課題番号:2905
公募研究
岩木山の噴火履歴とマグマ発達過程の解明に関する研究
(本課題は平成21年度公募研究である)
(平成21年度公募研究計画)
活火山の噴火準備過程を明らかにするためには、活火山の地質調査・岩石学的研究によって過去の噴火間隔・規模・様式についての規則性や時間的変化を理解し、マグマ溜まりにおけるマグマの分化や混合などのマグマ発達過程を解明する必要がある。
本研究では、東北地方の18個の活火山の中で、蔵王山、鳥海山に次いで歴史時代の噴火記録の多い岩本山について上記のような調査・研究を実施し、高精度で噴火履歴を解読し、それを基にしたマグマ発達過程を明らかにする。得られた結果を用いて岩木山の噴火ポテンシャルを評価し、中長期の噴火予測を行うことを目的とする。
岩木山の最新期の活動は約3~1万年前に開始された。初年度はそのうち約3千年前以降のものを対象として研究を進める。最終的には岩木山最新期活動全体について明らかにし、中長期の噴火予測を行う。
背弧側に位置する活火山で、このような高精度のデータ及びその解析に基づく中長期噴火予測が行われた例は殆どなく、本研究で得られる成果はその代表的な事例となることが期待される。
本研究の最終目標は岩木山最新期活動のマグマ発達史を含めた噴火史の全容の解明を行い、得られたデータを基に中長期の噴火予測を行うことである。平成 21 年度は、当初、岩木山最新活動期のうち、約 3 千年前以降のものを対象として研究を進めることを予定していたが、夏までの調査において約 3 千年前以降の噴出物は非常に少ないことが判明したため予定を変更し、最新活動期に形成されたと考えられる西法寺森、岩木山頂西、鳥海山、岩木山中央、岩木山山頂の 5 つの溶岩ドームの形成年代を推定することに焦点を当てることとした。
これまでの研究結果と今回の火山地形判読結果を併せて考えると、5 つの溶岩ドームの形成順序は、西法寺森溶岩ドーム → 鳥海山溶岩ドーム + 岩木山頂西溶岩ドーム → 岩木山中央溶岩ドーム + 岩木山山頂溶岩ドーム→ 鳥ノ海溶岩ドームと推定される。これまで、岩木山の各溶岩ドームについて年代測定を行った例は鳥海山溶岩ドームについて以外ない。そのデータも 0.01 ± 0.24 Ma と誤差が非常に大きく年代値を絞り込むことは困難である。また、最新期の活動は約 10 万年前よりも新しいと考えられるため、溶岩の直接年代測定を行い意味のある年代値を得るのは難しい。そこで今回、各溶岩ドームに対比されるテフラ層や岩塊火山灰流堆積物を見つけ出し、テフラ層の直上・直下の古土壌や岩塊火山灰流堆積物中に含まれる炭化木片について炭素14年代測定を行うことによって各ドームの形成年代を推定するという手法を取った。尚、溶岩ドーム群形成後に水蒸気爆発が断続的に起こったことが歴史記録に残されている。最後の記録は西暦 1863 年であるが、発生開始時期は明らかでない。今回はこれについても検討した。
地質調査によって西法寺森及び岩木山中央溶岩ドームに対比されるものとして各々岩塊火山灰流堆積物及び降下軽石層を見出した。また、鳥ノ海溶岩ドームについては先行研究によって同時期に鳥海山軽石が形成されたとされている。上記の西法寺森溶岩ドームに対比される岩塊火山灰流堆積物中の炭化木片、岩木山中央溶岩ドームに対比される降下軽石層直下の褐色ローム層、鳥ノ海溶岩ドームに対比される鳥海山軽石直上の褐色ローム層について AMS 法による炭素14年代測定を行ったところ、各々 48,450 ± 470 yrBP、3467 ~ 3374 BC (暦年更正年代)、175 ~ 50 BC (暦年更正年代)の値が得られた。また、鳥海山軽石層の上位には 15 cm 程ローム層が重なり、その上に約 1 cm の古土壌を挟んで複数枚の水蒸気爆発堆積物が重なる。この古土壌について同様に年代測定を行ったところ、1392 ~ 1432 AD (暦年更正年代) の年代値を得た。以上によって、鳥海山溶岩ドーム + 岩木山頂西溶岩ドーム以外の溶岩ドーム及び歴史記録に対応する水蒸気爆発の活動開始時期が明らかになった。
鳥海山溶岩ドーム + 岩木山頂西溶岩ドームの活動時期については、岩木山の火山麓扇状地の形成に関する先行研究結果を今回の調査と比較検討することによって推定した。地理学的見地から、岩木山周辺の各火山麓扇状地は、火山体頂部の崩壊や火砕流の発生によって一気に形成された可能性が指摘されている。岩木山の南東方向には約 1.5 ~ 3 万年前に形成されたとされる扇状地が分布し、それは岩相から岩塊火山灰流によってもたらされたものと推定されている。位置的関係から考えると、この岩塊火山灰流堆積物に対応する可能性のある溶岩ドームは、鳥海山溶岩ドーム + 岩木山頂西溶岩ドームか岩木山中央溶岩ドーム + 岩木山山頂溶岩ドームのどちらかである。今回の年代測定結果によって、後者は上記扇状地の形成以降に活動したことが明らかになったため、結局、鳥海山溶岩ドーム + 岩木山頂西溶岩ドームによって上記岩塊火山灰流堆積物がもたらされたと考えられることになる。すなわち両溶岩ドームの形成時期は約1.5 ~ 3 万年前と推定される。
以上の結果から、岩木山の最新期活動の溶岩ドーム群の形成時期についてまとめると以下のようになる。約 5 万年前に西法寺森溶岩ドームが形成された。活動に伴いその一部が崩落し、岩塊火山灰流が発生した。約 3 ~ 1.5 万年前には鳥海山溶岩ドーム + 岩木山頂西溶岩ドームが活動した。その形成に伴い岩塊火山灰流が発生し南東方に分布する火山麓扇状地が形成された。両ドームが同時期の活動かやや時期が異なるかは今後の検討課題である。約 5 ~ 6 千年前に岩木山中央溶岩ドーム + 岩木山山頂溶岩ドームが形成された。溶岩ドームに対比される降下軽石層は中央ドームに先行した爆発的活動によってもたらされたと考えられる。最新の鳥ノ海溶岩ドームは約 2 千年前に形成された。このドーム形成に先行して鳥海山軽石を噴出させる爆発的な噴火が起こったと考えられる。その後、約千 5 百年間の休止期を挟んで約 5 百年前に水蒸気爆発を主体とする噴火が開始された。歴史時代に噴火記録はこれらの噴火に対応すると考えられる。
平成 21 年度の研究によって、岩木山最新期活動は約5万年前の西法寺森溶岩ドームの活動に始まり、約 3 ~ 1.5 万年前の岩木山頂西及び鳥海山溶岩ドームの形成、約 5 ~ 6 千年前の岩木山中央及び岩木山頂溶岩ドームの活動、鳥ノ海ドームの形成と続き、最後の水蒸気爆発主体の噴火は約 5 百年前からであることが明らかになった。
平成 22 年度には以上の成果を踏まえ、以下の点について進めていく。まず、溶岩ドームの形成時期の精密化を行う。すなわち岩木山頂西及び鳥海山溶岩ドーム、岩木山中央及び岩木山頂溶岩ドームは連続的に形成されたのか、或は間に休止期間があったのかを明らかにする。次に、溶岩ドーム各々の形成の推移を明らかにする。西法寺森溶岩ドームの活動の際には岩塊火山灰流も発生したことが判明している。他の溶岩ドームについてもその有無などを明らかにして行く。さらに、各溶岩ドーム及び付随する噴出物の規模を求め、明らかにされる精密化した形成年代と併せて、噴出量積算図を作成する。これによって岩木山最新期活動の噴火間隔・規模・様式についての規則性や時間的変化が理解可能となる。
本研究の最終目標は岩木山最新期活動のマグマ発達史を含めた噴火史の全容の解明を行い。得られたデータを基に、中長期の噴火予測を行うことである。上記の平成 22 年度の計画が順調に進めば、この目的を達成するまでに最も労力がかかる部分である精密な噴火史の作成が完成することになる。
山形大学理学部地球環境学科 伴雅雄
有
北海道大学大学院理学研究院 中川光弘