部門・センターの研究活動」カテゴリーアーカイブ

3.9.4 CREST次世代インテリジェント地震波動解析プロジェクト

 日本には,国の機関等が整備した数千点の観測点で得られる高精度地震計測データのほか,建造物,電気・ガス等のライフライン,スマートフォンが持つ加速度計等のデータが存在しており,これらを活用する次世代の地震計測ビッグデータベースが構築されつつある.最先端ベイズ統計学に基づいて,これらの多種多様な地震計測データを包括的に解析するためのアルゴリズム群を開発し,地震防災・減災や地震現象の解明に役立てることを目的とするプロジェクトが,科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CRESTの研究領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測解析手法の開発と応用」(略称:「情報計測」CREST)における研究課題「次世代地震計測と最先端ベイズ統計学との融合によるインテリジェント地震波動解析」(略称:iSeisBayes)として,2017年10月に発足した.本研究課題は,地震研究所の地震学の専門家と,東京大学大学院情報理工学系研究科の統計学の専門家との異分野交流プロジェクトであり,2023年3月までの5.5か年にわたって実施された.2020年度からは,東北大学大学院工学研究科の流体力学の専門家グループが新規加入し,同分野において用いられているスパースセンシングなどの新しい情報科学技術に基づく地震データ解析アルゴリズムの開発を行った.

 本プロジェクトの最終年となる2023年は,3月に公開の最終成果報告会を開催し,iSeisBayesにおいて中心的な役割を果たした13名の研究者が講演を行った.この模様は,ニュースレターNo.3(最終号)に特集号として掲載した.
 情報科学と地震学を融合するというiSeisBayesの精神は,2021年度から開始となった文部科学省「情報科学を活用した地震調査研究プロジェクト」(STAR-Eプロジェクト)等の後継プロジェクトに受け継がれ,現在もわが国における「情報×地震」分野の発展に貢献し続けている.

 本研究課題には,計算地球科学研究センターの他,地震予知研究センター,観測開発基盤センター,地震火山情報センターの教員と研究員が参加した.

[情報計測] 計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用プログラム概要
https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/research_area/ongoing/bunyah28-3.html

H29年度採択課題:次世代地震計測と最先端ベイズ統計学との融合によるインテリジェント地震波動解析
https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/project/1111092/1111092_2017.html

iSeisBayesホームページ
http://www.eri.u-tokyo.ac.jo/project/iSeisBayes/

3.9.3 「富岳」プロジェクト先端的数値解析の研究開発

 ポスト「京」(現在の「富岳」)を有効に活用するため,ポスト「京」で重点的に取り組む社会的・科学的重要課題のひとつとして「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」を2019年度までに実施し,この過程で,大規模シミュレーションを可能とする先端的数値解析の研究開発のための基礎的な数理研究と計算科学研究の学理が涵養された.2020年度以降においては,「富岳」成果創出加速プログラムにおいて,「富岳」の性能を引き出すように計算科学・計算機科学の最先端技術を駆使して地殻変動・地震動・地盤震動・都市地震応答等の地震に関する高性能大規模シミュレーション手法を開発した.
 上記の過程を通して,首都直下地震を対象とした山手線内の30万を超える構造物の地震動応答解析や10Hzまでの精度保証が可能な1000億~1兆自由度級の有限要素法モデルを用いた断層から地表までの地震動解析や地表近傍の堆積層による地盤震動解析を行うための数値計算技術が整備されつつある.また,地殻構造の幾何形状が地殻変動の弾性・粘弾性挙動に大きな影響を及ぼすことが指摘されていることから,これらの問題への展開も進められている.これらの解析技術は上記の基礎的な数理研究と計算科学研究に立脚する成果であり,ハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な賞のひとつであるゴードンベル賞の最終選考論文5編に2014年・2015年・2018年・2022年に選ばれるとともに,2016年・2017年においてはハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な国際会議のひとつであるSCにおいて受賞,2021年には富岳上で人工知能により物理シミュレーションを高速化する方法を開発することで,断層から都市までを単一の有限要素モデルにてモデル化し地殻中の波動伝播から地表付近での地盤増幅,構造物の応答までを高分解能で連成して解く世界で初めてのシミュレーションを実現 (HPC Asia 2022 Best Paper賞受賞)するなど,計算科学の分野においても高い評価を受けている.
 
 2023年においては,これまで富岳等のCPU計算機において開発を進めてきたデータ駆動型手法による物理シミュレーションの高速化手法をGPU計算機においても実行できるよう研究開発を実施した.この手法は過去の時刻歴の求解データを学習し反復法ソルバーの初期解の予測に用いることで解析精度を落とすことなく時系列シミュレーションを高速化できる手法であり,GPUの限られたメモリサイズ・計算機特性を踏まえたアルゴリズム開発・拡張などを実施することで,南海領域の3次元高詳細粘弾性地殻変動解析においてGPUを用いた従来手法比で8.6倍の高速化を得た.以上のように,新しい分野を開拓するとともに,継続的に高い国際的評価を受けている.

3.9.2 巨大地震関連現象の解明に資するデータ同化およびデータ駆動型モデリングの研究開発

(1)革新的データ同化の創出を目指して

 科学研究を進める上において,物理・化学法則等に基づく数値モデルと,観測・実験に基づくデータの比較が重要であることは論をまたない.しかしながら,近年の巨大スパコンの登場や大規模地球観測網・実験設備等の整備に伴い,大規模数値モデルと大容量観測データを突き合わせることすら容易ではなくなってきた.数値モデルと観測データをベイズ統計学の枠組みで統融合するための計算技術であるデータ同化は,時々刻々と入力する観測データに基づいて各時刻における状態の逐次推定を行う「逐次データ同化」と,予め決められた時間窓において観測データと最も整合する状態を探索する「非逐次データ同化」とに大別される.大規模数値モデルへデータ同化を実装する際には,4次元変分法を始めとする非逐次データ同化を用いるのが常套であり,例えば気象予報は主に4次元変分法に基づいて行われている.
 従来の4次元変分法は,事後分布の局所最大を与える状態を推定するのみであり,その不確実性を推定することが原理的に不可能であるという大きな欠点があった.我々は,2nd-order adjoint法を採り入れ,不確実性評価が可能な4次元変分法を開発することにより,これを解決した(Ito et al., 2016).このようにして得られた不確実性は,観測デザイン最適化のためのフィードバックともなる極めて重要な情報である.

 2023年はこの不確実性評価法を,超大規模数値モデルへの適用を見据えた更なる高速・高効率な方法へと昇華させるために,2nd-order adjoint法を用いた乱択基底に基づく行列前処理法を新たに開発した.この行列前処理法は2nd-order adjoint法を内部反復で用いることで,不確実性評価の際に求解が必要な連立方程式の係数行列の対角スケーリング前処理を高速に実行することができ,連立方程式の求解を安定的かつ高速に実施することを可能にする.この行列前処理法を簡易な設定の1次元の速度構造推定問題へ適用したところ,速度構造の不確実性評価において,行列前処理なしの場合に比べて数倍から数十倍の高速化が観測された.

(2)情報と計測の融合に資する数理的手法の開発

 本センターは,科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CRESTの研究領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」において,平成29年度に採択された研究課題「ベイズ推論とスパースモデリングによる計測と情報の融合」に参画し,本学大学院新領域創成科学研究科,統計数理研究所,海洋研究開発機構との協働により,ベイズ推論に基づいて実験計測効率を最大限に高める「ベイズ計測」を実現するための情報数理基盤の開発研究を実施している.

 本CREST課題の最終年度である2023年は,2.5次元古典スピン系の磁化ダイナミクスを双極子間相互作用を含む時間依存 Ginzburg-Landau (TDGL)方程式によって実現した,平衡状態で見られるドメインの空間パターンを分類する方法論(Anzaki et al., 2021)をテストベッドに,複雑なモデルから少数モードで構成される有効モデルを抽出する手法開発を完遂した.

3.9.1 計算地震工学分野での大規模数値解析手法の開発に関する研究

断層-構造系システムとは,対象とする断層と構造物から成る地殻と構造物のモデルである.断層から生成される強震動と,その強震動に対する構造物の地震応答を計算するために使われる.開発されてきた独自のマルチスケール解析手法を改良し,大規模化・高速化を実現し,断層-構造系システムの解析を行っている.なお,大規模化・高速化の結果,従来の手法を凌駕する時間・空間分解能で,断層から伝播する地震動に対する構造物の地震応答を計算することに成功した.断層-構造系システムの根幹である地震波動の計算では,地盤・地殻構造の幾何形状を詳細にモデル化することが重要であり,このためには有限要素法を用いる必要がある.しかし,有限要素法は差分法に比べ,計算コストが膨大となる.数理的な観点から分析し,計算コストを低減させる効率的なアルゴリズムを考案し,マルチスケール解析手法の計算コードに実装した.実装に際して並列化性能を上げることにも成功した.また,断層-構造系システムの応用として,広域都市の震災想定を高度化することを目的として,広域都市をモデル化し,その地震時応答をシミュレーションする統合地震シミュレータ(IES)の開発を進めてきた.断層-構造系システムの大規模数値解析手法の開発では,このように基礎的な数理研究と計算科学研究にも重点が置かれている.断層-構造系システムの具体的な対象として,大規模地下トンネルや原子力発電所といった実際の大規模構造物も挙げられる.実構造物に忠実な大自由度の解析モデルを構築し,改良されたマルチスケール解析手法を適用し,地震応答を計算している.構造物の特性を理解するためには,民間企業等の協力が必須であり,共同研究を介することで実構造物のより現実的な地震応答解析手法の構築をすすめている.

断層-構造系システムにおける地震波動の計算の高性能化を目指し,大規模で複雑な断層系の震源過程をシミュレーションするために,三次元不均質体内のき裂伝播を効率的にモデル化可能なPDS-FEMをベースとした高性能計算シミュレーション手法の開発を行っている.これにより,複雑な断層形状,不均質な摩擦特性,不均質で非線形な材料などを含む大規模な三次元モデルにおいて,super-shear ruptureを含む多様な震源過程をより詳細にモデル化出来るようになり,強震動シナリオ構築に寄与すると期待される.2022年においてはPDS-FEMに基づく動的な断層破壊の数値解析手法とその並列実装を開発した.既存の断層破壊モデルのほとんどは経験則に基づいて初期応力を設定しているが,本モデルにおいてはクーロン摩擦と遠方境界条件下での断層の静的平衡を考慮し初期応力を計算することで断層の複雑形状や断層強度・材料の不均一性と整合した初期応力を設定する.FEMベースの断層破壊シミュレータにおいては断層表面での摩擦の計算のために高コストな接触解析を必要とするが,PDS-FEMにおいては要素中にあらかじめ設定した亀裂面を用いて断層面をモデル化することで接触解析が不要となるため,FEMに比べて低コストで計算できる現実の断層は多くの小断層が重なり合った複雑な形状をしているが,数値シミュレーションにおいてはそれらを重なり合わない滑らかな平面の集まりとしてモデル化することが多い.このような単純化は,現実と大きく異なる破壊挙動をもたらす可能性がある.そこで2023年においては,摩擦パラメータのわずかな違いが重なり合う2つの断層間でのすべりの飛び移りに大きな影響を与える可能性があることを2次元のシミュレーションにより示したうえで,J-SHISで公開されている断層トレース情報を用いて複雑な断層構造を反映した中央構造線の高詳細モデルを作成した.今後,この高詳細モデルと,広く用いられている断層形状を簡略化したモデルを用いて中央構造線の破壊挙動の比較を行う予定である.

3.9 計算地球科学研究センター

教授 市村 強 (センター長),古村孝志(兼務),佐竹健治(兼務),田島芳満(工学系研究科,兼務)
准教授 ラリス・ウィジャラットネ,長尾大道,鶴岡 弘(兼務), 中川茂樹(兼務),藤田航平
助教 伊藤伸一
特任研究員 徳田智磯,Gerardo Manuel Mendo Pérez,加藤慎也,平田 直
学術専門職員 長﨑由美子,吉田美和
外来研究員 大塚悠一,桑谷 立,椎名祐太,高橋勇人,前根文子,三橋祐太,森川耕輔,山本 実,吉田健太,Gill Amit,今田耕太郎
大学院生 村上颯太(D3),Dharmasiri Migel Arachchillage Kasun (D3),Jeffrey Michael Church(D2),安久岳志(M2),Elia Nicolin(M2),Julian Palacios Espinoza(M2),Joshua Panganiban(M2),Li Wenrui(M2),麻生豊大(M2),金川航希(M2),Khatiwada Pramod(M2),Sayson Stanley Brian(M2),Shi Yuxian(M2),柳田真輝(M2),楠井俊朗(M1),中尾 魁(M1),Hamza Amerr(M1)
特別研究学生 Kai Eberl Hamuro

計算地球科学研究センターは,東日本大震災を契機として2012年4月に設立された巨大地震津波災害予測研究センターで培ってきたシミュレーション技術等の計算科学分野における知見を十分に活用しうる目途がついたことにより,当該分野の研究体制をさらに強化するとともに,従来の地球科学との融合をより加速していくため,巨大地震津波災害予測研究センターからの改組により2019年9月に設立された.本研究センターでは,地震研究所で培ってきた固体地球観測と高速計算によるシミュレーション技術を融合した計算地球科学の創成を目指している.関連する学内連携を強化しつつ,観測データを活かす高性能計算プログラムとそれを使った大規模シミュレーションの研究開発を行い,計算地球科学の国際的卓越性の確立を目指すとともに,地震・津波・災害の現象解明・予測研究分野での学際的・国際的に卓越した若手世代の育成を目指している.

3.8.3 国際活動

Workshop on Recent Advances in Muography

産学官国際交流ワークショップ:Workshop on Recent Advances in Muographyを2024年3月25日に実施した。イタリア、ハンガリー、中国、日本から産学官の研究者が登壇して交流をおこなった。

欧州特許

欧州特許庁により、「ミュオン検出装置」出願が欧州で特許査定され、特許として登録された。18カ国で登録される予定である。

サイエンスアゴラ

ハンガリー大使館並びに欧州連合代表部と共同でJSTサイエンスアゴラに出展した。

国際拠点設置に関するLOI

イタリア国立測定学研究所並びにフェルミラボ(米国立フェルミ加速器研究所)において、国際ミュオグラフィ連携研究機構の国際拠点の設置に向けたLOIを交換した。

Nature Reviews

13 カ国27機関(アカデミックセクター, リサーチセクター、プライベートセクター)よりNature Reviews Method Primers 「Muography」を出版した。

国際メディア報道

National Tribune「TIME selects novel muon navigation system as one of year’s best inventions」、National Geographic Hungary「Részecskefizikai együttműködés globális kérdések nyomában」など数多くの国際メディア報道があった。

3.8.2 ラジオグラフィー解析による研究

(a)ミュオグラフィ画像解析

高精細ミュオグラフィ画像自動診断による桜島火山活動状況の推移との相関評価を進めた。この噴火の推移に伴い、昭和火口の火道がマグマでプラグされた様子が透視画像に映し出された。この成果をベースとして、ミュオグラフィ画像を学習して、噴火判定を行う技術Mu-NETを東大病院と共同開発した。2020年度には、Mu-NETを用いて、2016年から2017年の間に記録されたミュオグラフィ画像を学習して、噴火判定を行った結果、この間に記録された画像と昭和火口からの噴火との間には密接な関係があることが見出された(南岳火口:AUC=0.678、昭和火口:AUC=0.726、その他の場所:AUC〜0.5)。成果を英ジャーナルScientific Reportsに発表した[2]。2021年度は日毎のミュオグラフィ画像データ(高解像度画像)を機械学習(CNN)することで噴火判定を導出する技術(MuNET-2)を開発した。昭和火口から南岳火口に噴火活動が移った2019年以降のミュオグラフィ画像にMu-NET-2を適用した結果、この間に記録された画像と南岳火口からの噴火との間に密接な関係があることが見出された(南岳火口 :AUC=0.761、昭和火口 AUC=0.704、その他の場所:AUC〜0.5)。

2022年度はミュオグラフィ連続観測データと衛星SARデータを組み合わせることで、桜島山頂付近の隆起/沈降と噴火の活発期/平穏期との間に負の相関が、また、山頂付近の隆起/沈降と火口底直下の密度の上昇、減少との間に正の相関がありそうであることを発見した。この発見に基づき、噴火の平穏期には、火道中に高密度のプラグが形成されマグマ性ガスがトラップ、圧縮されることにより山体が膨張する。反対に、噴火の活発期には、プラグが存在しないことからガスが抜け、山体が収縮すると結論づけられた(図3.8.3)。2023年度はさらにSARデータおよびミュオグラフィデータの取得・解析を続けた。その結果以下のことが分かった。(A)南岳火口近傍が膨張しているときは、南岳火口近傍の密度が上昇する。昭和火口近傍が膨張しているときは、昭和火口近傍の密度が上昇する。 (B) 密度変化とSiO2ガス放出量の変化が一致する。(A)については、高密度のプラグが形成されることによって膨張、密度上昇が起きていると解釈され、(B)については、高密度のプラグが形成されることによって脱ガス量が増えていることが期待されるために、SiO2放出量、密度が上昇すると解釈された。

(b) 多方向ミュオグラフィによる伊豆大室山スコリア丘の3次元密度イメージング

ミュオグラフィ研究における重要な課題の一つは,観測方向を増やすことで高い3次元空間分解能を達成することである。静岡県の伊豆大室山スコリア丘を10方向から調査し、高い3次元空間分解能で火山内部のマグマの分岐が可視化された研究 (Miyamoto et al., 2022, Nagahara et al., 2022) を、活動的火山に適用する際に実現可能性を評価するシミュレーションツールの構築が進められている。

シミュレーションツールは3次元密度再構成計算を高速に行い、結果を迅速にフィードバックする必要がある。そのため、演算の高速化に長けているC++ベースでコードが書かれた。さらに演算を高速化するためOpenMPによる並列処理化が用いられた。加えて行列計算高速化のためintel MKLライブラリがインクルードされた。また線形代数ライブラリとしてEigenを用いることで、ソースコードの可読性を向上させた。

Voxelとの当たり判定algorithmには、Amanatides et al. (1987) による”A Fast Voxel Traversal Algorithm for Ray Tracing”を実装した(図3.8.4)。これによって、ある方向に感度を持つ検出器の「素子」が作るビームが、山体を仮定したVoxel集合体のどのVoxelをどれだけの長さ通過するか、の行列作成が効率的に行われるようになった。この行列はNishiyama et al.(2014)らによって開発された三次元密度再構成手法に必要不可欠な情報である。

現在、大室山の地形データから先に述べたシミュレーションフレームワークを使った、三次元密度再構成の性能評価が行われている。

(c)  ニュートリノ振動を用いた,地球深部の化学組成・密度構造測定

ニュートリノは伝播中に別のニュートリノに変化することが分かっている(ニュートリノ振動,本学梶田教授2015年ノーベル賞).ニュートリノが他の種類のニュートリノに変化する割合は,ニュートリノと他のニュートリノの質量の差,エネルギー,伝播距離,及び媒質中の電子数密度で一意に決まる.したがって,電子ニュートリノが他のニュートリノに変化する割合を,エネルギー毎に測定すれば,地球内部の電子数密度分布を測定できる.ニュートリノ振動測定で得られた電子数密度と,地震波測定等で得られている物質密度とを組み合わせることにより,地球内部の平均的な化学組成(原子番号と原子量との比)をイメージングすることも可能である.

ハイパーカミオカンデは,次世代のニュートリノ観測装置であり,スーパーカミオカンデの8倍の巨大な有効体積と,高いエネルギー・角度分解能を備える.これを用いることで,地球液体核やマントルの化学組成に制限を与えられることが,これまでの研究から明らかとなっている.ハイパーカミオカンデは,2020年度より建設が開始され,現在,様々な建設作業が行われている.

地震研究所では,ハイパーカミオカンデの主要構成要素である,光電子増倍管からの信号をデジタルデータに変換するための電子回路の設計及び性能評価を,宇宙線研究所ほかと共同で行ってきた.今年度は主に,内水槽側の電子回路の最適化と特性評価,及び外水槽側の電子回路の設計と試作に取り組んだ.電子回路は光電子増倍管の性能を最大限に引き出せる高い性能を持っていることも重要だが,10年以上の長期間故障せずに動作し続けることも重要である.基本性能についてはニュートリノ観測を行う上で十分であることが確認できたが,ベースラインやゲインの温度ドリフト等,改善が望まれる点が見つかり,それへの対応を行った.また,故障リスクの低減,故障が起きた際の影響を最小限に抑えるための回路修正を行った.

ハイパーカミオカンデは岐阜県飛騨市神岡鉱山内部の強固な岩盤中に建設される.したがって,地震の影響は地上よりも小さくなることが見込まれる.ハイパーカミオカンデに地上と同等の耐震性能を持たせることは過剰設計であり,建設コストの増大を招く.しかし,設計を最適化するためには,地震動の低減の程度を事前に知っておく必要がある.我々がハイパーカミオカンデ坑内に設置した地震計には2024年1月1日の能登地震の加速度波形が収録されており,今後はこの結果を用いて,ハイパーカミオカンデ坑内での地震動が,地表と比べてどの程度低減されるかについて調査を行う.

 

3.8 高エネルギー素粒子地球物理学研究センター

教授 横山将志(兼任), 田中宏幸(センター長),
助教 宮本成悟,武多昭道,西山竜一(兼任)
特任研究員 OLÁH László
学術支援専門職員 市川雅一

本センターの設置目的は,宇宙線ミュオンやニュートリノ等の高エネルギー素粒子を用いて,これまでにない高い分解能(10-100m程度)で断層や火山などの固体地球内部を透視し,地震・火山現象の解明と防災・減災に貢献することである.そのためには素粒子透視技術(ラジオグラフィー)の一層の高度化が必要となる.とくに素粒子検出デバイス開発に対しては,小型・軽量・低消費電力という野外観測からの要求に応えつつ,一方で空間的にも時間的にも高い解像度を確保することが,世界の中でのリーディング・エッジを今後も確保することが欠かせない.また,一方でこれまでは火山に限定されてきた応用分野を,地震断層等にも広げていくことが望まれてきた.これらのことを念頭に,当センターで進めてきた研究活動を以下に述べる.

3.7 海半球観測研究センター

教授 竹内 希(センター長),塩原 肇,清水久芳
准教授 馬場聖至,一瀬建日
助教 森重 学(物質科学系研究部門兼務),竹尾明子(観測開発基盤センター兼務),臼井嘉哉(地震予知研究センター兼務)
特任研究員 楊 蕾,ROY Sunil Kumar
外来研究員 ADIMAH Nicholas Irabor,GEISSLER Wolfram,原田雄司,松野哲男,中川貴司,多田訓子
日本学術振興会外国人特別研究員 ROESLER Boris
技術支援員 横山景一

3.6 火山噴火予知研究センター

  • 教授 大湊隆雄(兼),上嶋 誠(兼)
    准教授 金子隆之(センター長),市原美恵,小山崇夫(兼),前野 深,鈴木雄治郎,行竹洋平
    助教 森田雅明,及川 純
    客員教員 本多 亮,大場 司
    特任研究員 タルクダール・デボプラサード,川口允孝
    日本学術振興会特別研究員 村松 弾
    外来研究員 亀谷信子,小林 宰,桑野 修,中田節也,長岡 優,鈴木由希,高崎健二,吉本充宏
    大学院生 池永有弥(D3),水野 樹(D3),図子田和典(D1),春田悠祐(M2), 河合哲朗(M2),尾崎智紀(M2),多田隆起(M2),堀内拓朗(M1),大石健登(M1)
    研究留学生 ビクトリア・クレイグ