課題番号:1420
東京大学地震研究所
南アフリカ大深度金鉱山における応力パラメタの先行変化の発生機構の解明
地震発生を司る根幹を成すパラメタとして,応力とひずみが挙げられる.種々の応力に関する直接的な測定手法が提案され高度化されつつあるが,日本の内陸やその周辺地域においては震源域近傍,すなわち地殻深部の応力場の直接計測は非常に困難である.そこで,応力逆解析パラメタや応力降下量,Energy Indexなどの地震波形から推定される応力パラメタを用いて,震源近傍の応力状態を推定する手法が提案されている.対象とする震源領域でこれらの応力パラメタを推定することで,事後的にではあるが,先行現象が示唆された例はある.しかしながら,これら応力パラメタと絶対応力の比較は上述の理由により困難である.
本課題で研究を遂行するフィールドである南アフリカ金鉱山(以下,南ア金鉱山)では,地震は主として,採掘による応力擾乱が原因で発生している.そのため,このフィールドには,上記の応力パラメタの変化の原因を解明する上で,3つの大きな利点がある.
1.採掘は計画に基づいて行われており,また,鉱山内の坑道など,応力場の不均質性を生み出す構造はすべて既知であるため,応力モデリングを行うことができる.鉱山でも採掘前や採掘前線近傍においては,応力モデリングが行われている.適切に安全性を評価し,採掘計画を検討することによって,甚大な被害をもたらす大規模な地震の発生を抑制している.
2.応力と密接に関係するひずみの連続観測が,関連課題で計画されている.南ア金鉱山では,採掘が行われている地下約3kmに歪計を埋設できるため,地震発生深度でひずみの直接観測が可能である.複数点観測を実施することにより,ひずみ場の時空間分布の推定が可能となる.
3.関連課題で,同一サイトにおいて断層から数メートル以内での強震計アレイの展開が計画されている.このアレイで得られるデータを用いて,応力パラメタ推定の肝となる微小地震の震源情報を高い精度で推定することができる.
そこで本課題では,南ア金鉱山における微小地震観測網の維持・構築を進めるとともに,微小地震の震源ならびにメカニズム解・応力逆解析パラメタ・Energy Index等の推定をおこない,応力パラメタの時空間分布を明らかにする.その後,応力モデリングや直接観測結果との比較を通して,応力パラメタの感度や有効性などについて検討することを5ヶ年の到達目標とする.
平成21年度は,現在観測が実施されているサイトの維持につとめるとともに,得られた波形データの整理をおこなう.現行のサイトでは,地震発生が予測される断層のすぐそばに地震計が埋設されており,既存の鉱山の地震計とともに観測ネットワークを形成している.地震記録はすでに取得されているが,対象とした断層及びその周辺で発生した地震記録がどの程度存在するかなど,データの確認がおこなわれていない.対象とする断層及びその周辺の地震活動とそれら地震に対応する波形記録の有無などを調べるなど,解析の準備を進める.並行して新規に展開する観測サイトの候補地を現地調査し,サイトの構築に向けての準備を進める.
平成22年度は,既存のデータ解析を進めるとともに,現行観測サイトの維持,新規観測サイトの構築を開始する.
平成23年度は,既存のデータ解析をとりまとめるとともに,現行観測サイトの維持,新規観測サイトの構築を完了する.
平成24年度は,新規観測データに関し,対象とする断層及びその周辺の地震活動とそれら地震に対応する波形記録の有無などを調べるなど,解析の準備を進める.また観測サイトの維持をおこなう.
平成25年度は,データ解析を進めるとともに,観測サイトの維持をおこなう.また,研究成果のとりまとめをおこなう.
Mponeng金鉱山地下3.3 kmのサイトでは,南東に20 ~ 25°で傾斜する薄板状の鉱脈に対して,厚さ約20 mのダイクが垂直に貫入している.鉱脈掘削により掘り残されたダイクには応力が集中し、活発な地震活動が発生することが予想される.そこで,坑道からの深さ20 ~ 90 m,ダイクと母岩の境界(東西の境界)に沿って,堅固な岩盤内に10 ~ 30 mの間隔で,25 kHzまで応答がフラットな加速度計7台(うち4台は3成分)が3次元的に埋設された.この高周波まで応答する地震計を用いて48 kS/sというこれまでに例を見ない高い周波数帯域をカバーするスペックで観測が行われている.実際に48 kS/sで集録された観測期間は限られるが,震源距離150 m以内という至近距離で発生した数多くの地震を捉えることに成功した.地震規模はおよそ-3 < M < 0の範囲のものが多く,地震のコーナー周波数よりも十分高い観測周波数帯域で地震が観測されている.震源距離が短いために非弾性減衰の影響もそれほど厳しくないと考えられる.また,17日間で2万個以上のイベントが記録されていることからも,震源域の応力モニタリングに適したサイトであることが伺われる.ボアホール地震計の特徴でもあるが,孔軸方向の成分の応答が他の2成分に対して高周波側でより減衰していることや,時間帯によりいくつかの周波数帯に得意なノイズが含まれていることなど,波形解析を実施するにあたって注意すべき点が抽出された(和田・他,2009).
また,新規観測サイトとして,Moab Khotsong鉱山やEzulwini鉱山において総合観測網のデザインが進められた.数年以内にM > 2の地震の発生が予測されている既存断層の周囲および直近に,広帯域地震計・加速度計・AEセンサーやひずみ計などを3次元的に配置する予定である.事前に断層位置を確かめるための踏査やパイロットホールの掘削なども行われ,Mponeng鉱山の既存サイトよりもさらに震源に近づいた観測を計画している.
平成22年度は,既存の観測を継続しつつ,新しい総合観測網の構築を開始する.また,既存サイトのデータから微小地震の震源ならびにメカニズム解・応力逆解析パラメタ・Energy Index等の推定をおこない,応力パラメタの時空間分布をについて検討する.加えて、新しい観測網に埋設するボアホール地震計の応答特性の改善にも努める.
東京大学地震研究所 加藤愛太郎・中谷正生・五十嵐俊博
有
立命館大学総合理工学研究機構 川方裕則・小笠原宏