1.研究の趣旨
富士山はこれまで活動が低調であったが,平成12年末よりかつてない頻度で低周波地震が多発している.ただちに噴火する兆候は見出されていないが,噴火した場合に我が国や国際社会に与える影響が大きいため,活動状況を正確に把握し,情報を適確に発信する体制を整備する必要がある.
本研究グループは,富士山の低周波地震頻発を受けて活動状況および研究体制を検討するワーキンググループを結成し,研究の現状と課題を検討してきた.その結果,富士山の火山活動に関連して,社会的要望を十分に反映した火山学的研究や活動情報発信に課題があること,富士山が長期に活動を休止している火山であることによって,活動の現状を評価する十分な科学的根拠が不足していること,噴火様式が多様で予測が困難であることなどの課題が明らかとなった.本研究はこうした検討結果を反映し,課題を克服することをめざしたものである.
このために本研究は,
1)富士山での高精度観測により現在の地震活動とマグマ蓄積活動との関連を明らかにする,
2)掘削等による調査で将来起こり得る富士山の噴火様式・規模を推定する,
3)過去の火山災害における問題点を抽出して社会が必要とする情報を類型化する,
という異なるアプローチによる成果を統合し,社会が求める火山活動に関する情報をいかに発信するかを検討する.
2.研究の概要
1. 低周波地震とマグマ蓄積過程の研究
富士山の構造を地震波および電磁波で明らかにする.その情報を背景として,低周波地震は正確にはどこで起きているか,なぜ起きているか,マグマ活動との関連はあるのか,低周波地震活動は浅部の地震活動に影響を与えているのか,富士山のマグマ蓄積はどこでどのように行われているのか,低周波地震の発生域やマグマの蓄積領域は構造の上でどのような特徴があるか,富士山浅部の地下水はどのように分布し,噴火の前兆や噴火様式にどのような影響を及ぼすかといった問題を明らかにする.
(1) 低周波地震の研究
富士山中腹域に高精度な地震・地殻変動観測点を新設し,得られる高品位データを既設および臨時の観測点におけるデータとあわせて解析することにより,低周波地震の発生メカニズムを解明する.また,高品位の地殻変動観測データを用いて,低周波地震とマグマの蓄積や移動との関連について解明する.
(2) 浅部地震活動の研究
富士山の山頂および中腹域において臨時地震観測を実施し,既設観測点のデータとあわせて,富士山山体浅部における地震活動の活動状況,発生領域の特定,発生要因,深部低周波地震活動との関連などについて研究する.
(3) マグマ蓄積過程の解明に関する研究
平成13年度に富士山中腹部にGPS観測点を設置し,周辺の既設観測点および東京大学地震研究所の観測データを合わせて富士山の地盤変動を明らかにする.この研究により,富士山において進行しているマグマ蓄積過程を測地学的側面から明らかにする.
(4) 富士山の地下構造に関する研究
自然地震を利用した深部地震波構造探査のため,平成13年度に地震観測を開始し3年間で解析に必要なデータを取得する.また,平成15年度に浅部地震波構造探査のために人工地震探査を実施する.これらの観測データをあわせて低周波地震発生域を含む地下20kmまでの地震波構造を明らかにする.また,電磁気構造探査を富士山の北東部,北西部,南西部において3年をかけて順次実施し,富士山の帯水層の分布,深部のマグマに関連した比抵抗異常域の分布解明を行う.平成14年度には空中からの地磁気3成分調査を実施し,富士山の磁気構造に関する基礎データを取得する.これらの研究には,掘削孔における検層,コア資料の解析により表層構造の情報を組み込む.
2. 噴火履歴の研究
富士山の北東山腹において1000mのボーリングを行い,コア試料の地質岩石学的研究を行う.また,山麓の湖底堆積物コアと,北東,北西,西部におけるトレンチの調査を行い,最新期の噴火史を解読する.噴出時期を特定するために多くの試料で年代測定を行う.また,古文書と噴出物の対比を行うことによって,有史以前の噴出物についても噴火様式の時間変化の解読を試みる.噴出物中の結晶やガラスの化学組成,結晶中メルト包有物の揮発性成分の時代的変化を検討し,マグマ溜りの状態変化や地上へ移動するまでの物理過程を解析する.
この結果に基づいて,噴出物の化学的性質,噴火の規模,噴火様式,噴火場所に関する時間的空間変化を定量的に解析し,噴火の規則性を見つけだすことを目指す.また,マントルで生産されたマグマが,どのように地殻内部に蓄積され,いかに噴火に至ったのかについて,その仕組みとメカニズムを噴出物から明らかにすることを目標とする.
(1) 火山活動史に関する研究
北東斜面で約1000mの深さの掘削調査,および,山中湖周辺において堆積物の掘削調査を行う.コア試料の岩相解析と共に年代測定を行い,過去10万年間,特に最近1万年間の火山活動史について時間を追って詳しく解読する.また,浅部のコア試料と古文書記録との対応を行う.
(2) 噴火様式の進化に関する研究
トレンチ等の表層付近の調査を面的に行い,表層に隠れた代表的な新富士火山後期の噴出物を調査する.特に,山体崩壊堆積物,爆発的噴火とそれに伴う火砕物と溶岩流,規模の大きい割れ目噴火などの規模,発生源,時期を特定する.また,「火山活動史に関する研究」で得られる北東部を中心とした研究結果とを合わせて,新富士山期の噴火活動について,噴火様式の進化を明らかにする.
(3) マグマ発達過程の解明研究
陸上および掘削試料からマグマ組成(全岩,結晶組成,結晶中のメルト包有物の化学組成)の時間的進化を解明する.特に,結晶中に含まれるメルト包有物の揮発性成分を含む化学組成を検討し,地下深部におけるマグマの状態変化を検討する.さらに,掘削試料を用いた高温高圧再現実験により,マグマ溜りの条件や地上への噴出する際の物理過程の変化の特定を試みる.
3. 情報の高度化の研究
宝永噴火規模の大量降灰を想定して,首都圏機能をはじめとする社会や・経済への定量的被害予測をおこなう.また,最近の噴火における火山情報発信および情報収集・伝達の事例研究に基づいて,今後の火山情報のあり方,情報収集・伝達のあり方についての具体的提言をおこなうことを目標とする.
(1) 噴火による社会経済的影響に関する調査研究
各種の文献から宝永噴火の降灰状況を調査し,まったく同じ入力が与えられたとき,現在の日本にどのような被害が発生するかを,ピナピボ噴火の詳細なケーススタデイと,専門家などの有識者に対するデルファイ調査を通じて調査研究する.
(2) 火山情報と避難体制の研究
雲仙普賢岳噴火,有珠山噴火,三宅島噴火などにおいて,火山情報がいかなる現象に注目して,いかなるタイミングで発表され,問題点はどこにあったかについて,詳細な事例研究を行うとともに,気象庁火山関係職員,火山噴火予知連絡会委員に聞き取り調査を実施し,さらに,全国の火山学者に対して,火山情報はどうあるべきかについてアンケート調査を行い,今後の火山情報のあり方について具体的な提言を行う.さらに,富士山周辺の県や市町村の防災担当者,有線・無線にかかわる通信事業者,コンピュータ事業者などへの詳細な聞き取り調査を通じて問題点を摘出し,その上で,望ましい情報収集・伝達システムについて具体的な提言を行う.避難体制については雲仙普賢岳噴火,有珠山噴火,三宅島噴火など過去の災害事例を研究するとともに,富士山周辺の自治体の防災担当者,法律家などに聞き取り調査を実施し,被災者への生活支援策,地域復興対策などのあり方を研究する.
(3) 活動情報の高度化の研究
富士山の火山活動による社会・経済に与える影響の大きさを考えると,富士山の火山活動状況については,社会的混乱をきたさないようにわかりやすく国民に伝えることが極めて重要である.サブテーマ(2)で明らかにされる富士山で発生するであろう火山現象をいくつか想定し,活動に関する情報をどのような記述方法で発信すれば必要で正確かつわかりやすい内容となるかを有識者からの意見聴取などに基づいて検討し,社会的要請に応えられる火山情報となるよう内容の高度化を目指す.想定する火山現象に対してどのような観測データが得られるか,観測データをどう解釈すべきかという検討を行うに際しては,サブテーマ(1)の研究成果を組み込む.
| 富士山Top | 火山噴火予知研究推進センター | 東京大学地震研究所 |
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