課題番号:1806
京都大学防災研究所
飛騨山脈における地殻流体の動きの解明
地殻における局所的な非弾性変形が,周辺に応力集中を発生させ,地震活動を引き起こすと考えられている.局所的な非弾性変形には地殻流体が関与している可能性が高いと推定される.本研究は,水やマグマなど地殻流体と地震活動の関係を明らかにすることを目指す.飛騨山脈では,立山と白山の間の跡津川断層,御嶽山山麓の長野県西部地震など,火山と地震活動に密接な地理的関係があるように見え,火山活動に関連した地殻流体が地震活動を引き起こしている可能性がある.跡津川断層では,断層周辺の浅い地震活動と,地殻流体の動きを反映していると考えられる飛騨山脈深部の地震活動の関連を明らかにし,併せてマグマ供給系の解明もめざす.これにより,断層の両端部の非弾性変形と断層への応力集中過程の関係の理解が進むと期待される.長野県西部地域では,精細な地震波速度構造と地震活動との関係を明らかにし,地震波速度構造等の時間変化から地殻流体の動きの解明を目指す.さらに,地殻流体の流動形態に時間変化が生じれば、地表面における自然電位異常の変化が期待されることから、地表における地電位差連続観測網による流体流動のモニタリングを試みる.
[平成21年度]
・跡津川断層と飛騨山脈に位置する立山火山周辺においては、既往研究で行われた地震観測との継続性を保ちながら、通年の観測をめざす。同じく飛騨山脈の焼岳火山周辺においては山体近傍でのあらたな臨時地震観測点の選定を行う。跡津川断層西端の白山火山周辺での臨時地震観測の可能性の検討を行う。長野県西部地域では,高サンプリング高密度の稠密地震観測を継続するとともに,既存データの解析を進める.長年蓄積されているデータを同一のアルゴリズムで再処理・再読み取りして,均質なデータセットを作成する.これらのデータを用いて,低速度異常域を精細にマッピングするとともに,その周辺の応力場の不均質性を,応力インバージョンや波形解析から推定する.実施済みの電磁気探査データ(広帯域MT、AMT、ネットワークMTなど)の収集・コンパイルをし、比較的浅部(5km深程度まで)の3次元比抵抗イメージングを行う。
[22年度]
・立山周辺での臨時地震観測の継続と、焼岳周辺での通年観測の開始。双方における短周期イベント、低周波イベントの詳細な震源分布や発震機構の解析。前年の検討結果に基づく白山周辺での地震観測。長野県西部地域では,高サンプリング高密度の稠密地震観測を継続するとともに,既存データの解析・処理を進める.低速度異常と周辺の応力場の空間的な不均質性を,より高分解能でマッピングするとともに,それらの時間変化の検出を試みる.浅部比抵抗構造・地震波速度構造を参照し、電位差モニタリングに最適な電位差観測点を選定・設置し,観測を開始する。
[23年度]
・立山、焼岳、白山周辺での地震観測の継続と、詳細な震源分布や発震機構の推移の解析を行う。長野県西部地域では,地震波速度構造や応力場の時間変化の検出を行うとともに,電位差観測網データを長基線電場データとして利用し、深部(10数km深まで)の比抵抗イメージの高度化を行う。
[24年度]
・立山、焼岳、白山周辺での地震観測の継続と、詳細な震源分布や発震機構の推移の解析を行う。長野県西部地域では,地震波速度構造や応力場の時間変化の検出を継続するとともに,電位差モニタリングを継続し、電位異常の有無を確認するとともに、ソースの推定・発生メカニズムについてのモデル化を行う。
[25年度]
・立山、焼岳、白山周辺での地震観測の継続と、詳細な震源分布や発震機構の推移の解析,および,これらと、跡津川断層の地殻活動の関係の検討を行う。長野県西部地域では,地震波速度・比抵抗の統合モデリングにより,地殻流体の動きの解明を行う.
長野県西部地域においては,地震波速度構造と地震活動との関係を明らかにし,地震波速度構造等の時間変化から地殻流体の動きを解明することが目的であるが,今年度は.まず大局的な速度構造と地震活動の関係を調べた.
ここでは15年にわたって,10kHzサンプリングの稠密多点地震観測が行われている.1995年に防災科学技術研究所が産業技術総合研究所の協力を得て6点で開始し,観測点を順次増設して5年後には55点となった.観測点間隔は観測網の中心部で1km程度,周辺でも数km,トリガー方式で記録され,時刻精度は1msである.地動のノイズレベルは10-8-10-7m/s程度と非常に小さく,P波初動の読み取り精度は2-3ms程度である.図1に観測点分布および,1995年から2007年までのデータについて,GPSによる内部時計の補正等を再処理し自動読み取りして得られた約3万個の震源分布を示す.2008年からは,満点地震観測システムを用いて27点の連続観測点が追加された.
1995年から2005年までに発生した14,446個の地震のP波250,212個,S波209,656個の手動読み取り値を用いて,地震波速度トモグラフィーを行った.P波速度の1次元構造からの偏差値を平面図(図2),断層に直交する断面図(図3),および断層の走向方向の断面図(図4)に示す.震源が集中しているあたりのグリッド間隔は1kmである.
大局的に見て,地震は高速度域で発生している傾向が見られる.特に,図2の深さ2-4kmにおいて,低速度域(L1,L2)の周りの相対的に高速度の部分(H1)に震源が集中していることがよく分かる.断面図(図3)において,地震発生域の底付近,深さ5km以深の低速度域が顕著であるが,それは,図3(e),(f)においてBで示す深部から浅部へ伸びる震源分布に沿って分布しているように見える.走向方向の断面図(図4)では,線上の地震分布(C1,C2,D,E)が見られるが,それらの途切れる端あたりから上方に低速度域が拡がっている.特に,西上がりであるC2の上端あたり,図4(g),(h)の X6-8km,Z4km付近の低速度域は,平面図では図2(e)のX6-8km, Y6-8km付近に見られるように,高速度域の中で顕著である.
より詳細に見ると,図3(e),(i),(j)のように,震源分布は,高速度域の中の局所的な低速度に沿って分布していることが分かる.図中C1で示す地震分布に沿って小さなスケールの低速度異常が見られる.ちなみに,図中Aで示す線状分布は,長野県西部地震の断層沿いの余震である.
これらのことから,長野県西部地域における地震波速度構造と地震活動との関係は,以下のように推定される.大規模な低速度域においては,広い領域にわたって下部地殻からの水の通路が形成されており,そのためマクロな透水係数が大きく間隙水圧の上昇は大きくはないが,長期間にわたって非弾性的な変形を起こしている.地震は,高速度域の中の局所的に間隙水圧の高くなった場所,あるいはその極近傍で発生している.つまり,大規模な低速度域は水の通路となっており,そこでは間隙水圧は高くないが,そこから高速度域に注入された水により,地震が起こされている可能性が考えられる.
上記のC2の上端あたりの低速度域付近では,応力インバージョンにより,局所的な応力の異常あることが分かっている(Yukutake et al.,2010).さらに,低比抵抗異常がその付近に見出されている(Kasaya et al.,2002),直上付近では,水準測量により局所的な隆起が起こっていることが報告されているし(Kimata et al., 2004),温泉水にマントルから上がってきたことを示唆する成分が見出されている(Takahata et al., 2003).
飛騨山脈における地震観測については,名古屋大学から移管された焼岳観測点の整備を行い,短周期地震計の設置とデータ伝送を開始した.また,跡津川断層中部の天生観測点,西端の大白川観測点のそれぞれのテレメータシステムの変更整備を行った.焼岳火山周辺での臨時地震観測を開始するために,関係官署(環境省,国交省,農水省など)との間で,中部山岳国立公園内への機器設置の手続き交渉を行った.
飛騨山脈においては,引き続き,焼岳観測点の短周期地震計の整備と広帯域地震計の設置作業を行う.焼岳近傍の臨時微小地震観測の準備のための関係官署との交渉,および,手続きの完了した点からの,臨時観測を開始する.長野県西部地域では,高サンプリング高密度の稠密地震観測を継続するとともに,既存データの解析・処理を進める.低速度異常と周辺の応力場の空間的な不均質性を,より高分解能でマッピングするとともに,それらの時間変化の検出を試みる.浅部比抵抗構造・地震波速度構造を参照し,電位差モニタリングに最適な電位差観測点を選定・設置し,観測を開始する.
飯尾能久,大見士朗,吉村令慧,大志万直人,西上欽也(京都大学防災研究所)
無
笠谷貴史(JAMSTEC),久保篤規(高知大学),松本 聡(九州大学),桑原保人(産総研),堀 貞喜 関口渉次(防災科研)