課題番号:1214

平成21年度年次報告

(1)実施機関名

東北大学

(2)研究課題(または観測項目)名

実験と自然観察が明らかにするミクロとマクロの地震の関与する地殻流体の実態

(3)最も関連の深い建議の項目

    • 2.地震・火山現象解明のための観測研究の推進
      • (4)地震発生・火山噴火素過程
        • ア.岩石の変形・破壊の物理的・化学的素過程

(4)その他関連する建議の項目

  • 2.地震・火山現象解明のための観測研究の推進
    • (2)地震・火山噴火に至る準備過程
    • (2-1)地震準備過程
      • ア.アスペリティの実体
    • (3)地震発生先行・破壊過程と火山噴火過程
    • (3-1)地震発生先行過程
      • イ.先行現象の発生機構の解明
    • (4)地震発生・火山噴火素過程
      • イ.地殻・上部マントルの物性の環境依存性

(5)本課題の5か年の到達目標

地殻流体が地震の発生に強く関与していることが指摘されているが,地震に関与する地殻流体の物理化学的性質および動的挙動についての知識は希薄である.特に地震発生帯の温度・圧力条件(300℃-500℃,1kb-10kb)での地殻流体の基本的性質についての理解が進んでおらず,状態方程式,化学反応性,流体分子構造,輸送現象の解析などが未整備の状態である.地殻流体の基礎情報を充実させるとともに,これらの基礎知識を地震発生メカニズムの解明に結びつける必要がある.
本研究課題では,地殻流体の熱物理,化学反応,分子構造,輸送現象,破壊現象との関わりを先端設備を用いた室内実験や数値シミュレーションにより明らかにするとともに,地上に露出した化石地震発生帯の野外観察(岩石-水相互作用)などの情報を融合させて,地震発生における地殻流体の役割と振る舞いについての検討を進める.

(6)本課題の5か年計画の概要

平成21年度においては,地殻流体状態方程式を構成する基本パラメータについて,地震発生に関係する特定のPTX(Xは化学成分)領域で検討を行い,また, 地殻流体の誘電率の見積もりに関連して,H2O-NaCl系流体中の石英の溶解度から流体の誘電率を見積もるアルゴリズムを開発し,これを用いて,既存のH2O-NaCl系流体中の石英の溶解実験データを基礎に,流体の誘電率の検討を行う.合わせて,誘電率と水-岩石相互作用の解析に広く用いられているSUPCRT92のデータ構造との整合性を,既存の石英+珪灰石(又は単斜輝石)の溶解実験データを用いて検証する.鉱物表面と地殻流体との相互作用に関わる研究として,鉱物界面におけるH2O-CO2の混合流体と鉱物との相互作用および鉱物界面での流体分子を明らかにする.また,地殻流体のマクロ的なダイナミクスとして,チャネリングフローに関する検討を行い,岩石内の3次元き裂の優先流路の形成の時間発展を明らかにする流体流動実験を行う.これらの実験的検討とともに,領家変成帯,三波川変成帯における流体通路(鉱物充填脈)の分布,特性を評価し,母岩の温度構造と流体の物理化学的特性との関係を明らかにする.さらに固体圧試験器を用いて,水が存在する環境下での長石の流動性についての検討を行う.
平成22年度は,代表的な組成の地殻流体(H2O+NaCl+CO2)の状態方程式確立のため,および地震発生領域での地殻流体の誘電率を明確化するために,地既存のデータが無い温度・圧条件下でのH2O-NaCl系流体中の石英+珪灰石系の流体の誘電率を見積もる.また,鉱物表面の構造化された水による鉱物の破壊に及ぼす影響についての実験的検討を進め,これに加えて地殻内部における岩石の脱水過程を実験的に再現し,地殻流体の発生メカニズムを明らかにする.地殻内のチャネリングフローに関わる実験として,3次元構造を持つき裂ネットワーク内の流体流動を予測するシミュレーションコードを開発し,封圧下における3次元優先流路の発達を解析するとともに,優先流路の時間発展を明らかにする.また,流体包有物と水‐岩石相互作用の自然観察として,変成帯における流体の起源を明らかにするとともに,岩石の脱水による流体発生の実験結果と融合させ,沈み込み帯における地殻流体の発生と移動現象を解明する. さらに固体圧試験器を用いて,水が存在する環境下での長石の流動性についての検討を行う.
平成23年度は,地殻流体の状態方程式の整備に関連して,代表的な組成の地殻流体(H2O+NaCl+CO2)の中でも,高濃度NaClあるいは高濃度CO2水溶液についての検討を行,H2O-NaCl系にCO2を加えた3成分系地殻流体の誘電率を理論的に求め,誘電率の温度・圧・組成に関する依存性を定式化する.また,鉱物表面と地殻流体との相互作用に関連する検討として,化学反応と破壊現象の相乗作用を実験的に明らかにして,地殻流体と地殻の破壊との因果関係を示す.また,岩石の脱水実験を行い,脱水過程と岩石の溶解,沈積及び変質・変成過程について検討を行う.これらの実験にあわせて,地殻内部における優先流路の発達過程と固着域との関係するために,室内実験規模と実際の地殻現象との空間的,時間的スケールの差異を検討を行い,チャネリングフローのフラクタル的解析を通じてスケールアップの方法論を明らかにする.また,流体包有物と水‐岩石相互作用の自然観察から変成岩の破壊現象と流体との関わりについての野外観察を行う.さらに固体圧試験器を用いて,水が存在する環境下での長石の流動性についての検討を行う.
平成24年度は,定式化されたH2O-NaCl-CO2系流体の状態方程式と誘電率を組み込んだ,流体-岩石相互作用シミュレーション用のコアとなるコードを開発する.また,鉱物表面と地殻流体との相互作用に関連して,化学反応と破壊現象の相乗作用を実験的に示し,地殻流体と地殻の破壊との因果関係を明確に示す.また,岩石の脱水実験を行い,脱水過程と岩石の溶解,沈積及び変質・変成過程について検討を行う.これに加えて,室内実験と実現象の時間的,空間的スケールの差異を考慮した地殻内部でのチャネリングフローのモデルを提案する.また,自然観察として,変成帯における流体包有物の解析から,流体の起源を明らかにするとともに,岩石の脱水による流体発生の実験結果と融合させ,沈み込み帯における地殻流体の発生と移動現象を解明する.さらに固体圧試験器を用いて,水が存在する環境下での長石の流動性についての検討を行う.
平成25年度は,地震発生帯の条件に合わせた地殻流体状態方程式を確立させ,これをさらに発展させて,ヒーリング等に関わる問題に適用することを試みる.また,地殻流体-岩石シミュレーションのコアコードを発展させて,地震発生予知に要求される流体-岩石相互作用シミュレータを作成する.さらに,鉱物表面と地殻流体との相互作用として,化学反応と破壊現象の相乗作用を実験的に示し,地殻流体と地殻の破壊との因果関係を明らかにし,これに加えて岩石の脱水実験を行い,脱水過程と岩石の溶解,沈積及び変質・変成過程について検討を行う.チャネリングフローに関わる実験として,観測から推定されるアスペリティーの分布と,実験及び数値シミュレーションから推定される優先流路とアスペリティーのモデルとの比較を行う.また,流体包有物と水‐岩石相互作用の自然観察:付加帯,変成帯における流体の起源を明らかにするとともに,岩石の脱水による流体発生の実験結果と融合させ,沈み込み帯における地殻流体の発生と移動現象を解明する.さらに固体圧試験器を用いて,水が存在する環境下での長石の流動性についての検討を行う.

(7)平成21年度成果の概要

 三波川変成岩、日高変成岩分布域を中心に、変成度と鉱物充填脈の分布頻度、性状、鉱物組み合わせなどとの関係を系統的に明らかにした.その結果,三波川変成岩のもっとも低変成度の緑泥岩帯ににもっとも多くの鉱物充填脈が含まれており、変成度が上がるしたがって、鉱物充填脈の分布頻度(体積比)が減少し、最高変成度域ではほとんど鉱物充填脈は観察されなくなる.これらのことは,三波川変成岩の下位に十分に水を含んだ付加体物質が祖こず消されている可能性を示唆しており,地殻中での流体の発生条件に一定の制約を与えている.さらに日高変成帯では,最も高温高圧域に脆性破壊を伴う鉱物充填脈を見いだした.これは、日高変成帯最下部の上昇ステージでの高密度流体の流動を示していると考えられる.また,岩石き裂内の地殻流体の流体流動状態をシミュレートする3D計算機コードのプロトタイプを開発した.(土屋)
 H2O-NaCl 系流体中の石英の溶解度から,地球科学分野でもっとも広く用いられている熱力学的データベースであるSUPCRT92と整合的な溶媒の誘電率を見積もるアルゴリズムを開発した.更にこれを用いて,これまで報告されている約200個のH2O-NaCl 系流体中の石英の溶解実験データを基礎に,0.5kb, 1kbおよび2kbにおける誘電率の温度依存性の検討を行った.
 その結果,H2O-NaCl系流体の誘電率が300~400℃付近で急変することが示された。この誘電率の急激な変化は,NaClの主要溶存種がNaCl からNa+とCl-に変わる温度にほぼ対応している.従って,塩の溶存形態が誘電率に強く影響を与えている可能性が高い。以上の結果を,2009年の Goldshmidt会議で発表した.
 また,石英中の微小な流体包有物の塩濃度をラマン分光分析装置で測定する手法を共同で開発し,実際の地殻流体の解析に適応試験した.(星野)
 一昨年度に「地殻流体状態方程式実験装置」を制作した.これを稼働させていた大学院生が就職したために稼働を休止していた同装置を再度立ち上げを試みた,手製のため,まだ本格稼働に至っていない.なお,この装置を広島大学のガス圧変形試験機に移植するための準備を進めた.また,中古の固体圧変形試験機を導入し,これを整備・組み立て作業を行った.(大槻) 
 これらの成果より,実験と自然観察から地殻流体の発生と移動の様式についての研究の方向性を確定めることができた.

(8)平成21年度の成果に関連の深いもので、平成21年度に公表された主な成果物(論文・報告書等)

  • Noriaki Watanabe, Nobuo Hirano and Noriyoshi Tsuchiya, Determination of aperture structure and fluid flow in a rock fracture by high-resolution numerical modeling on the basis of a flow-through experiment under confining pressure. [Water Resource Research, 44, (2008), 1-11] A. Okamoto, T. Kikuchi and N. Tsuchiya, Mineral distribution within polymineralic veins in the Sanbagawa belt, Japan: implications for mass transfer during vein formation. [Contributions to Mineralogy and Petrology, (2008), 1-14] Atsushi Okamoto, Hanae Saishu, Nobuo Hirano, Atsushi Okamoto, Hanae Saishu, Nobuo Hirano, and Noriyoshi Tsuchiya, Precipitation of Silica Minerals by Hydrothermal Flow-Through Experiments at 200-430C and 30 MPa.[Transactions of Geothermal Resources Council, 32, (2008), 389-392] Noriaki Watanabe, Hiroshi Iijima, Nobuo Hirano, and Noriyoshi Tsuchiya, Relationship between Rate of Aperture Reduction and Contact Pressure of Fracture in Granite under Hydrothermal Condition. [Transactions of Geothermal Resources Council, 32, (2008), 487-492] Keisuke Morahashi, Atsushi Okamoto, M. Satish-Kumar and Noriyoshi Tsuchiya, Variations in stable isotope compositions (δ13C,δ18O) of calcite within exhumation-related veins from the Sanbagawa metamorphic belt. [Journal of Mineralogical and Petrological Sciences, 103, (2008), 361-364] J. HARA and N. TSUCHIYA, Chemical modiocation of pyroclastic rock by hot water: an experimental investigation of mass transport at the fluid solid interface. [Geofuids, 9, (2009), 24-38] Noriaki Watanabe, Nobuo Hirano, and Noriyoshi Tsuchiya, Diversity of channeling flow in heterogeneous aperture distribution inferred from integrated experimental-numerical analysis on flow through shear fracture in granite. [JOURNAL OF GEOPHYSICAL RESEARCH, 114 (B04208), (2009), 1-17] Katsumi Nemoto, Noriaki Watanabe, Nobuo Hirano and Noriyoshi Tsuchiya, Direct measurement of contact area and stress dependence of anisotopic flow through rock fracture with heterogeneous aperture distribution. [Earth and Planetary Science Letters, 281, (2009), 81-87] Hideki Mukoyoshi, Tetsuro Hirono, Hidetoshi Hara, Kotaro Sekine, Noriyoshi Tsuchiya, Arito Sakaguchi and Wonn Soh, Style of fluid flow and deformation in and around an ancient out-of- sequence thrust: An example from the Nobeoka Tectonic Line in the Shimanto accretionary complex, Southwest Japan. [Island Arc, 18, (2009), 333-351] Atsushi Okamoto and Noriyoshi Tsuchiya, Velocity and vertical fluid ascent within vein-forming fractures. [Geology, 37 (6), (2009), 563-566] Hoshino, K. Ueda, Y. and Hirotaka, T. (2009): Apparent dielectric constants of brines estimated from quartz solubilities. Goldschmidt Conference Abstracts 2009, Geochim. Cosmochim. Acta, 73, 13, Supplement 1, A552. Hirotaka, T. and Hoshino, K. (2009): Variation of salinity and gas composition of fluid inclusions in the Culebra granitic rocks of the Pallca mining area in Peru. Goldschmidt Conference Abstracts 2009, Geochim. Cosmochim. Acta, 73, 13, Supplement 1, A534.

(9)平成22年度実施計画の概要

 平成22年度は,三波川、日高変成帯に加え、南極のセールロンダーネ産地に分布する角閃岩相からグラニュライト相での変成岩の水和作用(Hydration Reaction)を定量的に解析して、地殻内での流体の発生量を推定する.大陸地殻および沈み込み帯の中部から下部地殻での水が関与する反応の速度論的考察を行う.
 さらに代表的な組成の地殻流体(H2O+NaCl+CO2)の状態方程式確立のため,および地震発生領域での地殻流体の誘電率を明確化するために,地既存のデータが無い温度・圧条件下でのH2O-NaCl系流体中の石英+珪灰石系の流体の誘電率を見積もる.また,鉱物表面の構造化された水による鉱物の破壊に及ぼす影響についての実験的検討を進め,これに加えて地殻内部における岩石の脱水過程を実験的に再現し,地殻流体の発生メカニズムを明らかにする.地殻内のチャネリングフローに関わる実験として,3次元構造を持つき裂ネットワーク内の流体流動を予測するシミュレーションコードを開発し,封圧下における3次元優先流路の発達を解析するとともに,優先流路の時間発展を明らかにする.また,流体包有物と水‐岩石相互作用の自然観察として,変成帯における流体の起源を明らかにするとともに,岩石の脱水による流体発生の実験結果と融合させ,沈み込み帯における地殻流体の発生と移動現象を解明する. さらに固体圧変形試験機を稼働させ,それを広島大学に移植する作業を進め,水を含んだ下部地殻岩石(主に斜長石)の流動変形実験を行う.

(10)実施機関の参加者氏名または部署等名

東北大学大学院環境科学研究科 土屋範芳
東北大学大学院理学研究科 大槻憲四郎,武藤 潤

他機関との共同研究の有無

広島大学大学院理学研究科 星野健一

(11)問い合わせ先