第8章 「観測技術開発」研究計画
1.はじめに
これまで観ることのできなかったものが見えるようになる,それだけで広く医学や工学さらに地球科学など様々な分野の飛躍的発展がしばしば認められてきた.地震予知研究分野では,広域地震ネットワークや海域地震観測システムの開発・整備により,すべり込み帯の二重深発地震面構造,アスペリティと非アスペリティ構造などが明らかとなり,地下構造探査技術の進歩と組み合わせて,地下深部の顕著な地震波反射面や低速度構造などと地震発生メカニズムの関係が見えはじめている.さらにまたGPSネットワークにより,地震観測だけでは観ることのできなかった,ゆっくりすべり等の現象が明らかとなりつつある.技術的観点からみると既存技術の量的展開も含まれるが,観るための新しい手段の開発がその基礎にあったことは言うまでもない.観測技術開発部会の使命は観測のための新しい技術の開発であり,地震予知研究者が新しい[道具]を手にいれるための試みにあり,次期計画にも同じ思想が貫かれている(佐野・他, 2002).
研究開発は研究対象あるいは研究手段の観点から3つの細目に分類されている.それらは (1)海底諸観測技術の開発,(2)ボアホールによる深部計測技術開発,および (3)地下構造と状態変化をモニターするための技術開発である.
2.個別成果のまとめ
(1)海底諸観測技術の開発
海溝沿いの大地震の準備・直前過程の解明のためには陸域と連携して震源域である海底での観測を進めることが不可欠である.これまで長期型海底地震計,GPS-音響測位システム,海底圧力計などを開発し,成果をあげてきた.この研究項目に関する研究は,東京大学地震研究所による課題番号[0113],東北大学理学研究科による課題番号[0503],名古屋大学環境学研究科による課題番号[0909]である.
課題番号[0113]と課題番号[0503]は一部共同で研究を実施しており,海底圧力計(玉木・他,2002a,b)を三陸沖にGPS−音響測位システムとともにアレー展開したほか,長期型海底地震計アレーと共に2台を茨城沖に展開した.GPS−音響測位システムについては,これまでにひきつづき三陸沖日本海溝の内側と外側に設置して繰り返し観測をおこなった(Kanazawa et al., 2002).また,6,000m程度の深海底での計測用にガラス球を耐圧容器とする海底部リピータ型トランスポンダ(図1)とその設置システムの開発をおこない,平成13年度に開発した計測ブイと組み合わせた計測のほか,より簡易型の計測ブイを利用しての計測もおこなっている(Fujimoto et al., 2002a,b).三陸沖海底の掘削孔(孔深約1000m,水深約2500mの海底)に設置された体積歪計/傾斜計は約3ヶ月の傾斜観測に成功した(金沢・他, 2002).特にその応用が期待されているGPS−音響測位システムの測位精度は条件のよい時で数cmの再現性がえられている(Miura et al., 2002;三浦・他,2002).すなわち,陸上局から350kmの海底の位置を2ないし3cmの精度で決定できる目処がついたと言えよう.この他,無人探査機を用いた潜航調査において,海底に設置した精密音響測距装置を観察し,厚い堆積層の上に設置された装置がほとんど沈まず,姿勢が安定していることが確認された(図2).また装置の回収および再設置も行うことができたので,海底長期観測における装置の交換に関する基礎実験も実施できた.なお,上記の研究の一部は千葉大学や海洋科学研究所等との共同研究である.
課題番号[0909]は類似テーマを別の視点から検討してきた(安藤・他, 2002).海底に設置した基準点と海上の船の間を精密音響測距し,GPSで精密に決定した船上装置の位置とリンクするというシステムを開発した.また,実用化のための実証段階として数ヵ月程度のやや長期の観測を実施し,実用システムとしての問題点の洗いだし,長期観測に耐えるためのハードウェアの改良を加え,実際に長期にわたる繰り返し観測を行なう必要があると考えているが,平成13年度までに海底局位置決定のランダム誤差は5cmまで向上し,実用化への目処が立った.また,システム全体の精度向上にはキネマッテクGPSの位置決定精度向上が不可欠であることも明らかになった(三宅・他,2002a,b;長田・他,2002;田所・他,2002a,b;Wojcitech et al., 2002).14年度には,音響測距部分の問題点として,従来用いていたチャープ波を送信するにはトランスデューサの制御が難しいことが判明し,M系列波に切り替えるというハード面の改良を行なった.また,東海大学と共同で,駿河湾北部において2カ月半に渡って長期観測テスト用の同一海底局を5回くり返し測定することに成功した.さらに,静岡県水産試験場と共同で,同地域に2カ所,5年間継続観測可能な海底局を設置した.
(2)ボアホールによる深部計測技術開発
深いボアホールを利用した計測は,ノイズの多い地表から逃れることによって高分解能のデータをえるという点だけでなく,震源核に近づくための重要な技術である.予知研究で重要なキーワードである地殻応力の絶対量およびその相対変化量の計測(Ishii et al., 2002)もまたボアホールを用いる.この項目に関する実施課題は名古屋大学の課題番号[0904]である.また海域ボアホールを対象として東京大学地震研究所の研究課題番号[0113]で実施されているレーザ干渉計を用いたボアホール傾斜計等の研究は両方の細目に関係している.
レーザ干渉計関係は,鋸山観測井で高度化のための観測を継続したほか,半導体レーザーをベースとした高精度レーザー光源の開発およびDSP技術による高速実時間信号処理の開発を継続し,海底ボアホールでの実用化のため省電力化・データ取得法の最適化を推進した.
名古屋大学の研究成果としては,東濃地震科学研究所と共同で,東濃地震科学研究所の屏風山の深度700mにおいて初期応力測定を実施した,また,産業技術総合研究所と共同で,ASR法との比較を行った.現在,データを解析中である.また,平成15年度の計画を先取りし,水平ボーリング孔において,初期応力測定装置をモルタルと一体にして孔底に挿入し初期応力を測定する技術の確立を試みた.その結果,水平ボーリング孔においてもモルタル一体型の工法が可能であることを確かめた(松本・他, 2001).このことから,より深い深度においても初期応力測定装置を埋設できる技術が獲得できた.また,業者を教育し,測定装置のハンドリングとデータの整理までの一連の作業を全て任せられるようにした.さらにまた,ボアホール内でデジタル変換したデータを,電源線と兼用できる同軸ケーブルを介して伝送することが可能な双方向データ通信機能を持つデータ送受信ユニットを開発した.このユニットを用いると,単一の同軸ケーブルで地下深部のボアホール観測装置に電源を供給しつつ,観測装置からデジタル信号を送信できる.この技術は省力化のみならず,コスト高のボーリング孔の有効活用にもつながる.
(3)地下構造と状態変化をモニターするための技術開発
地殻内の微小な応力変化,散乱体や地下流体の分布の変動,プレート境界での反射強度の時間変動など,地下構造の変化やそれをもたらす要因を決めるための精密調査技術開発およびその実用化が必要である.この項目に関する研究は名古屋大学の課題番号[0905]および東京大学地震研究所の研究課題[0133]である.また,比抵抗等による地下流体挙動の変化に関する研究として京都大学防災研究所による研究課題[0216]がある.
名古屋大学による精密制御震源に関する研究は,これまで少なくとも1箇所の震源と,多数の地震計群を用いて地下の速度および減衰構造の時間変化をとらえる手法の確立を目指してきた.そのためには2つの重要な開発項目があることはすでに指摘している.すなわち (a) 震源装置周辺岩盤の弾性・非弾性的性質の変動を補正する方法,および (b) 地震計アレイによる受信方法である.前者については周辺岩盤の特性を補正することにより,平成12年度から13年度にかけて行った淡路島の実験(Ikuta et al., 2002)で2000年鳥取県西部地震だけでなく2001年芸予地震についても強震動による地下水の移動と考えられる地震波速度異方性変化をとらえていたことを見いだした.後者については平成14年11月より岐阜県瑞浪市の名古屋大学地殻変動観測壕に設置した地震計アレイによって,4km離れた場所にある震源装置の送信信号を連続的に受信している(図3).この結果は,近傍に設置されている歪み計や地下水位計の記録とともに解析される手はずであるが,来年度の課題である.
平成14年度はそれらに加え,実際のフィールドへ応用するための基礎研究にも着手した.具体的には (a)東海地方に沈み込むプレート上面での反射係数の変動をとらえるためにはどのような観測をすればよいか,(b)火山などの不均質の強い場所におけるにアクロスの応用の問題点は何かである.(a)については2001年夏に行われた東海・中部地殻構造探査の記録を用い,現在用いているアクロス震源装置3台と10点程度の地震計アレイを用いた場合を想定すると,1週間程度のスタックにより,フィリピン海プレート上面からの走時変動と振幅変動の分解能がそれぞれ100マイクロ秒以下,1%以下と見積もることができ,時間変化をとらえることは十分可能であることを示した(Yamaoka et al., 2002).(b)に関しては2001年末の雲仙でのバイブレータ探査に参加し,記録を取得したが現在解析中である.またHiNet記録を用いた連続モニターの可能性を探る実験を核燃料サイクル開発機構・東濃地科学センター・アクロス開発チームと共同で開始した.岐阜県の土岐市にある振動装置を長期運転をして周辺のHiNet観測点で記録を取得することによりHiNet観測点の利用可能性を調査している.その結果,HiNet観測点には1Hz近傍と10Hzの倍数に固有のノイズがあることが判明した.HiNetをアクロスの受信装置として用いるためには,このノイズの発生源の解明とともに,なんらかのノイズ処理が必要である.
東京大学地震研究所グループが実施したパルス透過法による精密制御震源(Yamamura et al., 2003)に関しては,高精度クロックをもちいた同期運転により,ppmの変化が計測可能となっている.このオーダーで変化量が計測できた例は他にない.台風による気圧変動に伴う速度変化によりえられた弾性波速度の応力感度係数は1.4ppm/hPaであり,室内実験から推定された値(0.8ppm/hPa)とほぼ一致した.長期トレンドは約640hPa/年を示しており,GPSから推定される応力増加量の数倍である.この違いは検討中である.
比抵抗測定(Oshiman, 2002; Yamashita and Yanagidani, 2002a,b; Yanagidani and Yamashita, 2002)に関しては,新たに開発した装置を用い,精密な大地比抵抗連続モニタリングを油壺で継続した.また,2000年に野島断層で実施された注水試験にあわせて,500m孔内電極と地表電極を使用し,注水に伴う比抵抗変化を観測した.その結果,注水のための圧力増加に起因する約1%のステップ状の比抵抗増加がとらえられた.観測された比抵抗の増加量は,野島断層周辺の岩盤の応力変化に対する比抵抗の感度が室内実験の結果から推定される値より2〜3ケタ大きいことを示している.また,送信電流を大幅に増加させるための送信機の改良を継続して実施している.
3.おわりに
海底諸観測技術は着実に進歩している.次期計画においても,観測技術以外の実施項目で多くの期待を集めていることは,実用化がすぐ目の前に見えていることを示している.深部ボアホール利用,特に地殻応力測定(初期応力測定とその変化測定)分野で進歩がみられた.ボアホール孔に実装したまま充電するシステムやボアホール下でディジタル化した信号を伝送するシステムは応力やひずみ計測のみならず,広く多くの用途に適用可能と思われる.ボアホール掘削はそれだけで大きな予算を必要とするので多目的利用が望まれるが,多くの用途で使用するためには一時的にでもワイヤレス化できることが必要だからである.さらにまた,高温下で動作するシステムも含めたこのような技術は,将来,震源核に近づく深部ボーリングが可能となった時には不可欠な技術に含まれる.一方で,これまでの主力であった水圧破砕法の問題点が指摘され,さまざまな応力測定法の見直しが検討されている現在,応力解放法においても,長年の宿題であるボアホール掘削およびオーバーコア時のコア内部および周辺岩盤の応力集中にともなうマイクロクラック成長などによる構造変化の適切な評価法など,データの信頼性向上に関する努力も必要と考えられる.連続サイン波を用いた精密制御震源(アクロス)は,散乱等によるエネルギー損失が大きな高調波成分を多く含むパルス波をもちいた方法と比較して,はるかに遠く,はるかに深い地下構造を対象とすることが期待されている.今年度の報告には10km以上の深さを観ることが技術的に可能であることが示されている.今後に期待したい.比抵抗もまた地下流体挙動を詳細に調べるための手法の一つである.今後に期待したい.
昨年度の項目別報告のまとめにも述べられているが,外国で開発された技術の輸入大国と言われることがないよう,新たな観測技術開発に携わる研究者に期待したい.また筆者を含めて技術開発担当者はアイディアの実現そのものが自己目的化しがちであるが,この部会の使命は部会への研究成果報告ではなく,他の研究課題で使われるようになって初めて使命が果たされることを忘れないよう,今一度,ここにしるす.
文献
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