課題番号:1706
名古屋大学
GPS/音響方式海底地殻変動観測システムの高度化
GPS/音響方式の海底地殻変動観測システムをモニタリングに資する実用的なものにポリッシュアップするにあたり,現状では1) 高精度化,2) 観測・解析の効率化,3) 広域・多点観測の実施,4) 連続的観測および機動観測,5) システムの標準化および普及型システムの開発が課題となっている.これらのうち,本課題では1)および2)を実施する.3)については名古屋大学で実施する他の計画「駿河-南海トラフ周辺における多項目統合モニタリング」で実施する.
1) 高精度化
これまでの研究開発の結果,海中音速構造の時空間変化が海底局位置決定の精度に大きく影響していることが分かった.この問題を解決しなければ,海底地殻変動観測システムの高精度化は実現しない.そのため,水温水圧計による水温(音速構造)を連続的に測定し,その測定結果を取り入れた解析方法を開発する.また,複数の船上局を用いた音響トモグラフィ的手法を用いたシステムの開発に取りかかり,駿河湾や熊野灘等の実海域でデータ取得を行い,精度向上への有効性を評価する.
2) 観測・解析の効率化
これまでは,GPS解析に使用する暦として最終精密暦を用いていた.そのため,解析結果が出るまでに1ヵ月程度の時間を要していた.GPS解析をより早く行うためには,約3時間後に出される超速報暦を用いるのが効果的であると考えられる.そこで,衛星数や時期によらずに超速報暦が常に有効であるかを評価し,解析に導入する.また,多点観測が推進された際の膨大なデータ量に対応した新たな解析アルゴリズムの開発・検討も実施する.
平成21年度においては,実海域で水温水圧計による水温(音速構造)を連続的に測定し,海中音速構造の時空間変化に対する基礎データを取得する.また,GPSの超速報暦を試験的に導入し,有効性を評価する.また,膨大なデータ量に対応した新たな解析アルゴリズムの開発を開始し,その有効性を評価する.
平成22年度においては,実海域で水温水圧計による水温(音速構造)の連続的測定を継続するとともに,複数の船上局を用いた音響測距システムの設計を行う.また,膨大なデータ量に対応した新たな解析アルゴリズムを開発し,過去のデータに適用する.
平成23年度においては,実海域で水温水圧計による水温(音速構造)の連続的測定を継続するとともに,その測定結果を取り入れた解析方法を開発し,実海域で取得した水温水圧計のデータに適用して,その有効性を評価する.また,複数の船上局を用いた音響測距システムの試験を開始する.さらに,膨大なデータ量に対応した新たな解析アルゴリズムを過去のデータに適用して再解析を実施する.
平成24年度においては,複数の船上局を用いた音響測距システムの試験を継続し,高精度化への有効性を評価する.
平成25年度においては,水温水圧計による水温の連続的測定,複数の船上局を用いた音響測距システム,GPSの超速報暦,新たな解析アルゴリズムを組み合わせ,高精度な測定を効率よく行うシステムの構築を目指す.
海底地殻変動観測システムの高精度化へ向けた試みとして,海中音速構造の空間変化と海底ベンチマーク位置決定精度の関係を評価した.評価に使用したのは,熊野灘に設置した海底ベンチマークKMEで取得した音響測距データである.KMEベンチマークでは,これまでに5回の繰り返し観測を実施している.そのうち2回(2008年10月と2009年8月)の座標値は時系列のトレンドから北方向へ大きく乖離していた.この原因を究明するために,座標値がトレンドに乗っているとした場合の走時残差を計算した.その結果,南の方の走時残差は正,北の方の走時残差は負になっていた(図1).この原因は,解析アルゴリズムでは海中音速構造を水平成層であると仮定して海底ベンチマーク座標を決定していることにある.走時残差の分布から,実際の音速は南の方が遅く,北の方が速いことが分かる.このような音速構造をしているにも関わらず水平成層構造を仮定して海底ベンチマーク座標を決定した場合,北方向へバイアスが乗ることになり,海底ベンチマーク座標の決定結果に見られたバイアスの方向と一致する.したがって,海中音速構造の空間変化(傾斜構造)が海底ベンチマーク座標のバイアスに影響を与えることが確認された.
駿河湾において音響トモグラフィ的手法を用いたシステムの開発のため,小型の係留ブイ1台と船舶の両方に搭載した海上局から交互に音響測距を行ってデータを取得した.各海底局との音響信号の走時残差を見てみると,3つの海底局のうち1つの海底局に対しての走時残差が,他の2つの海底局に対しての走時残差よりも大きいという結果になった.この結果は,観測海域において海中音速構造に傾斜があることを意味しており,海上局を複数にすることによって海中音速構造の傾斜を推定できる目処が立った.
膨大な量の全ての観測データを一度に利用する新たな解析アルゴリズムを試作し,実データに適用した.これまでのアルゴリズムでは,毎回の観測毎に,3つの海底局の座標値を別々に求めて3つの海底局からなる三角形の重心位置として海底ベンチマーク座標を求めていた.これに対し,新しいアルゴリズムでは,全観測データからあらかじめ3つの海底局からなる三角形の形状を決定しておき,この三角形の形状は変化しないとした.このような制約を与えて,毎回の観測によって得られたデータから各回の海底ベンチマーク座標を求めることにした.この新しいアルゴリズムを熊野灘の2箇所(KMNおよびKMSベンチマーク)で取得した実データに適用した結果,アムール準拠の変位速度ベクトルは,KMNでは(NS, EW)=(0.0±1.3 cm/yr,-4.0±1.0 cm/yr),KMSでは(NS, EW)=(1.6±0.5 cm/yr,-3.7±0.9 cm/yr)となり,変位速度ベクトルの推定誤差も低減した(図2).
音響トモグラフィ的手法の開発として,観測船と小型係留ブイとを用いた船上2点方式では,海中音速構造の傾斜はある程度推定できることが平成21年度の研究で明らかになったものの,海底ベンチマーク位置決定の高度化につなげるのは困難である.その理由は,観測船は時間をかけて海底ベンチマークの周辺を周回するため,海中音速構造の時間変化と空間変化との分離が困難だからである.そこで,海上局を5台程度の複数にする必要があり,その音響測距システムの設計を行う.また,平成21年度に試作した新たな解析アルゴリズムを完成させ,過去に取得した全データに適用し,その有効性と問題点を検討する.この開発研究は,名古屋大学の別課題「駿河-南海トラフ周辺における多項目統合モニタリング」(課題番号1701)と連携して行う.
解析時間の短縮のためには,現状ではGPS測位に利用する衛星軌道暦の問題がある.現在は精密暦を使用しているが,その場合,解析には1ヵ月程度以上を要する.そこで,より早期に提供される超速報暦を利用する方法が考えられるが,その場合,海域における50kmを越える長基線での測位にも精度の上で有効かを検討する.
名古屋大学環境学研究科 田所敬一,渡部 豪,杉本慎吾
有
静岡大学理学部 生田領野