2010年12月 小笠原諸島の地震

ウェブサイト立ち上げ:2010年12月30日
最終更新日: 2011年1月21日

2010年12月22日午前2時19分ごろ,小笠原諸島父島近海(北緯26.89度,東経143.73度,震源深さ約14km)でマグニチュード7.4の地震が発生しました(USGSによる).東京都小笠原村で震度4を観測したほか,関東地方を中心に北海道から中部地方にかけて震度1-2の有感地震となりましたが,大きな被害は報告されていません.

海域で発生した,マグニチュードが大きく震源の深さが浅い地震であったため,小笠原諸島に津波警報が,東海地方から西南日本にかけての太平洋沿岸各地に津波注意報が出され,父島と神津島では最大で30 cmおよび10 cmの津波が観測されました.


更新履歴


地震の概要(USGSによる)

  • 地震発生日時:2010年12月22日2時19分(日本時間)
  • 震源の位置:北緯26.89度,東経143.73度,深さ14km
  • マグニチュード:7.4(GCMTによるMw
  • 地震のタイプ:正断層型
  • 関連するプレート:太平洋プレート・フィリピン海プレート

背景にあるテクトニクス

今回の地震は,太平洋プレートがフィリピン海プレートの下へ沈み込むことに伴って起きた,太平洋プレート内部の正断層型の地震である.この地域では,太平洋プレートが西へ年間におおよそ4cmほどの速さで運動している.

プレートの沈み込みに伴う地震では,押しの応力が卓越するときに起きる「逆断層型」が多いが,今回はプレートが沈み込む時に曲げられることで,引っ張りの応力が卓越して起きた「正断層型」だったと考えられる.


本震と直後の余震の震央分布

小笠原諸島にある観測点のデータを利用して本震と直後の余震の震源決定をし直した.観測点は,父島に4点,母島に1点あるが,正常に稼働しているのは父島の2点と母島の1点のみ.父島の2点も近接しているため,最終的には,父島1点と母島1点,八丈島にて観測されたP波とを加えて決定した.黒丸は気象庁一元化震源.(酒井慎一准教授による)

黒丸は気象庁が決めた震源の位置,緑はUSGSによる.使用できるデータが少ないため,精度はやや落ちる点に注意.


W-phaseによる震源メカニズム

  • 北緯27.066度,東経143.739度,深さ14km
  • マグニチュード: Mw 7.4

USGSによるW-phase解の周辺を緯度経度0.2度ずつ,±1.0度まで,深さ1kmずつで±5kmまで,グリッドサーチして求めた.(博士課程1年,横田裕輔氏による)

W-phaseによる震源メカニズム.左はグリッドサーチで求めた解,右はUSGSの発表によるW-phase解.


震源過程インバージョン

世界中で観測された,この地震による地震波の記録からP波の部分を取り出して,Kikuchi and Kanamori (1991)の方法で解析した.得られた震源メカニズムを下左図に示す.W-phaseによる震源メカニズム解とほぼ一致した正断層メカニズムで,マグニチュード(Mw)は同じく7.4と求まった.さらに,走向が112°,傾きが48°の断層面を採用してKikuchi et al. (2003)の方法で震源過程インバージョンを行い,下右図のすべり分布を得た.(修士課程1年,川添安之氏による)



海溝にトラップされた表面波

今回の地震では、東北地方と北関東地方の太平洋側の一部で奇妙な地震波が観測されました。

図1に防災科学技術研究所のF-net観測点で記録された、周期10-50秒の上下動地震波形を示します。周期10秒を超えるようなゆっくりとした揺れでは、地表に沿って伝わってくる表面波と呼ばれる波がよく観測されます。この波形記録でも、地震発生から400秒後に大振幅の表面波が記録されています。しかし、そのさらに10分後に表面波と同程度の大振幅が観測されました。この地震波が観測された観測点は北関東および福島県周辺に限られていて、たとえば震源からほぼ同じ距離の三重県度会観測点ではまったくこのような地震波はみられません。もしこの波が震源から直接届いたとすると、その速さは1.2km毎秒となり、地震波としてはとても遅いものです。

図1.今回の地震で観測された表面波.一部地域にはそのあとに不思議な波形(図中に色が付けられているところ)が見られるのがわかる.(クリックで拡大します.)

図2.海溝を伝わる表面波.(クリックで拡大します.)

実は、これらの地震波は、海の水深が非常に深い海溝軸に沿って、主に海中を伝播してきた地震波であることが知られています。この波形はNakanishi et al.(1992)によって、ウルップ島付近で起こった地震に対して初めて発見されました(図2)。その後、我々も同様の地震波形が、2005年の三陸はるか沖の地震に対して伊豆諸島の青ヶ島で見れらることを見つけました(Noguchi et al., 2010)。観測記録の特徴と地震動の数値シミュレーション結果との比較から、震源から放出された地震波の一部が、速度の遅い海中音波となることや、海底と海面との間を多重反射をしながらゆっくりと伝播してきた波が、海溝の端の登り斜面で大振幅の地震波に変換されることなども分かってきました。

今回の地震とこの特異な地震波の観測された場所をみると、ちょうど2005年三陸はるか沖の地震の観測事例を南北にひっくり返したようになっています。とはいえ、どちらの地震も普段めったに大きな地震は起こらない場所で発生した地震のため、今回の記録は複雑な地球内部を通過してくる地震波・地震動の研究に役立つとても貴重な記録といえそうです。(前田拓人研究員,野口科子研究員による)


浅い地震で観測された異常震域

この地震が発生した約1ヶ月前の2010年11月30日、小笠原諸島西方沖の深さ約490kmを震源とするM7.4の深発地震が発生しました。今回の地震とは水平距離で約500kmは離れていますが、日本列島から見るとおおよそ同じ地域に位置することから、深発地震と浅発地震による波動伝播を比較しました。

図は、地震の発生時刻を揃えて、3成分合成の揺れ強さをアニメーション化したものです(図をクリックするとアニメーションが)。赤い色ほど、揺れの程度が大きいことを示します。左側が12月22日の浅発地震で、右側が11月30日の深発地震、2本の同心円は、外側がP波、内側がS波の到達を表し、深発地震のほうがP・S波到達のスピードが速いことがわかります。また、いずれの地震も後から到達するS波のほうが振幅が大きくなりますが、同じ円周上であっても西日本に比べ東日本でより強い揺れの範囲が広がっていることがわかります。(下の図をクリックしてください.)

これは異常震域と呼ばれる現象で、深発地震の場合によく観測されます。深発地震が発生するプレートは固い岩盤で、地震波を効率良く伝える性質を有するため、プレート内を地震波が伝わって地表に達すると大きな振幅が観測されますが、プレートの周囲のアセノスフェアは地震波エネルギーを吸収する性質をもち、その中を長く地震波が通過するとエネルギーが失われます。

今回の浅発地震は、太平洋プレートが伊豆・小笠原海溝から沈み込みを始める場所で起きたもので、沈み込んだプレートは南北に延びる壁のようにほぼ鉛直に分布し、東日本にはプレート内を伝わって地震波が伝播したのに対して、西日本に到達する地震波は、太平洋プレートを離れてアセノスフェア中を通過するため、振幅が小さくなったものです。

なお、アニメーションの作成に当たっては、防災科学技術研究所の高感度地震観測網Hi-netのデータを使用いたしました。(小原一成教授による)


海溝に沿って伝わるT波

図1.太平洋沿岸のHi-net観測点におけるエンベロープ波形記録。上下動成分に2HzのハイパスフィルターをかけRMSをとったもので、2010年12月22日2時15分からの記録がプロットされている。観測点配置は図2を参照。

今回の地震では、海水中を伝わる音波(T波)が北海道から九州の太平洋沿岸で観測されました。図1に、防災科学技術研究所の高感度地震観測網Hi-net観測点で記録された地震波エンベロープを示します。

この記録は、上下動記録に2Hzのハイパスフィルターをかけ、RMS(二乗平均平方根)をとったものです。初動到達の約8~15分後に継続時間の長い波群が観測されていますが、これがT波です。日本には房総半島に最も早く到達し、その後遠方に広がります。

図1を詳しく観察すると、特に振幅の大きなT波が房総半島と北海道東部で観測されています。これらの地域は、ともに南北に延びる海溝の延長上に位置することから、T波が海溝内にトラップされて、そのまま真直ぐ陸域に伝播したものと考えられます(図2)。

図2.想定されるT波伝播経路。房総半島や北海道東部へは海溝内を伝播し、海溝の端部あるいは屈曲部のところで、まっすぐ陸に向かうと考えられる。九州へは、伊豆・小笠原海嶺の地形的高まりが小さくなる部分を通過する。

また、東海から四国に比べ九州東岸で振幅が大きくなっていますが、これは伊豆・小笠原海嶺がT波の伝播を妨げる役割を果たすため、震源から九州に向かう経路でその地形的高まりがやや小さくなっていることが影響すると考えられます。

図3には、房総半島、九州南東部、北海道東部においてT波振幅が最大となる時刻のスナップショットを示しますが、T波による振動の大きい範囲がかなり内陸まで及んでいる様子がわかります。(小原一成教授,前田拓人研究員による)

図3.地震発生から720秒後、840秒後、及び1260秒後の振幅分布。それぞれ、房総半島、九州南東部、北海道東部においてT波による振動の大きい範囲がかなり内陸まで及んでいる。720秒後の段階で、既に紀伊半島東岸、四国東岸、九州東岸ではT波が到来している。なお、840秒後の関東北部の振幅分布は、余震によるものである。

参考:日本地震学会なゐふる 第75号「T波」


リンク