課題番号:1438
東京大学地震研究所
宇宙線観測による構造探査技術の高度化
宇宙線など透過力の強い素粒子を用いて火山体のラジオグラフィー(透過像撮影技術の技術開発を行い,火山体や活断層の密度構造の高空間分解能・実時間モニタリングを目指す.特に有珠山,北海道駒ケ岳,浅間山,桜島,薩摩硫黄島等の火山で,開発機器を用いた試験観測を行い,技術の性能確認および問題点の把握を行う.同時にこの新技術によって得られる結果を,独立の手法である絶対重力連続観測によって検証する.
平成21年度は、FPGA(プログラマブルロジックデバイス)を用いたデータ取得システム等を完成させる。より深部の密度構造を明らかにするためのS/N比の向上を目指した試験観測を有珠山、桜島等で実施する。絶対重力観測は桜島で連続観測を実施し、連続観測を続けるためのノウハウを蓄積する。
平成22年度は、カロリメータ方式による、宇宙線雑音低減の試験観測のためのプロトタイプを製作し運用する。同時に必要となるソフト開発を実施する。同方式を大型化したときに想定される課題を洗い出す。絶対重力観測は桜島で連続観測を継続する。宇宙線による火山体のイメージ変化と、絶対重力変化とを照合し、整合性をチェックする。
平成23年度は、前年度試作したプロトタイプを大型したモデルを製作する。
平成24~25年度は、23年度に製作した大型モデル、及び絶対重力計を用いて、活動的な火山の1ないし2を同時観測する。観測イメージの変動から、活動の推移予測を試みる。
平成20年度までに写真乾板を用いることで宇宙線ミュオンによる火山体内部などの浅部地殻の密度構造(密度の空間分布)が視覚化可能であることが分かってきた。しかし、写真乾板を用いた観測では市販のフィルムカメラと同様、設置・回収・現像・解析の一連の作業が必須である。そのため、本課題ではミュオンのオンライン観測を行う方策が講じられた。それにはシンチレーター・光電増倍管などのエレクトロニクス技術を用いる必要があるが、ミューオグラフィー観測に従来型技術をそのまま適用すると消費電力は数千ワットを超え、そのままでは野外観測に用いるには無理があった。この問題を解決するために取られた手法が本課題で提案されたFPGAチップ技術である。FPGAとは集積回路の一種であるが、チップを購入したユーザーが自分で設計した回路を自由に実装することができる。このFPGA内にウェブ・サーバを組み込むという新しいシステムを開発した。図1が開発した検出システムの概念図である。本課題により、開発したモジュールの消費電力は約2.5ワットと従来型のものと比べて3桁以上小さな値を実現でき、野外観測の道が大きく開けた。また、検出器は火山体付近の観測点に配置するのは当然とするものの、データ解析は火山体から遠く離れた大学の研究室内のPCで行うオンライン観測システムが実現できた。
上記システムを用いて、桜島におけるミュオン観測を開始した。目標は桜島浅部火道における配管系の視覚化である。桜島では上記FPGAを用いたデータ取得システムを実装した省電力・可搬型宇宙線ミュオンテレスコープモジュールシステムが山頂からおよそ3 km南西にはなれた観測点に設置された(図2)。ミュオンテレスコープの視野にはA火口、B火口、昭和火口が入る。観測結果が図3に示されている。図はミュオン透過強度を方位角-仰角空間内にプロットした物である。図中の山体のミュオンの影上部で相対的にミュオン強度が大きくなっているところが、A,B、昭和火口(S)に相当するところである。A火口とB火口は浅いうちは一つの大きな火口になっているようで、その後2つに分かれている。図の中に入れた点線はそれぞれの火口の下において局所的にミュオン透過強度が多くなっている最大値を線でつないだものである。A,Bともにまっすぐに伸びている。Sも途中までまっすぐに伸びているが、標高645m辺りからわずかにBの方向へ曲がっているようである。昭和火口の火道は標高マイナス100m付近でBの直下に遭遇することが示唆される。図中の数字は密度減少部分が火口軸上に局所化していると仮定したときの昭和火口の火道の直径を表わしている。
桜島における絶対重力観測は2009年4月に再開した。本来は清浄な実験室仕様の精密機器である絶対重力計を、年間で500回を超える爆発を続ける活動中の火山の、しかも無人の観測施設において、1年スケールで長期連続観測を安定的に行うのは極めて困難であり、世界的に見ても例がない。とくに無人観測点での長期観測では、欠測期間を可能な限り短縮することが求められる。この問題に対処するため、本課題では携帯電話端末とVNCソフトとを利用して、絶対重力計の遠隔監視・遠隔制御システムを構築した。これにより、本期間中に生じた3回の大きなトラブル発生をいち早く察知し対応できた。経験したトラブルは、重力計レーザー出力低下や、干渉縞信号処理の動作不良などである。これらの原因は、火山灰粉塵や夏季の高温多湿によるカビがレーザーチューブやPCの基板に付着することであることを明らかにした。根本的な対策として、実験室に準じる清浄・密閉環境を実現し、効果をあげた。
以上をまとめると、
(1) 宇宙線ミュオン観測では、予定通りFPGAを用いたデータ取得システム等を完成させ、これを用いた試験観測を桜島で実施した。一方向からの透視画像が得られた。
(2) 絶対重力観測も、予定通り、安定的な長期連続観測のためのノウハウを習得した。
平成21年度までにFPGAを用いた省電力・可搬型宇宙線ミュオンテレスコープモジュールシステムを完成させた。しかし、宇宙線軟成分などに起因する雑音レベルの高さのため、ある深度以上の状況をイメージングするためには膨大な時間がかかることがわかった。宇宙線雑音低減という課題を達成するため、平成22年度は、省電力・可搬型宇宙線ミュオンテレスコープモジュールを拡張したカロリメータを作成し、必要となるソフト開発をあわせて行うことを計画している。また、カロリメータ・プロトタイプを用いた試験観測も予定している。結果として、深いところも比較的リーズナブルな時間でイメージング可能になることが期待される。
絶対重力観測は、桜島での観測を継続する。ミュオンが明らかにしつつあるマグマ配管系の幾何構造にもとづいて、重力変化からマグマ頭位の準リアルタイム予測を試行する。
東京大学地震研究所 大久保修平・武尾実・田中宏幸
北海道大学大学院理学研究院 大島弘光
京都大学防災研究所 井口正人
産業技術総合研究所 篠原宏志
有
高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所 田中真伸