課題番号:1423
東京大学地震研究所
南アフリカ大深度金鉱山における断層破壊面極近傍の精細な動力学的破壊過程の推定
大きな地震ほど破壊成長抵抗(Gc)が大きいことが震源インバージョンなどから示唆されているが,室内実験からはGcはスケールに依存しない物性値であることが示されている.自然地震から示唆されているGcのスケール依存性が,マルチスケールな不均質場の中で破壊が動的に成長することで現れるのか,あるいは,既存断層中のダメージゾーン等の成熟度の差によって場の固定的な性質として現れるのかは,地震のサイズ予見性にも関わる根本的な問題である.前者では地震破壊は常に停まるか停まらないかのぎりぎりのところで進行していることになり,後者では地震はその地震にとっての断層全面を壊すまで途中で停まることはないということになる.
本課題では,-3<M<3までの活発な地震活動が起こっている南アフリカ大深度金鉱山(以下,南ア金鉱山)において,M3クラスのラプチャーが予想される大規模な地質弱面(ダイク境界面や地質断層)の超至近距離に地震計アレイ(以下,on-fault地震観測網)を構築し,100-200m級のラプチャーを破壊面から数メートル以内の複数点で観測し,地震破壊の動的成長過程を直接観測することを一つの目標とする.
断層至近距離で観測される地動の長周期成分からは断層滑りの時間履歴が高い確度で得られ,地震の成長途上での断層構成則や破壊成長抵抗が得られる.また,媒質の影響をほとんど受けずに観測される短周期地震波からは,その成長過程における破壊の複雑さの程度と素性がわかるだろう.これらの情報からより大きな地震の破壊過程に内包されるより小スケールの部分破壊の役割を明らかにし,冒頭でのべた破壊のスケーリングの問題に対して実証的な立場からのモデルを提示することが本課題の最大の到達目標である.
また,計画しているon-fault地震観測網は予想される最大級の地震ラプチャーの数割を覆う程度の大きさであるが,これによって最大級の地震ラプチャーの最中を観察するだけでなく,同じ場所でおこるより小規模な地震の開始や停止を間近で観察することも期待でき,-3<M<3までの幅広いスケールの破壊を,高い分解能で観察することができる.
本課題は,南ア金鉱山で展開される関連課題と有機的に最大限連携し,同一サイトで多項目の観測をおこない,観測網,計器設置作業,データなどを共有することで,費用対効果の向上を目指す.各関連課題の主たる観測目的は異なるが,現地調査や計器の設置などで効率化が図れる上,互いに異なる周波数帯を対象とした観測が同一サイトで展開されるため,地震発生場の理解に対して相補的な役割を果たすことが期待される.
平成21年度は,現行観測の維持,現行観測で得られたデータの初期解析,および多項目の観測をおこなうための観測網の構築準備の期間と位置づける.現在観測が実施されているサイトの維持につとめるとともに,得られた波形データの初期解析を行い,比較的遠方で発生した地震記録を用いて解析に使用する全地震計の方位・極性の確認,較正を行う.また,新規に展開する観測サイトの候補地を現地調査し,サイトの構築に向けての準備を始める.
平成22年度は,波形データの初期解析および方位補正を継続的に行うとともに、新規に展開する観測サイトの構築を開始する.
平成23年度は,前半に新規に展開する観測サイトの構築を完了し,後半にデータの解析に着手する.
平成24年度は,新規サイトにおけるデータの解析を実施し,幅広いスケールの震源過程を高分解能で抽出する.
平成25年度は,地震発生場の理解に向けて,断層破壊面極近傍の精細な動力学的破壊過程の推定の観点から,研究課題のとりまとめを行う.
南アフリカ鉱山の観測の寿命は, 1つの区画の採掘期間を含む数年であるので, 平成21年度は, 予定通り, 新たな観測網の構築準備をおこなった. いくつかの鉱山において, 現地で鉱山関係者とともに現場視察, 採掘計画, 地質情報の収集をおこない, 既存の地質断層によいアクセスをもつ鉱山を選定した. そのような鉱山の一つにおいては, 詳細な断層調査の結果,過去に100m級の変位をおこす, 数十センチ厚の断層ガウジをもつ断層セグメントのジョグ部分を含むような観測網を構築できるみとおしがたった. 現在, センサ埋設深度での断層の位置をピンポイントで把握し, 断層至近距離にセンサを設置するための試掘作業を開始した.
また, われわれの過去の観測において, M2地震の断層面へ最短距離が6mという至近距離における, 50m規模のネットワークで, M2地震の余震が大量にとらえられていたが, 平成21年度は , 予定通りその解析をすすめた. 震源決定精度の定量評価までおこなった検討の結果, この余震は80 m x 100 mの断層面にくまなく分布し, 厚さ1m以下の非常に薄いゾーンに分布することが示唆された.このような, 薄くて 非常に高いコントラストを示す余震分布は, 余震を, 本震断層の巨視的なスケールでの不均質がうみだす応力変化で説明する現代的な余震モデルとは合致しない. 断層面ごく近傍に強く集中している余震の説明として, 本震破壊の統計的短波長擾乱なら,その影響が断層面ごく近傍に限られるので可能であるという理論モデルが最近提出された. 一方で, そのような短波長の不均質が本震断層の破壊成長抵抗の源であるということも室内実験から示唆されている.したがって, 断層面ごく近傍に強く集中している余震の解析から, 本震断層の破壊力学パラメタを推察できる可能性がある.
平成22年度は, 地質断層を至近距離でとり囲む新たな観測網を南アフリカの金鉱山内に建設する. また, 過去の観測の余震データの波形解析から, 個々の余震のマグニチュードを決定し, 断層面ごく近傍に強く集中している余震が, 本震断層破壊の短波長不均質のあらわれであるというモデルに照らして解釈を行う.
東京大学地震研究所 三宅弘恵・中谷正生・五十嵐俊博
有
東京大学大学院理学系研究科 井出哲