程度のものでし
た。阪神大震災でも20階を超える高層建築にはほとんど被害がなく、大きな
被害が生じたのはごく小規模な軽量鉄骨の住宅や商店と、10階前後の事務所
建築の一部でした。
軽量鉄骨造建物(図27-28)
断面積の小さな型鋼(L型、コ型、C型、I型、H型、などとその組あわせ)ででき
た小規模な建物で、住宅や店舗兼用住宅、商店や小規模な工場などに使われているも
ので、用途が木造建築と似ているために両者の区分が煩わしくなっています。鉄筋や
細い鉄骨のブレースで地震力に抵抗する仕組になっているため、これが切れたり、外
れたりすると建物全体が倒壊することも起こります。
本格的なフレーム構造(図29-30)
図29はロ型の柱に大きなひび割れが入った10階建ての事務所建築です。これは冷
間厚延加工された厚肉の鋼材で、ほとんど変形することなく瞬間的に破断したものと
思われます。このような厚肉鋼材の脆性破壊はノースリッジ地震でも報告されており
、その使用に当たっては今後の検討が必要です。
図30は柱を基礎に止めるアンカーボルトが切れるか抜け出したために柱が根元から浮
き上がり、建物全体が転倒した4階建ての事務所建築です。鉄骨造建物は工場で柱や
針を制作し、現場で組み立てる一種のプレハブ構造と見なすことができますので、溶
接やボルトによる接合方法がまずいと命取りになることがありますので、設計や施工
段階で十分な注意が必要です。
大規模高層建物の脆性破壊(図31-32)
これは芦屋浜に建つ超高層共同住宅群の一部です。これらの建物は建築センター
の個別の評定を受け、建設大臣の認可を受けたものですが、極厚断面のボック
ス柱にひび割れが入り、真っ二つに引き裂かれています。同じ様な被害はこの
建物群の外の場所でも十数ヵ所で見つかっており、極厚大断面鋼材の脆性破壊
については現在も検討が行われています。幸い、この被害によって建物全体が
危険な状態になることはなく、すぐに補修を行って事なきを得ましたが、20
階を超える高層建築の構造被害としては世界でも最初の事例となることでしょ
う。
その他の構造物
高床式木造住宅(図33-34)
1989年ロマプリエタ地震や1994年ノースリッジ地震の際には高床式の木造平屋
住宅に多くの被害が生じました。これは、束のようなもので床を地上1.5メー
トルほど持ち上げ、外側を木版で覆ったもので、建物はある程度耐震的に作ら
れているのの、束の部分が地震力にほとんど無抵抗なために、この部分が壊れ
て建物が地上に落下しています(図33)。もっとも、建物自体にはさほどの被
害が生じませんので、全体を鉄骨の梁に乗せてジャッキアップし、束の部分を
作り直すとほぼ元の状態に戻ります。これと似た被害はロマプリエタ地震の際
にサンフランシスコのマリーナ地区にある3階または4階建ての木造アパート
にも見られました。1階を駐車場に使うために開口が大きく、束状の柱で2階
を支える構造になっていて、この部分が地震力に耐え切れずに真っ先に崩壊し、
2階が路面に落下しています(図34)。
RCプレハブ構造(図35)
旧ソ連邦の国々では、近代建築の9割以上がプレハブ構造で占められています。
これは1988年のアルメニア地震で崩壊した9階建ての鉄筋コンクリート造共同
住宅です。アルメニア第2の都市レニナカンにはこれと同じ建物約100棟から
なる団地が2ヵ所ありましたが、そのすべての建物が崩壊ないし大破しました。
プレハブ構造は柱、梁、床、壁などの部材を工場で生産し、これを現場で組み
立てるものですが、部材の接合が不十分だと、接合部が切れて積み木をひっく
り返したように建物全体がバラバラになって崩壊します。また、プレハブ建築
はながば規格化された構造なので、同じ場所に同じ建物が多数建設される場合
が多く、一つの建物が壊れると同じタイプの建物が全滅するケースが多いよう
です。昨年の北サハリン地震でもネフチェゴルスクという炭鉱の町が全滅し、
町ごと埋められるという運命をたどりました。プレハブ建築は施工の手間を省
く意味から、日本でも今後普及するものと思われますが、接合部の設計では少
しでも施工のやり易い方法を考え、確実な施工を心がけることが肝要です。
RC床版構造(図36)
1985年のメキシコ地震で崩壊した中、南米に特有の床版構造(ロサスプラナ
ス)で、この例では上から3層目が層崩壊を起こしていますが、建物によって
はすべての階が崩壊して上下の床スラブがすべて密着した状態になることもあ
ります。これはパンケーキ状の崩壊と呼ばれ、人命保護の立場からは最も危険
な壊れ方と言えます。梁型が無い分梁丈が小さく華奢に見えますが、これに見
合うかのように柱の寸法もかなり小さくなっています。他方、柱を自由に配置
できる分だけ設計の自由度が大きく、施工も簡単なために、建築家の間では根
ずよい人気を保っています。
傾斜地に建つ建物(図37)
図37は1990年のフィリピン地震で倒壊したバギオ市の宿泊施設です。バギオ
は標高1800メートルの山地に立地する有名な避暑地で、建物の多くは傾斜地に
建っています。傾斜地に建つ建物は山側と谷側で建物の高さが異なり、主要な
出入り口は山側に設けてあります。地面との衝突も手伝って、この部分が山側
に倒壊したものが多く、特に大きなロビーを持つホテル建築は全滅しました。
これはゴルフクラブの宿泊棟を谷側から見たところで、3階部分が完全に層崩
壊していますが、これは反対側からは1階に当たります。地面と衝突した効果
を除けば、兵庫県南部地震の際に1階または中間階が層崩壊した事務所建築と
一脈通じるものがあります。
基礎構造(図38)
この建物は1985年のメキシコ地震で被災し、その後徐々に傾きだし、そのま
までは転倒する恐れが出たため、後に取り壊されました。メキシコ市は大きな
湖を300年以上にわたって埋め立てた軟弱な地盤に立地しています。このため、
古い建物の中には3メートル以上沈下しているものもあるくらいです。建物の
一部を削って自重を調節したり、調節杭や増杭を使って傾いた建物を元に戻す
技術が発達しています。基礎の被害は発見しにくく、補修するのも大事です。
阪神大震災では、地盤の液状化などに伴う杭の被害が多数報告されています。
高架橋(図39)
兵庫県南部地震で転倒した名神高速道路の高架橋です。普通の橋梁は橋脚の
上に橋桁を載せていますが、この橋は橋脚と桁を一体化した鉄筋コンクリート
構造をしています。経費の節減を計ったのでしょうが、予想以上の地震力を受
けるとこのように橋脚から破壊します。他方、普通の橋梁では、たとえ橋桁が
はずれたとしても、橋脚から落下しない限りはこのような惨事には至りません。
このほかにも高速道路や新幹線の高架橋に甚大な被害が発生し、地震が交通量
の多い時間帯に起こればさらに大勢の犠牲者を出したものと思われます。この
ような被害はわが国では初めての経験で、当初、関係者の間で戸惑いと驚きは
隠せませんでした。近代都市には地震の洗礼を受けたことの無い新しいタイプ
の構造物がたくさん存在します。このような構造物を建設するに当たっては、
細心の注意と配慮が必要と言えるでしょう。
地下構造物(図40)
新しいタイプの構造物として、世界中の大都市では地下鉄や地下街といった地
下空間が発達しています。これは阪神大震災で崩落下地下鉄の駅舎です。地下
構造物に働く地震力が地上の構造物に比べて小さいこともあって、幸い、これ
までにはさほど大きな地震被害は報告されていません。しかしながら、換気、
浸水、避難などを考えると、地下空間はたいへん危険な状態にあります。大惨
事となる前ににぜひとも対策を立てなくてはなりません。この外にも交通、通
信、エネルギー供給システム、石油タンクを初めとする危険物、コンビナート
施設など個々の施設の安全性のほかに、システムとしての機能を維持すること
も考えなくてはなりません。
むすび
以上、建物の被害を中心に実際に起こった地震災害を紹介してきました。初めに申し
ましたように、どんな建物が地震に弱いのか、耐震性能を向上するにはどうしたら良
いか、と言ったことを何となく理解していただけたかと思います。建物を地震に対し
て丈夫に作ることは技術的にはさほど難しいことではありません。また、現行の基準
で要求されている耐震性能の2倍の強さにするのに要する費用は総工費を数パーセン
ト増やすだけでよいという試算もあります。これを高いと思うか安いと思うか、安全
性のレベルはこれで十分か、さらには、数百年に1度しか来ない大地震に対するこの
ような投資がそもそも必要か否か、と言った議論は阪神大震災を契機にあちこちで聞
かれるようになりました。その答えは、その地域の地震活動度、経済的な余裕、技術
力、国民性や価値観、生活様式などの違いにより、世界各地でまちまちとなるでしょ
うが、日本におけるコンセンサスはどのようになるか、皆さんにも時折考えて頂けれ
ば幸いです。
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Last modified: Wed Mar 5 20:32:21 JST 1997