課題番号:1201
東北大学
常時微動や後続波を用いた地下構造モニタリング法の研究
近年,地震波動場の相関を利用して,受動的に地下構造を推定し,その時間変化をモニターする手法がいくつか提案されている.相関を利用するこれらの手法は地震波干渉法と呼ばれるが,手法の適用限界や精度については,まだ明らかではない点がある.そこでまず,原理について理論的考察や数値計算により検討するとともに,既往の手法の適用限界や精度について整理する.続いて,検討結果に基づき,精度や安定性に優れた手法を選びだす.その際,問題点があれば適宜手法を改良する.選ばれた手法に基づいて地下構造の時間変化を検出する解析システムを構築し,実際のデータへ適用することにより地下構造のモニタリングを行うことを最終的な到達目標とする.
平成21年度は,これまでに提案されている常時微動や地震記録の後続波の相互相関を利用した受動的モニタリング手法を調査し,適用限界や精度について整理する.また理論的考察や数値計算に基づき手法の原理についての理解を深める.
平成22年度は,平成21年度の検討結果に基づき,精度や安定性に優れた手法を選びだし,問題点があれば適宜改良する.このようにして,選ばれた手法に基づいて地下構造の時間変化を検出する解析システムを構築する.
平成23-25年度は,解析システムを実際のデータへ適用することにより地下構造のモニタリングを行う.特に大地震や火山噴火などの発生が予想されている地域に重点をおき,それらのイベントの発生に伴う地下構造の変化について調査・検討する.その際,長期の変化の傾向を把握することが重要であるので,リアルタイムのデータだけではなく,過去のデータを利用した調査も実施する予定である.
今年度は計画していた課題を遂行するとともに,平成22,23年度に計画していた課題を一部先行して実施した.以下に成果の概要をまとめる.
(a)波形相関を利用した既往の受動的モニタリング手法についての検討
今年度は,地震波の相関を用いて受動的に地下構造のモニタリングを行う手法であるコーダ波干渉法[例えば Snieder et al.(2002)]や地震波干渉法[例えば Campillo and Paul(2003), Wapenaar and Fokkema(2006)]について,文献調査を行い,利点と問題点を整理した.コーダ波干渉法は,相似地震や人工地震の繰り返しの波形記録に対して,そのコーダ波部分の相互相関から媒質の時間変化を計測するものである.多重散乱波の特徴の一つである構造変化に対する敏感性をうまく使った手法であるが,相似地震の発生を待つ必要があること,人工地震は高コストであることなどから,時間分解能を上げることが困難である.一方,地震波干渉法は,常時微動やコーダ波の相互相関や自己相関から,媒質のグリーン関数を受動的に合成する手法で,現在広く注目を集めている.特に常時微動を用いると時間方向に連続的なデータ解析が可能となる点は大きな魅力である.その一方で,適用限界や信頼性については未だ解明されていない部分も残る.
文献調査の結果,現在のところ,Passive Image Interferometry法[例えば Sens-Schoenfelder and Wegler(2006)]が,地下構造の時間変化を受動的かつ連続的に監視する上で最も有効であると考えられる.というのも,この手法は,常時微動やコーダ波の相互相関や自己相関からグリーン関数を合成し,そのコーダ波部分を解析するもので,コーダ波干渉法と地震波干渉法の両者の利点を組み合わせいるからである.また実際に,地震発生に伴う震源域での構造の時間変化 [例えば Wegler and Sens-Schoenfelder(2007), Ohmi et al.(2008)]や火山噴火に伴う火山体構造の時間変化 [例えば Brenguier etal.(2008)]などが,この手法により検出されている.この手法により検出される地震波速度変化の精度は,0.1%程度と考えられている.手法の適用にあたっては,微動の入射方向の等方性や広角性を担保すること,波動場の構成要素を理解することが望まれる.
(b)波形相関を利用した受動的モニタリング手法のデータへの適用
次年度以降の研究計画の一部を先取りし,Passive Image Interferometry法を2004年新潟県中越地震の震源域における観測データ(Mj6.8)に適用した [Wegler et al. (2009)]. 震源域から30km以内にある防災科研Hi-net,F-netの6観測点(図1参照)の連続波形記録を用いて,本震発生の前後2カ月間にわたり,2-8Hzにおいて微動の自己相関,0.1-0.5Hzにおいて微動の2観測点間の相互相関を計算した.その結果,本震発生の直前には相関に見られるフェイズに変化は見られなかったが,本震発生に伴いフェイズの顕著な遅れを検出した.分析の結果,震源域において地震波速度が最大で0.5%低下したことが分かった(例えば図2参照).原因は特定できていないが,強震動による浅い地盤の損傷に加えて,震源断層付近のやや深い場所での破砕による構造の弱化が考えられる.
(c)地震波干渉法についての理論的・数値的研究
地震波干渉法についての理解を深めるために理論的考察を行った.微動の相互相関から媒質を伝播する波動のグリーン関数を求める事が出来るようになったものの,実際には直達波の伝播速度の推定のみに用いられていることが多い.相互相関の直達波の後に続く波群をどのように理解したら良いかは,未だ明らかではない.デルタ関数的な速度不均質が空間に分布する減衰のない媒質を考えた場合,そのグリーン関数は直達波とそれに続くコーダ波から形成される.Sato[2009a]は,このような不均質媒質を取り囲むようにノイズ源を分布させた場合,相互相関の時間微分がグリーン関数の反対称和で表されることを,ボルン近似を用いて導いた.Sato[2010]は,減衰がある媒質中では,ノイズ源が空間的にランダム一様に分布する場合に,相互相関の時間微分がグリーン関数の反対称和で表されることを,ボルン近似を用いて導いた.さらに,Sato[2009b]は,速度不均質がランダム一様に分布する減衰のない媒質中において,一次散乱コーダ波の相互相関からグリーン関数の直達波成分を導出することが出来ることを示した.以上のように,地震波干渉法において,1次散乱波を利用することの意義,減衰がある構造に対しても地震波干渉法が成立すること,そしてその場合のデータ解析方法が明らかになった.
平成21年度の検討結果に基づき,地下構造の時間変化を検出する手法としてPassive Image Interferometry法を採用する.ただし,波形の振幅情報の規格化に関しては,いくつか異なる方法が存在するため,適切な方法について検討を進める.以上のようにして選ばれた手法に基づいて,地下構造の時間変化を検出する解析システムを構築する. また地震波干渉法に関する理解を深めるための基礎研究も並行して行う.
中原恒・松澤暢・佐藤春夫・他
無