課題番号:1004
北海道大学
活動的火山の噴火履歴と噴出物の物質科学的解析による噴火準備過程の解明
噴火予測に関する研究は活動中の火山に地球物理学・地球化学的観測網を整備して,マグマとその移動の検出に主眼がおかれてきた.これらの研究は直前噴火予測においては大きな成果をあげてきたが,近代的な観測が始められてからまだ100年余りしか経過しておらず,過去に起こった大規模噴火,多様な噴火様式に対する経験が絶対的に不足している.また国内の活火山の全てに観測網を整備することは現実的ではないが,個々の活火山の将来の噴火ポテンシャルを何らかの方法で評価しておくことは不可欠である.社会的要請の大きい中長期噴火予測および噴火推移予測のためには,地質学的手法による噴火履歴の解明や過去の噴火推移の理解が不可欠であり,それに加えて噴出物の物質科学的解析によるマグマ発達過程を明らかにすることも必要である.
本課題ではまず活動が特に活発で近い将来に噴火すると考えられ,また噴火シナリオ作成予定であり長期集中観測実施予定の他の研究課題でも対象とする,伊豆大島,桜島火山および有珠火山を集中的な研究対象とする.これらの火山では,まず地質学的手法により噴火履歴の高精度の解明を目指す.桜島では噴火履歴解明の精度を上げるために,特にトレンチ調査もあわせて実施する予定である.またこれらをもとに噴火履歴および噴火推移に沿った組織的な試料採取を行い,物質科学的手法によって,地球物理学的観測では追跡不可能な長期にわたる,マグマ系の発達過程および個々の噴火プロセスの変化を明らかにして,マグマ系の現状を推定する.そして,これらのマグマ系の発達に関するデータを,地球物理学的観測データと融合することによって,噴火準備過程の高精度なモデルを構築し,解明することを目指す.このために他の計画との連携を重視し,特に噴火シナリオ作成に貢献することを目指す.
それ以外の活火山についても,できるだけ多くの火山での基礎的データの蓄積に努める.噴火様式や噴火間隔が様々な活火山で,低い噴出率の火山として蔵王と十勝岳,歴史時代において噴火頻度は高いが最近の噴火頻度が低下している火山として樽前山,そして表面現象はなく長い休止期にある火山として摩周火山において,主として研究を実施する.それらの火山について噴火履歴を高精度に求め,噴出物の岩石学的解析を行うことによってマグマ発達過程も長期にわたり明らかにする.それらを用いてそれぞれの火山の噴火ポテンシャルを評価し,中長期の噴火予測を行うことを目的とする.
5ヶ年の計画は以下のとおりである.
平成21年度においては,桜島ではこれまでの研究を総括するとともに,地表踏査を実施し,トレンチ地点の選定を行うことを主目的とする.有珠山においては,長期のマグマ進化を解明するための試料採取に重点を置く.伊豆大島では文献による噴火記録と地表踏査による噴火推移の対比に試みる.それ以外の火山でもこれまでの研究の総括を行い,それを踏まえた地表踏査を行うことに重点がおかれる.
平成22年度においては,桜島でトレンチ調査を実施する.さらにその結果を踏まえて,次年度のトレンチ地点の選定を行う.有珠山では試料の岩石学的検討を行う.伊豆大島では地表踏査を継続する.それ以外の火山でも地表踏査を継続する.
平成23年度においては,桜島火山でトレンチ調査を実施するとともに試料の岩石学的検討を行う.さらに採取試料の岩石学的検討を行う.有珠山においては岩石学的検討を継続するとともに,関連するボーリング探査にも参画する.伊豆大島では岩石学的検討に重点をおく.それ以外の火山でも岩石学的検討を行う.
平成24年度においては,桜島では試料の岩石学的検討を行うとともに地表踏査も行う.有珠山ではボーリング探査の資料も加え岩石学的検討を行う.伊豆大島およびその他の火山では岩石学的検討を行うとともに,追加の地表踏査を行う.
平成25年度においては,研究のとりまとめを行い,投稿論文作成を重視する.特に桜島,有珠山および伊豆大島では噴火シナリオ作成にも協力する.また複数の火山で中長期噴火予測を試みる.
重点火山のうち桜島,伊豆大島大島において地質学・物質科学的検討を行った.またこれらの火山に加え,その他の火山において古記録の解析による噴火履歴の解明を進めた.これらの成果は以下のとおりである.
○桜島火山:
・歴史時代の主要な噴火について物質科学的検討を行った.その結果,15世紀から新しいマグマ系の噴火が始まったこと,1914年の噴火からは新たに玄武岩質マグマがマグマ系に加わったことが明らかになった.現在,投稿論文の作成中である.
・764年と1471年噴火の間に新たに溶岩流出があったことが明らかになった.噴火年代は西暦1000年頃である.現在,物質科学的解析を進めている.
・1955年からの噴出物について,京大桜島観測所および鹿児島大学保有の試料収集を行った.現在,物質科学的解析のための試料処理を行っている.
・2007年から現在までの噴出物の検討を行い,新たなマグマ物質の放出の有無を検討した.その結果,2009年11月噴出物で新たなマグマ物質が放出された可能性が高いことが明らかになった.
・次年度からのトレンチおよびボーリング探査地点の選定を行い,数点の地域を決定した.
○伊豆大島:江戸時代噴火履歴を取りまとめ,論文として発表した. 歴史時代噴火のうち代表的噴出物の収集が終了し,岩石学的記載・XRFを用いた全岩主成分元素濃度測定,EPMAを用いた鉱物組成の測定を行い,各時代の噴出物の岩石学的特徴をおおまかに理解した.
○古記録による噴火経緯の復元:現在,桜島安永噴火(1779)の降灰時刻・分布,浅間天明噴火(1783)の降灰時刻・分布,青ヶ島天明噴火(1780-1785)の噴火推移の文書記録の収集とそれにもとづく高精度化を進めている.北海道駒ケ岳・有珠・樽前・渡島大島火山の噴火について,本州に残る文献調査を開始した.
それ以外の活火山においても,特に蔵王火山,十勝岳,阿寒および屈斜路火山において噴火履歴の精密化と物質科学的検討を行っている.それらの成果は以下のとおりである.
○蔵王火山:既存研究の総括を行い,これまでに構築された噴火史の問題点を明らかにした.その上で過去2千年間の噴出物の再調査を行い,代表的な地点においてテフラ層序の問題点は解決した.また,火口近傍において試料採取を行った.その試料の分析は進行中である.
○十勝岳:完新世の噴火史を確立した.特に,4700年前の噴火を新たに見出し,その成果を国内誌に公表した.現在,噴出物の物質科学的検討を行っている.
○阿寒火山:新たに解明した雄阿寒岳の噴火史を公表し,活火山であることを明らかにした.雌阿寒岳では最も大規模な噴火である1.3万年前の火砕流噴火および700年前の最新のマグマ噴火の再調査と試料採取をおこなった.
○後屈斜路カルデラ火山:摩周火山とアトサヌプリ火山について,3.5万年間の噴火史を確立し公表した.その結果に基づきマグマ供給系の物質科学的検討を行った.その結果,両火山のマグマ系は独立していたこと,特に噴出率の高い摩周火山では,活動期毎でマグマ系が変化したことが明らかになった.
重点火山およびその他の火山における22年度の研究実施計画は以下のとおりである.
○桜島火山:21年度の検討によりトレンチ調査が可能な地点が限られているため1か所のトレンチを実施し,それに加え1~2か所においてボーリングを行いコアによる噴火史の精密化を検討する.それと並行して地表および海域の地質調査および古記録による噴火履歴の再検討も実施する.また既知の歴史時代噴出物の解析によるマグマ系の構造とその時間変化を解析し成果公表を行う.それに加え20世紀以降と2009年からの最新の噴出物の物質科学的解析を前年度に引き続き実施する.
○伊豆大島:21年度に予備的に行った調査・解析の結果を基に,詳細な試料採取を行い,全岩化学組成,及び鉱物化学組成の分析を行う.そして,各噴出期のマグマ溜まり過程の特徴を明らかにし,またそれぞれの時期のマグマ溜まり過程を支配する要素を明確にする.
○古記録による噴火履歴の解明:桜島火山安永噴火データをまとめ,噴火シナリオ作成に活用する.浅間天明噴火・青ヶ島天明噴火の活動推移の解析を進める.またその他の活火山の古記録
○有珠山:歴史時代の活動期のマグマ系の構造と変遷を総括し,その中でも最初の噴火である1663年噴火に関して,噴火直前までのマグマ系でのプロセスを再検討し,噴火前兆現象との関連を考察する.
○蔵王火山:21年度に明らかになった結果を踏まえ,過去2千年間のテフラ層と火口近傍の噴出物の再調査および試料採取を継続する.火口近傍の噴出物については,テフラとの対比を行うと共に,試料の採取・分析を継続する.また,2千年~3万年前の噴出物についても調査・試料採取と分析を開始する.
○その他の火山:十勝岳においては長期の噴火履歴を既存の地質調査結果および新たに得たK-Ar年代から検討すると共に,完新世のマグマ系の変遷を議論する.後屈斜路火山・阿寒火山については物質科学的検討とマグマ系の解析を継続する.さらに22年度から北海道駒ケ岳の歴史時代噴火のマグマ系の解析を開始する.
北海道大学大学院理学研究院 中川光弘・吉本充宏・松本亜希子・長谷川 健・宮坂瑞穂
無
山形大学理学部 伴雅雄( 代表者 )