課題番号:1805
京都大学防災研究所
日向灘の地震活動と南九州の火山活動の相互作用および応力伝播・物質移動過程のモデル化
九州地域にはフィリピン海プレートが沈み込み,日向灘において20~30年間隔で大地震が繰り返し発生している.また,隣接する南九州には,桜島などの爆発的火山がある.いずれもプレートの沈み込みに起因する地震・火山活動であり,両者の間の相互作用は大きいと考えられる.特に地震発生に伴う応力擾乱が,火山に及ぼす影響の評価は,短期から長期にわたる火山噴火活動予測において極めて重要である.加えて,1914年桜島噴火の際に発生した大地震のように,火山噴火に伴う大地震発生の予測も重要な課題である.
上記の観点から,日向灘の地震活動と南九州の火山活動に関連する応力伝播・物質移動過程のモデル化を目指す.この目標に向けて,京都大学防災研究所および関係大学・機関により設置された南九州地方の地震・火山・地殻変動観測網を最大限活用して,地震活動および地殻変動の時間的推移を捉える.並行して,九州南部において,沈み込むフィリピン海プレートおよび陸側モホ面の形状およびマントルウェッジの地震波速度構造を明らかにし,マントルウェッジ内の流体分布とプレート間の固着域の推定を試みる.九州中南部において,広域電気比抵抗モデルを構築するとともに,詳細な火山体深部構造の推定を行う.さらに,これらの探査結果に基づいて数値構造モデルを作成し,シミュレーションを行い,日向灘からの応力伝播過程や火山体下深部からの物質移動過程を解明する.
【地震・地殻変動観測】
京大常設地震・地殻変動観測網にHinet,GEONET等のデータを統合し,南九州の地震活動,地殻変動の時間的な推移を捉える.PS/SBInSAR解析を実施し,九州太平洋岸から火山フロントに至る地殻変動の空間パターンを把握する.
このため,既存観測網を用いた地震・地殻変動連続観測およびGPS連続観測を実施するとともに,地震,GPS連続観測点の新設も試みる.
〔平成21年度〕
・九州地方南部に地震・GPS観測点を新設し、高密度地震および地殻変動観測を開始する。
・ALOS/PALSAR画像を収集し、これまでの九州南部の干渉画像を作成し、地殻変動を検出する。
〔平成22年度〕
・九州南部の高密度地震・地殻変動観測を継続する。
・引き続きALOS/PALSAR画像を収集し、干渉処理を行い、地殻変動を検出する。また、予察的なPS/SBInSAR解析を試みる。
〔平成23年度〕
・九州南部の高密度地震・地殻変動観測を継続する。
・引き続きALOS/PALSAR画像を収集し、PS/SBInSAR解析を行い、地殻変動の時間変化を検出する。
〔平成24年度〕
・九州南部の高密度地震・地殻変動観測を継続する。
・引き続きALOS/PALSAR画像を収集し、PS/SBInSAR解析を行い、地殻変動の時間変化を検出する。GPS観測結果との結合を図る。
〔平成25年度〕
・九州南部の高密度地震・地殻変動観測を継続する。
・引き続きALOS/PALSAR画像を収集し、PS/SBInSAR解析を行い、地殻変動の時間変化を検出する。GPS観測結果と結合し、5年間の時空間で高分解能の地殻変動を推定する。
【地震波速度構造探査】
フィリピン海プレートの沈み込む方向に海岸部から火山フロント付近までの複数の測線において高密度で地震観測点を展開する.これら臨時観測点のデータに加えて,測線近傍の既存観測点のデータも活用して,レシーバ関数解析等を行う。プレート境界面やモホ面などの地震波速度不連続面の3次元的構造を明らかにし,プレート境界付近やマントルウェッジ内の流体分布を推定する.
〔平成21年度〕数点で予備観測を行うとともに測線候補地の検討を行う。
〔平成22年度〕観測点の展開を行う。データ蓄積を開始する。
〔平成23年度〕観測点の拡充を行う。レシーバ関数解析を行い,測線下の速度不連続面のラフなイメージを作成する。
〔平成24年度〕観測を継続する。レシーバ関数解析を行い,測線下の速度不連続面のイメージを改善する。
〔平成25年度〕沈み込むフィリピン海プレートと陸側モホ面の形状およびマントルウェッジの地震波速度構造を明らかにし,マントルウェッジ内の流体分布とプレート間の固着域の推定を試みる.
【比抵抗構造探査】
九州地域で実施された種々の電磁気探査結果を包括的に再解析し,広域的な3次元比抵抗モデルの構築を行う.大局的な構造から,特定火山にクローズアップし,補充的に広帯域・長周期MT観測を実施し,その詳細な深部構造の推定につなげ,モデルの高度化を行う.
このため,平成23年度までの3年間で、九州の電磁気探査データを収集・コンパイルし,広域モデルを構築する.
〔平成21年度〕
・九州において、過去に実施された広帯域MT観測・ネットワークMT観測・長周期MT観測データの収集・整理を行う。
・広域比抵抗モデルを構築する初段として、ネットワークMT観測データを用いた3次元比抵抗モデル推定に着手する。
・電磁気データの面的カバーリングの過不足を検討し、不足している地域において、補充観測のための下見を行う。
〔平成22年度〕
・前年度で得られる広域3次元比抵抗モデルから、地域を絞りモデルの高度化を計る(九州南部)。
・データ不足域において補充長周期MT観測を実施する。
〔平成23年度〕
・前年度までの使用データ(NMT)に、広帯域MT・長周期MTデータを統合し、比抵抗モデルの更なる高精度化を試みる。
・地表における火山活動域とスラブにいたる深部構造の関連性を比抵抗という観点で検討する。
【三次元構造モデルの構築と応力伝播・物質移動過程のモデリング】
上記の構造データおよび地震・地殻変動データを活用し,三次元構造モデルを構築し,粘弾性媒質あるいは粘性流体を仮定して計算を実行し,地震発生および火山噴火に至る応力伝播・物質移動過程のモデリングを行う.
このため,既存データの収集し,これに基づく暫定モデルを作成する.
〔平成21年度〕
・モデル構築に必要な構造研究の文献・資料を収集し、予察的数値モデルを作成する。
〔平成22年度〕
・引き続き文献・資料を収集するとともに、数値モデルの精密化を図る。また、GPS/SARデータをインバージョンし、プレート間カップリング等の推定を試みる。
〔平成23年度〕
・引き続き文献・資料を収集し、モデルの精密化を図るとともに、地殻変動データからカップリング等の推定を行う。
〔平成24年度〕
・文献・資料を収集と地震波および比抵抗構造探査結果をコンパイルし、モデルの精密化を図るとともに、地殻変動データからカップリング等の推定を行う。
〔平成25年度〕
・4年間の構造探査等研究成果を統合したモデルにより、地殻変動データからカップリング等の推定を行う。
本研究は,地震・火山の研究グループが結集し,共同観測・研究を通じて日向灘の地震活動と南九州の火山活動を総体的に理解することを目的としている.本研究を開始するに当たって,地震グループおよび火山グループの研究の成果や情報の交換と,5ヵ年の研究計画に関する議論のために,2009年8月末に京都大学防災研究所宮崎観測所において,キックオフ・ミーティングを行った.
【地震・地殻変動観測】
日向灘の地震活動と南九州の火山活動の相互作用および地震発生に伴う応力擾乱が火山に及ぼす影響の評価を行うために,南九州一帯において地震観測を開始した.
鹿児島県および宮崎県南部に臨時地震観測点を17点設置した.データロガーは近計システム社製EDR-X7000を使用し,250Hzサンプリングで収録を行っている.地震計は2Hz3成分型(近計システム社製KVS-300)を12台,1Hz3成分型(Mark Products L4)を5台設置し,観測を継続している.
桜島火山を含む南九州地域のALOS/PALSAR画像を収集しInSAR解析を行った.その結果,桜島北部および姶良カルデラ周辺部においては,2006年~2009年の期間,地盤が衛星視線方向に近づく変動パターンが検出された.この期間における水準測量では,姶良カルデラ地下のマグマ溜りにおける増圧を反映した地盤変動が捉えられており,InSAR解析により得られた干渉画像は,水準測量結果から推定される圧力源を仮定した理論干渉画像と概ね調和的である.
より広域の変動を捉えるために,PALSARの広域観測モード画像(2007年7月10日および2009年7月15日撮像)を収集し,UCSDより提供されたプログラムを用いて解析を行った.しかしながら,垂直基線長が約1200mと大きいため,高いコヒーレンスが得られず,地殻変動検出までには至っていない.
宮崎観測所を中心に展開したGPS観測点3ヶ所において,本格的に観測を開始した.周辺のGEONET観測局のデータと合わせ解析し,変動を検出することとしている.宮崎観測所の保有する地殻変動連続観測網において,観測を継続している.これまで,宿毛観測点において3回の豊後水道スロースリップに伴う変動が観測されている.その間隔が約6年であるため,次の活動が期待されるので注視しているが,現時点では変化は見られていない.
【地震波速度構造探査】
九州中南部地域のプレート境界付近やマントルウェッジ内の流体分布を推定するため,定常観測点および臨時観測点のデータを用いて,レシーバ関数解析や地震波走時トモグラフィーなどにより,プレート境界面やモホ面などの地震波速度不連続面を含む詳細な3次元速度構造を推定することが本研究の目的である.
臨時観測ついては,九州南東部地域の数か所において地震観測を開始した.また,宮崎市南部から霧島火山へ延びる測線を設定し,観測点候補地の下見を行った.
定常観測点のデータを用いた解析では,既設観測点(Hi-net やJ-array)で得られた遠地地震波形からレシーバ関数(RF)を作成し,そのRF をJMA2001速度モデルにより深さ方向に変換し,いくつかの測線の断面に投影した.また,RFを遺伝的アルゴリズム(GA)によりインバージョンし,九州中南部の上部マントルまでの速度構造を求めた.
鹿児島地溝を東西に横切る断面ではモホ面の深さはほぼ一定であった.また,GAインバージョンの結果でも,鹿児島地溝内外でのモホ面の深さの違いはなく地殻の薄化は見出せなかった.このことは,鹿児島地溝が火山性陥没構造であることを支持している.
九州中南部のフィリピン海プレートの沈み込み角度は深さにより大きく異なり,70-80kmより浅部では約30度,深部では60〜80度である.そこで,ガウシアンビーム法で作成した理論波形にRF解析を適用し,急傾斜のプレート構造を正しく推定できるかを吟味した.コンラッド面・大陸モホ面・スラブ上面・海洋性モホ面・スラブ下面を考慮した3次元の地下構造を仮定し,ガウシアンビーム法を用いて作成した波形からRFを作成した.そして,このRFを1次元速度構造により深さに変換し断面に投影した結果,小さな角度(約30度)をもつ速度境界の位置はほぼ正確に推定できることがわかった.一方,急角度(約70度)の速度境界がある場合,RF断面が示す不連続面の位置が実際の境界よりも浅い場所に現れることがわかった.このことより,1次元速度構造によりマイグレーションしたRF断面図で明らかにされるのは,沈み込み角度の小さい70-80kmより浅部のみであることが分かった.
次に,RFのトランスバース成分は傾斜する不連続面の検出に有効であるので,方位角が118度から178度に位置する遠地地震の波形からRFを計算し,そのトランスバース成分を1次元速度構造により深さに変換し断面に投影した.その結果,海洋性モホに対応するRFのピークが鮮明に描き出され,地震発生層との対比から,九州中南部の北側では海洋性地殻中で,南側ではスラブマントルで地震が発生していると考えられる.これは岡本・他(2008)の結果と調和的である.また,南側の領域では一部,海洋性地殻の中でも地震が発生していることが明らかになった.
【比抵抗構造探査】
本年度は,過去に九州で実施された電磁気観測データを収集し,特にネットワークMT観測データの再解析を行った.取得されている長基線電場データの時系列を精査し,人工ノイズの混入が少ない三角ネットを選定し,鹿児島県鹿屋における連続磁場データ(気象庁)に対するMTレスポンスを算出した.九州広域の3次元比抵抗モデリングの前段階として,構造の特徴を大局的に把握するために,複数測線における2次元構造解析を行ったところ,フィリピン海プレートから活動的火山の深部に連続する低比抵抗領域の存在を示唆する結果が得られた.また,既存の電磁気観測データが不十分である阿蘇-霧島間において,補充調査のための観測点候補地の下見を行った.
【三次元構造モデルの構築と応力伝播・物質移動過程のモデリング】
本年度は,キックオフ・ミーティングにおいて,モデル化における問題点や構造研究の現況を把握し,これに基づき文献調査等を行った.
【地震・地殻変動観測】
九州南部の高密度地震・地殻変動観測を継続する。
引き続きALOS/PALSAR画像を収集し、干渉処理を行い、地殻変動を検出する。また、予察的なPS/SBInSAR解析を試みる。
【地震波速度構造探査】
宮崎市南部から霧島火山へ延びる測線上に約5km間隔で臨時観測点を展開する.レシーバ関数解析のための波形データの蓄積を開始する.
より深部にある急角度の不連続面の形状を正しく推定できるように手法の改良を行う.具体的には,波面法(de Kool et al. 2006)を用いた波線追跡をおこない,RFの深さ断面図を作成する.
【比抵抗構造探査】
3次元比抵抗構造解析を行うとともに,補充観測の候補地選定および準備を行う.
橋本学,渋谷拓郎,大谷文夫,福島洋,寺石眞弘(防災研究所地震予知研究センター)
大志万直人,吉村令慧(防災研究所地震防災研究部門)
井口正人,山本圭吾,神田径,為栗健(防災研究所火山活動研究センター)
大倉敬宏,宇津木充,井上寛之(京都大学大学院理学研究科火山研究センター)
平原和朗(京都大学大学院理学研究科) 以上,16名
無